サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第八十四章 進行

 物音が聞こえた。なんだか騒がしい。誰かと誰かが揉めているような……。

 

 祐真は、うっすらと目を開いた。シックなデザインのお洒落な内装が目に入ってくる。

 

 祐真は、自分が置かれている状況を徐々に思い出した。

 

 確か、リコと一緒に、ゲイバーへと避難したんだっけ。あれ? 何でわざわざそんな場所に行ったんだろう。何があったんだっけ。

 

 意識が覚醒するに従い、騒音も大きく聞こえてくる。やがて、おぼろげな思考が曇りガラスを払ったように、明朗となった。

 

 記憶を取り戻し、祐真は慌てて身を起こした。

 

 隣にリコがいた。腕を組み、座ったまま寝入っている。どうやら自分はソファに座り、リコの体に身を預けた状態で眠っていたようだ。

 

 祐真は、騒音がするほうに顔を向けた。店の入り口のほうからだ。店長の日向が、扉越しに誰かと話をしている。切迫したようなやり取りだ。

 

 祐真たちは店の奥にいるため、会話内容ははっきりと聞こえない。だが、祐真の心にさざ波を立てるのに、充分、不穏な雰囲気を漂わせていた。

 

 祐真はリコの体を揺すった。リコはすぐに覚醒し、即座に状況を悟った様子をみせる。ふと、強いはずの淫魔が、こんな騒ぎなのに祐真よりもあとに目が覚めるのは不思議な気がした。

 

 「きたようだね」

 

 リコは、立ち上がった。祐真もつられて立ち上がり、同時に店内にある壁掛け時計を確認する。

 

 現在は午前五時半過ぎ。もう外は明るくなり始めた頃だろう。随分と眠っていたようだ。

 

 「ちょっといい加減にして!」

 

 日向が悲鳴に近い叫び声を上げた時だ。店のドアが勢いよく開かれた。

 

 姿を現したのは、二名の男だ。両名ともプロレスラーのように体格がよく、目が据わっていた。全身から、暴力的な空気が滲み出ている。

 

 違いなく、退魔士に操られている人間だとわかった。祐真の足が震える。

 

 「裏口へ急いで!」

 

 リコが祐真を促した。祐真は裏口へと駆け出す。同時に、男たちが日向を押しのけ、店内へとなだれ込んできた。

 

 「ママさん、今度説明するね」

 

 リコは驚いて腰を抜かしている日向に、そう声をかけた。それから、祐真と共に、裏口に向かう。

 

 リコが先頭となり、バーの裏口に通じる通路を進んだ。通路には、酒ビンのケースやダンボールなどが詰まれており、とても狭い。祐真は体を擦らせながら、リコの背中を追う。背後から、男たちの足音が聞こえてくる。

 

 やがてすぐに裏口へと到達し、前を行くリコが裏口の扉を開けた。

 

 明るみ始めた灰色の空が、リコの背中越しに見えた。

 

 「危ない!」

 

 祐真はとっさに叫んだ。扉を開けた途端に、一人の男が、リコに向かって鉄パイプを振り下ろしてきたのだ。まるで待ち構えていたように。

 

 リコはすでに男の攻撃を認識していた。即座に対応の動きを取る。

 

 リコは、振り下ろされた鉄パイプを難なく右手で掴むと、ハエを払うように空いている左手を振った。

 

 男は衝撃波を受けたように、背後へと吹き飛んでいく。そしてコンクリートの地面に転がり、動かなくなる。だが、死んだわけではなさそうだった。

 

 リコは裏口から外に出た。祐真もあとに続く。

 

 裏口の外は、ちょっとした路地裏になっていた。飲み屋が集中しているエリアらしく、他店舗の勝手口が軒を連ねている。

 

 時間帯のせいで、人通りは全くない。眠ったように静かだ。ただ、特定の人間たちを除いて。

 

 「な……」

 

 祐真とリコは、数名の男たちに取り囲まれていた。『レインボー』の裏口はすでに張られていたのだ。

 

 「リコ!」

 

 祐真は叫んだ。店舗内にいた例の二人組の男が、いつの間にか追いつき、祐真たちの元に肉薄していた。

 

 プロレスラーのような体格をした二人は、同時に祐真へと襲いかかる。

 

 男の一人が腕を伸ばし、祐真の腕を掴もうとする。その瞬間、強力な重力が発生したように、その男は地面へと叩き付けられた。一瞬で気絶したらしく、ピクリとも動かなくなる。

 

 もう一人は、祐真にタックルを仕掛けてきた。その男も、祐真の体に当たる寸前で、背後に吹き飛び、建物の壁に激突した。それから、糸が切れたように、ゆっくりと崩れ落ちる。

 

 祐真は繰り広げられる目の前の展開についていけず、唖然としていた。全てリコが魔術を使い、祐真を守ってくれたのだ。

 

 祐真はリコのほうに顔を向けた。そして、はっとする。

 

 取り囲んでいた男たちの一人が、体からぶつかるようにして、リコの背中に刃物を突き立てていたのだ。祐真を守るリコの隙を、上手く突いたらしい。むしろ、最初から計画されていたのかもしれない。

 

 「リコ……」

 

 祐真が絶句していると、残った男たちが一斉にリコへと襲いかかった。

 

 男たちは、皆が手にバットや鉄パイプを持っていた。それが次々に振り下ろされる。背中を刺され、硬直していたリコは、すぐさま袋叩きに合う。

 

 集団リンチと化した目の前の光景に、祐真は茫然と立ち尽くした。助けに入らないと……。でもどうやって?

 

 逡巡しながらも、祐真が一歩を踏み出した時だった。それは起こった。

 

 力のままリコを殴打していた男たちは、ほぼ同時に、透明な巨人の足に蹴られたかのごとく、その場から弾け飛び、地面を転がっていった。

 

 やがて、皆は気を失ったのか、動かなくなる。路地裏には静寂が訪れた。

 

 「リコ、大丈夫!?」

 

 祐真は、リコの元に駆け寄った。災害現場のように、大勢の人間が倒れている中、リコは平然と佇んでいた。

 

 「大丈夫だよ。祐真。大したことない」

 

 リコの体を見てみると、袋叩きにされていた全身には、ほとんど傷が見受けられなかった。刺された背中も、ぽつんとした穴が服に空いているだけだった。

 

 「よかった、魔術で防いだんだね」

 

 祐真がほっとしながら訊くと、リコはかすかに頷いた。それから、路地裏の先を顎でしゃくる。

 

 「そうだね。それより、早くここを移動しよう。すぐに敵が集まってくる」

 

 そう言い、リコは歩き出した。路地裏から脱出するのだろう。祐真は慌ててリコのあとを追う。

 

 倒れている人間たちの間を縫うようにして進みながら、祐真は眉をひそめた。

 

 視線の先には、ちょうどリコの背中が見える。無傷だと思われたリコの背中に、僅かばかり、血が滲んでいることを確認したのだ。時間差で出血したのだろうか。それとも、他者の返り血か。

 

 それを祐真は確かめることができないまま、リコに続いて路地裏から出た。

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