サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第七十一章 淫魔狩り

 沙希から抱き付かれた瞬間、祐真は緊張と興奮で、体を硬直させた。その状態で、祐真は記憶を想起させていた。

 

 数日前の話だ。

 

 祐真へとアプローチを続けていた江実が、別の男へ鞍替えをした時。カップルが成立していない者が、休学中の彩香を除き、祐真と沙希だけになった時。

 

 祐真は沙希に対し、アプローチをかけることを考えた。この期に乗じて、あわよくば、仲良くなれないかと画策したのだ。

 

 だがしかし、一旦、その考えは保留にする。どうしても、気になる点があったためだ。

 

 やがて放課後、アパートへ帰宅した祐真は、リコへと相談を行った。沙希に好意を抱いている部分は伏せて、学校の現状と、無傷である者の情報を伝える。

 

 その結果、リコが出した答えは『影山沙希』はクロだというものだった。

 

 驚愕する祐真だったが、リコの説明を聞き、納得せざるを得なかった。冷静になって考えると、やはり沙希には疑う余地がとても多い。沙希に対して恋慕の気持ちがあったため、無意識に怪しい部分をスルーしていたのだ。

 

 リコはそのあとも説明を行う。リコの影山沙希への正体の推測は、退魔士の『推進派』メンバーとのことだ。高校で蔓延している現象も彼女の仕業で確定らしい。

 

 てっきり、祐真は術の効果から、沙希がサキュバスである可能性を示唆したが、どうやら違うようだ。そもそも、使われている術は淫魔術ではなく、全く別の魔術とのことだ。

 

 なぜなら、淫魔術と比べると、威力、精度共に低く、性質も異なるためだ。

 

 ではなぜ、祐真だけが他の生徒に比べて、術の効果が現れなかったのか。もしも、これが本物の淫魔術ならば、話は違っただろうが、使用された魔術は、別物である。祐真に影響があってもおかしくはなかった。

 

 それに対して、リコはウィンクを行い、モデルのようにクールな笑みを浮かべて言う。

 

 「君にこっそりプロテクトをかけていたからさ」

 

 祐真は虚を突かれた思いがした。一体、いつの間に? 以前も似たようなことがあったが……。

 

 リコは簡潔に教えてくれる。

 

 「前に君の肩に手を置いたことがあったろ? その時さ」

 

 祐真ははっとする。そういえば、そんなことがあった気がする。転校生してきたばかりの沙希の話をした時だ。

 

 「それって、こうなることを見越した結果なの?」

 

 「まあね。一度あることは二度あるし、念のためさ。相手に気づかれないように薄いプロテクトだったけど、魔術の効果が低くて助かったよ」

 

 リコは、肩をすくめる。

 

 「だから、さすがに術士本人から魔術をかけられた場合や、完全に術中にはまっている者から、過度な接触があったら、さすがに魔術の影響を受けていただろうけどね」

 

 もしも江実からのアプローチを受けていたら、今頃祐真も魔術にかかっていたということだ。自分が薄氷の上にいたのだということを、改めて祐真は認識した。

 

 それからリコは、沙希が使用した魔術について、説明を始める。

 

 高校で蔓延している魔術は、おそらく、沙希が情報を取得するための性質があるものらしい。

 

 沙希は仲間である花蓮が行方不明になったため、探りにきた退魔士だが、敵の正体までは掴めていないことは明白であった。もしも、掴んでいたら、祐真はすでに篭絡されていることだろう。

 

 そして、沙希は情報を取得するための魔術を流し、敵の所在を突き止めようとした。催淫の効果はあくまで副次的なもので、効率的に魔術が広まるよう付加したに過ぎなかった。

 

 やがて、魔術にかかっていない者は、沙希と祐真だけになる。もしも、今日、祐真がリコに相談しなかったら、いずれ沙希は祐真へと接触を図り、直接魔術をかけられていたはずであった。

 

 一通り説明を終えたリコは、最後にとある提案を行った。

 

 それは――。

 

 

 

 影山沙希は、全てを悟ったあと、背後に気配を感じた。抱き付いていた祐真から体を離し、とっさに振り向く。同時に全身に衝撃が走った。

 

 気が付くと、沙希は宙を舞っていた。洗濯機の中にでも入ったかのように、視界が回転している。きりもみ状態だ。

 

 殴られたとわかったのは、落下してから腹部に痛みが走った時だった。背後に現れた人物が、攻撃を放ったのだ。

 

 沙希は、腹部を押さえながら立ち上がる。地面に落ちた眼鏡を拾い、掛けなおした。軽く咳き込み、殴られた箇所を確認する。

 

