サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第八十二章 解明

 「人が多いのに、襲ってくる奴はいないね」

 

 今現在二人は、住んでいる富津市を出て、都心にある新橋までやってきていた。JRを乗り継ぎ、山手線へと乗り込んだあと、一直線に向かったのだ。

 

 休日前の繁華街なだけあってか、新橋は夜遅くにもかかわらず、大勢いの人間が通りを行き来していた。酔客も目に付くが、スーツ姿のサラリーマンやOLらしき者たちも散見された。夜の都会は眠らない街なのだ。

 

 「あまりにも大騒ぎになれば、術をかけている退魔士のほうも実害が発生するんだろうね。事件にでもなれば、相手も困るのさ」

 

 リコがJRを使って、わざわざ人の多い都心を目指した時は驚いたが、ちゃんとした理由が背景にあったのだ。

 

 確かに、これなら富津市であったように、大勢の人間が襲ってくれば、たちまち大きな騒動に発展するだろう。ニュースにも即座に取り上げられるに違いない。『敵』にしても、その展開は本望ではないのだ。

 

 木を隠すなら森の中。古典的な策略だが、案外有効というわけか。

 

 祐真が納得した時だった。

 

 「けれどね」

 

 リコが呟くと同時に、すぐ隣で人がばたり倒れた。驚いて見てみると、大柄な男が地面に伏しており、手から小振りのナイフが音を立てて地面に転がり落ちるところだった。

 

 男は白目を剥いており、気絶していることがわかる。

 

 「当然、相手は僕らを休ませるつもりはないみたいだね」

 

 唖然としている祐真に対し、リコはそう説明する。どうやら祐真が気づかないうちに、操られている人間がこちらに対して襲い掛かってきたようだ。

 

 容易くリコが撃退したものの、彼の言うとおり、敵は攻撃をやめておらず、単発的に襲い掛かる手法にシフトしたらしい。

 

 もしもこれが続けば……。

 

 「ここを離れよう」

 

 近くにいた通行人が立ち止まって、こちらにぎょっとした目を向けている。長居すると厄介なことになりそうだった。

 

 祐真はリコと共に、その場を離れた。さらに、繁華街の中へと進んでいく。

 

 夜の新橋は、盛況をみせており、イベントでもあるかのような有様だ。確かに大勢に襲われる心配は減っても、人混みが多ければ、どこから敵が攻撃を仕掛けてくるかわかったものではない。不安は尽きなかった。

 

 「休めるところを探そう」

 

 早足で横を歩いているリコが、提案する。

 

 「でもどこで? 金は?」

 

 下校中の身であるがゆえ、所持しているのは通学鞄くらいだ。お金も大して持ち合わせていない。おまけに新橋の地理には疎かった。学生である祐真にとって、新橋のようなビジネス街はそう訪れる場所ではないのだ。

 

 「お金は大丈夫。僕が持っているから」

 

 リコは自分のポケットを叩く。そう言えば、こいつは拠出が不明な金を沢山持っている。つまり金持ちなのだ。

 

 「場所はどうするの? どこに行っても襲われる可能性があるだろ」

 

 「そこは問題ないよ。当てがあるから」

 

 「当て?」

 

 祐真は怪訝に思う。異世界人であるリコに人間界での当てなどあるのか。

 

 「なんだよ。その当てって」

 

 祐真が疑問を口にすると、リコはこちらにウィンクを行った。長い睫毛が艶やかに上下する。

 

 「まあ着いてきて」

 

 リコは先に立って歩き出した。

 

 

 リコが辿り着いた先は、新橋の繁華街を抜けて、路地の奥へと入った場所だった。人もまばらで、静かな場所だ。

 

 そこに一件のバーがあった。こじまりとした喫茶店のような外観で、レトロな雰囲気のあるお洒落な店だ。

 

 「ここだよ」

 

 リコはバーへと近づく。祐真は立ち止まって、外装を見上げた。

 

 「この店が当てのある場所?」

 

 「そうだよ」

 

 一見すると、何の変哲もないバーだ。『レインボー』という名の店らしく、虹色のデザインが施された看板が掲げてある。リコが言うくらいだから、何かしら特筆するべき場所なのだろうが。

 

 ここにくるまでも、数人から襲われていた。全てをリコが撃退していたが、敵の攻撃が存続している以上、この『レインボー』が、本当に『シェルター』として機能する必要があった。

 

 「とにかく中で休もう。祐真、君の体力が心配だ」

 

 リコはバーの扉に手を掛けた。リコの言うとおり、祐真の体力はすでに限界に近かった。学校が終わるなり、大勢の人間から鬼ごっこよろしく、逃げ回り続けていたのだから。

 

 リコはバーの中に入った。祐真もあとに続く。

 

 「いらっしゃいませー」

 

 店に入るなり、女性とも男性とも付かない中性的な声が、二人を出迎えた。

 

