海蛇   作:ムンムン

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 夜。真昼の熱さは何処へ行ったのか、放射冷却によって砂漠は極寒の地へとその姿を変える。

 

「――――えっきし!」

「ふはっ、風邪ひくなよおチビちゃん」

 

 鼻をすするスーの頭を、同行しているPMCの一人が撫でた。

 この場に居るのは四人だけ。それぞれがそれぞれに、揃いの黒い繋ぎに防弾ベストを羽織りそれぞれの得物を携行している。

 銃火器の統一はされていない。各々が扱い慣れた、或いは自身の癖に合わせたカスタマイズを施されたものばかりだ。

 そんな中でも、まだまだ新しい装備を身に付けているのがスー。

 腰の後ろに装備された拳銃に、腰の左側に装備された諸刃のナイフ。背負っているのは、サブマシンガンという格好。

 これは、体格がまだまだ出来上がっていない点を加味し、且つ役割的に機動力を求められる為に選ばれた装備だったりする。

 気の抜けるやり取り。そこに響くのは、籠った柏手だ。

 

「はいはい、そこまでね。スーも作戦中にくしゃみをしないように気を付けてね」

「ん」

 

 黒いグローブを付けたチェキータは、常の笑みを浮かべたまま己の後方へと視線を向けた。

 小さな町のような規模。それこそがこの砂漠地帯に忽然と姿を現しているのだ。

 地図には詳しい位置が載っていない。しかし。冷戦の影響によって世界は空の先(宇宙)への足掛かりをすでに得ていた。

 その一つが、衛星写真だ。

 超高高度からの秘密裏の撮影。地表のほぼ全てが撮影可能範囲となっており、大国は挙って秘密裏に打ち上げたスパイ衛星からの情報を得ていた。

 因みに、この衛星を警戒して核実験などは地下で行われている場合が多い。放射能や熱線、爆風や熱波の危険性を加味してのものでもあるが他国に情報を渡さない為の選択だ。

 もっとも、情報を得る手段は先の衛星だけではないのだが。

 

「それじゃあ、任務の確認ね。施設内の管理棟に侵入したら、そこで書類を奪取。それから、主任研究員とインド国防省から派遣されている代表と駐在局長の暗殺」

「接敵した場合は?」

「順次、Kill。応援を呼ばれる前に静かに仕留めて。サイレンサーは?」

「装備済みです」

「よろしい。出来るだけ発砲は無し。ナイフか素手で仕留める事。リミットは、20分よ」

「「了解」」

「ん……了解」

 

 隊員たちが頷いた事を確認し、チェキータは笑った。

 

「それじゃあ、行動開始」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁だ。軍事施設である故に、その壁は高く三メートル弱の鉄筋コンクリートの土台にそこから更に金網と天辺には有刺鉄線による返しが設けられている。

 

「…………」

 

 土台の縁に指を掛けて、スーはひょっこりと顔を出す。

 周辺には人影はなく、監視塔の動きは緩慢。

 目を閉じて耳を澄ませて音の探知を終えて、目を開けたスーが取り出したのはニッパー。

 慣れた様子で、厚めの刃に金網の鉄線を咬ませ断ち切る。

 一分と掛からずに大人一人が通れるだけの穴を開けると、ニッパーを腰のポーチへと収め、次に取り出したのは一本のロープ。

 登山などでも用いられるザイルだ。その先端の片割れを、自分が登ってきた壁面へと垂らしていく。

 下でPMCの一人がロープを受け取った事を確認して、今度ザイルのもう片方の先端部を持ってスーは自身の開いたフェンスの穴へと身体を滑り込ませた。

 三メートル弱は、まだまだ小柄な少年にとってかなり高いが生憎とスー・アイマールは一般的な子供ではない。

 難なく着地を決めて、止まる事無く近くの砂漠用のジープへと駆け寄るとザイルの先端を確りと結び付けた。

 ザイルを引いて合図をすれば、反対側に重さが加わったのかピンッと突っ張る。程なくして、三人の侵入者が施設内の敷地を踏む事になった。

 ハンドサインをチェキータが送り、四人は足音を立てずに小走りに目的の管理棟へ。

 鍵は、ピッキング。武骨な南京錠が掛けられていたが、物理的な破壊に強くとも内側から解錠されてしまえば外観の堅牢さなど在って無い様なもの。

 瞬く間に施設内へと潜入を果たし、陰を駆ける四人。

 分かれ道に突き当たる瞬間、素早いハンドサインによって二人一組となって左右へと分かれていた。

 移動は、階段。そして、この手の建造物は基本的に上階へと出入りするための移動手段は複数設けられている場合が多い。

 施設規模による人員の数にも関係するが、混雑を解消する理由が一つ。

 もう一つは外部からの防備的な理由もある。

 複数個所の侵入ルートがあれば、侵入側は自然とその数を分散せざるを得ない。加えて、される側は逃げやすくなるし、相手を分断できるのだから各個撃破も狙いやすくなる。

 とはいえ、それはあくまでも施設に人が多く詰めている時間帯の話。

 今は深夜。草木も眠る丑三つ時、ではないもののそれでも遅い時間帯。衛兵などは居れども、その数も警戒度も大きく下がる。

 況してや、ある程度の内部情報が洩れている状態ならば猶の事。

 

