海蛇   作:ムンムン

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 その子供の異常性は、直ぐに露となった。

 

「…………猿か?」

 

 PMCのメンバーの一人が、ポツリと呟く。

 その呟きは、この場に居る他PMCメンバーも同じ感想として抱いている思い出もある。

 彼らが見つめる先では、先の海賊襲撃でのたった一人の生き残りの少年が居た。 

 驚くべきは、その身体能力。

 訓練を付ける事になったが、まずはどの程度動けるのかを把握せねばならない。その為に、まずは貨物船内でフリーランという形で運動させる事となった。

 最初は、恐る恐る動いていたが、もっと激しく動いていいというオーダーを受けてからは一変。

 助走をつけて跳び上がり、詰まれたコンテナの塗装の僅かな凹凸や錆などを手掛かりにその上へ。数メートルの隙間は軽く跳び越え、そのまま船尾にある艦橋の壁に取り付けば、その壁面をまるで蜘蛛のように登ってみせた。

 異常。十歳前後の少年、というか人類としての身体機能がバグっているとしか思えない。

 その少年が、艦橋の頂上辺りにあったバーに手を引っ掛けて片手でぶら下がり振り返った所で、先の呟きへと繋がる。

 

「ダイヤの原石どころか厄ネタじゃねぇか」

 

 煙草を咥えて渋い顔をするのは、レーム。主に訓練を付けるのが、己と自身の相方である故の反応だった。

 一方、件の相方はというと。

 

「んー……多分、指の力が強いって事じゃない?」

「指ぃ?握力って事か?」

「というより、指圧。ピンチ力とか言われる方の力。その力が強いから、私達が取っ掛かりにもならない様な小さな錆や塗装の厚みがあの子にとってはフックになるんでしょ」

 

 常の笑みをそのままに、チェキータはそう評する。

 彼女が思い出すのは、昨晩の海賊襲撃の件。

 この際に、少年は縄を掛けずに船内へと侵入を果たしている。

 数十メートルはある外板をよじ登ってだ。反りのある点なども加味すれば、最早人間業ではない。

 

「鍛えるなら、近接戦よね。折角の運動能力を活かさないのは損失だもの」

「俺としちゃ、狙撃手も悪くないと思うがね。あの機動力を生かして、狙撃スポットが割れるのを防ぎつつ進軍撤退と選択肢の幅が広く取りやすい」

「えー?狙撃手って言ったら、何時間もその場に留まってるのが仕事でしょ」

「いやいやいや、確かにそういう面もあるが銃撃戦になれば罠に嵌める場合は兎も角狙撃手だって動けるに越した事はねぇって」

 

 シレッと二人の対立が起きて、周りは苦笑い。

 確かに人間離れした動きだが、それはそれとして彼らは生粋の兵士だ。一騎当千などのロマンは割と持ち合わせていたりする。

 

 大人たちが話し合う中、件の少年はというとぶら下がったまま遠くにまで広がる水平線を眺めていた。

 一日中こうしてぶら下がっている事も出来る彼は、未だに何処か夢現の境に居るような心地だった。

 現実味がない。殺される事も覚悟していたが、結果的には何も起きなかった。寧ろ、今までの人生にない好転の兆しすらある。

 だからこそ、持て余す。

 ぼんやりと海を眺め、潮風に揉まれる時間。

 

「…………ん?」

 

 不意に少年の背後でノックが聞こえた。

 艦橋には窓があるが、ソレは基本的に嵌め殺しの場合が多い。

 それら窓の一つが、少年の背後にはあったのだ。

 振り返れば、窓の向こうに居たのは二人の子供。

 最初の印象は、白。そして、青。

 にこにこと笑みを浮かべる少年と、その少年の後ろに隠れながらむっすりと仏頂面を浮かべた少女だ。

 窓越しに言葉を交わす事は出来ない。それが分かっているからか、笑みを浮かべた少年は指である方向を指し示してみせた。

 何度か指差しを繰り返し、少年は少女を連れてその方向へ。

 つられる様に、窓の外でぶら下がっていた少年も指差された方へと移動を開始。

 直ぐに辿り着いたのは、艦橋に設けられた外に繋がる観測所と会談のあるスペース。

 

「やあ!散歩していたら、窓の外に人が見えたからね。ついつい声を掛けちゃったよ。あ、英語は分かるかい?」

「……少し、だけ」

「そっか、それは何より。僕は、キャスパー。キャスパー・ヘクマティアル。こっちの子は、ココ。ココ・ヘクマティアル。僕の妹だよ」

「…………」

 

 お喋りな兄と、無口な妹。特に、キャスパーの口が回る回る。

 

「あ、君の名前は?」

「……なまえ、無い」

「え、無いの?というか、君どこから来たんだい?昨日は居なかった……あ、後どうやってあんな所まで?そういえばお腹が空いたな。君もおやつを食べるかい?確か、チョコバーがあったはずだけど。ピーナッツバターが挟んであって、食べ過ぎるとおできが出来ちゃうんだけど背徳の味って奴?僕はああいうジャンク系の味が好きなんだよねぇ。化学調味料マシマシ、みたいなの。ま、そうじゃなくてもハンバーガーは好きなんだけどさ。あ、ハンバーガー食べた事ある?」

 

 キャスパーの早口に、少年は目を白黒させる。

 自己申告の通り、英語に関しては少し分かる程度。日常会話も単語をつなげてどうにか意味を伝える位しかできない。

 ここまで一方的に語られては、何が何だか分からない。

 困って眉根を寄せる少年に、すっと近づくのは白い頭。

 

