フリーレンって誰の事?   作:あきnobu

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1話

「ーーっはぁっ!!」

 

ベッドを跳ね起きると同時に、私は激しく咳き込んだ。

喉の奥が張り付き、ひゅーひゅーと情けない音が鳴る。

 

冷や汗でぐっしょりと濡れたパジャマが肌にまとわりついて気持ち悪い。

私は自分の両手で、めちゃくちゃに脈打つ胸元を強く押さえた。

 

(……あれ? 痛く、ない……?)

 

ない。傷ひとつない。

私の胸は魔族の放った漆黒の閃光に貫かれていたはずだった。

轟音と、私を突き飛ばした、あの子のーー

 

「……あの子?」

 

そこまで考えて、脳裏に強烈なノイズが走った。

思い出そうとすると、頭の芯がギリギリと締め付けられるように痛む。

私はおでこを押さえ、ぐるりと部屋を見渡した。

 

そこは、見慣れた私の部屋だった。

窓からは、いつもと変わらない穏やかな朝の光が差し込み、小鳥のさえずりまで聞こえてくる。

 

「夢……? いや、でも、あんなにリアルな……」

 

まだ手足がガタガタと震えている。

ただの悪夢にしては、あの血の匂いも、胸を鋭く穿ったあの痛みも、あまりに生々しすぎる。

 

何より、胸の奥が、ちぎれそうなほどに寂しい。

何か、世界で一番大切なものを、どこかに置き忘れてきてしまったかのような、耐え難い喪失感。

 

「……そうだ。あの子のところに行かなきゃ」

 

私の心が「今すぐ確かめに行け」と叫んでいた。

 

私は震える足でベッドから床に降りると、着替えもそこそこに、部屋の隅に立てかけてあった自分の杖をひったくるようにして握りしめた。

 

部屋を飛び出した私は、エルフの里の入口への一本道をひたすら走った。

それこそ無我夢中に。

魔族に燃やされたはずの道沿いの家屋が、何事もなかったように元の形で佇んでいるのにも、気が付かないくらいに必死に走った。

 

「早くっ!早くっ…会わなきゃっ…会って抱きしめきゃっ…!」

 

頭の中にあるのは『あの子』のことだけだった。

私を魔族の攻撃から身を挺して守ってくれたあの子…私の大好きな…たった一人の…妹!

 

そうして走るうちに里が見えてきた。

私は里の入口で立ちすくむ。

 

「どういうこと…?」

 

そこにあったのは、いつもと変わらない、緑に包まれた平和な里の風景だった。

幾千年もの歴史を刻んだ巨木の数々と、その幹や枝に溶け込むようにして建てられた、美しい木造の住居。木漏れ日が柔らかく地面を照らし、穏やかな風が葉を揺らしている。

煮込み料理のいい匂いがどこからか漂い、遠くでは里の男たちが談笑しながら農作業をしているのが見えた。

 

魔族の軍勢も、燃え盛る炎も、同胞たちの死体も、どこにもない。

 

鈍感で、冷静ではない今の私にも、なにかおかしな事がおきていることは分かった。

あの魔族の軍勢への恐怖も、殺される同胞たちの断末魔も、私の手を引いて走った妹の、熱く汗ばんだ手の感触も、私は鮮明に覚えてる。

あれは、夢なんかじゃなかった。

じゃあ、今私が見ている光景はなんだ?

わからない…痛い…頭が痛い…

 

脳の中枢を締め付けられるような鈍い痛みに、思わずこめかみをおさえる。

さっきからずっとこれだ。思い出そうとすると、頭が痛くなる。まるで、脳が思い出すのを拒むかのように。

 

痛みに悶える私の視界が年配のエルフをとらえた。

私の元指導係であり、今は妹の教育係のミドルさんだ。

 

ミドルさんに話しかけようとして、ハッと息を吞み、立ち止まる。

…そうだ、私は妹と接触禁止だったのだ。

私は出来損ないで、妹は女神に愛された神童ーーそれが里の人たちの評価だった。

里の人たちは、妹を幽閉し、私を里のはずれに追いやった。

曰く、私がいるとあの子の才能に泥を塗るらしい。

だから、いつもならここは物陰に隠れる場面だ。

けれど、今はそんな事言ってる場合じゃない。魔族が攻めてきたはずなのに、里はいったて平和で何が何だか分からないけど、私を身を挺して守ってくれた最愛の妹の無事を確認するのが、今の私にとっての最優先事項だった。

