死神の息子 作:ころころさん
速水を教えていた美雨は、あれから特に他の生徒たちを教える事は無く、今日1日は速水につきっきりでいた。
授業が終るごとに、倉橋や矢田がそれについて抗議していたが、彼女らに対して教えるのはまた後日という風に収まった。
そして現在、下校時間になりE組生徒が続々と帰る中、美雨は殺せんせーや烏間、イリーナと少し雑談をしようと最後まで教室に残っていた。
「ヌルフフフ、一体何のお話しをするんですかねえ」
「ただの雑談だよ。これまでみんながどんな殺しをしてきたのかも興味があるし、学校生活で教師と仲良くなることは結構プラスに働くでしょ」
「確かに、学校生活において生徒同士だけでなく教員との交流も大切です。そういう事なら甘いものでも囲んで談笑と行きましょうかね」
「さようなら、殺せんせー!!無月君もまた明日ね!!」
「ヌルフフフ、明日は殺せるといいですねぇ」
「またね、渚君」
美雨と殺せんせーは仲良く話ながら教員室へと向かっていた。廊下でこれから帰るのだろう渚とあいさつを交わし、目的地のドアを開けた。
ガララッ
部屋の中ではいつもの様に烏間とイリーナが殺せんせーに悪態をついたりしながら出迎えるはずだったが、今回はそこに意外な人物がいた。
「初めまして、殺せんせー。無月君は久しぶりだね」
「……?」
「どうも、浅野
どこか乾いた笑みを浮かべるその人物はなぜか手元に複数のルービックキューブを持って殺せんせーと美雨を出迎えていた。
原型を保っているものは全て色が揃っているが、いくつかバラバラに分解されただろうものが散らばっていた。
殺せんせーは自分を訪ねてきているそんな人物に心当たりがないのか、きょとんとしていた。
そんな殺せんせーの様子に気付いたのか、烏間とイリーナが補足する。
「この学校の理事長サマですってよ」
「俺たちの教師としての雇い主だ」
二人の説明にピンっと来たのだろう、もの凄い速さで浅野理事長に近づいた殺せんせー。
「にゅやッ!こ、これはこれは山の上まで!!それはそうと私の給料もうちょいプラスになりませんかねぇ」
マッハ20のお茶出しにマッハ20の肩もみを繰り出す殺せんせー。どうやら月を破壊した超生物でも上司には下手に出る様だ。なんとも大人の世界である社会とは複雑である。
それから、浅野理事長は自身の立場を踏まえて、あくまで自分は学園の長としての話をしに来たことを伝えた。
「率直に言えば、ここE組は
部屋の窓際に腰を下ろしながら告げた浅野の言葉は、ここにいる殺せんせーや美雨、そして帰るタイミングを完全に失い廊下で話を聞いている渚にわずかな引っ掛かりを与えた。
「……このままと言いますと、成績も待遇も最底辺という今の状態を?」
思わず殺せんせーが質問する。すると、浅野理事長は一拍おいて自身が作り上げた学校のシステムについて話し始めた。
「働き蟻の法則を知っていますか?どんな集団でも20%は怠け20%は働き、残り60%は平均的になる法則。私が目指すのは5%の怠け者と95%の働き者がいる集団です。『E組の様にはなりたくない』『E組にだけは行きたくない』95%の生徒がそう強く思うことで…この理想的な比率は達成できる」
浅野理事長が話したシステムは非常に合理的だった。人間の心理を上手く突いている。その合理性という部分に関しては殺せんせーも納得していた。
「今日D組の担任から苦情が来まして。『うちの生徒がE組の生徒から凄い目で睨まれた』『殺すぞ』と脅されたとも。暗殺をしてるのだからそんな目つきも身に付くでしょう、それはそれで結構。問題は、成績底辺の生徒が一般生徒に逆らう事。それは私の方針では許されない。
以後厳しく慎むよう伝えて下さい」
それが本題か。浅野理事長の話を聞いた美雨はひどくつまらなそうに話しを聞いていた。そんななか、浅野理事長は懐を漁ると、何かを取り出して殺せんせーへと投げ渡した。
宙に浮かぶそれは、複雑に絡まった知恵の輪だった。
「一秒以内に解いて下さいッ」
「え!いきなりッ…」
突然の出来事に反応が遅れた殺せんせー。案の定、持ち前のスピードを駆使して解こうとした結果、複数の触手と知恵の輪が絡まりあられもない姿になった。
ただ、触手だけならまだ理解できるが、なぜ舌や首にまで絡まっているのだろうか。あの1秒間の間に一体何が起きたんだ、浅野理事長を除くこの場にいる全員が思ったことだった。
