エデン条約、それは長年犬猿の仲であったゲヘナとトリニティが手を取り合う為の第一歩。
その歴史的瞬間の中継を、私はカヤと共に防衛室から見ていた。
「手が止まっていますよ。何を呆けているのですか」
テレビ中継に夢中だったせいで仕事の方が止まっていた。
当然そんな職務怠慢はカヤに叱られ、また仕事に取り掛かる。
「これでゲヘナとトリニティが仲直り、とはならないよね」
今度は叱られないよう手を動かしながらカヤに声をかけた。
「そうでしょうね。こんな条約一つで長年の恨みが消えるのであれば苦労はしません」
「それに比べたら私達の仕事は楽かも。書類一つで片がつくし」
「本当に思っているなら、私の仕事を肩代わりしてくれても構いませんよ?」
「……遠慮しとく」
そういえば、調停式には先生も参加しているらしい。
それ以外にも風紀委員会、万魔堂、ティーパーティー……あらゆる権力者が一堂に介するこの調停式。
どんな結末になるのか。果たしてそれは良いものなのか、私には分からない。
テレビに目をやると、そこには隣り合って靡くゲヘナとトリニティの旗が映っていた。
向かい合った2校の生徒が嫌そうな顔で手を差し出し合い、今にも取り合いそうな……その時だった。
大きな音が鳴り響き、画面が暗転する。
その様子を見ていた私も、カヤも、しばらく黙ったままだった。
「今のは……通信障害、では無いですよね」
先に沈黙を破ったのはカヤだった。
「違うはず、だってあんな大きな音……」
「室長!次長!緊急の案件です!」
扉を開けて防衛室の職員が1人、慌てた様子で駆け込んでくる。
息を切らし、何か信じられないものを見たような様子で。
「古聖堂にミサイルが着弾!現場の状況は不明ですが恐らく多数の重傷者が……!」
ミサイル?あり得ない。
それはつまり対空設備を全てすり抜け、こちらに情報が伝わるよりも早く着弾したと言う事。
そしてそんな技術は現状キヴォトスに存在しない。
つまり、つまり敵は……
「ヴァルキューレに連絡を。公安局も生活安全局も、あらゆる組織に出動要請を出してください。それと可能であればSRTにも……」
「ですが……こう言った治安妨害の際は先に複数の部署からの承認を得なければならないと……」
「治安妨害?これの一体どこが?これは明らかなテロ行為、この期に及んでまだ承認が必要だなんて言ってるの」
「規則では……そうなっていて……」
ポケットに入れた携帯が鳴る。
どうやらリン代行が緊急会議を開くとのことらしい、幹部は全員出席しろと。
カヤもそれを見る、その表情には焦りと怒りが浮き出ていた。
「……赤信号の向こうで人が倒れています。血を流し、助けを求める声も出せない、ですがまだ息がある。今横断歩道を渡れば助かるかもしれません。それを貴方は、『規則』だからと言って青信号を待つのですか」
どうする、どうすべきだ。
ヴァルキューレは論外、会議なんてしていたら大勢が死ぬ。
いや、その前に……先生はどうなった?
彼はキヴォトスの人間とは違う、ミサイルを食らったら気絶や重傷では済まない。
よくて瀕死だ。
それに風紀委員会は?万魔堂は?ティーパーティーは?