 

「み、ミドルさん!」

 

私はなりふり構わず、ミドルさんの前に駆け寄った。

ミドルさんは振り返り、怪訝な顔を私に向けた。

私は思わず、顔を伏せる。自分で話しかけておいて何なのだが、私は他人と目を合わせるのが苦手なのだ。

 

「なんだ、お前か。どうした、そんな青い顔して」

 

「あの…あの子は…私の妹は、無事ですか!?」

 

私は、伏し目がちになりながらも、そう言った。

 

ミドルさんは眉をひそめ、不思議そうに声を上げた。

 

「…妹?いつお前に妹ができたのだ?」

 

「…え?」

 

ミドルさんの言葉に一瞬フリーズして、思わず彼の目を見る。

しかし、すぐに彼の言葉の意図を理解する。

要は、私を妹に合わすまいと、はぐらかしているのだ。

 

「…ミドルさん、悪い冗談はやめてください。私は本気で言ってるんです」

 

私は声を低くしてそう言った。

ミドルさんはそんな私の声色の変化にムッとした表情をして、声を上げる。

 

「お前こそ、冗談はやめろ。この里でエルフは、お前を最後にもう200年以上生まれていない」

 

「だから…!!悪い冗談は辞めてって言ってるでしょ!?」

 

私はミドルさんの服の袖をつかんで、叫ぶ。

 

「何があった…?」

 

「ミドルさん…お願いだから…、あの子は…私のたった一人の妹はどこなの?私を守って…魔族に撃ち抜かれて…それで…」

 

私は、必死に捲し立てた。

自分でも何を言ったのか、覚えていない。

とにかく、話せば分かってもらえると思って、まとまらない言葉で必死に…。

しかし、話せば話すほど、ミドルさんの顔は曇り、張り詰めていた表情は、まるで痛々しいものをみるような、哀れみの視線に変わっていった。

 

(あ…、違う…)

 

ミドルさんのその表情を見て理解した。

この人は私を馬鹿にしてるわけでも、はぐらかしているわけでもない。

本当に私の言っていることが理解できないのだ。

 

ミドルさんは、深いため息をつくと、諭すような声で言葉を紡ぐ。

 

「一応聞くが、その、お前の妹とやらの名前は…?」

 

名前?そんなの決まってる。私のたった一人の可愛い妹だ。

 

「名前は……あ…」

 

出てこなかった。

頭の中にはあの子との記憶が鮮明にあるのに、名前だけがどうしても思い出せない。

 

「あ、あ、あ」

 

思い出そうとして、脳の奥に意識を伸ばした瞬間、脳を、焼かれるような凄まじい激痛が襲う。

あまりの頭痛に私はその場に膝をつく。

 

「イタい!イタい!!」

 

「おい!大丈夫か!?」

 

ミドルさんの慌てた声が聞こえる。

 

「いや……嫌だ、なんで……? なんで思い出せないの……っ! うそうそ…!私は…!私は…!!」

 

その私のただ事ではない絶叫を聞きつけて、周囲の家々からバタバタと足音が近づいてくるのが分かった。

 

「なんだ!? 何事だ!」

「レインが急に暴れ出して……」

「またレインか!迷惑ばかりかけおって!」

 

集まってきたエルフたちの声が、痛みの隙間から断片的に飛び込んでくる。

 

「あ…あ…」

 

意識が激痛の波にさらわれていく。

遠のく意識の隙間から、私を取り囲む彼らの顔を見る。

まるで触れてはならない異物を見るような目で彼らは私を見下ろしていた。

ーーううん、物心ついた時から、私はずっとこの目を向けられていた。

保守的で、選民意識の強いエルフにとって、私のような無才は、里の異物でしかなかった。

ああでも、それで良かった。世界中が私を蔑もうとも、たった一人、私を慕ってくれる妹がいたから。

そうだ。妹…私の妹。こんなに大切なのに、なんで顔も名前も思い出せないの?

 

くすくす…

 

……誰かが笑っている

 

その思考を最後に私の意識は途絶えた。

 

 

 

再び目が覚めたとき、視界に飛び込んできたのは天井ではなく、どこまでも広がる灰色の空だった。

 

そこは、無人の荒野だった。

草木の一本すら生えやしない乾いた大地。肌を撫でる、突き刺さるように冷たい風。

手のひらにこびりついた砂土を払いながら、這うようにして立ち上がり、私はようやく、自分が里を追い出され、ここに捨てられたのだと悟る。

魔獣の少ないこの荒野に置き去りにしたのが、生来の出来損ないに対する彼らせめてもの情けなのか、それとも単に、自分たちの手を汚さずに済むという罪悪感を和らげるためなのか、今の私には分からない。

 

ここは、どこだろう……?

