死神の息子 作:ころころさん
~渚side~
いま僕たちの前には、まるでずっと前から同じクラスで学校生活を送っていたかの様に、馴染み深く親しみやすい雰囲気を纏う綺麗な暗殺者がいた。
「紹介しよう。今日から君たちと一緒にここで学び、そして奴を殺す暗殺者の仲間になる。それでは本人から改めて自己紹介を頼む」
烏間先生の隣に立っていた生徒は、気に抜けた返事をしながら一歩前に出ると軽くお辞儀をしてまっすぐ僕たちを見ていた。
「さっきの体育館でも言ったけど改めて。名前は美雨─無月美雨。一応去年からここの生徒だったんだけど、仕事の都合でなかなか出席できなくてね。晴れて今日から君たちと同じクラスになれたんだ。よろしくね」
とても同じ中学生とは思えない背の高さと落ち着き方は、正直彼とは反対に立つビッチ先生よりも大人に感じてしまう。
それに僕もよく間違えられちゃうけど、彼の容姿はとても整っていて、声を聴いても同じ男の子だとは思えなかった。唯一男の子と判別できたのは、白い首にある喉仏のおかげだ。
それよりも、僕は無月の事を名前だけだが知っていた。いや、僕だけじゃない。
ここに来たばかりである茅野は知らないかもだけど、2年のころからこの学校にいる生徒は彼の名前とその異質さを知っているはずだ。
「無月…ってもしかしてあの無月か?去年の中間と期末のテスト日以外で登校したこと無くて、それなのに点数はオール満点。あのA組の浅野と並ぶ学年1位の天才幽霊!」
前原君が無月君を指差しながら一時期学校で有名だった噂話を話始めた。
その話を聞いて、みんな思い出したのだろう。
ピンっと来た子たちが世話しなく周りの子たちと話している。
対するその噂話の本人は、僕たちが騒がしく話している様子を微笑みながら眺めていた。
そんな時、僕たちのクラスの中で一番頭のキレる業君が珍しく挙手してから発言をしていた。
「さっき仕事の都合とか言ってたけどさ、なにやってんの?高校生じゃないんだからバイトじゃないよね?てか中学生のうちから働けないでしょ」
彼の疑問はもっともだった。確かに仕事の都合と言っても家庭の事情などはあるだろうがそれでもほぼ学校に来れないとなるとそれはもう本格的なものだ。
海外ならともかく、日本で中学生のうちから働かせてくれるところなんてそうそう…なんて考えていると、無月はとてつもない爆弾を落とした。
「ああ、仕事は殺しだよ。基本依頼が来たら海外に行っちゃうからなかなか出席できなくてね」
まるで普通の事を言っているかのような、そんなあっさりとした答え。
しかし、その内容は僕たちが最近やっと日常に落とし込めそうになっていた、普通ならありえないものだった。
「……殺しって?」
「そのままだよ。依頼を受けてターゲットを殺す。暗殺者だったり殺し屋とかって言われてるよね。ほら、君たちも絶賛暗殺中でしょ?それと一緒」
教室が静まりかえった。
この教室で過ごす以上、いつかは来ると思っていた殺し屋の生徒。それがまさか、もともとこの学校に在籍していた生徒だったなんて…。
「彼が言っていることは本当だ。少し情報を付け加えるなら、彼は今最も世界で名が売れているプロの殺し屋だ。我々防衛省、もとい、日本政府含め世界各国が直々に依頼をした」
烏間先生の話に全員が驚愕し息を飲んだ。ビッチ先生と同じプロの殺し屋。中学生なのにも関わらずこれだけでも驚きなのに、さらに彼の実力を買って日本だけではなく世界中から依頼を受けているということはそれだけの実績があるということ。
それはつまり、彼で殺せなかった場合、もう殺し屋を雇っての暗殺は不可能なんじゃ…おそらくここにいる全員が同じことを考えていた。
そんな時、僕含め数人、ビッチ先生の様子がおかしいことに気付き、誰かが心配して声をかけるも、ビッチ先生はひどく汗を出して怯えながらに口を開いた。
「今の殺し屋でそんなVIP待遇を受けている奴なんて私の知るうちじゃ2人しかいないわ。あなたが本当に中学生の年齢なら、あり得るのはおそらく…【「 」】」
「そうですね。俺がその【「 」】です。イリーナ・イェラビッチ、懐かしいですね。前にあなたの暗殺依頼が来ましたが、突然依頼主の連絡が途絶えたので受けなかったのですが、あなたの師がやったんでしょうかね。どちらにしろ、引き受けなくてよかった。写真で見るより数倍も綺麗ですね、慣れない平和な環境は楽しんでいますか?」
「っ!…そう、私の事はもう調べ済というわけね?」
「確かにそうですが、安心してください。とりあえずこの一年は現在引き受けている依頼以外で殺しは基本しません。その中にはあなたの名前はないですし、見た感じあなたは悪人じゃないので殺しがいもない。烏間先生同様、教師としてあなたと過ごせれば嬉しいですよ…ただ」
「んむっ!?」
「もし俺とそれ以上の関係をお望みでしたら気軽に言ってください。
俺は女性も綺麗なものも好きなので。お誘いいただけたらその時はハニートラップのプロであるあなたも体験したことのない体験を提供させてあげますね」
無月君は一瞬にしてビッチ先生の背後に移動すると、左手で彼女の両手を拘束しそのまま右手を彼女の顎へ添えて、中指と薬指を口に咥えさせていた。
誰一人無月君の動きに反応出来た人はこの教室にはいない。
あの烏間先生ですら、突然の出来事に驚いていたから。
もし、反応出来る可能性があるとしたら、それはおそらく…。
そういえばさっきから殺せんせーが妙におとなしい気がする。
いつもならこういったプチイベントは率先してニヤニヤしながら何か挑発するのに。
ふと僕は殺せんせーの様子を伺う。
すると、殺せんせーは今まで見たことがないような、戸惑いとか申し訳なさそうとか、どこか気まずい表情を浮かべていた。
「口内でしたらここのツボを刺激すると、手っ取り早く相手を一種の興奮状態に出来るので、ハニートラップにはお勧めですよ。あとはこことここを同時に押すと、全身の力が抜けるので反撃を食らわない」
そんな殺せんせーの変化なんて関係ないかのように、無月君はビッチ先生で遊んでいる。
もはや18禁なのではないかというような目の前の光景に僕たち中学生のほとんどは顔を真っ赤に染めて俯くしかない。
岡島君なんて鼻血となぜか血涙を滝の様に流している。
あれは人体的に大丈夫なのだろうか。
「とまあ遊びはここまでにして。最初に言っておくと、俺は別にあんたを積極的に暗殺しようとは思ってないよ。賞金もあの程度の額なら間に合ってるしね」
文字通り骨抜きにされ甘く熱のこもった息を漏らすビッチ先生を空いている椅子に座らせた無月君は、隣で相変わらず気まずい表情の殺せんせーを見上げて言った。
暗殺しないって一体どういう…?
