サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
放課後までの時間は、普段と変わらない日常を祐真は過ごした。星斗たちは古里たちをどう対処したのか聞きたそうな様子だったが、結局、質問はなかった。それは他のクラスメイトたちも同様だった。
そして一つ、僥倖があった。星斗が例のアダルトゲームを貸してくれると進言してくれたのだ。星斗はまだ未プレイのはずだが、これは、ゲームを取り返してくれたことと、カツアゲを止めさせてくれたことの礼だと言う。
祐真はありがたく、それを賜った。
放課後になり、面倒事が盛り沢山の一日が終わった。とても長く感じた。
帰路に着き、祐真はアパートへ帰る。
部屋を掃除していたリコに、祐真は今日一日あったことを報告した。そして、一応解決した旨を添える。
そして、最後に祐真は言った。
「ありがとう。リコのお陰だよ」
祐真の感謝の言葉に、リコは天から宝石でも降ってきたかのような、大きな喜びをみせた。今にも小躍りしそうだ。思えば、リコに礼を言ったのはこれが初めてな気がする。
リコは、抑えきれない喜びを携えたまま、祐真に対し、こう言った。
「気にしなくていいよ。その替わり、今夜どうだい?」
「却下」
祐真はきっぱりと断った。やはり油断ならない。
リコは不満気に口を尖らせる。それから、再び提案した。
「じゃあ、デート一回!」
祐真は少しだけ考えた。それくらいなら、何の問題もないだろう。デートと言うからには、外だろうし、そこで貞操を狙ってくるなんて真似はさずがにないはずだ。
「わかった。いいよ」
祐真は了承した。
リコは、満面の笑みで頷く。本当に嬉しそうだ。
話が終わった所で、リコはふと何かを思い出したような表情をした。
「あ、そうそう、今日ね、祐真に似合いそうな下着があったから買ってきたよ」
リコが取り出したのは、メンズ用のTバックが数枚と、面積の狭いビキニタイプの下着だった。
祐真は溜息をつく。リコもいつもの調子に戻ったようだ。
「そんなの着るかよ。却下!」
アパートの中に、祐真の突っ込む声が響き渡った。
横井彩香は、所属している陸上部の部活動を終え、入居しているアパートへと到着した。
高校生になってから、住み始めたアパートである。1DKの学生向けの部屋。一人暮らしを開始した当初は不安が大きかったが、今ではのびのびと自由に過ごすことができるため、非常に満足していた。好きに『趣味』を楽しむことができるし、誰と同居しても咎められることはない。
彩香は部屋の鍵を開け、中に入る。部屋の中はすでに明かりが灯っていた。一緒に住んでいる『彼』が点けたのだ。
「ただいま。ユーリー」
玄関近くのキッチンで、ユーリーが食卓の準備を行っていた。この匂いはカレーだ。おいしそう。
「おかえり。彩香」
ユーリーは、天使のような笑顔を彩香へと振り撒いた。頬の辺りまで伸びた銀色のメンズノーブルショートの髪が揺れる。見ただけで髪質がとても良いことがわかり、女の彩香ですら嫉妬するほどだ。
ユーリーの容姿は幼い。外見からは十二、三歳に見えるだろうか。顔は非常に整っており、フェルメールが描いた絵画のように、神秘ささえ感じさせるほど美しい。
さらさらのノーブルショートと、白い肌を合わせると、白人の美少女と見紛うばかりだ。
「もうすぐ晩御飯ができるから。待っててね」
「うん。いつもありがと。楽しみ」
彩香は礼を言い、部屋へと入る。
十五畳ほどの部屋は、雑多に物が並んでいた。
奥の壁際に、学習机と隣に『趣味』のための作業机。作業机の上には、ウィンドウズのパソコンと、UGEE製の薄い板のようなペンタブレットが置かれてあった。そのペンタブレットの横には、電子ペンが転がっている。
そしてその対称に、テレビとピンクカバーのベッド。
だが、特色すべきは本棚の多さだ。残った壁際のスペース全てを食い潰さんばかりに本棚が並んでいる。そしてそこに収まる膨大な量の漫画本。
その漫画本の過半数が、BL本であった。ボーイズラブ。男同士の恋愛を描いた書籍である。
彩香はそれらの本や、自身の作品を見る度に思う。
男女の恋愛のような性欲に塗れた汚らわしい行いとは違い、男同士はただひたすらに純粋だ。生殖を伴わない恋愛や性交は、本能に彩られた男女のそれより、一段階上の崇高なものである。
ユーリーと同居を決めたのも、その点を満たしていたためだ。
彩香は常々思っている。
これ以上にない素晴らしい世界だろう。
着替えを済ませ、彩香はユーリーと共に食卓を囲んでいた。
ユーリーお手製のカレーを口に運びながら、彩香は、話を続ける。
「それでね、祐真君ってば凄いんだよ。プロレスラーみたいな体格の人を押しただけでやっつけたんだ。あれにはびっくり。いざとなったら助けようかなって思ってたけど、必要なかったよ」
ユーリーは、にこやかに相槌を打ちながら、聞き役に徹していた。
「でもさー、それを見て私思ったんだ。ケンカから始まる恋愛もいいなーって。不良の菅野君と地味な祐真君。まさかの逆転劇で恋心が芽生えるの。祐真君可愛いから普段は受けだけど、燃えたら一気に攻めになる。菅野君はたじたじになりながらも、されるがまま、っていうのもいいね」