両勢力が集まったこの瞬間、敵からすれば纏めて潰す絶好の機会。
だからこそここで終わらせるわけがない。ミサイルを撃ちそれで終わりなわけがない。
第二陣……恐らく歩兵を投入する、と言うか私ならそうする。
立つのも厳しい負傷の中、大量の歩兵との継続戦闘。物資も体力も無い、全てが劣っているこの状況で増援もなければ……
いや、一つだけある。今動かせる増援が。
「……分かりました。私は会議に出席します。どうやら、それしかできる事はなさそうですので。その旨をリン行政官に伝えて下さい」
カヤがため息を吐き、下を向きながら指示を出す。
職員の子はその指示通り部屋を去り、リン代行の元に向かったようだ。
「……では、ウツツ。貴方は会議には出席せず、FOX小隊と共に現場へ向かって下さい。戦力は1人でも多い方がいい」
今唯一動かせるのは私達が私兵として保有しているFOXだけ。
SRTと違い連邦生徒会長の指示を必須とせず、ヴァルキューレの様な公的戦力でも無いからこそできる早技だ。
「分かった。じゃあカヤは……これ、持ってて」
自分の机にしまってあったインカムをカヤに渡す。
これはFOXとだけ通信ができ、どこにいてもラグのない高性能軍用インカムだ。FOXに廃校寸前のSRTから最新装備をいくつか持って来させた時に得た戦利品である。
「状況は逐一共有する。カヤも必要があったら私を呼んで」
「分かりました。敵は恐らく理外の連中です、十分注意して下さいね。それと小隊は貴方が指揮して下さい。私は会議であまり指示を出せないでしょうから、私の意向を汲み取れる人間が指揮をする必要がありますので」
最後に色々と指示を残してカヤは部屋を去っていった。
私は携帯を取り出し、FOX小隊と連絡を取る。
集合場所は初めて出会った廃墟の近く、あそこなら大聖堂からもそこそこ近い。何よりも動きがバレにくい。
通話を切った後、私も部屋を去り集合場所に向かうのだった。
***
「FOX小隊、古聖堂付近に到着。作戦開始」
廃墟でのブリーフィングを終え、私達は現場に向かっていた。
古聖堂の周りは煙と血の匂いが充満していて、各地から叫び声と銃声が聞こえてくる。
周囲を制圧しているのはシスターのような見た目をした謎の存在と、ガスマスクを被った歩兵……おそらくはアリウス分校の生徒か。
となると主犯はアリウスか?いや、あそこに防衛設備を抜けられるほどのミサイルがあるとは考えにくい。
やっぱり後ろに何かいるな。
「最優先目標はシャーレの先生と両学園トップの保護だ。歩兵は見つけ次第制圧して構わない」
「了解したFOX……」
突然、後ろにいたユキノの言葉が止まった。
「そういえば、私達はあなたの事を何と呼べば?」
「え?そんなの名前で……あ」
基本的に部隊と言うのは隊員の事をコールサインで呼ぶ。
例えばユキノはFOX1、ニコはFOX2として呼ばれるわけだが、私は自分のコールサインを決めていなかったのだ。
「うーん、順番的にはFOX5になるんじゃないかな?」
「いやいや、指揮官が番号後ろってのも変でしょ……」
「じゃあ逆にFOX0とかじゃないの?」
『……何を駄弁っているのですか』
どうやら会話は通信でカヤにも聞かれていたらしく、作戦開始早々お叱りを受けてしまった。
「でもさ、コールサインは重要でしょ」
『分かりました、私が決めますからこれ以上の無駄話は控えて下さい』
会議中だからなのか音を抑えめに咳払いする彼女。
『うーん……コールサインFOXα、これでいいでしょう。では健闘を』
通話がプツリと言う音を立てて切れる。
これでカヤのネーミングセンスが酷かったらおしまいだと心配していたが、どうやら必要なかったらしい。
αと言うのは多分群れのリーダーを意味する用語の事だろう。
「改めて、了解したFOXα」
コールサインも決まったところで前に進む。
「10時方向で複数の銃声、交戦中みたいね。古聖堂の方からは少しズレるけど……FOXα、どうする?」
「ていうかあそこで戦ってるの、ゲヘナの風紀委員長じゃない?」
……この状況でまず行くべきは古聖堂だ。
敵の狙いはほぼ確実にそこであるし、何より先生がいる確率が最も高い。
だが風紀委員長の空崎ヒナと言えばキヴォトス最高レベルの戦力だ。
明らかに敵も脅威としてみているだろう、確実に潰しに来る。