 店の内部は、落ち着いた雰囲気のバーとなっている。入り口からみて左手にカウンターがあり、右側にテーブル席が並んでいた。現在、どちらの席にも人は座っていなかった。

 

 カウンターの中に中年男性が一人立っていた。色白で、朗らかな顔付きの人物だ。派手好きなおばさんが着るような、ややどぎつい色をした服装をしている。

 

 店舗に入ってきた二人のうち、一人がリコであることを確認した中年男性は、ぱっと顔を明るくさせた。

 

 「あれ? リコちゃんじゃない? お久しぶり~。元気してた?」

 

 中年男性は、女子高生のように、はしゃいだ声を出す。カウンターから出てきて、リコの手を取った。リコは長身であるため、中年男性は顎くらいの目線になるが、それでも高いほうだとわかる。

 

 「もう、なかなかきてくれなかったから、あたし、寂しかったよ」

 

 中年男性は甘えた言動を取る。

 

 「ごめんね。ママ。忙しくって」

 

 リコはにこやかに応じた。

 

 祐真は目の前の展開に付いていけず、硬直していた。ぽかんと口が開いてしまう。

 

 リコが――人ならざる者のインキュバスが――祐真の知らない人間と親しそうに言葉を交わしている。この事実に、祐真は面食らっていた。

 

 「あら? そちらの方は?」

 

 中年男性は祐真に気が付くと、顔を向けた。

 

 「この子は、祐真っていう僕が面倒見ている子さ」

 

 リコはこちらの肩を抱き、恋人のように紹介を行う。突っ込みたくなる物言いだが、平常心が乱れていたため、上手く口が回らなかった。

 

 「ああ、例の子? リコちゃんが言った通り、可愛らしい子ね」

 

 中年男性は唖然としている祐真の目の前まできた。ふわりと、香水の甘い匂いが鼻腔を刺激する。祐真はどぎまぎした。

 

 「あたしの名前は日向和美(ひゅうが かずみ)です。このゲイバー『レインボー』の店長をやってます」

 

 日向と名乗った男は、頭を下げる。

 

 「ゲイバー?」

 

 祐真はリコに問いかけた。

 

 「そうだよ。ここはゲイが集まるバーさ。新橋は東京において、新宿に次ぐゲイバーが多い街でもあるんだよ」

 

 「だけど、それがなんで……」

 

 いまだに理解が追い付かず、祐真は混乱を極める。

 

 ゲイバーならば、日向という男がオネエ系のような言動を取るのは頷けたが……。なぜ、こうもリコと親しげなのか。

 

 リコは祐真の疑問に対し、さらりと答えを言う。

 

 「僕はこの店の常連ってこと。僕だって色々と交流を深めているんだよ」

 

 「リコちゃんみたいにゲイの外国人は大歓迎なのよ」

 

 日向は誇らしげに言う。

 

 祐真ははっとした。普段から人外として接している祐真は自覚が薄れていたが、リコは魔術によって、自身の姿をカモフラージュしている。日向のような他者にとっては、ハーフや外国人のような外見に見えているはずだ。

 

 つまり、上手く誤魔化しているのだろう。交流する場がゲイバーというのは、ゲイの淫魔であるリコにとっては何ら不思議な話ではない。

 

 「ちょっと色々ごたついてて、奥借りるね」

 

 リコは日向に断り、奥のテーブル席に向かおうとする。

 

 「おい大丈夫なのか? この店に迷惑かけるんじゃ……」

 

 「大丈夫。常連以外、ほとんどこの店にはこないから、部外者がきたらすぐにわかるよ。その時は裏口から逃げればいい。ママさんがちゃんと対応してくれるさ」

 

 「よくわからないけど、リコちゃんの頼みだもの。任せなさい」

 

 日向は胸を張る。オネエだが、胸板は厚そうだ。肉弾戦も結構強そうに見える。

 

 二人の主張を受け、祐真は渋々納得した。元より、行く当てもないし、疲労が蓄積しているのも事実だ。大人しく従う他ないだろう。

 

 祐真はリコに続いて、奥のテーブル席に着いた。柔らかいソファに座ると同時に、堰を切ったようにどっと疲れが押し寄せてくる。

 

 そのあと、日向がリコにはウィスキーと思しき酒を、祐真にはジュースを出してくれる。

 

 リコはグラスに入った琥珀色の酒を飲みながら、口を開く。

 

 「それで、具体的に何が起きているんだい?」

 

 祐真は、オレンジジュースで満たされたグラスを両手で包むようにして握った。ジュースは程よく冷蔵されており、冷たい感触が手の平に伝わってくる。

 

 「俺にもよくわからないんだけど……」

 

 夕方、電話でリコに説明した時は、掻い摘んだ程度に終始した。今度は詳細を話す必要があるだろう。

 

 祐真は説明する。

 

