フリーレンって誰の事?   作:あきnobu

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視界がどろりとした赤に染まっていた。

夕焼けのせいではない。辺りに撒き散らされた同胞たちの返り血のせいだ。

魔王が誕生してから1000年間、人類は負け続け、その度に生存圏を縮小させ、ついには大陸全土が魔族の手に落ちた。

今では、牧場で魔族に飼われている人間以外は、森の奥で魔族から身を隠して生活している。

しかしそんな逃亡生活にも終わりがやってきた。

大陸北部にあるこのエルフの隠れ里も魔族に見つかったのだ。

魔族が里に軍勢をけしかけ、すでに里は魔族の手に落ち、多くの同胞が殺された。

私たちエルフの姉妹は何とか命からがらに里から脱出した。

しかし魔族は諦めが悪い。

一日中走り続けたのにまだ私たちを追ってくる。

多分エルフの血が珍しいからだ。

捕らえられたエルフは四肢をもがれ、樽に入れられて、自害すら許されず、永遠と血を搾取されるらしい。

そんなの絶対嫌だ!

 

私たちは、崩れかけの石壁の裏で息を潜めていた。

隣には息をぜぇぜぇと切らしながら辛そうに石壁に横たわる姉さん。

魔力操作も身体能力にも恵まれず、その上に鈍くさい姉さんは、肩を上下させ、今にも倒れそうに喘いでいる。

 

「待って…少し、休もう…」

 

掠れた声に、私は苛立ちを爆発させた。

声を出せば見つかる。そんなことも分からないのか。

 

私は姉さんの耳元で怒気を交えた声でささやく。

 

「黙ってよ、姉さん。見つかったら死ぬんだよ?…どうして、もっと必死に魔法の修行をしなかったの?姉さんがそんなんだから、私は…っ!」

 

言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。

姉さんは、震える手で自分の杖を握りしめ、悲しげに目を伏せた。

 

分かっている。姉さんは、どんくさくて才能のない自分を呪いながらも、それでも必死に、妹である私を守るために頑張ってきたことを。

しかし、死が背中を撫でるこの極限の状況では、姉さんの空回りな私への献身は、私を苛立たせるだけだった。

 

「…ねえ、見てて」

 

姉さんが、震える指先で魔法の術式を編み始めた。

普段なら私が止めるところだ。姉さんは本当に何をしでかすか分からないから。

しかし今の私は何度も追手に魔法を放ち、すでに魔力は尽きていた。

ゆえに藁をもすがる思いで姉さんの魔法を当てにする。

魔族を追い払うための攻撃魔法か。あるいは姿を隠す隠蔽魔法か。

しかし姉さんが放ったのは、あまりに場違いな魔法だった。

 

『花畑を出す魔法(エーヴェ・リヒト)』

 

ぽつり、ぽつりと、色とりどりの小さな花が咲いた。

 

幼い頃、私が泣くたびに姉さんが見せてくれた魔法だ。

もっとも姉が姉らしくいられたのは私が生まれてほんの数年のことだ。

姉は私にすぐに魔法の力で追い抜かされた。

不出来の姉と里中から姉が嘲笑されるのが悔しくて、「そんなくだらない魔法ばっかせずに、実用的な魔法を特訓して」とある時姉に言って以降、姉がその魔法を私に見せることはなくなった。

 

「…姉さん、正気なの?」

 

私は絶句した。

見つかれば終わりのこの瞬間に、わずかな魔力を浪費して、魔族を呼び寄せるような光を放つなんて。

 

「…怖い顔してたからさ…昔みたいに笑ってほしくて…」

 

その瞬間私の頭の中で何かが切れた。

 

「ふざけないでよ!こんな魔法、何の役にも立たない!姉さんは、私を殺したいの!?」

 

私は衝動的に杖を振るった。

姉さんが咲かせた花を、片っ端から土魔法でむしり取り、泥に叩き込み、一輪たりとも残さずに、泥の中に埋め殺した。

 

私は冷静じゃなかった。

姉さんに苛立つあまり衝動的に土魔法を放ってしまった。

そいつをおびき出したのは姉さんの魔法か、それとも私の放った土魔法か。

体に猛烈な悪寒が走った直後、突如として壁を壊され魔族が姿を現した。

 

「見つけたぞ、ゴミムシども」

 

漆黒の閃光が放たれる。

私は、反射的に姉さんを突き飛ばした。

魔力の塊が私の胸を貫く。

 

「ーーーーー!!!」

 

姉さんが目の前で何かを叫んでいるが、聞き取れない。

きっと私の名前を叫んでいるのだろう。

 

浮いた体が地面に叩きつけられる。

視界が急速に暗くなっていく。

 

(ああ、私…ここで死ぬんだ。姉さん私なしで生きれるかな?…まあ無理か)

 

視界が完全に暗闇に覆われる中で、走馬灯のように、記憶が蘇る。

 

