サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
「ここら辺かな」
リコがおもむろに言うと像時に、空を前進していた動きから、下方に滑空する動きに変わる。アトラクションに乗っているかのような、無重力の感覚が祐真を襲う。ジェットコースターのように激しくないものの、思わずリコの体にしがみ付いた。
やがて二人は地上へと降り立つ。リコの腕の中から解放された祐真は、ふらつきながらアスファルトの固い地面に立った。まだ乗り物に乗っているような酩酊感にも似た感覚が、全身を包んでいた。
「……ここは?」
祐真はふらつく足を踏ん張りながら、辺りを見回した。見たところ、祐真の住むアパートの近くではない。街外れの小さな空き地のような場所だ。
「アパートから離れた目立たない場所に降りたよ。夜中と言えど、二人の男がメリー・ポピンズみたいに、空から降りてきた姿を誰かに見られでもしたら大問題だろ? 動画なんて撮られたらおしまいさ」
リコの言うとおりである。我々には『ペナルティ』の問題が常に付き纏う。退魔士との戦闘の際も、相手だけではなく、周囲の人間に発覚する危険性も考慮しなければならない負担があるのだ。
「少し歩けばアパートだ。行こう」
リコは先に立って歩き始めた。祐真も後に従う。
道中、夜更けなだけあってか、人っ子一人すれ違うことはなかった。近隣の家々からは明かりが漏れているため、寝静まっているというよりかは、単純な話、夜に出歩く人が少ないだけなのだろう。
つまり、騒動が起きれば、たちまち人は出てきて、衆目に晒されることを意味していた。
やがて祐真の住むアパートへと近づく。見慣れた風景であり、あと一つ角を曲がれば、すぐにでも安アパートの姿が目に入る場所まできていた。
リコは最後の角を曲がった。背後に続く祐真も、すぐに角を曲がる。
すると何かにぶつかってしまう。何だと思って、前方を確認すると、それはリコの背中だった。なぜかリコは、角を曲がるなり立ち止まっていたのだ。そのせいでぶつかってしまった。
「どうしたんだよ? 急に立ち止まるな」
祐真が口を尖らせて、リコを非難する。だが、リコは謝ることなく、真剣な顔付きでこちらを振り返った。
「祐真、静かに」
リコは人差し指を唇に当てていた。祐真は訝しむ。
「だから、どうしたんだって……」
そこまで言いかけた祐真は、思わず口をつぐんだ。
視界の先に祐真の住むアパートがあった。高校進学と同時に転居してきた何の変哲のない二階建ての安アパート。今では、人ならざる者であるリコと共に暮らすお馴染みの場所である。
その建物に、異変が起きていることを祐真は瞬時に悟った。
アパートの出入り口及び、その付近に複数の人影が確認できたのだ。まるでアイドルの出待ちのように、十人近くの人間がたむろしている。
ただ、出待ちと違うのは、それぞれが手に鉄パイプやバッドなど物騒なシロモノを持っている点だ。遠目からでも、異様な雰囲気であることが醸し出されていた。
「先回りされていたみたいだね」
リコは冷静に呟く。言葉の端に、ある程度予期していたような感情が見え隠れしていた。
「でも、何で俺たちが家に帰ることを知ってたんだ? リコがアパートを出る時は何の異変もなかったんだろ? つまり張り込みが始まったのはついさっきだ」
「……単純に、祐真を仕留めることができなかったから、住居へ戻るチャンスを潰す方向シフトしたのかもしれない。事前に祐真のアパートを調べていれば可能な話だ」
確かにリコの言うとおりかもしれない。敵対している相手を狙う場合、相手の家に張り込むのは定石と言えるからだ。
しかし、釈然としないのも確かである。あまりにもタイミングが良すぎだ。まるで祐真たちの行動を読んでいるような……。
「とにかく、ここにいたらまずいね。移動しよう」
リコは祐真の肩を抱き、この場から離れようとする。祐真は大人しく従った。
リコならば、あの程度の人間たちなど余裕で蹴散らせるだろう。しかし、そうやって一戦まみえた場合、大きなリスクを伴ってしまう。
厄介なのが警察だ。大勢の人間と戦えば騒ぎになり、近隣住人が通報する恐れがあった。警察が介入すれば、リコの正体が発覚する危険が飛躍的に上昇するだろう。即刻、二人には『ペナルティ』が課せられ、人生が破滅してしまう。
いくらこちらに分があろうとも、可能な限り戦いを避ける必要があるのだ。
アパートを前にして、祐真はリコと共に踵を返した。再度、曲がってきたばかりの角を曲がり、『暴徒』たちから離れる。今のところこちらに気付いた様子はない。
「でも、それならどこに行くんだ?」
高校生とインキュバスの行く当てなど、この世界にそう多くはないだろう。どうやって、一夜を過ごすのか。おまけに祐真はまだ制服のままだ。
「とりあえず休むところを探そう。幸い明日は休日だ。どこかに泊まっても問題はないはず」
リコがそこまで言った時だ。背後から声が突き刺さった。
「いたぞ!」
振り返ると、耳にスマートフォンを当てている男が一人、こちらを指差していた。どうやら見つかってしまったらしい。
「走るよ」
リコは祐真の体を抱き、疾走する。周りの家々があっという間に背後に流れる。
すぐに男の姿は見えなくなった。ある程度進んだところで、二人のスピードは普通に戻る。
なおもリコは、歩みを止めず、祐真の肩を抱いたまま進んでいる。駅のほうに向かっているようだ。とにかく、この地域から離れる魂胆らしい。
祐真の頭の中にあったもやもやとした疑念が、今でははっきりと形作られていた。
今現在、戦っている『敵』について、いくつかわかったことがあった。