フリーレンって誰の事?   作:あきnobu

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2話

固い地面。

少し掘ってみるとパラパラとした土になる。

こんな痩せた土地を巡って人間は戦争をしているのだから不思議だ。

 

植物はせいぜい雑草が所々に生える程度。

木は、見渡す限り一本も生えてない。

 

そんな半分砂漠化した荒野を”私達”は進んでいた。

 

「あつーい、まじ死にそう」

 

隣…というよりは私のひざ元でぼやく人間の女の子。

汗をだらだらと流している。

 

「うん。そうだね。」

 

さっきから暑い暑いうるさい。

私も暑いのだから、黙っていてほしい。

まあ、私も子供のぼやきに一々癇癪を起したりはしない。

むしろ問題なのは、こんな子供にさえ怒れない私の情けさなのだろう。

 

「レインー、またあれやってー」

 

「えっとね、フランメちゃん。あれ意外に結構体力使うんだ。だからあんまり使いたくないっていうか…」

 

「ええー、やってよー。どうせレインは魔物倒せないんだし、魔力使っても問題ないでしょ?」

 

「いやそうはいっても…」

 

「やって」

 

「でも…」

 

「やって」

 

「…うん」

 

パーっと明るい顔をする赤髪の少女。

 

なんというか、これはまずいな。

完全に、粘れば私は言うことを聞いてくれると思っている。

 

私は、赤髪の少女の頭の上に手をかざす。

 

「ヴーア・ヴァッサー(清らかな水を出す魔法)」

 

赤髪少女の頭の上に、水桶一杯分ぐらいの水球が出現して、浮遊する。

あとは、魔力を込めるのをやめれば…

 

バシャッ

 

少女は頭から水をかぶる。

幼い子供の甲高い歓声が無人の荒野に響く。

 

「きゃーー、最高!」

 

水の冷たさに身もだえしながら飛び跳ねる彼女を少し恨めしそうに見つめる。

初めて彼女にこの魔法を使ってからというもの、彼女は私に事あるごとに魔法を使うことを要求するようになった。

最初に魔法を使ったのは、彼女があまりに汚れていたからこの魔法で体を洗い流してあげるためだったのだが、今では暑さを和らげるために使わせられている。

他にも、服の汚れを落とす魔法だったり、汗の匂いを花の香にする魔法、髪の毛をサラサラにする魔法など、色々な魔法を彼女に使うハメになった。

我ながらくだらない魔法ばかり持っているものだ。

 

件の人間の少女は、相変わらずはしゃぎながら、大げさに抑揚のついた声で私に言った。

 

「レインって、戦闘は全然ダメなのにこういう変な魔法の技術はすごいよね」

 

「それ褒めてるの?」

 

「もちろん!」

 

どうやら本気で褒めてるつもりらしい。

少し胸がじんわりとする。

別に子供に魔法を褒められた程度で嬉しくなるほど、落ちぶれた自覚はない。

子供はすぐに大人になり、こんなくだらない魔法など見向きもしなくなるのだから。

成長の早い人間の子供なら、なおさらだ。

でも、私にもかつて、私の『くだらない魔法』を好きだと言ってくれた人がいた。

この子の反応を見ると、少しそれを思い出す。

 

「レイン…?」

 

自分が彼女を見つめたまま黙っていたことに気づく。

 

「…ううん、何でもない。もう気は済んだ?さっさと行こう」

 

私がそう言うと、彼女は少し頬を膨らませて、不満げな顔で応答する。

 

「はあい」

 

全体的に大人びている彼女だが、こういう所はまだ幼い。

まあ、これぐらい幼い要素を残してくれた方が、私にとっては救いなのかもしれない。

 

一か月前、初めて街で彼女ーーフランメと会った後、私は共に旅をしないかと彼女に誘われた。

なんで人間の孤児と旅をしなければならないのかと思ったが、私にも行く当てはないし、同じ『嫌われ者』として一緒にいるのも悪くないと思って了承した。

この時代の人間たちは、魔法に対し、根強い偏見がある。

だから、魔法を使う者は迫害される。

フランメは魔法の天才だった。神童と言ってもいい。

だから、人間社会において彼女は迫害の対象だった。

無才の私は、エルフ達から除け者にされ、かたや天才のフランメは人間から恐れられ、迫害される。

世の中とはつくづく上手くいかないものだ。

 

私の前をとことこ歩くフランメが前を向いたまま、ぼそりと呟いた。

 

「ねえ、まだ死にたいと思ってる?」

 

「………」

 

それは、一か月前--私とフランメが出会った直後のこと。

私は、首を切って死のうとした。

妹は、私にとって全てだった。

妹の存在しない千年前の世界に未練などないし、どうせ私の力ではこの混乱の時代を長生きすることはできない。

もしかしたらこれが全て夢で、死ねば覚めるかもしれないという縋るような期待もあった。

私は、街の瓦礫の一部から鋭利なガラス片を拾い、首にあてた。

ガラス片越しに自分の脈打つ動脈の鼓動を感じた。

これを切れば死ねる。

そう思い、力を込めたその瞬間、ガラス片が粉々に砕けた。

 

怒気を含んだ声が辺りに響く。

 

『ねえ今、何しようとしたの!?』

 

声のした方向をみれば、先ほど広場の噴水で出会った赤髪の少女がそこにいた。

 

『…今の貴方がやったの?』

 

『そうよ!悪い!?』

 

呪式もない、杖もない、力任せに魔力をガラス片にぶつけただけの滅茶苦茶な魔法。

魔法の真理に触れていなければ出来ない所業だ。

私は魔法の真理に到達した者を、一人しか知らない。

ただ、一つ確かなのは、この子がとんでもない魔法の才能の持ち主で、その才能によって私は自殺を止められたということだった。

 

ーーねえ、まだ死にたいと思ってる?

