"大人のカード"
名前は初めて聞いたが間違いない、かつて先生が私にお金をくれた時に使っていたものと同じだ。
それは今、目の前の化け物の頭上で光り輝いている。閃光弾かと勘違いする様な眩い光、そして光の中心から感じるエネルギーの奔流が、私に神経を掻きむしる様な衝撃を与えた。
(……!!突っ立ってる場合じゃない、何か策を……)
無理矢理にでも意識を起こし、思考に全神経を集中させる。
あのカードの効果を詳しくは知らない……だが確実にオーパーツ、シッテムの箱と同等の代物。何せこの土壇場で切ったカードだ、しょぼい効果なはずがない。
唯一のヒントはお金をもらったあの瞬間……カードを取り出して光るところまでは一緒、なら次は大金が湧いて出てくる?そんなわけ無い。
言うならばもっと抽象的な概念、とりあえずはクレジットカードで出来る事を拡張した超アップグレード版みたいなものだと仮定する。
ならその効果は『取引』『前借り』『契約』……空中に札束を生成するのは労働の対価としての契約や取引、それか給与の前借りと言う形で生み出した?
そもそもアレは生み出したのだろうか?口座残高を具現化しただけで貯金自体は引かれている可能性も?
……いや、詳しい効果を考えても無駄か。
どちらにしろアレが発動したら、私たちの負けは確定するのだろう。
なら取れる策は、カードを使えなくするか範囲外まで逃げるか……だが影響する範囲がわからない以上封じた方が確実だ。
一番手っ取り早いのはカードの破壊、耐久性の程は想像するしか無いが、あの薄さなら弾丸でも貫けるんじゃ無いか?
「総員カードに対し射撃、破壊しろ!!」
引き金を引きながら必死に叫ぶ。
私のショットガンじゃこの距離を的確に当てるのは不可能、だがライフルなら……
いち早く指示に反応したユキノが弾丸を放ち、カードへと一直線で向かって行く。
しかし、その弾丸が炸裂する直前、ティアマトの手から飛び出た肉塊がカードに纏わりつき防がれてしまった。
(防御行動……つまりはカードに対する攻撃は有効なのか?けどあの肉の盾をどう突破すれば……)
……手詰まりだ。カードの発光が激しさを増し、もはや直視すら難しい。
最後の抵抗で全弾を打ち込むが、それらは全て肉壁に阻まれ肝心のカードには届かない。
敗北が迫っているのを実感しながら目を瞑ったその時。
パン!と、乾いた銃声が空間に響く。
それは何百回と聞いた馴染みのある音。ゆっくりと目を開けると、カードが肉壁もろとも撃ち抜かれ、巨大な穴を空けていた。
『FOX4、命中。カードの破損を確認』
インカムから聞こえたオトギの声、そこでようやく理解した。
1km先から彼女の放った弾丸がカードに命中し、見事目的を果たしたのだ。
助かったと言う安心、打ち破ったと言う高揚、身体中の緊張が一気に解け、滝の如く汗が流れ落ちる。しかしまだ勝利ではないのだと言う現実が、私の緊張の糸を張りなおす。
そう、まだ勝ってはいない。あくまで危機を脱しただけ、戦いは未だ続いているのだ。
ティアマトの方へ目を向けると、破損による影響か、カードから放射される光は壊れた蛍光灯の様に途切れ途切れとなり、少女を模した顔は溺れたのかと思うほど苦しそうな顔をしている。
しかしそれでも、カードを掲げる手を下げることは無かった。
ツギハギの光が再び輝きを増し、そして弾ける。次の瞬間、ティアマトはカードの代わりに一丁のマシンガンを手にしていた。
恐らくはアレが破損したカードでどうにか生み出した、言うなれば搾りかす。銃の形をしているならばその性能も大きくは変わらないはず、引き金を引いて弾を放つと言う構造は保ったまま、威力や特殊効果などが付与されたものだと仮定。
それなら対処法も単純、遮蔽物の裏に隠れ弾丸を防ぐのが最適だろう。周囲に立った柱へと走り飛び込むが、身を隠し切る直前、1発の軽い銃声が聞こえた。
(痛ッ……足を打たれた……!?)