「……噂通りスピードは凄いですね。確かにこれなら…どんな暗殺だってかわせそうだ。でもね殺せんせー」
殺せんせーの様子を冷静に観察し、ゆっくりと殺せんせーの前で片膝を床につけ目線を合わせた。
「この世の中には…スピードで解決できない問題もあるんですよ」
彼から放たれた言葉はひどく冷たく、そして確かな重みをもっていた。
暗殺という枠では完全無欠の殺せんせーでも、教師としての枠ではもしかしたら浅野理事長は殺せんせー以上かもしれない。教師が在籍する学校という組織は、浅野理事長という絶対的な支配者がいるのだ。
だが、そんな支配者なぞ関係ない者がいた。
「それを言うなら、合理的でも解決できない問題ってのもありますよね?浅野先生」
先ほどまでずっと黙っていた美雨が、知恵の輪によって無残な姿を晒している殺せんせーの前にしゃがみ込みながらその口を開いた。
「まあ俺はあなたの教育理念とかはどうでもいいんですよ。例えあなたが
美雨が何でもない様に話ていると、一瞬にして浅野理事長を中心に場の空気が変わった。
それは支配者ゆえの力か、とにかく美雨の発言が浅野理事長の触れてはいけない何かに触れたことは一目瞭然だった。
「…何が言いたいのかな、無月君」
「いやね、俺がこの学校に来るときにあなたの過去を調べたんですよ。あぁ、別に言いふらしたりはしませんのでご安心を。これからたくさん迷惑をかけちゃうと思いますので」
美雨は殺せんせーの上に跨ると、絡まった知恵の輪と触手に一度触れる。
そして次の瞬間、美雨の手元がブレる。
「E組に弱者を求めるならやめた方が良いですよ浅野先生。あなたが教育者でありたいのなら尚更。あなたの教育は、生徒を強くしているのでは無く、そう錯覚させているだけです。
きっかけ一つで砕けるようなひどく鋭利で歪で脆いものだ」
カランカランっと金属が床に落ちる音が響く。
美雨の周囲には先ほどまで殺せんせーに絡まっていた知恵の輪が、ひとつ残らず解かれている状態だった。美雨が触手に絡まった知恵の輪を解くのに要した時間は約1.7秒。
「過去の自分を殺したいのか知らないけど、そんな脆い相手に負ける子はE組にはいないですよ。教育に大切なのは挫折した時の立ち直り方─未来を見る力を身に着けさせることであって、ただ目の前の現実だけを叩き潰す力を育ませることではないんですよ。そんなこと3歳の俺でもできます」
美雨はそのままゆっくり立ち上がり、浅野理事長の前に真正面から立ち並んだ。
「一つ教えてあげます浅野理事長。あなたの教育では俺は支配できません。弱者と定めるE組にいても、俺自身があなたやその生徒たちに負ける事はありません。
それどころか、
笑顔で勝利を宣言した美雨。その自信は今までの経験はもちろん、彼をここまで育てあげた親に対しての絶対的な信頼も信用もしているからだ。
そんな美雨の言葉を聞いた浅野理事長は表面上は笑顔であったが、その瞳の奥は一切笑っていない。
「……誰が、誰に勝つと?」
「
瞬間、空間全体の温度が絶対零度まで下がる。実際には下がっていないが、そう錯覚させるほどの重く冷たい重圧が浅野理事長から放たれる。軍人である烏間とプロの殺し屋であるイリーナですら、彼の重圧に思わず冷や汗を吹き出す。殺しも経験したことがないはずの一般人のはずなのに、浅野理事長のそれは歴戦の殺し屋に匹敵するほどのものだった。
だが、そんな重圧をまるでそよ風を浴びるかの如く、涼しい顔で受ける美雨。
どれほどの重圧だろうが殺気だろうが、美雨にとっては何でもない。
当然だ。彼の親は世界一の殺し屋。死を司る神そのものなのだ。
そんな埒外の化物に育てられれば、他の者の重圧や殺気などなんの意味もないのだ。
「……面白い。楽しみにしているよ」
「はい、俺もあなたとまた話せることを楽しみにしてますよ」
浅野理事長は最後まで笑顔を崩さず部屋を後にした。その内側で熱くドス黒いドロドロとしたものが噴出していたことだろう。それをしっかりと感じ取った美雨もまた、内心で三日月のごとく大きな弧を描いた笑みを見せる。
これから起こるだろう様々な出来事に胸を膨らませて。
退屈する暇もない、極上の暇つぶしに期待していた。
「ところで殺さん、どうやって首も絡ませたの?結構その身体構造気になるんだけど」
「あ、あれはなんかこうババッてやったらいつの間にかいい具合に絡まったんですよ。あんな辱めは初めてですよ!!」
先ほどの無様な姿を思い出して顔を真っ赤にさせ気持ち悪く身体をくねらせる殺せんせー。