彩香はサラダにドレッシングをかけ、食べ始める。さらに話はヒートアップした。
「そんな二人の間柄に、古里君が入り込んできて、三角関係になるの。祐真君は不良二人を手玉に取るけど、最終的にまた逆転しちゃって、二人から同時に攻められる展開はどうかな? 祐真君が不良たちの慰み者になる。今まで反抗した分、攻めは激しいんだよ。ユーリー的には萌える?」
意見を聞かれたユーリーは、頷いた。
「素晴らしいよ。僕もそこに混ざって攻めたいね。可愛い男の子は大好き」
ユーリーは、そう意見した。
ユーリーも外見はとても可愛らしい男の子だ。いわゆる美ショタである。
「可愛い男子同士の攻め合いっこもいいなー」
彩香は天井を見上げる仕草をし、夢想する。己の描くBL漫画に落とし込むためだ。
ユーリーは男しか愛せないゲイセクシャルだ。だが、それよりも大きな特徴がもう一つあった。
それは、人間ではないという点である。
ユーリーは
始めは半信半疑だった。以前から魔術や魔法といったものは好きだったものの、現実に存在しているとは考えていなかった。
だが、漫画の参考になるかもと試しに召喚をしてみると、実際にユーリーが出現し、度肝を抜かれたのだ。
インキュバスは女性の性を狙う悪魔、正確には淫魔だ。つまりは女にとって危険な存在である。その知識は彩香の頭にあったので、彩香は逃げようとした。
そこに、ユーリーの説明が行われた。自身が男しか愛せない同性愛者だということ、そのため、女は狙わないこと、『召喚還し』のこと、そして『ペナルティ』のこと。
ユーリーは
どれも信じ難いものばかりだったが、目の前にこうして実物が不可思議な方法で現れ、奇跡のような力を使うのだ。信じざるを得なかった。
そして、彩香は、ユーリーを自身の部屋に住まわせることにした。ユーリーがゲイである以上、女である彩香に身の危険はなかったためだ。
また、美しいインキュバスのゲイの少年(実年齢は違う)という特徴は、腐女子の好みにドストライクだったからだ。それは創作活動において、大いに参考になる。もっともこの場合、詰め込み過ぎの設定と言えるかもしれないが。
それに、下手に追い出すと、ユーリーの正体が発覚し、『ペナルティ』が発生する危険があった。それは避けなければならなかった。
そのような理由から、ニケ月近く、彩香はインキュバスの少年と同棲を続けていた。
「だけどその祐真って子、少し気になるね」
ユーリーは、さり気ない口調で言う。
「でしょ? 多分ユーリーとお似合いだと思うな。今度食べちゃえば?」
「いや、そっちじゃなくて……」
「どういうこと?」
ユーリーは、スプーンを置き、わずかに身を乗り出す。
「その祐真君が相手を倒した方法だよ。ちょっと不思議じゃない? 体格のない子が、大きな人を吹き飛ばすって」
彩香は首を捻った。
「そうかなー? 合気道ってやつ? それじゃない? 前にテレビで、合気道を食らった人が、あんな風に飛ぶのを見たことがあるよ」
「合気道はそこまで強力じゃないでしょ。 祐真君の場合、違う気がする」
ユーリーの言葉に、彩香は屋上での光景を思い出した。
扉の隙間からこっそり覗いていたため、はっきりとは判りづらいが、確かに菅野は吹き飛ばされていた。祐真の手で、漫画のように。
あんな巨漢をさして大柄でもない祐真が、腕力だけで吹き飛ばせるとは思えなかったため、合気道などの技術を使ったと自然に解釈をしていたが、こうして指摘を聞くと、おかしい気がする。
しかし、そうなると……。
「じゃあ、ユーリーはどう思うわけ? 合気道とかじゃないって言うなら、原因は何?」
カレーとサラダを食べ終え、コップの水を飲みながら、彩香は質問をした。
ユーリーは、まっすぐ彩香を見つめた。鋭く削った水晶のような目と合う。
「多分、魔術」
「ええ!? 何で祐真君が魔術使えるの?」
「もしかすると魔術師や退魔師かも。あるいは、それらの人が身近にいて、力を分けてもらったとか」
「うーん」
ありえない話ではないと思うが、そうなると不自然な点が出てくる。
「だけど、こんな身近に魔術を使える人が何人もいるなんておかしくない? ユーリー一人だけでも珍しいのに」
「偶然揃ったのかもしれない」
「……」
彩香は少し考えた。確かに、ユーリーのような、不思議な存在と出会う確率は非常に稀だ。ましてや、それが極所で複数発生するなど、可能性としては非常に低い。しかし、ゼロではない。そんな偶然はありえないと一蹴するには、やや短絡的だった。
「探り入れてみる?」
ユーリーは即座に首を振った。
「下手に動かないほうがいいよ。仮に僕の言ったことが事実だとして、今の所こちらの正体には気がついていないだろうし、聞いた限りでは、トラブルになるような真似はしないみたいだし。今はちょっかいは出さないほうがいいと思うよ」
「でもそれだと」
今後、『障害』になる恐れがある、と言おうとしたところで、ユーリーは彩香の言葉を遮り、一言付け加えた。
「今のところは、だよ。彩香」
彩香は、納得したように笑みを浮かべて頷いた。