ここで倒れさせるわけにはいかない。それに彼女が居れば先生の捜索も効率が良くなる。
「目標は空崎ヒナの援護、FOX3はFOX1、FOX2は私に付いてこい。FOX4は援護、行くぞ!」
戦闘しながら四人に指揮をし続ける自信は流石にないため、二人一組に分かれて進むことにした。
私の武器はショットガン、どちらかというと近接で張り付いて戦いたい。
そのため盾持ちのクルミはユキノに付かせ、ニコと二人で突っ込む作戦だ。
アリウス側は30人ほどだろうか。真ん中からではなく、両側から挟み込むようにして進軍する。
風紀委員長の方に気を取られているのか、直前まで気づかれることはなく、理想的な不意打ちができた。
「おい後ろ!敵が来てるぞ!」
歩兵の一人がようやく報告したころには既に近距離。
相手は混乱状態で動きがグダグダになっている。
生まれた指揮の穴を突き、愛銃の『ファーストドリーム』で敵の脳天を一発、また一発と打ち抜いていく。
敵の視線が集まれば今度は倒れた敵を肉壁として使い、そのまま敵陣に突っ込んでいく。
統制が取れるのは味方への誤射を恐れなくていいような、整った戦況の時だ。だからこそこう言った混戦では、迷いの一つでも生んでやればいい。
「全隊撃破、各員周囲を警戒しろ」
「……えっと、貴方達は?」
風紀委員長が困惑した表情で私の事を見つめている。
確かに、突如現れた面識もない部隊が救援に駆け付けたらこうなるのも当然か。
(SRTって名乗るのはダメ、当然連邦生徒会も。……どうしよう)
連邦生徒会長が居ない今、SRTが動いているという情報が知られるのは危険だ。
実際その防止のために、校章を隠した状態で私たちは出撃している。
「どこかで見た気もするのだけど……とにかくありがとう。助かったわ」
「……私たちはこの近辺で活動する自警団です。轟音が聞こえたので急いで向かってきたんですが、まさかここまでの惨状だとは。お怪我は大丈夫ですか?」
結局、自警団だと誤魔化しながら現状を何も知らない風を装うことに決めた。
『実はこれは迎撃不可能の超性能ミサイルによる攻撃でキヴォトスに存在しないの技術を使ったテロ攻撃の可能性が高いです!』なんて言う自警団はいないだろう。
「ええ、大丈夫……そうだ、先生が……!」
「先生と言うのは、あのシャーレの?彼もここにきているんですか?」
「その筈よ……爆発に巻き込まれているかもしれない、早く助けに行かないと」
血まみれの身体を震わせながら起こし、彼女は古聖堂の方角へと向かおうとする。
私たちの最優先目標は先生の保護、これは揺るがない。ここには敵も多い、その上理外の化け物がどこから現れるか分からないこの状況では、風紀委員長を1人で戦わせるのは愚策だ。
「出来る事なら、貴方たちも一緒に来てくれないかしら。今この状況だと戦力は多い方がありがたいのだけど」
「勿論。では先生のいるであろう場所まで案内して……」
『ウツツ、聞こえますか?急で申し訳ないのですが連邦生徒会に戻って下さい。緊急の案件です』
インカムからため息混じりのカヤの声が流れる。
彼女が緊急と言うほどだ、何かあったのだろうが……今私がここを離れれば先生がまずい。
みくびっているわけではないが、今の風紀委員長に先生を守りながら戦い続けるだけの余力はないように思える。
私は2人いない、どちらかを、どちらかを選ばないと……
「FOXα。ここは私に任せて、貴方は戻れ」
思考に呑まれていた私を、ユキノが引き戻してくれた。
そうだ、私が入る前のFOXは彼女が指揮をしていたのだからなんら問題ないではないか。
「……風紀委員長さん、私は少し用ができまして。後の事はあっちの狐の子に任せる事に……」
「いやそんな、手伝ってくれるだけでも有難いわ。貴方は自分のやるべき事をやってちょうだい」
「……ありがとうございます」
彼女に礼をしその場を後にする。
しばらく離れ、戦線を離れたところで私はインカムを握り、通信で一言だけ言葉を伝えた。
「ありがとう、ユキノ」
『……FOX1から各員へ、指揮はFOXαに変わり私が引き継ぐ!』
帰って来たのは全体通信の淡々とした報告だったが、それがどうも嬉しく思えた。
***
会議室の扉の前に駆け足で向かい、一度息を整えてからドアノブを捻る。
その場にいた全員の視線が私に向き少し気まずい雰囲気が流れるが、リン行政官に向かい一度礼をしてすぐ席に座る。
