「……カヤ、こいつがティアマトでいいんだよね」
まずする事は情報収集だ。
死ぬ気でこいつと戦って、実は本命じゃありませんでした!なんて洒落にならない。
『ええ。頂上より先生が発生源と思われる異常エネルギー波が観測されています、間違いありませんよ』
正直悟ってはいた。
全身に伝わるこの、深海数千メートルにいる様な圧力が、こいつこそ本命の怪物であると脳みそに直で理解させてくる。
果たして勝てるか……その不安を飲み込み、勝つ為の策を練る為に必死で頭を回す。
「全員散開し射撃、相手の出方を伺う」
『了解』
必死に絞り出した策がこれだ。
私達は相手の攻撃手段も何も知らない。ならば先に相手のカードを覗き見てやろうではないか、と言う事だ。
私も散開、と言っても完全にバラバラになるわけではない。
相手を中心として、立ち位置が真円になる様にして位置どりをする。
そうすれば敵と味方の距離感覚はほぼ一定、それなら誰かが狙われても援護に向かいやすく、相手としてもまとめて攻撃すると言うのが難しくなる。
そんな私たちの動きに対し、相手が初手で選んだのは突進。
その狙いは……
(……私かよッ!!)
目算で全高5m、全長7m程の巨体が叫びを上げながら向かってくる。
横に避けるは無理、速度とリーチの差で確実に攻撃が当たる。
股抜きも無理、まず何だよあの下半身!ウミウシみたいな見た目しやがって!
それなら消去法で位置の入れ替えしか無い。ちょうどいいタイミングで相手のデカい身体を踏み台に裏に回る!
ティアマトとの距離約1m、ショットガンを片方だけ撃ち込みほんの少しだけ隙を作る。
このほんの少しが必要だった。
その隙にジャンプで相手の巨大な右腕の上に乗り、そこから背後に向かってもう一度ジャンプ。
しかし足場が不安定なせいか、身体がぬめっていたせいか、思っていたより飛距離が出ない。
相手もそれに気づいたのだろう、数瞬前私が踏み台にした腕を振りかざしてくる。
その腕を私は反対のショットガンで怯ませ、加えてその反動で少し遠くへ移動。何とか被弾無しで回避しきった。
『無事かFOXα』
「ギリギリね」
すぐに距離を取り、もう一度囲い込みながら射撃を行う。
だが先ほどのようなピンチを生まないために、ニコのドローン援護を交えながら、だ。
小型ミサイルを頭上を蠅のように飛び回るドローンから打ち込まれるのだ、必ずそっちに注意が向く。
つまり私達への攻撃がおろそかになるわけだ。
それにだ、仮に攻撃が飛んできたとしても、私達にははるか遠くから目を光らせている狐がいる。
『FOX4、射撃準備完了。いつでも撃てるよ』
オトギは塔攻略からではなく、このティアマト戦からの参戦だ。
対物ライフルの火力はいざと言うときに欲しい。だが性質上動きが遅いスナイパーは、援護のために多くの注意を払わなければならない。
一般的な暴徒鎮圧くらいなら中距離からの狙撃でも問題ないが、今回は相手が相手だ。
一撃即死くらいの想定で戦わなければいけないこの状況で、スナイパーの支援はいくらなんでもきつい。
それならばスナイパーの十八番、超遠距離からの狙撃で戦おうと言うわけだ。
超遠距離ならばティアマトからの攻撃もクソもない、一方的に効果力をたたき出せる。
「撃て!!」
私が発した号令と共に、遥か遠方から大口径の弾が飛来する。
50口径、FOX小隊どころかキヴォトス全体でみても、個人携帯火器の最高火力だ。
狙いは身体の中心付近にある少女の顔面。いかにもなえらもなく、弱点がどこかもわからない以上では手あたり次第それっぽいところを撃つしかない。
だがその当てずっぽうが功を奏したのか、戦いの中で初めてティアマトの体がぐらつきを見せた。
『今だ!!総員一斉射撃!!』
それを見逃さず、ユキノが狙撃音を上回るほどの声量で叫ぶ。
すぐさま相手に降り注ぐ銃弾の雨。半魚人相手には効かなかったが、ティアマトにはやわらかそうな部位がいくつかある。
例えば腹回りに付いたロブスターの尻尾裏の様な部位、甲殻はほとんどなく、銃弾なら容易に貫けそうな薄皮のみが張り付いている。
勿論それとは逆に、亀の甲羅や蟹の腕の様な部位もあるが、そういったところを避けての射撃を天下のSRTが出来ないわけないだろう。
そこから数秒、ティアマトが初めて背中を見せた。
攻撃の予兆もない、つまり攻撃が効いていたという事……だが頂上にはまともな遮蔽もない。
どこに逃げ回ろうと撃ち続け……
「…はあ!?」
思わず口に出してしまうほどの衝撃。
ティアマトの身体が地面に沈み、そして消えたのだ。
いや……冷静になって考えてみれば、奴は初めに地面から出てきた。
つまりはこの地面は奴にとって歩ける水面の様なもの……そして材質が同じ以上このドームも……
「各員全方向を警戒しろ!!壁、天井、床、どこから出てくるか分からないぞ!!」
『了解!!』
指示は飛ばした……だが5人で警戒するにはあまりにもここは広すぎる。
配置はお互い数m距離を取った背中合わせ、突然あの巨体が飛び出してきた時、固まっていてはまとめてやられる。
(……地面の揺れ!これは……!)