すぐに柱の裏で痛みが走った場所を確認する。焼ける様な痛みだ、高熱を帯びた弾なのだろうか?なんて事を考えながら。
しかしそこあったのは跡ではなく穴、弾丸は私の太腿を貫通していた。
傷からは血が滴り落ち、少しでも力を入れると激痛が脊髄に響く。
現実味が増すにつれ痛みが強くなり続ける。だが頭は妙に冷静だ。服の一部を破り、傷口を締め付ける様にして強く結ぶ。
「ぐぅっ……!」
思わず苦悶の声が漏れた。布に触れた痛み、締めつけた痛み、その他様々な要因が全て痛みとして返ってくる。しかし同時に少しの快感もあった。今まで感じたことのない様なアドレナリンが全神経を駆け巡っているのが分かる。
そして……これが切れたらまともに歩けなくなると言う事も。
長くて5分、この時間が私の戦闘可能時間。
(先生の見てた特撮ヒーローみたいだなぁ……)
大丈夫、大丈夫だ、私はまだまだ戦える。
残り5分で決着を付けてやるぞ。
さて、まずは状況整理だ。
手鏡を取り出しティアマトの様子を見ると、奴は私の方に銃口を向け発砲していた。しかし私は生きている。先程の弾丸は身体を豆腐の様に貫通したのにも関わらず、連射してこんな柱一つ貫通出来ていない。
つまりアレは威力が強い訳ではない、肉体のみに多大なダメージを与える武器……今の手札でアレを防げるのは……
「奴の銃撃は絶対に喰らうな!!恐らく無機物であれば防げる、クルミの盾が頼りだ!!」
「目標は銃の破壊、それで良いなFOXα」
「……お願い」
あんなものを乱射されてはまともに戦えない。だからこそすべきは銃を封じる事……しかしその為には身体を晒さなければならない。
身体を出せば死ぬが身体を出さねば何も変わらない、この矛盾を解決する方法は至って単純、身体を出せる隙を作れば良い。
銃ならば確実に生まれる隙、リロードのタイミングを狙う。
ユキノが考えている事は同じのはずだ。
……この先の作戦も。
***
負傷者一名、あの状況で被害がこの程度で済んでいるのは奇跡と言えるだろう。
しかしこのままでは防戦一方だ。だからこそここで、ウツツが身を持って検証した情報を活かし戦況を逆転させなければいけない。
「FOX3、作戦を伝える」
「何よ改まって……」
我ながら馬鹿げた作戦だと思う。隊員一人の命を差し出すことで成り立つだなんて。
「対象の正面ににFOX3が盾を構えながら突撃、私がその後ろに隠れながら前進し、リロードの隙を突いて銃を破壊する」
クルミは一瞬驚いた様な顔をし、一度ため息を吐いて、私の事を一瞥する。
「……ったく、次の焼肉はアンタの奢りね!」
「了解」
互いに拳を合わせた後、カウントに合わせて遮蔽物を飛び出した。
ティアマトの銃口がこちらに向く。そしてすぐに降り注ぐ弾幕の雨、そんな地獄の一丁目を、盾だけ頼りに駆け抜ける。
身長151cm、私よりも一回り小さいその背中が、とてつもなく頼もしく見えた。
「っぐ……ああああぁああ………!!」
声を張り上げながら鉛玉を押し除け続けるクルミ。この連射速度、かかる衝撃は相当だ。それを全て受け止めながら、彼女は佇むどころかじりじりと進み続ける。
10、11、12……時間にして約15秒後、ようやく鉛の波が止まった。
同時にクルミの体が後ろに倒れ、盾に隠れていた奴の姿がはっきりと見える。
「よくやったFOX3」
「約束……忘れんじゃないわよ……!」
攻守逆転、次は私が奴に向かって鉛玉を浴びせる番だ。
とは言っても撃つのは弾丸ではない。ライフルに付けた虎の子のグレネードランチャーだ。
狙うは腕……銃の耐久性は未知、ならば持っている腕の方を機能不全にし物理的に銃を握れなくする。
同時に両サイドからウツツとニコが接近。射撃している以上ヘイトが向くのは私だ、だからこそ二人はほぼノーリスクで近づける。
私の役割は銃破壊兼ヘイトタンク、奴の武器を奪った後にする攻撃までの繋ぎだ。
人間の形をした細腕から爆炎が上がる。
狙い通りだ、奴の腕はグレネードランチャーによる攻撃に耐えられず、銃と共に地面にぼとりと落ちた。
「対象の銃火器攻撃を無効化した。戦闘不能1名」
『なら私はそっちに向かうよ!!どうも狙撃でどうにかなる状況じゃ無さそうだしさ!!』
確かに互いに消耗し、近接戦闘に入った現状では狙撃の意味は薄い。
それよりも人数を増やして物量による攻略を行った方が勝率は高いだろう。
ウツツとニコは既に近距離での撃ち合いに発展している。
一切余裕のない回避と銃撃の応酬、私もすぐに近づいて加勢しなければ押し切られるだろう。
中距離から銃撃をしながら全速力で走り、なるべく人数不足の穴を埋めながら接近……しかし。
「何だ、水が……!?」
突如として足下から水が沸き出し、膝まで水浸しになってしまう。重装備でこの状況の中走るのはほぼ不可能だ。
最も危険なのは近接戦闘をしている二人だ。アレではまともに回避もできない、だからと言って背中を向けて距離をとったところで攻撃されて終わり……やはり私が援護に行かなければ……!