浅野理事長に受けた屈辱は彼の中でメラメラと燃えているのだろが、今は目の前に美雨たちがいる為気持ちを切り替えている様だった。
「はいはい、じゃあその気持ち悪い動きはやめて、早くみんなで話そうよ。特別に俺がお茶を淹れてあげるからさ」
「それは楽しみですねぇ。それでは私はこの前イタリアで買ったお菓子たちを出しましょうか。烏間先生とイリーナ先生もたまにはご一緒にどうです?」
ニヤニヤしながらもマッハで部屋を飾り付ける殺せんせー。意外と職場の人とこういうことをするのが初めてなのか、はたまた別の理由でウキウキしているのか、とりあえずわかるのは、今の殺せんせーが凄い嬉しそうだということ。
以外にも腹が立つぐらいセンスが良いテーブルクロスを引いて、一瞬にしてどこかの高級店かのようなリゾート空間が出来上がった。
「なぜ俺が暗殺対象と茶を…」
「まあいいじゃない。あんたの可愛い生徒のお誘いでもあるんだから」
「わ・た・し!の可愛い生徒ですよ!!!」
「そこは別に張り合わなくて良いんじゃない?」
妙にお茶を淹れる姿が様になっている美雨。慣れた手つきで人数分用意すると、にこにこ笑顔で席に座った。
そのままその日は美雨と殺せんせーに振り回されながらも烏丸とイリーナもこのひと時を満喫した。
今まで飲んだ中でお世辞抜きで一番美味しかった、と美雨の入れた茶にドハマりしたイリーナは、後に生徒たちに隠れてはたびたび美雨に茶を要求するようになったのだった。
次の日
「さらに頑張って増えてみました。さぁ授業開始です」
授業開始と共にE組に来た殺せんせーは昨日よりもさらに数を増やしていた。
その数、およそ70殺せんせー。一人につき3~4殺せんせーが付く計算だ。
もはや軍隊に近いだろう。
それからはあっという間だった。
複数の殺せんせーが速度を活かしてマッハで教えていく。
速くてわかりやすいのだが、多少の無理をしているのか、所々で残像が雑になっていた。
もはや別キャラのそれだ。
一方、美雨はこの現状を邪魔しない様にと、現在は教室にはおらず烏間とイリーナがいる教員室にサボり中である。
「あんたは勉強しなくて大丈夫なの?」
「ご心配なく。例え大学入試レベルが出題されても問題ないですね」
「それでは、今は何をやっているんだ?先ほどからもの凄い速度でタイピングをしているが」
「少々調べものです。最近拾い物をしたのでそれについて科学のお勉強をしてみようかなと」
美雨は見た目は普通のアタッシュケースでありながら実際は超高性能の暗殺道具であるアッシュを開いてノートパソコンとして使っていた。
暗殺道具だけじゃないのか、もはや何でもありだな…と苦笑する烏間。
対してイリーナはそんなアッシュをツンツンとつついたり眺めたりしていた。
「どうしたんです?」
「別に。こんな凄いものをあんたみたいなガキが本当に作ったのかと疑問に思っただけよ」
「確かにイリーナの疑う気持ちもわかる。正直、俺も今だに信じられん。この技術は少なくとも日本にはないだろう」
「新しいものを生み出すのに必要なのは想像力とそれを形にする膨大な資金であって、年齢はそう関係ないんですよ。幼いころから暗殺の道を余儀なくされたあなたなら、物事に年齢なんてあまり意味がないと気付いているでしょう?それと、安心してください烏間先生。この技術は他のどこの国を探しても存在しませんよ。紛れもなく俺のオリジナルです」
気さくに話しながらも美雨の手元の速度は恐ろしく早い。まるで10人ぐらいで文字を打っているのではないかと錯覚するほどには、タイピング音が響いている。
そして美雨が話しているタイミングで、アッシュの一部がにゅっと変形し、小さくサムズアップの形を取っていた。なんともシュールなその絵に烏間とイリーナの身体がピシィッと固まる。
「…凄いな、まるで 感情があるかのようだ」
「実際、人間の感情に近いものは持っていますよ。自宅だとアッシュの自立型機械人形ボディがあるので」
「え、なにこれ人型になるの?」
「見た目自体は作ればどのようにも。ただ今我が家にいるのは完全に人型ですね。アッシュ自身が勝手に作ったんですけど、見た目は完全にそこらの人間と大差ないです。お掃除もしてくれますし、料理も作れば食事もします。この前はボディのアップデートが出来て風呂が入れるようになったってガッツポーズしてましたよ」
「なにそれめっちゃ気になる」
