その日、キヴォトス全土が一つのニュースで溢れた。
『七神リンが失脚、連邦生徒会長代行として不知火カヤが就任』
ここ、連邦生徒会に向かう途中で何度も見たニュースだ。
スマホのニュース一覧にも、新聞の一面にも、街中の電光掲示板にもそのニュースが張り付けられている。
曇っているからか連邦生徒会のビルの中は暗い。
モモカとアユムの話によると、どうやらリンは失脚後に軟禁、そしてカヤは連邦生徒会長代行の座を受け継ぎ、その穴埋めとしてウツツが防衛室長になったそうだ。
話を聞かなければならない。
「こんにちは、先生」
連邦生徒会長室の扉を開けると、一面がガラス張りの部屋が視界に広がる。
その中心に置かれた豪華そうな木の机にカヤがいた。
「こちらの事情でお呼びしてしまい申し訳ありません。一度昼間に迎えを送ったのですが……」
正直、叱るつもりでいた。
『なぜこんなことをしたのか』『今すぐにリンを開放しなさい』『しっかりと反省するように』なんて言葉を連ねて、一連の事を問い詰めるつもりでいた。
ただ、目の前の"生徒"を見て、その考えが霧散する。
「……ところで、先ほどは急用でもあったのでしょうか?スケジュール上では……」
"……カヤ、大丈夫?"
「はい?」
以前見た時とは違う。
余裕のない、無理やり張り付けているような笑顔、化粧でも隠しきれていない目元の隈、ところどころに生えた白髪も全て。
「心配せずとも元気ですよ、私は。ですがそうですね……旧友であるリン“元”行政官の汚職に失望し、落ち込んでいた部分はあるかもしれません」
“無理をしているような気がして”
気がして、とは言っているが、十中八九そうだろう。
てっきり何か野望があってリンを失脚させたというだけだと思っていたが、どうもそれだけではないらしい。
「……話を戻しましょう。本日先生をお呼びしたのは、とある書類をお渡しするためです」
彼女は露骨に話をずらした後、机から分厚い書類を取り出し、私のほうへ向けるように置いた。
“これは?”
「シャーレの行政手続きの改善案です。主に先生の業務負担を軽減することを目的とし、いくつかの業務においては先生の権限が強化される内容になっています。軽く目を通していただき、問題がないようでしたら、こちらにサインをお願いします」
“……これにサインすると、何が変わるの?”
業務負担の軽減、その言葉が少し引っかかった。
軽減した業務はどうなるのだろうか。分からないが、減らした業務のしわ寄せは必ずどこかに寄る。
「……特に何も、変わるものはありませんよ」
カヤは机の上で手を組み、少し目を開きながら話し始めた。
「先生はやりたいことをやればいいのです、今まで通り、ね。生徒と日常を過ごし、困っているものを助け……」
「ですがそれらを必ずしも行う必要はありません。何もせずとも、先生を責めることはありません。」
「お金が必要でしたら、いくらでも支援しましょう。面倒な報告書だって、代わりに作成いたしますよ。ええ……すべては先生の自由です」
「ただ……一つだけ約束してください。今後シャーレのすべての活動は連邦生徒会の名義で行うと。承認していただけるのであれば、先生がされたことに対する責任はすべて私たちが請け負いましょう」
確かに、書類仕事は大変だ。
報告書の作成だって相当な時間を食うし、その癖給料もさほどない。
休みなんてものはかけらもない、忙しく辛い日常……だが
「私が、先生の面倒を見ます。何もかもを私に任せて……自由に、楽になりましょう?」
私は大人だ。
私がいくら大変だからと言って、それは生徒にすべてを委ねる理由にはならない。
大人とは、先生と言うのは、生徒の責任を預かる者の事だ。
“とても……嬉しい提案だけど、遠慮しておくね。大人は自分の言動に責任を持ってこそだから”
カヤの表情が困惑に変わる。
正に「何を言っているのか理解できない」とでも言いたげな顔だ。
「も、もう一度説明させていただきますが……この改善案は先生を自由にするための提案です。先生が不利益を被るようなことはないのですが……何か気になる項目でもありましたか?」
“確かに魅力的だけど……でも、大人が責任逃れする姿を見せてしまったら……先生として、生徒の見本に慣れないから”
「…………」
“それに、生徒に責任を背負わせるわけにもいかないからね”
責任と言うのは本来、大人が背負うべきものだ。
シャーレの業務は確かに大変だが、それでも生徒たちの肩にかかった責任を代わりに背負えるのなら、それもいいと思っている。
カヤは苦虫を噛み潰したような顔で、資料を机にしまい直した。
「……分かりました、この件は一度保留としましょう。ですが気が変わりましたら、いつでも連絡をしてください。私たち連邦生徒会は、先生の事をいつでも歓迎していますから」
その言葉と共に、目線を私から離すカヤ。
これで話は終わりだ、と言う事なのだろう。
その空気に逆らえず、そのまま部屋を後にした。
***
カヤが連邦生徒会長になってからと言うもの、キヴォトスの環境は大きく変わった.