「俺はただここで初めてのまともな学生生活を送ってみたいだけ。学歴に関しても、前にイギリスの大学を卒業してるからどうでもいい。俺はただ、あなたと学校生活を送ってみたいだけ」
無月君は殺せんせーのネクタイに描かれている三日月に触れた。その瞬間、僕は無月君の纏う雰囲気がどこか変わった気がした。どこかこう暖かみを帯びているというか。
「けっ!そんなこと言って、本当はそこのタコを殺す実力がねえだけだろうが!!変にかっこつけてんじゃねえよ!」
クラス内でも喧嘩っ早い寺坂君が無月君に噛みついた。彼は自分の見たものを信じる癖がある。まだ目の前で力を証明していない無月君に苛ついて煽っているのだろう。悔しかったら実力を見せろって。
それを無月君も分かったのだろう、うーんと首を傾げて悩む無月君は、どこか心配そうに殺せんせーを見つめていた。
「大丈夫ですよ。私も君の暗殺には興味があります。ぜひ先生を殺してみてください」
やっと調子を取り戻したのか、挑発模様にしながら笑う殺せんせー。すると無月君はひまわりの様に満開の笑顔を見せると、小さく何かをつぶやいた。
瞬間─僕たちからは無月君の身体が一瞬ブレただけにしか見えなかったが、いつのまにか殺せんせーの見える限りの触手が全て切り落とされた。
「にゅやっ!!?」
「「「なっ!!?」」」
「やっぱり、初速はそこまで速くないね。それに殺意が乗ってないと反応も遅れる。自分の感情が豊かな分、他者の感情がない攻撃は察知しにくいのかな?」
涼しげな表情で落ちた腕の触手を左手で拾う無月君。そんな彼の反対の手には、先ほどまで持っていなかった日本刀のようなものが鈍く光っていた。
それに気づいた他のみんなも、次々と目の前で起きた異常事態を飲み込みつつ、指摘した。
すると、無月君は触手を大事そうに抱えながら、右手に持つ刀を教卓の上に置いた。
「詳しく説明するのはめんどくさいからザックリ言うと、これは俺が作ったAI搭載型の武器で名前はアッシュ。登録した武器の形に音声認識で変形するの。この刀は1番で、例えば…3番」
無月君はみんなに聞こえるように数字を唱えた。すると教卓の上に置かれた日本刀はバラバラに分解されると、みるみる形を変え、やがて僕たちも使うようなスナイパーライフルへと姿を変えた。
初めて見るSF風(殺せんせーは無視)にまだまだ子どもの僕たちは感動のあまり歓声をあげた。
「まだまだ色んな形があるけどそれはまたの機会にね。それよりこの触手、放っておくとどうなるのかな?」
そうだった。あまりにカッコいい武器を持っているから忘れてたけど、現在、僕たちの前では今まで見たことないほど殺せんせーが追い込まれているんだった。
ぴちぴちと跳ねている触手の数を見ただけで絶句する。果たしてこれだけの数をクラスみんなで、この一瞬で与える事が出来ただろうか。
確かに、不意を突いてならダメージを与える人はいた。たまたまだけど奥の手を使わせてその存在を知ることにも成功はした。でもこんな確実に、真正面から向かってダメージを与えた人はいないし、今後現れるかと言われたら、恐らくいないだろう。
だって僕たちの前にいるのは、全世界が認める紛れもない世界トップの暗殺者なのだから。
「…正直驚きました。油断したつもりはないのですが、こうもあっさり露出している触手全てやられるとは…」
いつのまにか斬られた分の触手を全て再生させた殺せんせーは顔の模様で二重丸を作っていた。
だけど、ずっと先生を観察していたからわかる。
今の先生は、ひどく弱っている。
「触手は放っておけば勝手に蒸発して消えますのでご安心を」
「…そう。ふふ、優しそうな触手ですね。それじゃかわいそうだし、全部回収して埋めておくね」
無月君はそう言って触手を全て回収してアタッシュケースに戻したアッシュを持って教室の窓から出ていった。1分ほどで戻ってきた彼は、手は泥がついた手を洗ったのだろう、濡れた手をハンカチで拭いていた。
「それじゃ、これからよろしくね。殺さん」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね。美雨君」
無月君と殺せんせーがお互いに見合いながら握手をする。僕たちのクラスに、なんとも頼もしい仲間が増えた。