 チンピラのような男に絡まれている女性を助けたエピソードに始まり、突然、パニック映画のごとく、街中の一般市民が襲い掛かってくるようになったことや、しまいには、国民を助けるべき警察官から発砲を受けたシーンまで――つまりリコと合流する直前まで――の一部始終を伝える。

 

 黙って話を聞いていたリコは、ウィスキーが入ったグラスをテーブルに置いた。

 

 「なるほど。なかなかに厄介だね」

 

 「何かわかるのか? 原因は?」

 

 「すでに説明したとおり、新手の退魔士の仕業さ。人々は退魔士に操られて襲ってきてるんだ」

 

 「それはわかってるよ。そうじゃなくて、前にも質問したように、どうやってあの人たちは操られてるんだ?」

 

 祐真は核心に迫る質問を行った。

 

 リコは唇を舐めると、答える。

 

 「これまで襲ってきた人間たちの様子と、祐真の話を統合すると、使われている魔術は『範囲限定型』の操作魔術だと思う」

 

 「範囲限定型?」

 

 祐真はリコの言葉を鸚鵡返しする。その声が思ったより大きかったので、慌てて周囲を見回した。

 

 幸い、店内にはいまだ他の客はおらず、店主である日向はカウンター内で作業に従事していた。営業スタイルなのか、二人の会話には、ほとんど耳を傾けていないようだ。奇妙な会話を聞かれる恐れはなく、祐真は安堵する。 

 

 祐真は落ち着いて、リコに質問を投げかけた。

 

 「なんだよ。その範囲限定型っていうのは」

 

 「名前のとおり、限定されたエリア内のみ有効な操作魔術さ」

 

 「操作魔術っていうのは、誰かを操る魔術ってことだよな。それが限定的ってこと?」

 

 リコはグラスを手に取り、ウィスキーを一口飲むと、頷いた。

 

 「単純な話だよ。祐真。限られたエリア内でのみ効果がある術だけど、その分、対象を意のままに操れるんだ」

 

 リコは『範囲限定型』の操作魔術について簡単に説明を行った。

 

 まず術者は対象となる人間(この場合、通行人など)に接触し、魔術をかける。魔術をかけられた人間は、術者の意のままに動く操り人形と化す。

 

 その力は相当強く、術者が解除するか、操られた人間が意識を失わない限り、継続するらしい。

 

 だがしかし、強力な魔術な分、欠点があり、効果範囲が限定されているという。術者を起点とした、術の影響が及ぶエリアから外れると、これも操作魔術が解除されるのだ。

 

 「その効果範囲ってどれくらいなんだ?」

 

 祐真は肝心な部分に言及する。

 

 リコは肩をすくめた。

 

 「術者の技量によって左右されるけど、概ね五十から三百といったところかな。術者が人間なら、極端に広範囲というのは考え難い」

 

 「その効果範囲内に、術者もいるんだよね」

 

 「そうだよ。術者が送電線のように範囲内から術を維持しているんだ」

 

 祐真は、夕方から今に至るまで、襲撃を受けた光景を頭の中に思い起こした。

 

 暴徒のように襲い掛かってくる人間たち。そう遠くない場所に術者はいたのだ。まるでストーカーがずっと付き纏っているかのような、ぞっとする嫌悪感を祐真は覚えた。

 

 「でもそれだったら、術者の位置は簡単に割り出せるんじゃないの?」

 

 リコは首を振った。

 

 「いや、難しいね。範囲限定型の操作魔術は、対象をリアルタイムで操作しているわけじゃないんだ。最初に下した命令を範囲内で維持しているだけで、常に魔術を発信しているわけじゃない」

 

 「つまり、探り当ているための材料がないわけか」

 

 「そうだね。とは言っても、もちろん、維持するために魔力は使っているわけだから、ある程度は術者がいるエリアは絞れるよ」

 

 祐真はオレンジジュースを一口飲んだ。果糖の甘い味が口の中に広がる。祐真は、しばし、一考する。

 

 リコの説明で、気になった部分があった。

 

 祐真は質問した。

 

 「さっき、最初に下した命令を維持しているだけって言ってたけど、じゃあ、新しく命令を下す場合はどうしているんだ?」

 

 「改めて口頭なり、電話なりで命令をしてるはずだ。例えば、追跡を止めて、待ち伏せしろ! とかね」

 

 「……」

 

 バラバラに別れていたパーツが次第に組み上がり、形を成すように、祐真の中に散らばっていたおぼろげな思念が、明確な姿をもってあらわになっていく。

 

 「リコ、ちょっと聞いて欲しい。『敵』について、いくつかわかったことがあるんだ」

 

 ここに至るまでに得た『答え』。いまだに見えない『敵』の退魔士。だが、手中に滴り落ちた事実があった。

 

 「なんだい?」

 

 リコは首を傾げる。祐真は説明を始めた。

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