第一話 シャーレの部長
アラームの音で目を覚ます。
ベッドに体を埋めていた私は、あくびをしてから上体を起こしアラームを止めた。
陽光も差し込まない、時計と簡易的なデスクだけが置かれた仮眠室。
時計を見ると朝の5時だ。
いつ頃に寝たかと記憶を遡る。確か2時に仕事を終えて、そこから少し寝たのだったか。
一度伸びをしてから立ち上がり、椅子の上に置かれたスーツに腕を通す。
着たまま寝た方が楽ではあるがそうするとシワがついてしまう。人前に出る事も多いのでそれはダメだろう。
全身を整え、最後にプラカードを首にかけた。
連邦捜査部シャーレの模様が書かれたカードを。
仮眠室のドアを開けて、私の仕事場へと向かった。
大きな窓のついた綺麗なオフィス。広々とはしているが、私を含め二人しかいないため相当持て余している。
私のデスクに積み上げられた書類を見て、ただでさえ眠気で満ちた頭に面倒さが積もる。
寝る前より増えている気がするのだがそれは気のせいということにしておこう。
安物のインスタントコーヒーを口に含み、目を覚ましてから仕事に取り掛かる。
書類を一枚一枚目を通していたら時間が足りない。だから素早くキーワードだけを拾い、優先度の低いものは後回しにして積んでおく。
『猫探しの際破損した首輪について』、いいだろそんなもの買い直せよ。保留
『一週間前に発生した道路陥没の修繕費用』、頼むからもう少し早く言ってほしい。処理
『ゲヘナ自治区で生まれた新興宗教団体の調査』、祈る神くらい自由に決めさせてやれ。保留
『シャーレの業務改善案』、お前のせいで業務が増えてる。処理
『ロールケーキパーティーのお誘い トリニティ総合学園』、ふざけるな。破棄
と、まあこんな感じにろくでもない書類を処分するのも仕事の一つだ。
だがこんなことでも体力は削れ、精神はすり減っていく。
ピリピリしているのは寝不足からだろうか。最近は眠いのかどうかも分からなくなってきた。
「あ、先生。おはようございます」
"おはよう、ウツツ"
突然シャーレのドアが開きそちらを向くと、そこにはレジ袋を手に持った先生が立っていた。
「何か買い物ですか?」
"うん。カップ麺とゼリー、それとエナドリに胃薬かな"
何か代わり映えのするものを買ってきたかと聞いてみたものの、結局はいつも通りのラインナップである。
先生は買ったばかりのカップ麺にお湯を入れ、ふたを閉めた。
2分ほど経つと、おいしそうなにおいがオフィス中に漂う。
空腹のままこんなにおいを嗅がされたら仕事どころではない。
私はデスクの引き出しからゼリー飲料を一つ取り出し、一口だけ胃に流し込む。
"それで足りるの?"
「意外と大丈夫ですよ」
先生の心配を軽くかわし、もう一度仕事に取り組む。
だが書類の山は一向に減らず、それどころかメールの方に新たな依頼が舞い込んでくる始末。
……今日も深夜まで仕事だな。
***
「じゃあ先生はいつもので良いんですね」
"うん。お願い"
外も暗くなり、時計の針が12を過ぎた頃、ここから追い込みをかけるため一度コンビニへ買い物に行く。
先生は相変わらずカップ麺、私は飲み物類が狙いだ。
"気をつけてね"
先生の言葉に私は頷き、肩掛けのカバンと財布だけ持ってシャーレの外へと出る。
この時間帯にもなるとオフィス以外の電気は節制のために消されているのでとても暗い。
そのせいか先生はたまに泣きついてきたりもする。大の大人が情けないなとその度に思っているのは秘密だ。
……正直、私は先生の事を恨んだりはしていない。
あの計画に乗った時点で何らかの形で裁かれることは受け入れていた。
大規模テロを起こすような人間がのうのうと生きてて良いわけがない。
もし「そんな事はない」と言われたとしても私は認めないだろう。
だから私は今、シャーレとして街をよくする手伝いをしているんだ。
