サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第八十章 合流

 日はどっぷりと暮れ、周囲は闇に覆われていた。夜の帳はすでに下りており、冷たい静寂と静謐な空気が祐真の肌を撫でている。

 

 祐真は座り込んでいる状態から、そっと顔を上げた。何かが近づいてくる音が聞こえたためだ。

 

 今現在、祐真がいる場所は、人家から離れた山の中。住宅街を抜け、人気のないほうを目指していたら、最終的に迷い込んでしまったのだ。

 

 自宅のある大貫地区方面とは逆方向に進んできたので、ここがどういった地名なのかはわからない。しかし、今だに危機的状況下にいるのは確かである。

 

 リコはいまだ姿を見せていなかった。先ほど連絡を取ろうとしたところ、この近辺はスマートフォンの電波が届いておらず、居場所を伝えることが叶わなかった。どうにかしてこちらを探し出してくれれば、と思う。

 

 祐真はゆっくりと立ち上がった。ちょうど木々の間にすっぽりと、鳥の巣のように小さな穴があったため、今まで隠れていたのだ

 

 祐真は音がした方向に目を凝らす。泥のような濃い暗闇が先に広がっており、視界は把握が困難だった。草木の濃密な匂いが鼻腔を突く。

 

 しばらく耳をすませても、物音は聞こえてこなかった。気のせいかと思う。

 

 再び座り込もうとした時、祐真ははっとした。今度ははっきりと聞こえてきたからだ。

 

 『人の声』として。

 

 「どこに……羽月……祐真さん」

 

 男の声だ。てっきりリコがやってきたのかと思ったが、違うようだ。聞いたことがない声である。

 

 「こちらは……警察署の……です。救助にきました」

 

 声が発する内容を聞き、祐真は耳を疑った。

 

 警察官? なんでそんな奴がここに?

 

 祐真は警察官を名乗る男がいるほうを凝視する。すると、明かりが見えた。手にライトを持っており、反射により姿か映し出された。

 

 そこには確かに、警察官の制服を着た男が山道を登ってくる姿があった。けっこう若手らしく、ひょろりとした長身の青年である。

 

 「羽月祐真さん、どこですか? 助けたいので姿を見せてください」

 

 警察官は呼びかける。祐真は尻込みした。

 

 警察官が助けにくるのは、特別おかしな話ではないはずだ。こちらは未成年だし、大勢の人間に襲撃を受けるという異様なトラブルに見舞われている。警官の耳に情報が入ったとしても不思議ではなかった。

 

 しかし、色々と妙だ。どうして祐真の名前まで知っているのだろうか。そもそも、本物かどうかすら怪しい。

 

 そして何より、懸念しているのが、現在リコが施してくれた肉体強化魔術『コルプス・フォート』の効果が切れている点だ。

 

 先ほど確かめたところ、肉体は普段と同じレベルまで戻っていた。つまり、完全に無防備である。今襲われたら『普通の人間』である祐真にとって、ひとたまりもない状態だ。

 

 ここは隠れていたほうが無難かもしれない。

 

 警察官はすぐそばまできている。祐真はそっとしゃがみ込んだ。

 

 その瞬間、煌々としたライトが祐真を正面から捉えた。祐真は眩しさから目を細める。

 

 「ああ、そこにいたんですね」

 

 祐真を発見した警察官は、ほっとした声を上げた。警察官は無線機を手にしており、どこかと連絡を取り合っていたことがうかがえる。

 

 「あなたが羽月祐真さんですね。助けにきました」

 

 警察官はそう語りかける。祐真は仕方なく、茂みから外へ出た。体に付いていた土や枯葉を払いながら、警察官の前に立つ。

 

 「あ、あの、どうして警察の人が?」

 

 祐真は緊張しながら、若い警察官に質問する。相手は国家権力だ。下手な真似をしたら、面倒な結果になるかもしれないという恐れがあった。すなわち、リコの正体が明るみに出る危険に繋がる恐れがあるのだ。慎重に行動せねば。

 

 「通報があったんですよ。少年が人々に襲われているって」

 

 警察官はなおも、無線機で誰かと通信しながら、そう説明した。

 

 「通報?」

 

 「ええ。目撃した方から。それじゃあ、あなたを保護します。まずは下山しましょう。付いてきてください。足元に気をつけて」

 

 警察官は、こちらを促し、歩き出す。祐真は大人しく従い、警察官の後ろに続いた。

 

 足元に目を落としながら、祐真は山道を歩く。脳裏では、疑問が渦巻いていた。

 

 先ほどこの警官は通報があったと説明したが、おかしな話だと思う。どうしてこんな山に祐真が潜伏していたことを知っていたのだろう。

 

 祐真はそのことを質問しようと、顔を上げた。そこでぎょとして、息を飲む。

 

 警察官は、こちらを振り返っていた。手には、黒光りする小さな物体が握られている。

 

 それは拳銃だった。警察官は、拳銃をこちらに向けて構えていたのだ。

 

