サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第七十二章 窮地

 影山沙希が自らの制服を破り捨て、威風堂々、こちらに向かって歩み寄ってくる姿を見て、祐真は目を丸くする。

 

 制服の下から現れた、沙希が着用している変わった服のせいではない。確かに、スイムスーツというか、全身タイツというか、おかしな格好ではある。肌に張り付くようにぴっちりとしているため、くびれや豊満な胸が強調され、とてもエロティシズムを感じる。

 

 これまで気づかなかったのは、長袖のブレザーや、黒タイツに隠れていたためだ。だが、あくまで注目点はそこではなかった。

 

 祐真の目を引いたのは、沙希が通学鞄から取り出したある『物体』だった。どうやって収まっていたのだろうか、人の背丈ほどもある『鎌』。死神が持ってるようなイメージの武器である。それを沙希は鞄から取り出すなり、引き伸ばしたのだ。

 

 薄闇に鈍く光る鎌を携え、沙希はそれこそ死神のようにゆっくりと近づいてくる。魔術師や退魔士でなくても、彼女が殺意に満ち満ちているのは、明確にわかった。

 

 祐真は、横目でリコの様子を伺う。リコは落ち着いた風情で、沙希を見つめていた。

 

 「祐真、離れていてね」

 

 リコがそう警告し、祐真はリコの元から離れる。

 

 それを合図かのように、沙希は手に持った鎌を振り上げた。

 

 戦闘が開始されるのだ。これから。

 

 祐真は不安に包まれながらも、少し前に行ったリコとの会話を思い出していた。

 

 

 「罠にかける?」

 

 リコが発した言葉を、祐真は鸚鵡返しする。

 

 リコは頷くと、自身の細い顎に手を当てた。

 

 「その退魔士は間違いなく、いずれ君に接触してくる。なら先にこちらから仕掛けて、罠にハメたほうが手っ取り早い」

 

 「でもどうやって?」

 

 「相手は僕らの情報がほとんどない状態だ。花蓮を『始末』したであろう淫魔と召喚主のね。だから、少しでも怪しい人物からのアプローチに対しては、容易く乗ってくるはず」

 

 祐真ははっとする。テレパシーのように、リコの考えが見当ついたからだ。

 

 「つまり、俺が影山さんにアプローチすればいいわけか」

 

 祐真の出した答えに、リコは口角を上げた。白い歯がちらりと覗く。真珠のように綺麗だ。

 

 「さすが祐真。察しがいいね。その通りさ。つまり、君のほうから彼女を誘い出すんだ」

 

 祐真はふと不安に包まれる。

 

 「でも攻撃を受けないかな? 向こうは始めから俺らと敵対してるんだろ?」

 

 「こちらがクロだと判明するまでは、下手に手を出さないはずだよ。おそらく、まずは術にハメめようとしてくる。情報集のためにね。そこを叩くのさ」

 

 リコは、ハエを潰すように、上下に手の平を打ち合わせた。小気味の良い音が、狭いアパートの部屋に響き渡る。

 

 「それならいいけど……」

 

 祐真は頭を掻く。それだけではない。懸念事項は他にもあった。剥き出しの火薬のような懸念が。

 

 「えっとさ、リコは大丈夫なの? 演技とはいえ、俺が女の子にアプローチしてさ。あれだけ女子と俺がくっ付くのを嫌がっていたじゃん」

 

 江実からのアプローチを無碍にしたのは、リコの嫉妬に対する憂慮があったためだ。惚れてしまった沙希に、一切アクションをかけなかったのも、同様である。

 

 結果的には、そのお陰で事なきを得たが、ここにきて、リコが積極的にこちらを女子の元へけしかけるなど、本人は問題ないのだろうか。

 

 祐真の疑問を聞いたリコは、目を見開き、驚いた顔をみせる。

 

 「祐真、もしかして君は、僕に嫉妬して欲しいのかい? それはつまり、僕にそれだけ関心があるってことじゃないか」

 