 ダメージはあるが、致命傷ではなかった。幸い、制服の下に『勝負服』を着ていたため、軽症で済んだのだ。

 

 沙希は、先ほどまで自分がいた場所に目を向けた。そこには、祐真の他、一人の男が立っていた。整った顔立ちの、日本人離れしたモデルのようなスタイルの男――。

 

 沙希はかっと目を見開く。その人物の正体を、即座に理解したためだ。

 

 間違いない。あいつはインキュバスだ。『推進派』メンバーの不倶戴天の敵。この世ならざる者。存在していてはいけない邪悪なる淫魔。

 

 そして、沙希は頭の芯まで、真っ赤な怒りに覆われていた。溶岩のような、灼熱の感情が噴出する。

 

 さっき、私は殴られた。あの忌まわしい存在から。汚物にも劣るインキュバスの手が、私へと触れたのだ。

 

 沙希は、制服の袖で、殴られた腹部を激しく拭う。汚くて汚くて堪らない。糞便でも付着したような気分だ。淫魔から接触を受けることなど、あってはならなかった。

 

 沙希は顔を上げ、インキュバスを睨みつける。インキュバスは澄ました顔で佇んでいた。隣の祐真は、不安げな様子だ。

 

 そこで沙希は、ふと疑問を覚えた。色々と妙な点があるのだ。

 

 現れた淫魔は紛れもなく、インキュバスである。いわば男の淫魔。

 

 通常、淫魔は召喚主の性的興味に影響を受けて召喚される。女が性的対象の男なら、サキュバスが、男が性的対象の女なら、インキュバスが。

 

 例外があるにせよ、概ね恋愛対象の相手が現れると解釈していいだろう。そして、同性愛者の召喚主にも同じことが言える。ゲイの男には、インキュバスが召喚されるのだ。

 

 羽月祐真は男である。それで召喚されたのがインキュバス。客観的に見れば、羽月祐真は同性愛者だと判断していいはずだ。

 

 しかし、祐真と数週間同じ教室で過ごし、『肌』を通して確信したことがある。彼は同性愛者ではないのだ。かといって、バイセクシャルでもない。完全な異愛者であった。

 

 ではなぜ、彼の元にインキュバスが召喚されたのだろうか。何かの手違い? それとも、根源的な見落としがある? 皆目見当が付かなかった。

 

 それから、祐真に精を吸われた形跡がないこともおかしなポイントだった。召喚主の精を吸わない淫魔などいない。一体、この二人の関係は、何がどうなっているのか。色々と、理解を超えていた。

 

 しかし、これだけは言える。花蓮を抹殺したのはこいつらで間違いがない。そして、少なくともインキュバスのほうを排除しなければ、こちらの身も危ういのだ。

 

 「花蓮をやったのはあなた?」

 

 確信している内容だが、沙希は質問を行う。

 

 二人は無言。インキュバスのほうは相変わらず、飄々とした様子だが、祐真のほうには動揺が感じ取れた。肯定したも同然である。

 

 「どうやって花蓮を倒したの?」

 

 花蓮は強力な術士だ。このインキュバスも強大な力を誇っている難敵であることは確かだろうが、花蓮が決して勝てない相手ではないと感じ取れる。『肌』を通してそれが伝わってくるのだ。こいつは『最強』ではない。

 

 それにどこか、このインキュバスは長期間、不眠不休で働いたかのような疲労感を抱えているように見えた。簡単に言うと、弱っているのだ。

 

 気のせいかもしれない。だが、少なくとも絶望的な力は持っていないことは確かである。『推進派』メンバーの退魔士ならば、何とか勝てる相手だろう。先ほどの不意打ちの一撃も、強力だったが、『勝負服』がなくてもやられてはいなかっただろう。

 

 だからこそ、なおさら花蓮が敗北する説明が付かなかった。

 

 それとも何かあるのだろうか。このインキュバスが最強格の退魔士を退けた理由が。

 

 「まあいいわ。あなたたち殺してあげる」

 

 御託はもう必要ない。さっさと処理してしまおう。標的が自ら姿を現したのだから。

 

 年齢外れのスクールライフも、これにておしまい。

 

 沙希は、ゆっくりと歩き出した。歩きながら、痛んだ制服を剥ぎ取り、脱ぎ捨てる。黒タイツも毟り取った。

 

 中から、予め着用していた『勝負服』があらわになる。そして、さらに沙希は、通学鞄から『武器』を取り出した。不要となった通学鞄も捨て、それから『武器』を振り『引き伸ばす』。

 

 これで準備万端。『淫魔狩り』の時間だ。

 

 沙希は氷のような微笑を浮かべた。

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