席は勿論カヤの隣、防衛次長の札が置かれた席だ。
「ごめん遅れた。状況は?」
隣で頭を抱えている彼女に、なんとか聞こえる程度の小声で話しかける。
「……最悪です。ヴァルキューレ出動に関する議題が終わった後、SRTの廃校についての話が進みまして」
「待って、テロが起きたならそれを止めるSRTは必要って方向で進むはずでしょ。どうして廃校の話が出てるの」
「どうやら、逆にSRTが持つ火薬庫としての危険性を示すことになったようで……」
納得はいかないが言いたいことは分かった。
要するに「SRTが暴走してこんな規模の事件を起こしたら誰が責任を取るんだ」と言うことだろう。
それならさっさと廃校にして武力を奪ってしまった方が良いではないか、と。まったくなめ腐っている。
SRTを廃校にさせたら今回のような事件への対応はどうするんだ。
脅威を無くしたところで根本的な解決にならないどころか、連邦生徒会は武力を失うことになる。そして武力のない権力は無意味だ。
「それでどうするの、このままだと最悪の事態になる」
「今必死に言い訳を絞り出そうとしているんですよ……!必要性を伝えてもダメ、責任の所在を明らかにしようとしてもだれも責任など取らない、防衛室長程度が背負える責任でもない。そもそもこれは本来連邦生徒会長代行が負うべきもので……」
彼女の様子を見るに手は出し尽くしたのだろう。
だが恐らく、恐らく一つだけ出していない手があるはずだ。
「……先生に、責任を負ってもらうのは?」
「ダメです、それだけは何があっても。貴方もわかっているでしょう」
やはりこれだけは出していなかったらしい。
そもそも私たちは、先生もとい連邦捜査部シャーレにキヴォトス中の業務や責任が押し付けられている現状を疑問視していた。
先生は脆い、弱い一人の人間だ。超人でもなんでもなく、銃弾も弾き返せない。
ではもし先生に、連邦生徒会長と同じ『何かしら』があったら?
彼女の失踪と同じだ、一人に頼り切った政治形態の脆さを、私たちは知っているはずだ。
それなのに皆、先生の苦労を考えようとしない。考えても改善しようとしない。
唯一行われるのは、事務作業などしたことない生徒が手伝うどころか先生にダル絡みして妨害する当番と言う謎の活動だけ。
その上先生に、SRTの世話まで背負わせるなんて論外もいいところだ。
「他に異論がないのであれば、SRTの廃校案はこのまま……」
迷っているうちに、会議では廃校が決定しそうになっていた。
このままでは何もできずに詰む、それだけはダメだ。
「異議あり!」
勢い良く立ち上がりそう叫ぶ。
勝ち筋が一切なかったとしても、可能性を潰さないために。
何はなくとも、最後まで足掻こう。
「……ウツツ防衛次長、発言をどうぞ」
「SRTは脅威ではありません。あくまで彼女らは軍人として、自らの立場を理解しています」
「しかし事実、SRTの一年生であるRABBIT小隊が先日問題を起こしています。その際多数のヴァルキューレ生が負傷し、最終的にはシャーレの力を借りる大規模な事態となりました。よって、防衛次長の発言には正当性が無いように思えます」
「あれはSRTの中でも少数の生徒が廃校の噂を聞き起こした事件です。そもそも廃校の話がなければ起こらなかったことであり、多くのSRT生は規律に従った行動を行っています。ですから今回のような大規模事件はそもそも起こすことが出来ません」
「……本当に?」
連邦生徒会員の一人が声を上げた。
「防衛室長の見解では、今回の事件はキヴォトス外の技術が関与していると。ではSRTの中で危険思想を持つものが少数であれど、同規模の事件を起こすこと自体は可能であるのでは?」
「そもそも、危険思想を持つSRTの生徒が少数と言うのも疑問です。行動に移していないだけで何かのきっかけにより武力行為を行う者もいるのでは?それこそ『RABBIT小隊に影響されて』だとか」
そうだ、SRTが危険ではないと言う証明をするのは不可能なのだ。
例外はいくらでも出せる。その時点で根拠には説得力が無くなり、結果破綻してしまう。
この議題は鼻から廃校が確定していたようなもので、私たちがしていたのはその引き伸ばし。何も根本的には解決していない無意味な行為。
それを分かっていて、FOX小隊を出来るだけ長く手元に置いておくため奮闘していたわけだ。
「……異論は無いようですね。では、本法案を可決します」