 リコは、純愛映画でも観た時のように、感動で目を潤ませた。泣き出さんばかりに、鼻をすする。

 

 「嬉しいよ祐真。僕を受け入れてくれる気になったんだね。じゃあ、これから一緒に……」

 

 いつもの『暴走』が始まり、祐真は深くため息をつく。近頃体調が悪そうだったが、ここの部分は普段通りらしい。

 

 祐真は呆れ返り、腕を組んで言った。

 

 「お前がその調子なら、沙希にアプローチしても問題なさそうだな」

 

 リコは滲んだ涙を拭うと、頷いた。

 

 「うん。僕の指示通りに動いてくれるならね。それなら、僕と祐真の仲に支障は出ないから。むしろ下手に放っておくよりも安心さ」

 

 冗談か本気かわからない主張だが、嫉妬に対する懸念がないことは確かのようだ。

 

 「ペナルティの心配はないんだよね? 彼女が退魔士なら」

 

 リコは首肯する。

 

 「うん。だから思いっきり戦えるのさ」

 

 祐真は質問した。

 

 「それで、俺は何をしたらいい?」

 

 「彼女を誘い出すんだ。僕が指定する場所に。そうすれば、あとは僕が彼女と対峙して、『解決』してあげる」

 

 リコの口ぶりから、戦闘にもつれ込むことは必至だろうと予測された。というより、それしか選択肢はないように思える。

 

 相手は退魔士の『推進派』メンバー。花蓮と同様の思考を持つ連中ならば、こちらを狩りの対象と見做すのは間違いがないからだ。

 

 「わかった。どこに誘えばいい?」

 

 「人気のない場所かつ、怪しまれない程度に、学校から遠くない場所」

 

 リコはその場所の説明を行った。高校の校区内にある神社である。

 

 「そこまで沙希を誘導すればいいんだな」

 

 「そうさ。詳しい方法はあとで教えてあげる」

 

 リコの戦闘能力は、絶大である。これまで幾人もの淫魔や退魔士を退けてきた。しかも、相当余力を残して。

 

 すでに祐真は勝利を確信していた。リコの作戦に従い、沙希をポイントまで誘導した暁には、再びリコの勇士が見られるのだと。

 

 今回も確実な勝利が訪れるであろうと、祐真は楽観視していた。

 

 だが――。

 

 

 目の前で繰り広げられている光景に、祐真は目を見開いていた。

 

 ちょっとした空き地のようになっている神社の境内。現在そこは、トマトを投げ合う祭りの時のような、真っ赤な鮮血に彩られていた。

 

 原因は獣のように斬り合っている二人。いや、正確には一方が無残にも切り刻まれている状況だ。

 

 戦闘が開始された直後、沙希は手に持った大きな鎌を振った。すると突風のような風圧が生じ、血飛沫が舞った。

 

 祐真ははっとする。リコの右肩から、鮮血が噴き出していたのだ。刀にでも切られたかのように。

 

 沙希は再度、鎌を振るう。巻き起こるつむじ風。リコは腕で顔をガードする。今度は、リコの両腕から、血が飛び散った。

 

 「リコ!」

 

 祐真は叫ぶ。しかし、リコは平然とした様子で、手を振り、応じた。

 

 「大丈夫。平気さ」

 

 リコは微笑んで答える。

 

 「でも……」

 

 祐真は続く言葉が発せられないでいた。今まで、余裕綽々、敵を一蹴してきた男なのに、ここにきて追い詰められているのだ。不安に包まれてしまう。

 

 いや、その傾向は、シシーとの戦いの時も予兆があった。ようするに、少しずつ危険に陥るようになっているのだ。

 

 原因はなんだろうか。リコの体調が優れないことと関係があるかもしれない。しかし、それも『なぜ』なのか。

 

 祐真が憂慮している間も、戦闘は続いていた。やはりリコが一方的に押される形である。辺りは次第に、血に染まっていく。

 

 祐真は、声が漏れないよう、自身の口を押さえていた。

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