 絶句する祐真をよそに、警察官は拳銃のトリガーに指をかける。

 

 「それじゃあ、死んでください」

 

 警察官は冷たく言い放つ。表情は仮面を貼り付けたように固く、無表情だ。

 

 祐真の頭は真っ白になった。どうして警察官が、こちらの命を奪おうとしているのか。この男も操られていたというわけか。

 

 今の祐真は完全に無防備だ。ただでさえ貧弱な高校生なのに、拳銃で撃たれたら一巻の終わりだろう。

 

 祐真が反射的に目を閉じた。直後、静寂に包まれた山の中に、爆竹にも似た乾いた破裂音が響き渡る。

 

 祐真は弾丸が体に当たったかと思った。痛みがすぐに襲ってくることを覚悟した。

 

 だが、少し経っても何の変化も起きなかった。静寂が祐真の全身を包んでいる。空気の冷たさもあいまって、海の底にでも立っている気分に陥った。

 

 祐真はそっと目を開けた。誰かの背中が見える。それが誰の背中なのか、はっきりとわかった。

 

 「リコ!」

 

 祐真は叫んだ。頼りになる背中。祐真が待ち侘びていた相手だ。

 

 リコは警察官が撃った弾丸を防いでくれたようだ。どうやって祐真の元に駆けつけたのかわからないが、間に合ったらしい。

 

 「待たせてごめん」

 

 リコは正面を向いたまま、祐真に謝る。祐真は首を振った。

 

 「助かったよ。リコ」

 

 残る問題は、眼前にいる警察官だ。彼を何とかしなければ。

 

 そう思ったのも束の間、若き警察官はその場にばったりと倒れた。手から拳銃が転がり落ちる様子が見て取れる。

 

 「……殺したの?」

 

 「気絶させただけさ」

 

 リコはこちらに振り向いた。安堵した表情を浮かべている。

 

 「無事みたいだね。間に合ってよかったよ」

 

 「けれど、今はめちゃくちゃ厄介な状況になってるぞ」

 

 「わかってる」

 

 リコは頷いた。色々と察している顔付きだ。

 

 「どうやって俺の場所がわかったの?」

 

 リコへの連絡は、住宅街のトイレを最後に、途絶えている。発見は難しかったはず。

 

 「君を探す『暴徒』たちの姿を追ってきたのさ」

 

 「どういうこと?」

 

 祐真が質問すると、リコは人差し指を立て、静かにするよう促してくる。

 

 「話はあと。とりあえずここを離れよう」

 

 そしてリコは、こちらの肩を抱くと、そのまま足元から持ち上げ、お姫様抱っこの格好を取った。

 

 「お、おい、何を……」

 

 突然のことでされるがままの祐真は、驚いた声をあげる。やめろと不服を口に出そうとするが、すでに遅し。

 

 ふわりと浮遊感が発生したかと思うと、逆バンジーでもされているかのように、一気に体が急上昇した。

 

 気が付くと、今までいた森が真下に存在していた。

 

 空に浮かんでいる――。祐真は息を飲んだ。空にいるのにも関らず、風は弱く、寒さも感じられなかった。リコが魔力で対処しているのだろうか。

 

 「祐真、あれが見える?」

 

 リコが祐真を抱いたまま、下方向を指差す。祐真はリコの指先が示す場所に目を向けた。

 

 下方にある山に光の筋がいくつかできている。光の筋は動いており、徐々に登っているようだ。

 

 それが人が持つライトなどの光源であると知った時には、祐真の肌に粟が立っていた。

 

 リコは頷く。

 

 「あれは『山狩り』さ。全員祐真を狙って登ってきている」

 

 山道を沿うようにして伸びている光は、全部人間たちが発しているものだ。先ほどの警察官のように、全員が手元に明かりを持って登ってきているのである。

 

 ぞろぞろと、遠足のごとく、大勢の人間が夜中に登山を行っている光景は異様だった。目を凝らすと人々の手には、鎌やバットが握られている様が確認できた。まるで『八つ墓村』だ。

 

 総数はおよそ、五十人から六十人といったところか。

 

 「……なんで俺を狙ってきてるんだ?」

 

 「言っただろ? 退魔士に操られているんだって」

 

 「どうやって?」

 

 祐真が質問すると、リコは黙り込んだ。どこか憂いを帯びたような影が、リコの顔に差し込んでいる。

 

 「どうしたんだ?」

 

 祐真は怪訝に思って尋ねた。リコは肩をすくめる。

 

 「今は何とも言えない。とりあえず、アパートに帰ろう」

 

 リコはそう言い、祐真を抱きかかえたままの格好で、ゆっくりと足を蹴り出した。

 

 滑るようにして、二人は前進を開始する。次第にスピードが増し、原付バイクほどの速さで上空を飛行した。

 

 『山狩り』が行われている場所が、どんどん離れていく。このまま逃げ切れば、あとは何とかなりそうだった。

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