 

私は、擦り切れ、ボロボロになった手足を引きずるようにして、果てのない荒野の向こうへと歩きだした。

 

どれくらい歩いただろう。

私は、震える足を何とか前に進め、やっとの思いで人の気配のある道にたどり着いた。

乾いた柔らかい土の感触から、やがて踏み固められた硬い土の感触へ。

遠くから聞こえる馬の嘶きや、人々の喧騒。

視界の向こうに、崩れかけの城壁に囲われた街が見えた。

 

所々が焼けこげた様な煤で覆われた城門の前には、色鮮やかな布が敷かれ、パンや果物など、様々な露店が展開されていた。

里のエルフたちとは違う、様々な仕立ての服を着た人間が行きかい、時より私を怪訝そうな顔で見つめる。恰好から、彼らが人族なのだと理解する。

 

私には彼らの視線を気にする余裕などなかった。

喉が焼けるように乾き、体は鉛のように重い。

私は、ぼんやりとした意識のまま、街の門をくぐり、やがて街の広場にたどり着いた。

広場には噴水があった。

私は、ふらふらと噴水に向かって歩み進め…

 

ドサッ

 

たどり着く前に地面に倒れた。

 

体が動かない。動かし方を忘れてしまったように。

 

広場を行きかう通行人は、私に目を向けてはすぐに興味を失ったように通り過ぎていく。

誰も私を助けてはくれない。

 

霞む意識の中で、視界が激しく点滅する。

 

ふと広場の掲示板が視界に入る。

そこには、たくさんの張り紙が張られていた。

そのなかの、ひと際大きな張り紙…どうやら新しい法律の通達らしい。

『大聖暦304年5月1日より以下の法律を施行する』

 

その下にはずらーっと細かい法律の文言が連なる。

しかし、私の注意を引いたのは、冒頭部分だった。

 

…大…西暦…?

 

それは1000年を超えて生きる私にとっても、かなり昔の暦であった。

再び意識は、そこで途切れる。

 

 

広場にエルフの少女が倒れ、動かなくなる。

道行く人は彼女を一瞥するが、誰も助けようとはしない。

無理もない。この街は、相次ぐ内戦によって破壊と復興と繰り返すうちに、目の前で人が死ぬということにすっかり慣れてしまった。

他人の不幸、ましてエルフに構う余裕など、とっくに彼らにはない。

薄暗い路地裏には、親を内戦で亡くし、孤児となった身寄りのない子供たちが物乞いをしてなんとか生きながらえている有様だ。

中には、ぐったり地面に横たわり、うわ言のようにぼそぼそと謎の言葉を繰り返している者もいる。

おそらく麻薬中毒だろう。ああなったら、もうおしまいだ。

飢えか脱水で死ぬまで、幻覚にすがる肉塊と化す。

 

そんな路地裏から、一人の人族の幼女が広場に這い出る。

背丈は7歳ほど。煤まみれのぼさぼさの赤髪。薄汚れた布切れを纏っている。煤や土で汚れた手足、そして靴は履いておらず裸足だ。その身なりから、その幼女がこの街の地面を這う孤児なのだと容易に理解できた。

赤髪の幼女は、広場に倒れた少女の元まで歩みを進め、倒れたエルフの少女をじっと見つめる。

 

「………」

 

やがてその赤髪の幼女は何を思ったか、その小さい手でエルフの少女の服の襟をぎゅっとつかみ、噴水の方向に引きずった。

 

「…くっ…」

 

引きずられているエルフの少女は、華奢な体躯とはいえ、幼女とは親と子ぐらいの身長差がある。

しかし、幼女は顔を真っ赤にしながらも、一歩一歩彼女を引きずる。

石畳に擦れる衣の音が、広場の喧騒の中に消えていった。

 

 

 

 

目覚めると、夜だった。

目の前には満点の星空。

起き上がり、辺りを見渡せば、自分が街の広場にいることを認識する。

辺りは暗く、静まり返っていた。日中の喧騒が嘘のようだ。

 