武器以外の全てを投げ捨て、足を水に阻まれながらも二人のもとへ走り出す。足取りは重い、だがそれでもここで行かなければ負けが確定してしまう。ならば他に選択肢はない。
しかしその時、何かに引っ掛かり転んでしまう。
足元を見るとそこにあったのは、排水溝ほどの大きさで周囲が盛り上がっている穴。
さながら小さな火山の様なそれは、奥からぐつぐつと泡を吹き出していた。
それにこの匂い……腐った卵の様な悪臭……
直感的に危機を察する。
全身の毛が逆立ち、耳がピクリと震え続けている。この穴から出てくる『何か』が、敗北に直結するものだと本能で理解した。
「全員防御態勢!!地面の穴から離れろッ!!」
次の瞬間、地面から噴き出した高熱の煙が空間を包み、私の視界は黒く染まった。
「…………よか……ったぁ……」
耳鳴りの中聞こえた微かな声、それは聞き覚えがあると同時に、今まで聞いたことがないほど掠れた弱々しい。
「ニ…コ……?何をして……」
目を開けた先にあったのは、額から、目から、喉から血を流し、私を抱き抱えているニコの姿があった。
私がした警告を聞いて、自分の身よりも私の安全を確保しに走ってきたのだろう。
そして庇った、私の事を。
「……ウツツちゃんは…無事だよ、ギリギリで……防弾ベストを盾に……」
「そう言う話じゃない!!何でわざわざ私を庇った!!」
「だって……ユキノちゃん…死んじゃったらやだし……」
そんな理由で?と思った。合理性に欠ける判断だ、とも思った。
ただそれよりも、私だってお前に死んでほしくない、と思っていた自分に驚いた。
もう、私の頬を伝うのが海水なのか涙なのかもわからない。
「友達……だから…」
「違う!!私達はただの武器だ!!友情なんて理由として……!」
私の言葉を遮る様に、彼女は私の頭を撫でる。
「私には…それで……十分……なんだ……」
クルミを死地に向かわせ、ニコには私の代わりに大怪我を負わせてしまった。
その罪悪感が累積し、私の心にのしかかる。
「……ニコ?」
頬からニコの手が滑り落ちた。
力無く、ぱちゃりと水面を叩く。
脈はある、大丈夫、まだ生きてる、気絶してるだけだ、大丈夫、大丈夫。
まだ私は……戦える。
***
「……がっ…ひゅ……何だ……今の……」
呼吸が上手くできない、喉と肺をやられた?地面全体の爆破……直前に見えたあの穴と煙……もしや爆破じゃなくて噴火か?
海に関するものであれば何でも出来ると予想してはいたが……まさか海底火山まで作ってくるとは。
想定が甘かった……クソ!!
『くるしいのね、わたしのせいと』
突然響いた声、その主はまさかのティアマトであった。
うすら笑いのまま少女の唇が動きを見せ、初めて明確に意思疎通を図ってきたのだ。
先程からまさかの連続、今更一言や二言発した程度で驚きはしない。
だが二人称が"生徒"であるのは少し気になる。先生を取り込んだ影響か……
『ねえなんかさ!!塔から変なの出てきてるんだけど!?』
いきなり入ったオトギからの通信、その内容はあまりに抽象的で理解に苦しむものだった。
「変なのって?」
『ヒレ生えた半魚人みたいな!!塔を中心に全方向に広がってってる!!』
なるほど、最悪な状況だ。
奴はキヴォトス全域をあの半魚人軍隊で潰そうとしている。恐らくは私達を削り余裕ができたからだろう。1体でも強い半魚人を複数相手取って勝てる生徒が何人居るか……人員が確実に足りなくなる。
『あんしんなさい。あなたのごがくゆうも、すぐにくるしくしてあげるのよ』
「……無理だよ、私のご学友は強いからね」
だが私は知っている、この街の生徒達は、私の友人は、この程度でくたばる様な奴じゃないって事を。