奴が現れた時と同じだ、つまりは数秒後にはどこかから顔を出すという事。
全身の神経が張り詰め、筋肉が震える。
五感を使いながら全方位を警戒し、いつでも撃てるよう引き金に指を添えた。
しかし突然地面の揺れが収まり、その緩急に私の緊張は、集中はほんの一瞬だけ緩んで"しまった"。
『ウツツ!!』
通信越しの叫び声で脳が覚醒する。
とにかく状況把握……この浮遊感、私は今空中にいるのか?
背中の痛み、さっきよりも天井が近い、両手の銃は落としている。
下を見るとそこにはティアマトの姿、そこでようやく私は『吹き飛ばされた』のだと理解した。
奴は鯨のような姿に変化し、口を開けながら私が喉元に落ちてくるのを待っている。
このままでは重力に従い落下した私の身体が奴のおやつになって終わりだろう……だがこれはチャンスだ。
半魚人から考えて、体内に直接繋がっている口内は明らかな弱点。
腰につなげた手榴弾を手に取り、ガラ空きの口内に投げ入れる。
戦車も飲み込みそうな程の大きさだ。少し離れているが簡単に入る。
(よし!飲み込んだ!後は……)
ここから飲み込まれないようにうまく着地するだけ。
…………どうやって?
今は上空20m程、ここから五体満足で着地はほぼ不可能。
それを言うなら空中の方向転換もだ、どうやろうと飲み込まれる。
(優先順位を決めろ……飲み込まれた上爆発に巻き込まれるのが最悪、なら多少の負傷は無視してでも着地をする……!)
今ある手札で着地が可能なもの、それか空中で身体を動かせるものは?
誰かに私の事を撃ってもらうとかは……流石に威力が足りないか?
他人から……威力……空中で……そうだ!
「FOX2!!ドローンを私に!!」
すぐにその意味を理解したのか、ニコがドローンを操作し私の横腹に激突させる。
SRTの軍用ドローンは、過酷な環境で長期間運用される事を想定した高い防御性能を誇る機体だ。
それだけで無く推力としても高水準、これならばドローンによる体当たりで多少の空中移動程度は造作もない。
狙い通り鯨の大きな口が視界の端へと進んでいく。
後は着地、なるべく最低限のダメージにするため足がついた瞬間に膝を曲げ、そのまま倒れ込む様にして着地する。
いわゆる五点接地と言うものだ。
しかしそれでも無傷とはいかず、地面に当たった部分がじんじんと痛い。
「一斉射撃!!回復の時間を作らせるな!!」
私の代わりにユキノが指示を飛ばす。
すぐにティアマトの方に目を向けると、体内での手榴弾爆破が効いたのかいくつかの部位から蛍光ブルーの血を流している。
そこへ襲いかかる弾幕の雨、明らかに私達の有利だ。
だが何か……
「力が明らかに落ちてる……!このまま押し込めば勝てるわよ!!」
妙……だ。
私が想定していた強さはもっと……正直歯が立たないレベルだと思っていたのに。
だってあの風紀委員長が負けたんだぞ?
この程度の強さのはずがない、私達にまだ見せていない切り札がある?
それならもっと早くに使うか?
それともピンチに見せていて実は余裕の可能性も……
「……止まった?」
ニコがぽつりと呟く。
先程まで逃げ、のたうちまわっていたティアマトの動きが突如止まったのだ。
奴は少女を模した細腕を自身の胸の中に突き刺し、そして何かを探す様にしてがさごそと動かす。
腕がもう一度姿を見せた時、その手に掴まれていたのは……
たった一枚のカードだった。
(あれは確か……先生が持っていた……)
その腕を高らかに掲げ、少女は唇を揺らす。
"大人のカードをつかう"