海蛇   作:ムンムン

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「それじゃあ、仕事の完遂を祝してかんぱ~い!」

「かんぱ~~い!」

「乾杯」

「ん」

 

 チンッ、とグラスが軽く当たりあう音の後、PMCの一人はビールジョッキを飲み干した。

 

「ッ、か~~~!!っぱ、コレだよねぇ!」

 

 口に泡の髭を蓄えて、空になったジョッキをテーブルへと叩きつける様に置く。

 その様子に顔を顰めたのは、隣に座る眼鏡を掛けたPMCだった。

 

「緊張を解くのは構わないが、食器を雑に扱うのは止めろ。アイマールが真似をしたらどうする」

「いやいやぁ~、ジョッキってのはこう置くもんだろ?何の為に、底の厚いグラスだと思ってんだよ」

「少なくとも、叩き置くためではあるまい」

 

 そう言って、ウイスキーグラスを彼は煽った。

 二人のやり取りを眺めながら、骨付きチキンの骨をしゃぶっていたスーは首を傾げる。

 運転手であった一人を加えた今回の任務メンバーである五人は、任務を終えて疲労を抜いたその日の夜にムンバイにあるご当地料理を扱ったレストランへとやってきていた。

 

「スー、辛くない?」

「ん?」

「そういや、インドっつうか中東はスパイスの利いた料理が多いけど、その辺どうなん?」

「曖昧な問いだな」

 

 隣から問われ、ウイスキーグラスをおいた彼は顎を撫でた。

 

「一つは、食中毒の予防が大きい。特にクローブやターメリックといったスパイスは、抗菌作用が強いとされている。気温が高い関係上、防腐処理に関して神経質になるのも当然だろう」

「甘いのと一緒?」

「そうだな。ジャムなんかが保存食として考案されたように、中東ではスパイスを利用した調理と保存法が確立されていったんだ」

「一つ目って事は、他にもあるのか?」

「ああ。インドやネパールで広く普及しているんだが、アーユルヴェーダと呼ばれる、独自の医学療法が存在している。尤も、その在り方は現在では疑似科学とも扱われているんだがな」

「ぎじ……?」

「要するに、科学的根拠などが薄弱で、実際には体に不具合を起こしてしまう場合があるんだ。事実、水銀や鉛と言った重金属を用いた方法もあるらしい」

 

 そこで一度言葉を切り、ウイスキーグラスを呷って一口含んだ。

 芳醇な香りと強烈な酒精を味わって飲み込み、続いてチェイサーである水を飲む。

 

「アーユルヴェーダは、単純な食事の療法じゃなくヨガやオイルマッサージ、呼吸法や瞑想といった複合的な心身のバランス調整を主としてる。その一環に、スパイスの調合も含まれるという訳だ」

「スパイスの調合、ね。それってアレみたいじゃない?東洋の漢方、だっけ」

「近いですね。どちらも生薬に触れる内容ですし。先の通り、アーユルヴェーダは食事だけじゃなく運動や心構え……思想や宗教に近いかもしれませんね」

「はぁー……仕事柄どこにでも行くけど、国境一つ跨げば文化も様々だな」

「食事もね。ほら、スー。こっちは辛くないからね」

「ん」

 

 チェキータに促され、スーが手に取るのはバターチキンカレー。

 ナンを付けて頬張れば、バターとトマトの旨味が口の中に一気に溢れ出す。

 

「そういや、スパイスを使った料理って辛いのばっかりじゃねぇのな」

「ここまで食べておいて今更それを言うか?」

「いや、辛いのもあるけど料理で言うと……半分前後って所だろ?思った程じゃないな、って」

「スパイスと一口に言っても、その数は膨大だ。そして、その全てが辛みを付ける訳じゃない。この辺りは、普通の調味料と何ら変わらないな」

「あー、確かに」

 

 納得できる答えだったのか、追加注文したビールを呷って彼は頷いた。

 スパイスと聞くと敷居が高く感じるが、調味料と言われれば手に取ってみようと思える人も居るのではなかろうか。

 無論、塩や砂糖のようにただ入れれば良い訳ではない。スパイス同士の組み合わせは味もそうだが、香りや薬効、火の入れ具合など実に様々。

 パーラック・パニールと呼ばれるほうれん草のペーストにインド産フレッシュチーズともいえるパニールを煮込んだベジタリアンカレーを食べて、思った以上の辛さにラッシーをラッパ飲みしていたスーがそこで口を開く。

 

