サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第八章 肉体強化魔術

 「肉体強化?」

 

 祐真は、先ほど握られた自身の右手首を見た。そこには楔文字に似た刺青のようなものが、リストバンドの如く手首を覆っていた。

 

 「そう。『コルプス・フォート』。スーパーマンのように、超人的な力を発揮できるようになる魔術だ」

 

 「スーパーマンに? 本当か?」

 

 ただ右手首に刺青をされただけで、実感が湧かない。

 

 「今使えるのか?」

 

 祐真は右手首を擦りながら、訊く。

 

 リコは首を横に振った。

 

 「祐真の身に危険が迫った時だけ発動できるようにしたから、今は使えないよ。常時使えるようにしてしまったら、慣れていないせいで制御が効かず、不意に発動させてしまう恐れがあるからね」

 

 「それもそうか」

 

 「そして使う場合でも、場所とタイミングに気を付けて。大勢の人の前で使っちゃ駄目だ。おかしな疑惑の目を向けられるからね。例のペナルティを忘れないで」

 

 リコの警告を受け、祐真は気がつく。リコから与えられたこれが本当に効果があるとして、それを無闇に披露すれば、リコの存在が発覚することに繋がる。リコが直接介入するよりはリスクは少ないが、それでも油断してはならない

 

 「気をつけるよ」

 

 祐真は真剣な面持ちで頷いた。

 

 

 

 

 幸い、この力を使ったのは、密室の上、たった二人の前だった。そのため、発覚のリスクは極力抑えられたと言っていい。あの二人が不自然な力を目にしたのは事実だが、まさか背後にあるリコの存在まで嗅ぎつけるほど知能も高くないだろうし、勘も鈍いはず。また、変な部分だけはプライドが高い人種であるため、年下の弱そうな人間にしてやられたことを、わざわざ吹聴する真似はしないはずだ。

 

 ひとまず安心していいだろう。

 

 発覚のリスクも含め、すでに問題は解決したものとして、祐真は考えた。その日の午前の授業が終わる頃には、連中のことなど忘れかけていた。

 

 だが、昼休みになって、その認識が甘かったことを実感することになった。

 

 

 

 

 祐真は普段、自分の席で星斗や直也たちと共に食事をとっている。今までは購買のパンを食べていたが、リコが現れ、弁当を作ってくれるようになってからは、毎日昼は弁当を食べていた。

 

 リコお手製の弁当を食べ終わった祐真は、空になった容器を鞄に納めた。あとは昼休みが終わるまでのんびりするだけだ。

 

 その時である。

 

 教室の入り口で、不意にちょっとしたざわめきのような声がした。

 

 祐真は、そちらのほうへ目を向ける。後方の入り口から、何名かの生徒が教室内へと入ってくる姿が見えた。

 

 祐真ははっとする。その先頭にいたのは古里だ。ポケットに手を突っ込み、決まりごとのように、肩を怒らせながらこちらに歩いてくる。その後ろには鴨志田。そして、一番最後に知らない人物がいた。

 

 プロレスラーのような巨躯の男だ。頭は丸刈りで、顔は仁王のように掘りが深く厳つい。外観だけでも、あまり関わりたくないと思わせるほど、暴力的な雰囲気が醸し出されている男である。

 

 三人は、周りのクラスメイトらちを押しのけながら、祐真たちの目の前までやってきた。そして、取り囲む。

 

 椅子に座ったままの祐真を見下ろし、古里が口を開いた。

 

 「こいつだ。菅野(すがの)

 

 菅野と呼ばれた男は、ギョロつく目を祐真に向け、鼻で笑った。

 

 「なんだ? こんなちっぽけなガキにやられたのか? お前ら。情けない奴だな」

 

 「うっせーっぞ。いいから連れていくぞ」

 

 古里は、祐真を顎でしゃくる。

 

 古里の言葉で、祐真はある程度事情を察した。こいつは朝の撃退の件を仲間に話したのだ。そして、報復のためにやってきた。

 

 だが、この巨漢はどんな立場の奴だろう。古里よりも格が上なようだが。

 

 隣にいた直也が、おずおずと祐真に耳打ちする。

 

 「柔道部のキャプテンだよ。確かこの学校の頭みたいな人」

 

 頭というとリーダーか。昭和の学校じゃあるまいし、そんな風習がまだ残ってるとは思わなかった。

 

