サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
放課後になり、祐真は学校を後にする。そして、いつものようにアパートへ直帰しようと考えた時だ。
ふと思い立って、祐真はルートを変更した。目指すは図書館。例の『魔導書』があった建物だ。
そもそも、あの本を発見したことが全ての始まりである。だからこそ、リコを『召喚還し』するのが祐真の本懐だったが、トラブル続きで、『魔導書』捜索が滞っていたのだ。
祐真は帰路を外れ、町立図書館へ向かった。以前、一度調べた場所だが、もしかしたら何か見つかるかもしれない。
空が橙色に染まり出す中、祐真は図書館へ通じる歩道を歩く。通行人は、帰宅途中の小学生や、幼い子供を連れた母親の姿が散見された。なんて事はない。平穏な日常を切り取った風景である。
図書館が見えてきた頃だった。ちょっとしたトラブルに遭遇した。
「どこ見て歩いてんだお前!」
男の怒鳴り声が、耳を貫く。はっとして声のほうを見てみると、歩道の片隅で、一人の大柄な男が威圧するように肩をいからせていた。
その男は、学生服を着ていることから、高校生くらいの年齢だと思われた。茶髪に髪を染め、身なりは崩れている。
男の目の前には、会社員らしきスーツ姿の女性が尻餅をついていた。タイトスカートから伸びる足が艶かしい。
どうやら学生服姿の男と、スーツ姿の女性がぶつかったらしく、その影響でトラブルに発展したようだ。
「ふざけやがって、いてーじゃねーか」
茶髪の学生は、尻餅をついている女性の腕を掴み、立ち上がらせようと引っ張る。ひどく憤慨しており、野生動物を思わせる凶暴な雰囲気が全身から湯気のように立ち昇っていた。
女性のほうは、怯えきっているようで、抵抗一つしない。されるがままだ。
近くには祐真の他は誰もおらず、車道を走る車はこの事態に気づいていないのか、素通りしていた。
「こっちへ来い!」
男は、近くにある建物の影に女性を連れて行こうとする。
いけない、と思い、祐真は二人の元へ駆け寄った。
「止めろ! 警察を呼ぶぞ!」
祐真がそう叫んだ時だった。男は女性の腕を離し、こちらを睨みつけてくる。
「ああ? 何だお前」
男は額に欠陥を浮き上がらせて怒鳴る。憤怒のボルテージがさらに上がったようだ。
「その女の人を解放しろ」
祐真は引き下がらず、静かな口調で言う。
男は祐真の言葉を聞くなり、顔を真っ赤にさせた。今にも破裂しそうなほど激情の念に捉われているらしい。たった少しのやり取りで、これほど怒りを覚えるのは、よほど品位がない証左であろう。
古里や鴨志田と同類の、駆除するべき害悪だ。
「てめえ。何様のつもりだ?」
男はこちらに歩み寄ってくる。そして、目の前までくると祐真の胸倉を掴んだ。このヤンキーは、結構身長があるため、自ずと上方に引き上げられる形となる。
「なめた口ききやがって。覚悟できてんだろうな?」
男がそこまで言った時だ。祐真は胸倉を掴んでいる男の手首を握った。そして、力を込める。
みしりと、骨が軋む感触が手の平に伝わってきた。古くなった木材のように、この手首は脆いのだ。
男は女のような悲鳴を上げて、仰け反った。祐真はさらに力を込める。男は目に涙を浮かべて、絶叫した。
「お、お前……。離しやがれ」
ヤンキーはこちらに殴りかかった。逞しい腕から繰り出された拳は見事、祐真の顔面にヒットするが、少しも痛みを感じなかった。そればかりか、息を吹きかけられたほどの衝撃しかない。
最近多発する襲撃者の対策にと、リコが施してくれた魔術の為せる技だった。『コルプス・フォート』。銃弾すら防ぐ強力な防御魔術である。
殴りかかってきた男は、逆にダメージがあったようだ。
ヤンキー男は、うめき声を上げ、祐真の胸倉から手を離すと、殴った手を押さえた。コンクリートでも殴ったような有様だ。
祐真も男の手をはなしてやる。すぐに男はへなへなと気が抜けたように、うずくまった。
戦意を完全に消失した男を見下ろし、祐真は言う。
「さっさと消えろ。見逃してやる」
声高らかに、そう宣告する。
「ありがとうございました」
男の姿が消えたところで、スーツ姿の女性は頭を下げた。
「い、いえ、当然のことです」
祐真はどぎまぎしながら、返答をする。
ヤンキーに絡まれていた女性は、とても綺麗な容貌をしていた。二十歳ちょっとくらいだろうか、パリコレにでも出れそうなほどすらりとした体型に、凛々しい顔は、大人びた色香を放出していた。
やや気が強そうで、エリート男しか相手にしないような高飛車な感じはするが、それでも充分魅力的な女性であった。
「とても喧嘩が強いんですね。格闘技でもなさってるんですか?」
女性は目を輝かせながら訊いてくる。どうやら、心から感心しているらしい。
「いえ、そういうわけでは……」
リコから貰った肉体強化魔術のお陰だとは言えるわけもなく、祐真は曖昧に濁す。
祐真の妙な反応に女性は首を傾げたが、すぐに笑顔になった。端正な顔が、可愛らしく花を咲かせる。
「とにかくありがとうございました」
女性は再度頭を下げる。ロングの髪が静かにたなびいた。
同時に、女性はこちらに手を伸ばすと、祐真の手を取った。それから優しく握り込んでくる。
感謝の念を示すための握手だと気がついた祐真は、どきりとする。女性に慣れていないため、強く動揺が走った。
しかし、それでも祐真は胸を高鳴らせながら、そっと、女性の手を握り返した。