サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
「じゃあこれから使い魔を飛ばすね」
駅を離れた二人は、みなみ野地区の中央付近にある運動公園にやってきていた。芝生が生えた広場の真ん中で、リコと祐真は向かい合っている。
現在、二人のそばには人はいない。離れたところでは、公園の遊具で遊ぶ子供たちや、親子連れの明るい声が聞こえてきていた。
「わかった。俺はどうすればいい?」
「そのままでいいよ。使い魔を飛ばしたら、すぐに視界がリンクするから」
リコは空を掴むように、手の平を上に向けた。すると、空間が歪んだ直後、浮き出るようにして、一羽のカラスが出現した。
「カラス?」
祐真は現れた黒い鳥に対し、目を丸くする。
「前は確か、蝙蝠とかだったよね?」
高校で発生した『全世界BL化計画』。その時、リコは使い魔として召喚した蝙蝠を祐真に付けていた。
てっきり、今回も蝙蝠が出てくるとばかり思っていたが、違ったようだ。
「使い魔にも色々種類があるのさ。それに、こんな昼間の住宅街なら、蝙蝠よりもカラスのほうが目立たなくて都合が良いんだ」
リコは至極真っ当な説明を行う、確かに、蝙蝠がこんな真っ昼間に飛び回っていれば、結構不自然に映るかもしれない。相手の退魔士に悟られる恐れもあった。
「じゃあ飛ばすね」
リコは、投擲するように腕を振った。すぐに手に上のカラスは飛び立ち、ぐんぐんと上空に登っていった。以前、鷹匠という鷹を操る人の映像をテレビで観たことがあるが、その光景に似ている気がした。
カラスを放ったあと、リコは祐真に言う。
「祐真、こっちにいいかい?」
リコは祐真を手招きした。祐真はリコに歩み寄り、眼前まで近づく。
まるでキスをするくらいまで接近した祐真は、リコを正面から見据える。見慣れたモデルのような整った相貌。なぜか、少しだけ胸の鼓動が早くなる。
「それじゃあ、リンクさせるよ」
リコは、こちらの額に人差し指を付けた。温風をかけたように、じわりと額周辺が温かかくなる。
すると、不思議な現象が起きた。目の前の視界が、テレビのチャンネルを切り替えた時のように、瞬時に入れ替わったのだ。
祐真は思わず、小さく声を上げた。突然、祐真は空高い場所へと放り出されていたのだ。下方には、色とりどりの家々がミニチュアのように並んでいる。公園や小さな山も確認できた。
不意に高所へとワープした祐真は、身をすくめた。恐怖のあまりに、しゃがみこみそうになる。しかし、そこで、ようやく自分が『空を飛んでいる』のは、視界だけだと気づいた。
空を飛行する鳥。リコが放った使い魔のカラスと視界が繋がったため、自身が空へ放り出された感覚に陥ったのだ。
「どうだい?」
街並みを見下ろす天空の景色の中、リコの悪戯っぽさを込めた声が聞こえた。どうやら、リンクしているのは視覚だけで、聴覚は元の体に置き去りになっているようだ。
「ちょっと驚いたけど、結構圧巻だね」
祐真は、視界の下に広がるみなみ野市を眺めながら答える。こうして見ると、結構自然が多い街なのだと理解する。同時に、住宅街がとても目に付いた。
「祐真。これから僕が使い魔を操作して、民家を見るから、凝視してみて」
「凝視?」
「ずっと見つめるんだ」
リコがそう言うと同時に、視界が急速に落下を始める。テーマパークなどで急降下するアトラクションに乗った時のような、下腹部が縮み上がる浮遊感に襲われた。
リコが操作をするカラスが、下に向かって降り始めたのだ。
リコの言葉のとおりなら、カラスはリコが操作をしているらしい。つまり、これから二人三脚でカラスを通じて退魔士を探していくことになる。
やがてカラスは、一軒の民家の近くに降り立った。何の変哲もない、小さな庭とカーポートを持つ、二階建ての家だ。視点から、カラスは玄関近くの塀の上に止まり、家屋のほうを向いている、
しばらく見つめていると、不思議な現象が起きた。まるで赤外線で撮影したかのように、内部にいる人間の姿が建物越しに透過して見えたのだ。
家の内部には、小学生くらいの男の子と、母親らしき女性の姿がはっきりと確認できた。子供のほうは二階の自室でゲームをしており、母親は洗濯をしている。
「これは……」
祐真は唾を飲み込んだ。奇妙な現象だが、どこか犯罪的でもある。盗撮している気分に襲われた。
「悪用厳禁だよ」
見えなくても、リコがウィンクを行ったのがわかった。
「建物があっても、中にいる人間が確認できることがわかったかい?」
リコが尋ねてくる。祐真は首肯した。
確かにこの機能があれば、障害物があっても無関係である。
「これからカラスを使い、君と接触をした女性を探していく。しっかりとチェックしてくれ」
「でもキリがなくないか? あまりにも人が多過ぎる気が……。街中全てを調べるとなると、何日もかかりそうだぞ」
「その点は大丈夫だよ」
「どうして?」
「君の目撃証言どおりなら、探す相手を絞れるからね。君と接触した退魔士と思しき相手は、若くて綺麗な女性だろ? それだけでも、対象は限定される」
なるほどと思う。確かに例の女性とは違う特徴の人間を除外して探せば、捜索対象は結構絞られるだろう。
「だけど、それでも対象の相手は多過ぎるぞ。この市だけでもどんだけ人が住んでいると思ってんだ」
「僕が漂う魔力を読み取って計測したところ、敵の退魔士が使用している範囲限定型操作魔術の適用範囲は、半径二百メートルほど」
「半径二百メートル? その中に退魔士はいるんだな」
該当エリアはかなり絞れたが、それでも広大な範囲だ。直径なら四百メートルはある。
「相手の退魔士は相当な実力者だよ」
リコは固い声を発した。予想外に退魔士の実力が強大で、警戒心を強めたのだろう。声だけでも、祐真に緊張感をもたらした。
リコは言葉を続ける。
「すでに僕らは敵の魔術の範囲内にいる。敵は僕らを捕捉し、必ず効果範囲内に留めるように動いているからね。だから、僕らを中心に捜索しても問題ないはずだよ」
指針を示したリコに対し、祐真は納得して頷いた。
「わかった」
そして祐真は、気になっていたことを質問する。
「ところで、リコ。このカラスの視点って好きに切り替えられないのか?」
先ほどから、監視カメラのようにずっと家を見ている視点が続いていた。視界だけ別の空間だと違和感が強く、疲労が蓄積することを祐真は知った。
「できるよ。単純に元の視点に戻るよう強く念じればいい」
予想外の簡単な解決法を受け、祐真は拍子抜けすると同時に、実践してみた。
心の中でテレビ画面を切り替えるイメージを作り、元の視点に戻るように念じる。
すると、家屋を捉えていた光景が消え、目の前にリコの姿が見えた。背後には芝生に彩られた広場が広がっている。
元の視点に戻ったのだ。
「便利だろ?」
リコは首を傾け、自慢げに笑う。男性アイドルのように爽やかなリコの顔を見ながら、祐真は思う。
確かにリコの言うとおり、便利な機能だ。上手く使い分ければ、効果的に標的を探し出せるだろう。
「さあ、始めようか」
リコはこちらの肩を叩き、そう言った。