 古里は負けた腹いせに、そのトップの奴に依頼をしたのだ。てっきり己の恥を知られたくないがために、誰にも話さないものと高を括っていたが、甘かったようだ。

 

 「立て。ガキ。ついてこい」

 

 菅野は、指を振って、祐真に指図を行う。

 

 祐真は逡巡した。このまま断っても、おいそれと見逃す連中ではない。それは許しを請うても同じだ。こいつらは蛇みたいな存在だ。一度目を付けられれば、喰らい尽くすまで、執拗に狙い続けるだろう。

 

 「わかった」

 

 祐真は立ち上がった。あの魔術はまだ生きている。ここで戦っても、確実に勝てるだろうが、かえってやっかいなことになる。できる限り、人目につかない所で事を行いたい。

 

 クラスメイトたちの視線が集中する中、祐真は菅野たちの後ろに付き従い、歩いていく。クラスメイトたちは皆、好奇と哀れみの感情が入り混じった表情を向けていた。このあとの祐真に降りかかる災いを想像しているのだろう。

 

 彩香もその中で、心配そうな面持ちでこちらを見ていた。

 

 祐真はクラスメイトたちの視線を振り払うようにして、教室を出る。そして、前を歩く菅野たちに訊く。

 

 「どこまでいくんだ?」

 

 その質問に菅野たちは答えなかった。黙ったまま廊下を進んでいく。祐真は仕方なく、あとを付いていくしかなかった。

 

 前の三人が向かった先は、屋上だった。

 

 本来屋上は立ち入り禁止で、扉は施錠されている。だが、古里たちのような輩が何度も鍵を壊して入るため、ほぼフリーの出入り可能な場所となっていた。

 

 しかしそれでも屋上は、ヤンキー連中を除き、ほとんどの生徒は立ち寄らない、人目に付きづらい治外法権の場であった。

 

 菅野たちは扉を通り、屋上に出る。祐真もそれに続いた。昼下がりの太陽が、祐真を照らす。

 

 菅野たちは屋上の中央まで進み、そこで止まった。そして、祐真のほうへ振り返る。

 

 古里が、恨みがましく祐真を睨みつけながら言う。

 

 「これからお前はボコられるけど、その前に土下座して謝れば許してやるぞ。あと、十万持ってくればな」

 

 「金額上がっているじゃないか。まあいくらだろうと払わないけど」

 

 祐真の突っ込みに、菅野は眉間に皺を寄せた。ただでさえ強面の顔が、羅刹のように凶悪になる。

 

 「こいつ、随分と舐めてるな」

 

 「もうとっととやってくれや菅野」

 

 古里の言葉に菅野は頷く。そこに鴨志田が警告した。

 

 「用心しろよ。あいつ格闘技か何かやっているから」

 

 菅野は薄ら笑いを浮かべて、二人を見る。

 

 「そんなん関係ねーよ。お前らとは違う。こんな弱そうなガキ、油断したってやられねーぞ」

 

 菅野の嘲笑に、古里と鴨志田は歯噛みをした。

 

 そんな二人をその場に残し、菅野は巨躯を揺らしながら、こちらに近付いてくる。そして、目の前で立ち止まった。

 

 「覚悟しろよ」

 

 菅野はそう言うなり、祐真の襟首を掴んだ。と思ったら、世界が回転していた。

 

 気がつくと、祐真は屋上の床に仰向けに倒れていた。柔道の技をかけられたのだとわかった。屋上の床に叩きつけられたのだ

 

 眼前に澄み切った空が広がっている。

 

 しかし、ダメージはまるでなかった。衝撃や痛みもない。クッションに飛び込んだ程度だ。

 

 祐真はゆっくりと立ち上がった。そして真っ直ぐ菅野を見据える。

 

 祐真が平然としている姿を見て、菅野は怪訝な面持ちになった。一発でダウンさせられると思っていたようだ。

 

 「なあ、変だろこいつ」

 

 古里も妙な目で祐真を見る。

 

 菅野は、再度祐真に詰め寄った。手を伸ばし、再び柔道技を繰り出そうとする。

 

 祐真はこれでは埒が明かないと思った。好きなだけサンドバックになってやろうとも、こいつは諦めない。こちらの制服が痛むだけだ。

 

 祐真は菅野の手が自身に触れるより前に、菅野を突き飛ばした。

 