 

フランメにそう問われたとき、私は何を言えばいいのか迷った。

だって、今でも死にたいとは思っていたから。

でも、同時に、生きなきゃとも思っているのだ。

 

「…私は、大切な人を失ったの。その人は私の存在意義そのものだったんだ」

 

振り向くことなく、フランメは私に問う。

 

「前に言ってたレインの妹さん?」

 

「そう」

 

あの子のいない世界に生きる価値などない。

今だってそう思ってる。

死にたい。死んで楽になって、天国にいるあの子に会いたい。

でも…

 

「でもね、あの子は自分の身を挺して私を助けてくれたの。だから…」

 

前を歩いていたフランメが、ぱっとこちらを振り返り、立ち止まる。

 

「死ねない。もう、私だけの命じゃないから」

 

それが私の出した嘘偽りのない答えだった。

 

私がそう告げると、フランメは小さく目を見張ったあと、白い歯をのぞかせて笑ってみせた。

 

「…そっか!」

 

フランメはそう言うと再び前を向いて歩き始めた。

その足取りは、心なしか軽そうだった。

私はその背について歩く。

 

でも…もし妹を取り戻すためなら、私は…

 

私がその胸の内をフランメに明かすことはなかった。

 

 

荒野を悠々と飛ぶ鳥の群れ。

地面から30メートルほど上を飛行する鳥達の眼前には、だだっ広い荒れた大地が広がっている。

豊かな春を求めて一年かけて大陸を北と南に往復するその鳥は、魔物などの天敵から身を守るため、群れて飛行する習性があった。

結果、人間たちの恰好の標的となる。

 

ヒュン!

 

何かが高速で近くをかすめる音がしたとき、群れの中の一羽が飛行の制御を失い、地面に墜落していく。

仲間の墜落に身の危険を感じた鳥達は、群れを解体し四方八方に散り散りになる。

 

その鳥たちの500メートル先…、荒れた大地に足をつけて、小さな赤髪の少女が、その細い右腕を真っ直ぐに大空へと突き出していた。

 

「よし。仕留めた」

 

フランメは突き出していた右腕を引っ込めると、短くそう言った。

 

「…相変わらずすごい射程だね」

 

淡々と魔法で鳥を仕留めたフランメの後ろでレインはそう漏らした。

 

それに対してフランメは少し不満気な顔をしてレインに振り返る。

 

「レインが出し惜しみせずに、教えてくれれば、もっとすごいの撃てたけどね」

 

ふーん、そうか。

まだ、そんな事をいうのか。

強力な魔法を使うリスクについては、何度も彼女に教えたつもりだったが、どうやら教育不足だったようだ。

 

フランメの使った魔法は、一般攻撃魔法と呼ばれる魔法の光線を射出する攻撃魔法だ。

クヴァールという魔族が作った魔法の術式に、私が出力制限を設けて彼女に教えた。

 

術式というのは、魔法陣に編み込まれた魔力を流す回路のようなものだ。

この世に数万種といる魔物は、それぞれ固有の術式を体内に持つ。

それを分析し、組み合わせたりして、作り出したのが魔道具であり、魔法である。

 

私は、フランメの右腕の付け根を掴み、少し重い声で言う。

 

「そうだろうね。フランメちゃんは天才だから、いくらでも強力な魔法を撃てると思うよ。でも、杖なしの魔法はそれだけリスクを伴うんだよ。まだ右腕を失いたくはないでしょ?」

 

私がそう言うとフランメは少し俯いて、答えた。

 

「う…それはそうだけど…」

 

「いい?魔法というのは、本来魔物や魔族のものなんだ。彼らは、それぞれ固有の魔法陣を体内、もしくは魂に刻まれて生まれてくる。だから、息をするようになんのリスクもなく魔法を使える。ここまではいい?」

 

フランメは、レインの問いに対し、心底面倒くさそうに返事をする。

 

「あ…うん」

 

なんだ、その面倒そうな感じは。

まあ、フランメの気持ちは分からなくもない。

この一か月、耳にタコができるほど同じことを言ってきたのだ。

でも、大事な事なのだ、仕方がない。

 

「対して人間達は、固有の魔法陣を持たない。だから、魔物の魔法陣の術式を組み合わせたりして、人にも使えるように加工している。でも、魔法は本来魔物のもの。だから…」

 

私の話に被せるように、フランメは言った。

 