美雨の発言にイリーナが食いついた。すると、美雨はPC画面を閉じる。
「アッシュ、君と話したいな」
美雨が一言つぶやく。すると、アタッシュケースから放射状に光が放たれる。すると、ブォンと鈍い音と共に人型のホログラムが投影された。
『御用でしょうか、美雨』
投影された人型は綺麗に頭を下げた。背中まで伸びた美しい黒髪をなびかせる美雨と並んでも違和感のないほどの美女。ロングスカートのメイド服越しでもわかるほど手足はすらっとしていてスタイルが良い。
完全に洗練されたプロメイドの人間。イリーナと烏間はただそうとしか思えなかった。
「これが一応人型のアッシュです。性別とかの設定はしていなかったんですけど、いつの間にかこうなっていまして」
『この姿では初めましてですね、烏間、イリーナ。私の名前はアッシュ。そっちにいる私共々、以後お見知りおき下さい』
「「あ、ああ。これはご丁寧にどうも」」
明らかに戸惑っているのだろう、ぎこちなく挨拶を返す烏間とイリーナ。そんな二人の光景を楽しそうに眺める美雨。
「ちょっと美雨、これ本当にロボットなの?明らかただの人間じゃない。しかも妙にスタイル良いのがむかつく」
「正真正銘ロボットですよ。ただ、世間で良く見るロボットのような骨組みなどがあるわけではなく、全身が液体金属に近いものですね。硬度や重量なんかもかなりの自由性がある俺のオリジナルです。アッシュはそれを利用して自分の身体を作ったみたいなんです。好奇心旺盛な子ですよね」
『性別に関しては私の独断で女性を選びました。『黒髪美人女メイドは男の憧れ』と日本のアニメや漫画に多く記載されていたので。また、容姿に関してはネットに記載されたイラストを参考にしました。多くは胸部装甲が大きく描かれていましたが、美雨のこれまでの異性情報を振り返り、露骨に大きいのは余り推奨されませんでした。その結果、このような姿になりました』
優雅にくるりと回ったアッシュ。そんな彼女?に頬を引き攣る二人。
「なんか妙に俗世染みてないかしら?もしかしたらそこらのやつより人間よこれ…」
「これほど高性能の人工知能の開発…凄まじいな」
「知識を自由に得られる環境を与えた結果ですね。特に彼女は日本の娯楽が大好きみたいですよ。日本は他国と比べても頭一つ抜けてのアニメ・漫画大国。日本政府はもう少しそういった業界に目を向けるべきですよ。俺自身も、この国の想像力は評価しています。特にどんなものでも美少女に擬人化させるのは素晴らしいですね、最近だとそのおかげで馬に詳しくなりました」
美雨の言葉に合わせて投影されるアッシュの姿に変化が起きた。
頭からまるで馬のような長い耳が、そして腰には毛並みのいい尾が生えた。
その衝撃的な光景を目の当たりにしてやっと投影されているアッシュが本当に人間ではないことを自覚した二人。
衝撃に圧倒されている中、なぜかアッシュは歌を口ずさみながら可愛らしいダンスを披露しており、美雨はそれを眺めながら手拍子を行っている。
「なんだか楽しそうね…」
「もちろん楽しいですよ。俺は彼女の生みの親でもあります。そんな我が子同然の子がこうして自己成長し、楽しそうにしているのは見ていて嬉しいですし楽しいです」
慈愛の籠った眼差しをアッシュに向ける美雨。そんな彼のどこか大人びて見えながらも年相応な姿を見た烏間とイリーナは、もしかしたら彼には殺し屋としての道以外の選択肢があったのではないか、とそんな考えが一瞬過った。確かに彼は世界トップの殺し屋だが、そんな者がこれほど優しい表情を向けられるのか、恐らくあの誰もを優しく包み込む暖かさも殺しのスキルなのだろうが、果たして本当にそれだけなのか、と。美雨の心は殺し屋でありながらも一切の曇りがない陽だまりのような本性があるのではないかと、二人は思った。
「ああ、勘違いしないで下さい。俺はもし過去に戻れたとしても今の様に殺し屋になりますよ。あの人の子で有れるならば他のどんな幸福な可能性もいらないんです。今日まで一度も人を殺して悔いたこともないですしね」
油断している二人の首に背後からナイフを滑らせ撫でるように引き裂く。
頸動脈が切断され、噴水の様に赤い血が噴き出す。
教室全体を二人の血が赤く染める。
体の力を失い、体温も急激に下がり、まるで糸を切られた人形のように崩れ倒れる烏間とイリーナ。
最後の力を振り絞ってその目が捉えたのは、先ほどまでアッシュに向けていたものと同じ、慈愛の籠ったあの眼差しで見下ろす美雨の姿だった。