ずっとここに倒れていたのか。

何か盗まれていないか確認しようと思ってすぐに、自分が着の身着のままに荒野に追い出されたことを思い出す。

 

あ、そうだ、杖。くそ、杖も里に置いてきた。あれはそこそこ高価なのだが。

 

「…ん?」

 

足元には、布?のようなものが折りたたまれて置かれていた。

どうやらそれは、ちょうど私の頭の下に敷かれていたらしい。

どうりでこんな石畳の地面に寝てたのに、頭が痛くないわけだ。頭以外は、猛烈に痛いが。

 

「あ、起きた?」

 

子供の声がした。

声の方向を見ると、広場の噴水の淵に一人の女の子が腰かけていた。

背丈は…私の腰ほどだろうか。

人族の女の子だ。

服装…と呼べるのだろうか、これは。体を頼りない布で纏っている。

それに裸足だ…。この街にあふれる孤児の一人なのだろう。

その髪の毛が、月明りによって赤々と照らされている。

 

状況が呑み込めていない私をよそに、女の子は話始める。

 

「私が看病したんだよ。脱水症状で気を失ったあんたに、噴水の水をすくって飲ましてあげたの」

 

そう言われて、喉が潤っていることに気づく。

気を失う前は、あんなに乾いていたのに。

 

「ありがとう。でも、どうして助けてくれたの?」

 

ただの善意で人を助けるなんて言うのは、平和な時代の行いだ。

この子が見ず知らずの私を助けたのには、何か理由があるはずだ。

 

「理由?人を助けるのに理由なんて…って何その顔、信じてないでしょ?」

 

ジト目でその女の子は言った。

 

私は、人の善意の脆さを知っている。

散々裏切られてきたから。

まして、見ず知らずの人を助ける無償の善意など、存在すら疑わしい。

 

そんな私の心を察してか、女の子はため息をこぼす。

 

「はあ…あんた、見た目に反してひねくれた性格してるね…。まあ、無理もないか、こんな世の中だもんね。実際、完全に善意であんたを助けたわけじゃないし…」

 

「なら、どうして…」

 

私が問いかけると、赤髪の女の子は噴水の淵で小さく足を揺らし、悪戯っぽく、けれどどこか寂しげに微笑んだ。

 

「あんたなら、私の友達になってくれると思ったから」

 

「…は?」

 

全く予想していなかった言葉だった。

私と友達になりたい?

そんな事を言われたのは初めてだ。

そもそも、私に一度でも友達というものがあっただろうか。

いや、無い。

我ながら悲しい反語である。

 

「…どうして私なの?」

 

私がそう言うと、彼女は私の頭を指さして言った。

 

「その長い耳…貴方エルフでしょ?みんなの嫌われ者。そういう意味では私と一緒。」

 

「嫌われ者?」

 

確かに私は里のエルフたちから疎まれてきたが、エルフという種族自体は人族たちと友好的な関係のはずだ。

もっとも、1000年以上前はエルフへの忌避感はかなり根強かったが。

私も亡き母に「人族に虐められるから里の外に出てはいけない」ときつく言いつけらえていたものだ。

エルフの保守的で、選民的な思想の根底には、長い間、他種族から嫌悪されてきたという背景があったりする。

しかし、そんなエルフへの偏見もここ数百年はほとんど見られなくなっていたが。

 

「…この街の人はエルフが嫌いなの?」

 

「この街っていうか…普通の人はエルフのこと嫌いでしょ?まあ、嫌いなだけで憎んではないと思うけどね」

 

「…どうして?どうして、エルフは嫌われてるの?」

 

「エルフは魔法を使うでしょ?普通の人には、魔法が気味悪く感じるんだって。ほら、魔法って魔物が使うじゃん?だから、人間が使うのはダメなんだってさ。なのに、神父が女神様の術を使うのはオッケーなんだよ?おかしくない!?」

 

赤髪の女の子は、語気を強めながら言った。

 

確かにかつて魔法は、魔物の術として、人族の間で忌避されていた。

でも、それはもう随分前の話だ。

 

「いや、魔法が気味悪がれているなんて今時、聞いたことな…」

 

そこまで言いかけて、言葉が喉に引っかかった。

その時、頭をよぎったのは、ここで意識を失う直前にみた掲示板の日時の記憶。

 

(まさか、嘘でしょ……? 見間違いだ。私の見間違いに決まっている)

 