「人が魔法を使った場合、術者本人の体も傷つける。だから、杖を介することで、魔法と自分の肉体の間に距離を作り、身を守るんでしょ?分かってるよ。もう何回も聞いた。」

 

「そう。でも、分かってるなら最初から余計な事言わない」

 

フランメは、俯き間延びした返事をした。

 

「…はーい」

 

そのまま沈黙は辺りに広がる。

 

俯いたフランメの表情は、彼女の赤髪によって、レインには見ることができない。

 

いつもの事だ。

フランメは、怒られたり、注意されたりすると、必ず俯いて顔を隠す。

覗こうとしたら、そっぽを向く。

最初は、単に拗ねてるだけなのかと思っていたが、この現象の後、必ずフランメは少し明るく、元気になるのだ。

私は、人の子供に関してはほとんど知識がないので、これが何を意味するのか分からない。

フランメに聞いても、「気のせいでしょ」と言われるだけだった。

気のせいなのかなあ。

 

フランメが、考える私の腕をバシバシ叩きながら、心なしかハキハキとした声で喋る。

 

「はい、この話は終わり!なに変な顔してるの。早くしないと仕留めた鳥が魔物に取られちゃうよ!!」

 

そう言って、鳥を仕留めた方向にフランメが走り出す。

 

「あ…待って」

 

私はその後を追う。

 

やっぱり気のせいじゃない。

絶対、元気になってる気がする。

説教されて元気になる…ううん、もしかしてこれが妹の言っていた「どえむ」というやつか?

 

かつて私の妹が言っていた言葉を思い出す。

 

『お姉ちゃん、世の中には酷い事をいくら言われてもへっちゃら…ううん、それどころか喜んでしまう変態がいるの。こういう人には何を言っても無駄だから相手にしちゃダメだよ』

 

苦々しい顔をして言った妹を見て、この子も大変だなあと思ったことを憶えている。

 

まさか…ね。

フランメちゃんに限って「どえむ」なわけ…。

でも、もしそうなら、私は教え方を改めるべきだろうか。

 

走るフランメの後を小走りで追いながら、レインは人族の子供の教育について考えるのであった。

 

 

 

暗闇に堕ちた大地の中、パチパチと音を立てて燃える焚火がぽつんと辺りを照らしていた。

この地域は日中と夜とで寒暖差が激しい。

あれだけ暑い日中に比べ、夜は地面に氷ができることもざらにある。

だから、夜はこうして焚火をして、暖を取るわけだが…

 

(恥ずかしい…私は、なんてことを…)

 

私ーーフランメは、焚火の近くに座り、心の中で猛省していた。

隣には、はぐれエルフことレインが、先ほど取った鳥を魔法で下処理をしている。

その彼女の白い髪は、焚火の火に照らされ、まるで淡い琥珀色の膜をまとったかのように優しくきらめいている。その髪の隙間からすっと伸びる長い耳が、冷えるのだろうか、小さく震えている。

レインは、変な魔法をたくさん知っているから面白い。

今レインが目の前で使っている魔法は多分『動物の血抜きをする魔法』とかだろう。

レインが魔法を鳥に使った後、鳥の頭を下にして振ると、ぼとぼとと血やら内臓やらがくちばしからこぼれだす。うええー、何度見ても慣れないなあ。

とにかくレインはたくさんの魔法を知っている。

グロテスクな魔法から、綺麗な水を生成する魔法まで幅広い魔法の知識を持っている。

その代わりレインは、攻撃魔法となると全くダメなのだが。

それはともかくとして、今私が悩んでいるのはこの1か月間の私のレインへの振舞いについてだ。

私は気づいてしまった。

私が、レインに説教や注意されるのが嬉しくて、敢えてレインが言ったことに反抗して彼女の気を引こうとしている事に。

恥ずかしい…我ながら、なんて浅ましい事だろう。

そんな事をしても、レインが私を好きになる事はないし、愛想を尽かされるだけなのに。

でも、私は嬉しかったのだ。

レインが私に説教してくれて、注意してくれて。

それだけレインが私を心配して、気にかけてくれているという事だから。

それが、たまらなく嬉しい。

でも、もうこんな事はやめなきゃ。

レインだって物わかりの悪い子は嫌いだろう。

あと、レインに注意された時についつい嬉しくて頬が緩んでしまう癖も直さねば。

これじゃあ、まるで私が怒られて喜ぶ変態みたいではないか。

 

私が心の中で一つの決心をしたとき、レインの方も、鳥肉の調理が終わったらしい。

調理と言っても、鳥肉を細かくして、木の枝に刺して、火であぶっただけだが。

 

「ん、できたよ」

 

レインに手渡された木の枝に刺さった鳥肉に私はかじりつく。

 

ハムッ

 

「どう?まあ、何の味付けもしてないし、すごく淡泊な味だと思うけど…」

 

「レイン…」

 

「ん?」

 

「すごく美味しい。…あと、今までごめんね」

 

私がそう言うとレインは心底分からないといった顔をした。

 

「どうしたの?急に」

 

「ううん、何でもないの。これからもよろしくねってこと」

 

 

フランメはそう言って、ほころんで笑って見せた。

その頬は焚火に照らされ、赤かった。

 

 

 

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