リン代行の声が会議室に響く。
今日の会議はこれで終わりらしく、皆ぞろぞろと会議室から去っていく。
私はどうも歩く気になれず、その場に立ったままでいた。
「……よくやった方だと思いますよ。今回は状況が悪かった」
虚ろな目で天井を見上げながらカヤが呟く。
私は力が抜けたように椅子へ座り込み、ため息を吐く。
「……これからどうするの」
「決まっているでしょう……頭を下げに行きますよ」
***
「デルタ2!4時方向!」
私が率いる事となったFOX小隊はあの後先生と合流し、空崎ヒナと共に敵を薙ぎ倒しながら進んでいた。
あの時ウツツ次長が身分を明かさなかった理由はある程度察しがつく。その為番号はそのままに、コードネームをFOXでは無くデルタとして呼ぶ事にした。
「小隊長、敵が多すぎるよ!どうするのさ!」
「撤退地点まであと少しだ!なんとか持ち堪えろデルタ4!」
アリウスの兵だけでは無くシスターのような姿をした謎の存在まで攻撃をしてくるのだ、5人だけでは到底手が足りない。
すでに何発弾を喰らったか……物資も少なく、まさに満身創痍である。
「……!前方に敵兵が4人!ただのアリウス兵とは違うみたいだけど……」
前列に居たクルミが声を張り上げる。
視線の先には、恐らくチームであろう敵兵。
"君達が……アリウススクワッド?"
先生の発言から、どうやらあの兵がアリウススクワッドと言うらしい事を知る。
わざわざ名前が付いている、あの4人はアリウス内では手だれのチームなんだろう。
こちらも、ちょうど4人だ。
「風紀委員長、しばらくの間雑兵どもを任せられるか?」
「……ええ、勿論!」
言葉の意図をすぐに理解したのか、空崎ヒナは強く頷く。
「各員、前方の部隊を潰すぞ。デルタ3は前でデルタ2とマスクの女を狙え。私は黒髪の奴を叩く」
「「「了解!」」」
合図と共にクルミが突っ込む。
それに続き私とニコは分かれて走り出した。
遮蔽物から遮蔽物へと、足を必死に動かしながら高速で近づく。
だが相手はその隙を付き射撃、銃弾が数発体を掠めた。
(……さて、どうするか)
瓦礫裏に隠れながら5秒ほどで今後の作戦を考える。
考えを纏めた後、スモークグレネードを投げてから飛び出した。
「……チッ!」
私の姿を見失った相手は前方に向かって威嚇射撃、だがそれは読んでいる。
訓練された兵士ほど頭や胴といった、身体の上部を狙う。私はそれを逆手に取り低姿勢で接近、足払いで体勢を崩した。
キヴォトスの人間は銃弾に耐性がある。だからこそ1対1で速攻で沈める事を目的とするならば格闘の方が簡単だ。
体幹のブレた相手の頭を掴み地面に叩きつけ、首元に足を組ませつつ腕をねじり拘束。
SRTで教わる速攻テイクダウンである。
「クッ……ソ!ヒヨリ!!」
「デルタ4」
重い銃声が鳴り響く。直後に人が倒れる音。
『こちら"FOX4"。命中』
当然オトギの銃声で、敵の倒れる音である。
「こっちも終わったよ、小隊長」
「ただ……ピンクの髪の子は逃しちゃったけど……」
「了解、こいつらを人質として誘き寄せるぞ……さて」
ニコ達から、私の下で転がっている相手に向き直した。
彼女は心底悔しそうな顔をしている。つまりは打つ手無しという事なのだろう。
「お前はどうする?降伏するなら傷つけはしないが」
彼女は最後っ屁と言わんばかりに唾を吐き捨てた。
この様子を見るに、このまま拘束を解いても暴れるだろう。
不安要素を残さない為にも後頭部に銃口を向け、銃弾を意識が無くなり力が感じられなくなるまで撃ち込み続けた。
「状況終了。先生の護衛に戻るぞ」
そう言って私は腰を上げ、銃をリロードしながら先生の元へ駆け足で向かう。
風紀委員長の方はと言うと、しっかりと先生を無傷のまま守り切っていた。だが身体中に傷があり、これ以上は戦えそうに無い。
私達もだ。今のが最後のマガジン、手榴弾も残っていない。恐らく他の隊員も同じだろう。
正直言って、これ以上の戦闘は厳しい。
「……もうすぐ……セナが来るはずよ……すぐに先生を乗せて……ここを……」
「あまり喋るな、どう考えても貴方の方が重症だ」
わずかに残っていた包帯を彼女の腕と足、そして頭に巻き、横に倒して休ませる。
そうすると段々、彼女の瞼が閉じていった。
念の為に脈を測る。幸い大した異常もなく、呼吸も安定していた。
"ヒナは…!"