 やったのはそれだけ。

 

 菅野は自動車に撥ねられたように吹き飛び、派手な音を立てて、屋上の縁にあるフェンスに激突した。そして、フェンスにもたれるようにして崩れ落ちる。

 

 古里と鴨志田が、唖然とした表情を受かべた。

 

 人が玩具のように吹き飛ぶシュールギャグのような展開により、動かなくなった菅野を見て、祐真はヒヤリとした。もしかしたら殺してしまったかもしれない。

 

 近くにいって、確かめてみると、菅野は白目を剥いて気絶していた。息はしているので、死んではいないだろう。

 

 ほっと胸を撫で下ろしつつ、祐真は古里と、鴨志田の方に顔を向ける。二人は唖然とした表情から、怯えた表情に様変わりした。

 

 その二人に宣言する。

 

 「もうわかっただろ? これ以上俺に構うな」

 

 古里が、唾を飛ばしながら質問を行う。

 

 「何なんだ? お前。何者だ? わけわかんねえ」

 

 そして、頭を抱える。

 

 祐真は、混乱している古里たちを尻目に、屋上の出入り口へ向かった。

 

 歩いている最中、派手にやり過ぎたかも、とチラリと思う。だが、すぐに問題ないのだと思い直す。仮に怪しまれようと、さすがにここまでやられれば、もうこいつらは絡んでこないはずだ。少なくとも『ペナルティ』を侵す領域までは踏み込んでこないだろう。

 

 今度こそ、こいつらとの件は、終着したとみていいはずだ。

 

 祐真は、屋上の出入り口に到着し、扉を開けて校舎の中に入る。

 

 階段に差し掛かった時、ふと階下に目が止まった。屋上に続くこの階段の下だ。そこを誰かが下りて行ったように見えた。女子生徒の制服だったような気がする。一瞬だったので、はっきりとはわからない。

 

 念のため、手摺から身を乗り出し、下を確認するが、それらしき人影は見当たらなかった。

 

 気のせいだったようだ。

 

 祐真は、そのまま階段を下り、教室へ向かった。早めに事は済んだとは言え、もう昼休みは残り僅かだ。

 

 教室へ入ると同時に、クラス全員の視線が集まる。少し怯むが、臆することなく、祐真は自分の席へと向かう。

 

 席へ着いてからも、なお皆が祐真を気にしていることが肌で感じ取れた。祐真がピンピンしているために、事の顛末を読み取れず、好奇心がくすぐられるのだろう。

 

 そこに星斗と直也が、祐真の席へやってきた。そして不安げな面持ちで質問を行う。

 

 「祐真、どうなったんだ?」

 

 「大丈夫? 何をされたの?」

 

 こちらは、本気で心配しているようだ。祐真は、周囲の人間が耳をそばだてていることを意識しながら、答える。

 

 「別に何も。問題なく解決したよ」

 

 直也が、パッチリとした目を丸くして、驚いたように訊く。

 

 「本当に? 朝もそうだったけど、どうやって解決したの? 見逃してくれる相手じゃないのに」

 

 「無事に()()()()()をしたよ。もちろんお金なんて払ってない」

 

 祐真の自信あり気な言葉に、二人はなおさら疑問符がつく顔になった。しかし、祐真が無事で平然としている以上、信じざるを得ないはずだ。

 

 やがて、チャイムが鳴り響き、二人は自分の席へと戻っていった。

 

 教師が教室にやってくるまでの間、今度は隣の席の彩香が話しかけてくる。

 

 「祐真君、解決したんだね」

 

 「ああ」

 

 「よかった。本当に心配してたんだよ。祐真君が昨日様子がおかしかったのもこれが原因なんだね。気ついてあげられずごめんね」

 

 彩香も本気で気遣ってくれていたようだ。

 

 「いいよ気にしなくて。心配してくれてありがとう」

 

 彩香は、祐真の礼に、穏やかに笑って返す。

 

 そこで祐真はふと気になって、彩香に尋ねた。

 

 「そう言えば、さっき、屋上にこなかった?」

 

 彩香はキョトンとした顔になった。そして首を横に振る。

 

 「ううん。行かないよ。どうして?」

 

 「いや、違うならいいよ。忘れて」

 

 祐真がそう言い終わると同時に、教師が教室の中に入ってきた。

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