私の約束された勝利の騎士道アカデミア   作:まだら模様

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第8話「それぞれの傷」

 

 

 USJの翌日、雄英高校は静かだった。

 

 授業はなかった。事情聴取と健康確認のため、生徒は順番に呼ばれ、残りの時間は教室で待機する。普段は賑やかな1年A組が、珍しく落ち着いた空気を纏っていた。

 

 リアは窓際の席で、砕けた甲冑の破片を手のひらに乗せて見ていた。

 

 死柄木の崩壊が削り取った金属の欠片。親指の爪ほどの大きさだ。青と銀、その境目が崩れている。

 

 騎士の甲冑は盾でもある。これが砕けたということは——まだ、足りないということだ。

 

「リアちゃん」

 

 麗日が隣の席に座った。

 

「昨日、助けてくれてありがとう。梅雨ちゃんのとこに割り込んでくれて」

 

「民を守るのは当然だ」

 

 麗日がくすっと笑った。

 

「そういうとこやよね、リアちゃんって」

 

「何がだ」

 

「ありがとうって言われたら、普通は『どういたしまして』とかって言うやん。でも『当然だ』って言う。……でもそれが、なんか安心するんよね」

 

 リアは少し考えた。

 

「守ることは義務だ。礼は要らない」

 

「うん。それがリアちゃんらしい」

 

 麗日が窓の外を見た。空は晴れていた。

 

「怖かった? 昨日」

 

「……怖い、か」

 

 死柄木の手が甲冑に触れた瞬間を思い出す。崩壊が進む感触。あと数秒で貫通していた。

 

「怖いかどうかは分からない。だが——間に合わなかった場合のことは考えた」

 

「そっか」麗日が小さく頷いた。「私は怖かった。手が震えてた。でも……リアちゃんが前に立ってくれたから、動けた気がする」

 

 麗日の声は静かだった。いつもの明るさとは少し違う、芯のある声。

 

「リアちゃんがいてよかった。ほんとに」

 

 リアは甲冑の破片を握った。

 

 民の声が聞こえる場所で戦う。それが騎士だ。仲間の声が聞こえた。それで十分だった。

 

 

 廊下に出ると、緑谷が壁にもたれて包帯だらけの腕を見つめていた。

 

「有斗さん」

 

「……怪我の具合は」

 

「あ、はい。リカバリーガール先生に治療してもらって、だいぶ良くなりました」緑谷が少し苦笑いした。「でもまた怒られましたけど」

 

「当然だ。治療の度に消耗させるな」

 

「……そうですよね」

 

 緑谷が包帯を見た。黙っていた。それから、ぽつりと言った。

 

「昨日、有斗さんが死柄木さんの前に出た時……あれ、止められなかったですよね、エクスカリバー」

 

 リアは答えなかった。

 

「あの距離で使えば、後ろの僕たちも巻き込まれてた。だから使わなかった。……そういうことですよね」

 

「そうだ」

 

「俺も同じです」緑谷の声が少し変わった。「個性が制御できないから、使い方を間違えると仲間を傷つける。だから使う場面を選ばなきゃいけない。でも選んでる間に……間に合わないことがある」

 

 リアは緑谷を見た。

 

 この少年は、ちゃんと考えている。痛みの中で、正しく考えている。

 

「それが今の私たちの限界だ」とリアは言った。

 

「だから鍛える。制御できるようになるまで」

 

「……はい」

 

「急ぐな。壊れてからでは遅い」

 

 緑谷がゆっくり頷いた。今度は、素直に。

 

 事情聴取から戻ると、教室では切島と上鳴が何か話していた。

 

「いやマジで有斗さんすごかったよな! あの甲冑で死柄木の個性受け止めてさ!」

 

「あれ即死もんじゃん普通……」

 

「俺も最初そう思ったけど、ちゃんと計算してたんだよな。後ろに俺らいたから個性使えなかったってことでしょ」

 

 切島がリアを見つけて手を振った。

 

「有斗! お疲れ! 昨日マジかっこよかったぜ!」

 

「そういうものではない」

 

「いや絶対そういうものだって! 俺なんかさ、正直あの場面で足すくんでたんだ。死柄木が来た時。個性使おうって思ったけど体が……」切島が少し俯いた。「爆豪は黒霧に突っ込んでいったのに、俺は」

 

 上鳴が「切島……」と言った。

 

「それが今の俺の現在地だと思って。もっと強くなりてえ」

 

 リアはしばらく考えた。

 

「昨日、相澤先生を見ていたか?」

 

「え?」

 

「あの人は怖くなかったわけではないはずだ。それでも一人で飛び込んだ。怖くて足がすくむことと、それでも動くことは別の話だ」

 

 切島が目を見開いた。

 

「……そっか」

 

「お前は最後、オールマイトをサポートしに動いた。足がすくんでいたとしても、最後には動いた。それで十分だ。今は」

 

 切島が、じわりと目を赤くした。

 

「……なんか、すごい刺さった。ありがとな、有斗」

 

「礼は要らない」

 

 上鳴が「リアさんって不思議な人だよなあ」と呟いた。

 

 放課後、相澤が教室に顔を出した。包帯だらけで、松葉杖をついている。それでも目は鋭かった。

 

「お前らに言っておく」

 

 クラスが静まった。

 

「昨日の経験は、まだ早すぎる経験だった。プロが相手にしているものの一端を見た。それは事実だ。だが——お前らは全員生き残った。自分の頭で考えて、動いた。それも事実だ」

 

 相澤が一人一人を見渡した。

 

「体育祭は2週間後に予定通り行われる。警備を強化した上でな。準備しろ」

 

 それだけ言って出ていった。

 

 教室が少しだけざわついた。麗日が「体育祭……!」と声を上げた。芦戸が「生きてたらイベントがある、それだけで十分!」と笑った。

 

 リアは立ち上がり、サポート科への依頼書を鞄から取り出した。昨夜書いたものだ。

 

 甲冑の修繕と、改良の依頼。崩壊の個性に対してどこまで耐えられるか。材質の見直し。それから——剣の柄の部分の調整。あの「感覚」が走った時、柄を握る感触が変わった気がした。その感触を、次に繋げるために。

 

 廊下を歩きながら、リアは昨日を思い返した。

 

 死柄木の崩壊を受け止めた瞬間。廃墟ゾーンで重力に押しつぶされた瞬間。二度、あの感覚が走った。極限の状況で、剣の周りに「何か」が動く。

 

 風王結界は、まだ制御できない。だが——存在を感じ始めている。

 

 触れそうで、触れない。

 

 だが、近づいている。

 

 リアは廊下の窓から空を見た。

 

 体育祭まで、2週間。

 

 民を守るヒーローになるために、騎士は剣を磨く。それだけだ。

 

 グラウンドの端で、夕暮れの中を素振りする。

 

 一回、二回、三回。

 

 剣の周りに「それ」がある。今日は、いつもより鮮明に感じる。昨日の戦いが、何かを揺り動かした。

 

 掴もうとして——

 

 消えない。

 

 「……もう少しだ」

 

 独り言が夕風に溶けた。

 

 グラウンドの向こうで、緑谷がランニングしているのが見えた。包帯の腕で、それでも走っている。

 

 隣で轟が素振りをしているのも見えた。氷と炎、どちらも使わずに。ただ、素の動きで剣を振っている。

 

 リアは小さく息を吐いた。

 

 仲間が、それぞれの道を歩いている。

 

 騎士王の道は孤独ではない——民の隣に立つ、それが王の在り方だ。

 

 もう一度、素振りをする。

 

 夕日が長い影を引いた。

 




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