「…………」

 

 いつの間にか、キャスパーの斜め後ろから出てきたのかムッツリと口を結んだココが少年の側に寄ってきていた。

 少女が興味深そうに見るのは、少年の手だった。

 白魚のような肌の色と同じく白く華奢な指先に対して、褐色で擦れた掌と太く張った関節を持つ指。

 全くの対称的。

 妹の様子に興味惹かれたのか、キャスパーも同じく少年の手を覗き込んだ。

 

「随分と僕らとは違うね。肌の色は、まあ人種の関係があるけれど手の形自体が違う気がするし、何というか強そうだ。握手をしたら、そのまま握り潰されそうだね」

「!そ、そんな、ことし、ない」

「ははは!分かってるよ。単に、僕の感想だからね」

 

 少年が焦れば、キャスパーは笑った。

 二人のやり取りの間にも、ココは更にちょっかいを出している。

 少年の手を取って、握って持ち上げ摘まみ覗き込んでニオイを嗅ぐ。

 

「錆のニオイ」

「おっと、ココ。ニオイは未だしも、舐めるのはダメだよ。彼は、この艦橋を登って来たんだから」

「そんな事しない」

「どうだろうか。僕が言わなきゃ、ぺろりと行ったんじゃないかな?」

「…………」

 

 図星だ。とキャスパーは黙り込んだ妹の頭を撫でる。

 無表情ながら、その一方で妙に行動力のある自身の妹であるココの心理を読み切ったキャスパーが一枚上手だった。

 頬を膨らませる妹から視線を外し、キャスパーはオロオロとする少年を見やる。

 

「とりあえず、チェキータさん達の所に行こうか。君の預かりもそうだろうし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、次の動きが遅い。折角体が強いんだから、もっと積極的に動きなさい」

「ッ……!」

 

 場所は、貨物船の船尾側に設けられた空きスペース。

 長い船旅で体が鈍らない様に、時たまPMCのメンバーが鍛錬をしたり組手をしたりしているのだが、今は指導が行われている。

 常の通り笑みを浮かべたチェキータとそれから元海賊の少年。

 それぞれの手にはゴム製のナイフが握られており切れる事は無いが、素肌に触れて擦れると摩擦熱で痕が付く。

 

「んー、良い動きだな」

「そうなんです?チェキータさんは、不満そうですよ?」

「そりゃあ、あいつの求める基準が高すぎるってもんだ。坊主は、ココと同い年程度だろ?そんな年のガキに、流石にグリーンベレーを被れってのは、なあ?」

「ふーん……()()は期待されてるって訳ですね」

 

 咥え煙草で潮風に髪を揺らしながら、レームはチラリと横目にこの場にはに使わない白い子供たちを見下ろした。

 キャスパーとココ。学校にも通えず、陸を踏むのは船が停泊する時だけ。

 そんな二人の視線が向かうのは、スーと呼ばれた少年だった。

 

 スー・アイマール。それが、元海賊の尖兵であった少年に与えられた名前。

 

 因みに、名付け親は兄の隣でジッとしている白い少女だったりする。

 

「ほらほら、隙があったらどうするの?」

「突く……!」

「そう。ただし、無防備に突っ込むとカウンターが来るからね」

 

 こんな風に。突っ込んだスーを迎撃するように、横合いからの鋭い蹴りが風を切り裂いた。

 突っ込む格好から体を縮めてガードの格好をとったスーだったが、体格差は如何ともしがたい。蹴り飛ばされて硬い甲板を転がり、しかし直ぐに起き上がった。

 ナイフはまだ手の中にある。空いた左手で床に触れ、その指先に力を籠める。

 

 指の力が強い。加えて、身体能力が高い。

 事実、ただそれだけでスーは今まで生きて来れた。言ってしまえば、獣がその身体能力だけで狩りをして生き残ってきた様なもの。

 だが、それらが通用しない世界が目の前にある。

 

 姿勢を低くしたまま溜を作り、そして飛び出すスー。その速度は、弾丸を彷彿とさせる。

 並大抵のものならば驚いたままに、その右手のナイフによる刺突を受ける事になるだろう。

 

「――――うん、及第点」

 

 だが、相手は並大抵ではない。

 突っ込んでくる少年を前に、チェキータはアッサリとそのナイフを払って切っ先をずらし間髪入れずに空いた手による掌打をその胴体へと叩きつけていた。

 スーの口から空気が漏れる。

 突進の勢いが、そのままカウンターの威力となった。

 再び転がったスーだが、腹を押さえて起き上がれない。

 

「やり過ぎだ、阿呆」

「ちょっと昂っちゃった。教えれば教えるだけ動きが良くなるんだもん。もっと研ぎ澄ましたくなるのは当然じゃない?」

「だからって、速度乗せたカウンターはイテェよ。肋骨折れてるんじゃないか?」

「そこは大丈夫よ。加減はしたし、あの子頑丈だもの」

 

 苦言を呈するレームに、しかしチェキータは笑みをそのままに転がった少年を見やる。

 腹を手で押さえて横向きに転がったスーを、駆け寄ったココが傍らに座り込んで指先でつついている所だ。

 

 レームとチェキータを筆頭として、PMC総出で教育を施されているスー・アイマール。

 その場に、キャスパーやココが居合わせるのはこの船に居る子供が彼ら三人だけであるから。

 狭いコミュニティ。自然と歳の近いもの同士の距離が縮まるのは当然のことであると言えた。

 

 そして、船は陸地を目指して海洋を行く。

 目指す先は、言語の坩堝。

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