「到着」

 

 監視カメラの死角を縫い、陰を駆け抜けて。辿り着くのはとある一室。

 ハンドサインが飛び、チェキータについてきたスーは扉へと耳を押し当てる。

 十秒は聞いていただろうか、小さな指が三本立てられた。

 それを確認し、チェキータが笑みを浮かべると何のためらいもなく扉のノブを掴み一息に押し開ける。

 室内に居たのは、スーが指で示したように三名。執務室と応接室を組み合わせた様な役員用の部屋であり、スラブ系の神経質そうな眼鏡の男と、それから体格のいいアラブ系の護衛が二人。

 チェキータとスーが乗り込んだ瞬間、護衛二人の動きは迅速だった。

 片方が拳銃を構え、もう一人は護衛対象である男を重厚な執務机の陰へと伏せさせる。

 状況を見て、スーは猛然と近い方の護衛へと襲い掛かった。

 姿勢を低くし、ソレは宛ら身軽なネコ科の猛獣の様。

 

「少年兵……!?」

 

 驚きながらも、護衛はその脅威度を認識し銃口を向けた。

 いつかの夜の様。違うのは、銃向けられる少年が短期間でも鍛え上げられているという事。そして、銃を向ける護衛の技量は兵士として鍛えられていても一流の領域ではない事。

 放たれた弾丸は、しかしその発砲音と硝煙を燻らせただけ、鉛弾は突っ込む少年の後を追う影を僅かに捉えるだけで役割を終えていた。

 

「なっ……!?」

 

 馬鹿な、そんな思考の一時停止。

 その隙を突いて、スーは接近し逆手持ちにしたナイフによって擦れ違いざまに護衛の喉側面を切り付けていた。

 浅い。だが、流れた血を押さえる為に護衛の手は片方が動きを封じられる。

 オマケに、擦れ違ったという事は背後に回っているという事。

 護衛が振り返る前に、拳銃を引き抜いたスーは一切の躊躇いなくその銃口を護衛の後頭部へと向けトリガーを引いていた。

 サイレンサーによって限りなく消音されながら放たれた弾丸は、狙い通りの軌道を突き進み目標へと着弾。

 弾丸に宿ったエネルギーが頭蓋の中で踊って中身をシェイクし、その命を刈り取っていく。

 護衛が崩れ落ち、息絶えた事を確認してスーはもう一つの現場へと目を向けた。

 

「~♪」

 

 鼻歌を歌いながら、もう一人の護衛とターゲットを始末したチェキータは執務机の背後に設置されていた書架に置いてあった金庫を解錠。中身を漁っている所だった。

 彼女にしてみれば、例え相手がフル装備の集団であろうとも初手が取れた時点で数秒で全滅させられる。高々護衛一人とターゲットに手間取る事などあり得ない。

 発砲を許してしまったことで追加の人員がやってきそうなものだが、この可能性を潰したのは皮肉にもこの部屋の構造にあった。

 防諜の為に壁が厚く、窓は二重でこれまた厚い。扉を閉めれば自然と防音室が出来上がる様になっていたのだ。

 結果として、拳銃の音は限りなく壁に吸収されて外に出なかった。出たとしても、遠くで紙袋が破裂したような虚しい音が聞こえた様な気がする、程度の音量。

 手持無沙汰となったスーは、ナイフに着いた血を護衛の服で拭ってシースへと収め死体の傍で体育座り。

 資料を纏めて持ち込んでいたケースへと仕舞ったチェキータは、静かにしている少年を見やり笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ、戻りましょう。あっちの二人もターゲットを仕留めたみたいだから」

「ん、了解」

 

 チェキータに促されて、立ち上がるスー。

 人を殺した後にも拘らず、顔色が悪くなっている様子も無い。いつも通りの彼だ。

 

 

 暗殺者が消えた後日。この施設では重鎮とその護衛が死体となって発見される事になる。

 犯人は不明。使用された火器は、()()。そして、核開発における重要書類が複数点と進捗記録が忽然と姿を消していた。

 当然、インド政府は焦るものの誰が仕掛けてきたのかが分からなかった。

 敵が多すぎる結果の弊害である。オマケに最大の味方である筈の東側の総大将は、風前の灯状態。

 

 結果として、この件は大国の思惑通りに事が進んだ。

 インドの核開発は年単位での遅れを起こし、そこに人員をねじ込む隙を作ってしまったのだから。

 

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