この場所が唯一、私に意味を与えてくれるから。
「あ……ウツツさん!いらっしゃいませ!」
私が向かったのはシャーレの一回に建てられたエンジェル24だ。
何故かソラと言う中等部の子がワンオペで回しており、いつもあわあわとしている騒がしい店舗である。
頼まれた物を買って外に出た。
今日の夜はなかなかに冷え込む。だがそのおかげで目が覚める。
幸い今日は仕事の進みがいい。
……少し歩こうかな。
***
ビルとビルの隙間から風が差し込む。
この時間帯にもなると街に人はほとんどおらず、強いて言うなら路地で吐いている酔っ払いくらいだ。
たまに、このままでいいのだろうかと考える事がある。
いくら働いているとは言え私は犯罪者だ。ただ責任を肩代わりされ、見つかっていないだけの犯罪者。
1日の大半を仕事として還元したところで、到底賄える罪ではない。
そう言えばFOX小隊はどうしてるんだろうか。
あの日以来行方知らず、生きているのかどうかも分からない。
もし生きているのなら、SRTも防衛室も無い今、どこでどうやって過ごしているんだろう。
そうだ、結局の所私は何も出来ていない。
何をしていてもその事実だけが残り続け、私はダメな人間なんだと思考が埋め尽くされていく。
最近はまともに寝れていない、4時間以上寝ると必ず悪夢を見るからだ。
最近はまともに食べれていない、食べると喉奥から胃液が漏れ出そうになるからだ。
性欲なんて論外だ、そもそも頭にも浮かばない。
人間には三大欲求があるとよく言われるが、それらを求められない人間は、果たして生きていると言えるのか。
(……もう帰ろう)
静かだと余計なことを考えてしまう。
振り返って来た道を帰ろうかと思ったその時。
突然、カバンを強く引っ張られた。
驚いて視線を向ける。
そこには私の鞄をひったくろうとしている、黒いマスクをした不良生徒がいた。
なんとかカバンの紐を掴もうとするが、そのまま手のひらをすり抜けてしまう。
不良生徒は急いで走り出し、路地裏の方へと逃げ込んだ。
「ッ!待て!」
少し遅れて私も走り、追いかける。
なんせあの中には買った物と財布が入っているのだ。
このまま大人しくひったくられるわけにはいかない。
深夜12時、唐突に始まった路地裏のチェイス。
何せこっちは銃を持っていない。幸い相手も身軽にする為か手ぶらだ。しかしどちらにしろ近距離まで近づかなければいけない。
路地裏は想像以上に入り組んでおり、しばらく進んだ先にはホームレスの溜まり場があった。
ここを拠点にしているのだろうか?いや、それにしては小綺麗な服を着ている。
ならここのホームレス達に捕まえるよう呼びかけるか?だがその後に何かせびられても面倒だ。
そもそも捕まるかもわからない。相手は元気な生徒、ホームレスが数人集まって追いつける相手では無いだろう。
そしてこっちの体力もなかなかに厳しい。
何せ1ヶ月前の戦い以来、まともに体を動かしていないのだから。
その上体も重い。もう諦めて仕舞えば良いだろうと、常に囁かれているような気分だ。
だが相手も限界だろう、そう思っていたのも束の間。
「動くんじゃねえッ!!」
不良は道端に落ちていた拳銃を拾い、私の方へと向けて来た。
万全であれば無理にでも近づいて近接格闘に持ち込む所だが、今の体力でそれは厳しいだろう。
私は大人しく足を止め、両手を上にあげようとした……その時。
「Tango down!」
アサルトライフルの銃声が辺りに響き、不良生徒が力無く倒れる。
引き金を引いた張本人、その声はどうも聞き覚えがあった。
「弾がもったいないよ。こんな相手、CQCで十分だったんじゃない?」
「何せ、困っている相手が相手だったからな」
「そうだろう、ウツツ小隊長」
「……ユキノ」
4時間以上寝ると悪夢を見るってのは友人の実体験です
普段は希死念慮だけなんですけど、たまに悪夢を見るらしいですね