キヴォトス全土で銃器類の所持が大幅規制、カイザーPMCが治安維持業務を行うようになり、粗はあるが以前よりも平和になってはいる。
どうやらリン代行とは違いその権威を十分に使っていて、会議の時間は1時間と少しで終わる様になった。
意見を否定せず妥協点を探すなどと言うことはなく、一斉に集めた意見を参考にカヤが独断で方針を決め、反対意見は押しつぶされその通りに法案が決まる。
やり方は横暴だが、どこか連邦生徒会長と同じものを感じる。
それにしても、カヤがクーデターを起こしたと聞いた時は驚いた。
そんな様子は微塵も感じられなかったし、そもそもそんなやり方をする人間ではない。
何かあったのかもしれない。これがキヴォトスの為と言うのは分かる、その為に誰かは犠牲にならなければと言うのも。
……ただ、その犠牲は私でありたかった、カヤではなく。
突然、プルルと机の電話が鳴った。
書類仕事を中断して電話を取る。
「はい、こちら防衛室長伴篠ウツツ」
『防衛室長、そのですね……午前11時頃に北麗中央線にてハイジャック事件が発生しまして……現金輸送車が行方不明に』
時計を見ると今は12時過ぎである。
何故一時間も報告が遅れたのか、そもそもお前は誰なんだ所属を名乗れという文句もあるが、それを飲み込んで丁寧に対応する。
「はあ、分かった。すぐにヴァルキューレに連絡を……」
『それがですね……ヴァルキューレは多くが検問に当たっていまして……動かせるのは生活安全局の人員しかおらず……』
「…………仕方ない。防衛次長にしばらく席を外すと伝えておいて」
そうとだけ言い残し勢いよく電話を切る。
声に苛立ちが出ていたような気もするが気にしない。ミスのシワ寄せを受けるのも上司としての仕事だ。
仕方ないと心の中で幾度も唱え席を立つ。
ロッカーを開け、銃や防弾チョッキに埋もれていた携帯電話を手に取る。
交通室に通話をかけ、音声をスピーカーにしながら着替えを始めることにした。
5回のコールの後、電話越しに声が響く。
どうやらモモカにつながったらしい。
『室長じゃん、どうしたのこんな時間に』
「北麗中央線にてハイジャック事件が発生して現金輸送車両が一代行方不明と連絡を受けた。すぐに非常列車制御システムを稼働してもらえる?」
『えー……めんどくさいなぁ』
「いや、めんどくさいとかじゃなくてこれは仕事で……」
『いやさ、ハイジャック事件の解決って長引くじゃん?それなら別にランチしてからでもいいかなーって』
スピーカーからポテトスナックをむさぼる音と、炭酸飲料を飲み干す音が聞こえてくる。
私は胃の痛みで狂いそうだった。
空腹が原因ではない、当然ストレスで。
「……今の状況を理解しての発言?それは」
『もちろん、まあ安心してよ、後で仕事はちゃんとやるからさ……あっランチが来た!それじゃ、食べ終わったらまた連絡するねー』
「いやちょっと待っ……!」
私が言葉を言い終わる前に電話はぷつりと切れてしまった。
どうする、交通室の支援がなければ私一人で終わらせるのはほぼ不可能。
FOXに協力を……いや、私が勝手に動かしていいのか?あれはカヤが……
思考の悪循環を断つため、自分の頬を思い切り叩く。
そうだ、そんなこと考えている場合ではない。私だけで終わらせられるか、ではなく終わらせる。
幸い防衛室長は連邦生徒会に保管されている軍需品の管理権がある。
強力な武器を大量に抱え重装備で挑めば終わらせられないこともない。
ロッカー内の装備を身に着け、私は防衛室を後にした。
***
「つっ……かれたぁ……」