気づけば私は、その内容を確かめるために件の張り紙に走り出していた。

 

「ちょっと!急にどこ行くの!?」

 

背後から聞こえる困惑した声を無視し、私は月明かりに照らされた掲示板に飛びつく。冷や汗で滑る指先で、ひと際大きな羊皮紙の文字をなぞった。

 

『大聖暦304年5月1日より以下の法律を施行する』

 

細かな法律の文言など、もう目に入らなかった。

大聖暦。間違いない。私の記憶が正しければ、それははるか昔、約千年前に途絶えた古い暦だ。

 

大聖暦ーーかつて大陸のほぼすべてを支配した統一王朝ミリティアの末期に使われていた暦。王族の度重なる不審死や流産によって血筋が絶えかけ、国力が衰退していった暗黒の時代。そして最後は、唯一の正当な王位継承権を持つ当時の王女が暗殺されたのをきっかけに数百年に及ぶ熾烈な内戦に突入した。

 

「……ねえ」

 

私は震える声を絞り出し、追いかけてきた少女を振り返った。

 

「魔王は……? 魔王の軍勢は、今どうなってるの!?」

 

私のただならぬ剣幕に、女の子は一層困惑した顔をした。

 

「魔王?魔王ってなんのこと?そういう王様?」

 

『魔王』という言葉自体が、通じない。

その事実が、何よりも決定打だった。

魔王は、誰もが知っている人類最大の敵。

統一王朝が崩壊し、内戦で手一杯になったことで、人類は魔王に台頭を許した。

 

もしかして…

 

いつもなら、あまりに馬鹿げた妄想だとすぐに頭を振って否定していただろう。

でも、私の身体にはまだ、あの光の感覚が残っている。故郷のエルフの里が襲撃され、死を覚悟した瞬間、妹が私を庇った時に放ったあの不思議な魔力の輝き。

 

里が無事だったこと。

魔法が「魔物の技術」として忌み嫌われているという、この少女の話。

すべてがつじつまが合う。

 

ここは……千年前の世界だ。

 

そのまま力が抜け、私はその場にへたり込むように座り込んだ。

 

私は、千年も前の世界に、着の身着のまま放り出されてしまったのだ。

 

「なら、どうして……あの子はいないの?」

 

ぽつりとそんな言葉が漏れた。

 

一千年前、この時代なら、あの子――私の妹だって、この世界に生まれているはずだ。

 

「……名前、なんだっけ……」

 

思い出せない。あの子の名前が、出てこない。

それどころか、あの子がどんな顔をして、どんな風に笑うのか、それすらも、もう霧がかかったように思い出せないのだ。

 

「嘘でしょ……なんで……」

 

残されたのは、ただ胸の奥にこびりついた「誰かを失った」という強烈な喪失感と、激しい焦燥感だけだった。

 

 

生まれた時から、私の運命は呪われていた。

私には魔法の才能があった。

初めて魔法を使った時の、元両親の顔を今でも覚えている。

食事中にスプーンを落としかけ、咄嗟に手をかざした時、スプーンは空中に浮遊していた。

それまで楽しげに会話していた両親の動きがピタリと止まる。二人は私を凝視したまま、まるで悍ましい化け物を見るような目で、ただただ黙り込んだ。

スプーンが床に落ちる。カラン、という軽い金属音が、静寂に満ちた部屋に冷たく響き渡った。

その日その瞬間から、私は居場所を失った。

 

エルフの少女を街で見つけた時、胸が跳ねるほど歓喜した。

私と同じ魔法を使う人たち。人族が気味悪がる力を、当たり前に使う存在。

ずっと一人だった私に、ようやく理解者が見つかったと思った。

だから、そのエルフが脱水症状でその場に倒れこんだときは、すごく焦ったが。

 

なのに…

 

目の前には、急に動揺して走り出したかと思えば、ぶつぶつと何かを言い、座り込むエルフの少女。

 

私、何か変なことを言ってしまっただろうか。

なんか、微妙に目を合わしてくれないし。

人付き合いの経験があまりにも乏しいから、何が地雷だったのかさえ何も分からない。

私としては、本当に、ただ友達になりたいだけなのだが。

 

「はあ…こういう時、なんて声を掛ければいいんだろう…?」

 

冷たい石畳に座り込み、頭を抱えて絶望しているエルフを前にして、赤髪の孤児フランメは夜空の星を見上げながら、憂鬱そうにそう呟くのだった。

 

 

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