『大丈夫だよ、ーーーーー。お姉ちゃんが見てあげるから』

 

魔法の練習で行き詰まった時、里の人の大きすぎる私への期待に押しつぶされそうになった時、姉さんはいつも魔法で、私の隣に花を咲かせてくれた。

花畑を出す魔法は、私のために姉さんが創ってくれた魔法だ。

才能のない姉さんのことだ、きっとすごく頑張ってくれたんだと思う。

 

『…わぁ、綺麗…。ありがとう!お姉ちゃん!』

 

幼い私が、風に舞う花びらに包まれて、満面の笑みを浮かべている。姉さんも、そんな私を見て、嬉しそうに私の頭を撫でてくれている。

 

思い出した。

私は、この世界で姉さんの次に、姉さんの作った花畑の魔法が好きだった。

 

なのに、なんでさっきはあんな事をしてしまったのだろう。

姉さんは、ただ、私を笑顔にしたかっただけなのに。

 

ごめんなさい、お姉ちゃん。

 

意識が、さらに深く沈んでいく。

その意識の淵の底で、私は、かつて里長の書庫の奥深くで見かけた、一冊の禁書を思い出した。

 

それは、自身の魂、ひいては存在そのものに干渉する魔法の本。

対価として、術者の存在を世界から抹消する、呪われた本。

 

魔法はイメージの世界だ。

イメージできないものは、体現できない。

「魂」や「存在」といった不確かなものに干渉するは、どんな魔法使いでも不可能とされてきた。

今は亡き大魔法使いゼーリエさえも例外では無かった。

 

だが、

死に瀕した今、私は、明確に自身の「存在」の輪郭を知覚していた。

 

死にゆき、魔力が離散していく中でも、揺ぎ無くそこにある「何か」。

それが、「私そのもの」であると分かるまでに時間はかからなかった。

 

初めて知覚した、私の存在の核心。

私は、その形を一寸の狂いもなく「イメージ」できた。

 

私は消えそうになる意識を奮い立たせながら、禁書に従って、ある魔法を魂の奥底で唱える。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

魔法とは本来、世界の理に従ってのみ発動する。

だが、死の淵に立った妹のエルフが試みたのは、世界の理の簒奪だった。

しかし、世界はそれを許さない。

世界は妹エルフの因果に数多の矛盾を作り出していく。

並みの魔法使いなら、この時点で存在が完全に消滅していただろう。

しかし、彼女は「ーーーーー」だった。

女神と世界の寵愛をその身に一身に受け、魔王を倒すべくしてこの世に生を受けた、いわばこの世界の因果の中心、それが彼女である。

ゆえに世界はその「強すぎる因果の否定」に時間がかかる。

そうして生まれたほんの刹那の時間。

人が、知覚できるかできないかのほんの一瞬だった。

しかし、彼女が、その魔法を創造し、発動するには十分すぎる時間だった。

 

『姉さんを救う魔法(アイデンティティ・トレード)』

 

彼女の体が、跡形もなくはじけ飛び、血肉を周辺に撒き散らす。

その中から、魔力ではない、もっとも根源的な力を宿した光が溢れだした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

視界が爆ぜた。

不思議と、痛みはなかった。

 

「ーーーーー!ーーーーー!!」

 

私の名前を叫ぶ、世界でたった一人の肉親。

 

ごめんね、姉さん。

姉さんは、私がいたから不幸になったんだ。

私と姉さんでは住む世界が違った。

なのに私は、姉さんと一緒にいることに固執し、姉さんを不幸にした。

 

これから、法則が書き換えられた世界で、姉さんはたくさん苦しむと思う。

姉さんが幸せに生きられる世界を、姉さん自身が作り出すまでに、何度も、何度も絶望することがあると思う。

でも、安心して。

最後には、その何十倍も、姉さんは幸せになる。

私さえいなければ姉さんは、人族の勇者と結婚して、子供を3人産んで、孫も生まれて……、明るい人生を送れるはずだったの。

私さえいなければ…。

 

…ねえ覚えてる?

私が屋敷に幽閉されて、来る日も来る日も、吐き気がするような魔法の特訓をさせられていたあの頃。

姉さんがこっそり私を連れ出して、おぶって森を散歩してくれたよね。

木漏れ日の中、感じた姉さんの背中の暖かさ。

私が、誰かを「愛おしい」と思ったのも、「生まれてきて良かった」と感じられたのも、あの時からだった。

 

…ああ、生きたかったな。

 

姉さんと一緒に、下らない魔法を探して、旅がしたかった。

 

死にたくない。消えたくないよ。

 

でも、じきに、私という存在は、この世界から永遠に忘れられ、認知されなくなる。

 

「さよなら、お姉ちゃん。私、お姉ちゃんの妹で、幸せだった」

 

最後の思考が、光の中に溶けこむ。

もう誰も私を思い出せない。

 

それでいい。

姉さんが、明るい未来を送ってくれるのならば。

 

 

 

 

 

 

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