ハイジャック事件の犯人を全員鎮圧し、連邦生徒会に戻ってきた。
時刻は22時、移動時間を除くと9時間ほど戦っていたことになる。
バッグいっぱいに詰めた手榴弾も弾薬も今や跡形もない。
なにせ相手が有利すぎたのだ。列車は走り続け相手は20人規模の組織、その上人質まで捕えていた。
時速100キロの列車の上に乗りながら一車両ずつ順々に攻略していく。そんなことをやっていたら時間も物資もかかると言うものだ。
因みに、一応モモカからの連絡履歴を確認して見たら、美味しそうな唐揚げ丼の写真が送られていた。
それは連絡ではあるが連絡とは言わない……
「おや、お疲れの様ですね」
「ああ……カヤか……」
ロビーのソファーに座り込んでいると、カヤに声をかけられた。
労いの言葉をかける割に、当の本人も相当疲れた様子である。
「ハイジャックの件は災難でしたね。すみません、私の方も手が離せず手伝いが出来ずに……」
「いや、治安維持は防衛室の仕事だし大丈夫。けどヴァルキューレの人員不足はどうにかしないとね、このままだとヴァルキューレじゃなくて防衛室長の席が開くかも」
これに関しては本当に急務だ。
今回は事件が一つだったからまだ良かった、それなら私で対応できる。
ただ複数起きた場合、これが問題だ。
当然の事を言うが私は2人いない。今になって冷静に考えてみれば、FOXを動かすと言うのは廃校となったSRTの生徒が個人的に活動していると見られる危険性がつきまとうと言う事。
だからこそ早く治安を安定させてヴァルキューレの手を空かせないとなのだが……一部生徒がカイザーの巡回をよく思っていないらしく、ストライキが起こっているとのことらしい。
そんなの、私だって不満はある。
ただしこれがキヴォトスの未来に繋がると言うのであれば受け入れるしかないだろう。
「すみません防衛室長、今大丈夫でしょうか」
今度は連邦生徒会の役員が声をかけてきた。
ただどうやら私にでは無くカヤにらしい。
「……連邦生徒会長代行」
隣に座っていたカヤがぼそりとつぶやく。
不満が隠しきれておらず、顔から圧が漏れ出ている。
「あっ…!すみません連邦生徒会長代行!」
「良いですよ。それで用件は」
役員は一枚の書類をカヤに手渡す。
ちらりと見えたが、どうやら何かの設計図?の様だった。
「はい、これならば問題ありませんね。このまま進めておいて下さい」
「了解しました!」
カヤからの承認を得て、役員はそのまま廊下の方に去っていく。
一体何の設計図なのだろうか。
だがカヤを訪ねたと言う事は防衛室に関係があることではないのだろう。
もし防衛室絡みなら真っ先に私へ話が来るはずだからな。
そもそも私は何かの設計を頼んだ記憶はないし……何にしろ聞く必要もないか。
必要ならカヤから伝えに来るだろう。
それにしてもだ、カヤが代行の座にそこまでプライドを持っているとは思わなかった。
私から見た彼女は、自己肯定感が低く、何かこだわりを持つ様なタイプでもない、そんな大人しい女の子でしかない。
だからこそ、呼び方一つでそこまで気を悪くするとは……
「じゃあ、私そろそろ行くね。まだ仕事が残ってるし」
「そうですか。ですが十分休むのですよ」
「分かったよ。じゃあまたね、"連邦生徒会長代行"」
それなら、と呼び方を役職に変えてみる。
自分より下の役職もそうだが、名前で呼ばれるのも不満だろうし、これで彼女も嫌な気持ちになる事は無い。
そう、考えていたのに。
「……貴方はいつも通りで良いですよ」
喉をきつく締めた時の様な細い声で彼女は言う。
「そう?ならカヤ、またね」
「ええ、また」