「…………俺も、料理できる?」

「あら、興味あるの?」

「ん」

「軍人は料理が上手くなる奴も居るからな。おチビちゃんが頼めば乗ってくれる奴も多いと思うぜ?」

「…………?何で料理?」

「「「「不味い飯じゃ、やる気が出ない」」」」

 

 揃って、彼らはそんな事を言う。

 首を傾げるスーだが、元々軍役に従事していた者たちからすれば何もふざけている訳でも揶揄っている訳でもなかった。

 

「スーは、食べるなら美味しいご飯と不味いご飯。どっちがいい?」

「ん……美味しい方」

「そうよね。そしてそれは、軍人だって同じなの。どれだけ体鍛えて、精神的にも強くても美味しくないものばかり食べていたら気が滅入っちゃう」

「アメリカのレーションとかな」

「ああ、アレは不味い。戦場でのエネルギー補給として考えるのならベストかもしれないが……好んで食べたくは無いな」

 

 それぞれが食べた事のある戦闘糧食を思い浮かべて、顔を顰める。

 戦場は、極限の世界だ。一秒を争う命のやり取りの現場。

 そして、戦場へと兵を送る上層部が考えるのは如何にして敵勢力を効率よく削るか。食料に対しては、エネルギー摂取が可能で最低限飢えなければ味は二の次三の次。

 結果として、軽視された味の面がダイレクトに兵士のメンタルを削っていくような事態が起きていた。

 ここで注目されたのが、軍隊の炊事を担う調理兵。

 戦場ど真ん中の最前線ならばまだしも、後方の作戦本部に詰めるような者たちが、挙ってレーションを食べたいなどとは思うはずもない。それが不味ければ猶の事。

 旨い物を食べたいと思うのは、万国共通だ。そこに国境はない。

 

 何も持たなかった少年の一つの転機。

 未来で料理番となり、そして少年兵へと料理を教える事になる、とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――以上が、今回の任務報告になります、ボス」

「ふむ」

 

 提出された書類を確認し、フロイドはその書面へと視線を落とした。

 そこに書かれているのは、今回の作戦におけるその報告書。

 内容は簡潔に、そして分かりやすく。

 

「使えるか」

「ええ。チェキータからの主観もありますけど、他三人からもそれぞれに好感触の報告が上がってますので」

「お前はどう見る、レーム」

「……まあ、悪くないかと。当人も意欲がありますし、こっちの指示にも素直に従いますし」

 

 頭を掻くレーム。

 彼としても、雇い主であるフロイドと一対一の面談などしたくない。堅苦しいので。

 しかし、仕事は仕事。そして彼の言葉には嘘はない。

 

「ふむ……よし、良いだろう」

 

 書類を置いて、フロイドは頷くと目の前の部下へと目を向ける。

 

「採用しよう。訓練内容は君達に任せる」

「了解」

 

 粛々と頷きながら、内心でレームは安堵の息を吐き出した。

 年齢を加味しても、スー・アイマールの能力は高い。今回の任務では、その能力を遺憾なく発揮して迅速な目標達成へと貢献していた。

 

 フロイドの船室を後にして、レームは煙草を吸うために艦橋から外へと足を向けた。

 

「ん?よお、スー。こんな所でどうしたんだ?」

「レーム」

 

 船尾のデッドスペース。そこに居た先客は、緩慢な動作で振り返って来る。

 火をつけた煙草を咥えつつ、その撫でやすい位置にある頭に手を置いた。

 

「早かったな。飯は旨かったか?」

「ん。皆酔っぱらってた」

「あー、あの二人は酒が好きだからな」

 

 少年の言葉に、レームが思い浮かべるのは二人。

 元々高いテンションが酒によって更に跳ね上がるタイプと、黙々と杯を重ねて気付けば酒瓶を数本開けているタイプ。

 

(まあ、二日酔いか。その辺りは考えとこ)

 

 紫煙を吐き出して、護衛のローテーションを組み立てる。

 息を吸うたびに先端を赤く燃えがらせるタバコの火を目の端に置きながら、レームは暗い海を見渡した。

 狙撃手としての癖か、自然と周囲の警戒を行うのは職業病と言えるだろう。

 

「……レーム」

「んん?どうした?」

「俺、料理を習う事にした」

「ほう。良いじゃん。趣味がある方が人生も豊かになるってもんだからな。美味いのが作れるようになると良いな」

「ん」

 

 頷くスーの頭を撫でて、レームは笑みを浮かべる。

 

 空には青白い月が輝き、暗い水面を照らしていた。

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