「大丈夫、ただ眠っているだけです。ですがなるべく早く治療を……」
その時、瓦礫を突っ切りながら救急車が現れる。
中からは短い白髪の少女が降りてきた。
「ゲヘナ救急医学部の氷室セナです!状況は?」
「風紀委員長が重症だ、それと先生も軽傷を」
「分かりました……ですが貴方達も傷が……」
「私達は敵を拘束してから戻る。気にしなくて良い」
彼女は少し迷った後、礼を一度して救急車に乗り込んだ。
私達はそれを見送り、すぐにアリウススクワッドの元へ向かう。
だが、周囲には奴らを助けにきたのかアリウスの兵士たちが集まってきていた。
ある程度の犠牲を覚悟に身柄を抑えるしか無いか。そう考えていると、インカムから声が響いた。
『私です。話があります、至急戻ってきて下さい』
こう言われてしまっては、私達は戻らざるを得ない。
犠牲なんてもっての外である。
陣を組みながらやむなくその場を離れ、私達は連邦生徒会の本部へと向かった。
***
呼び出しから1時間ほど経って、FOX小隊の面々が防衛室にやってきた。
見ると服がボロボロだ。こんな状態の彼女達にこの事実を伝えるのは、少々気が引ける。
「それで、話とは?」
「……あまり、驚かないで聞いて欲しい」
突然切り出すよりは良いだろうと思い、一言念押ししておいた。
「……先程の会議にて、SRT特殊学園の廃校が正式に決定されました。詳細はこの資料に纏められています」
その言葉を聞き、先頭にいたユキノが急いで書類を手に取る。
それを見てどのように思ったのだろうか。到底計り知ることは出来ないが、確実に良い気分では無いのだろう。
彼女は険しい表情で、その文字列を見つめていた。
「この事態は、全て私の能力不足です。申し訳ありません。貴方達はSRTの保護を条件に今まで手伝って頂きました。ですがもう、ここに残る理由は無くなった……それでも、私達には貴方達の力が必要なんです」
私達は深々と頭を下げ、頼むと言うよりは縋り付くようにして言葉を吐き続ける。
「……今更図々しいですが、お願いします。どうか、私達に手を貸してはくれませんか」
しばしの沈黙が訪れる。
私は惨めだった。一度した約束を違えたのが、命を預けさせた相手にこんな残念な結末を与えてしまったのが。
謝りたかった。だが、謝るだけではどうも精算しきれそうにない。
私はそんな自己嫌悪の中、ユキノの言葉を待っていた。
「……良いんだ」
状況からは想像できないような、驚くほど落ち着き払った声でそう言う彼女。
「貴方達が力を尽くしてくれた事は知っています。引き止める為の嘘ではないなんて事は、とっくの昔に」
「そうですよ。二人とも、倒れそうになるまで仕事をし続けて……何度も心配しましたよ」
「室長のゴミ箱に胃薬のゴミが詰め込まれてた時は流石にドン引きしたわ……」
「次長なんてさ、私が眠そうにしてると濃いクマ付けながら心配してくるんだもん。ちょっと怖いくらいだよ」
私達が当然だと思ってやっていた事は、彼女達に頑張りとして映っていたらしい。
廃校と聞いて驚くでも怒るでもなく、感謝をしてくるだなんて。
「私達FOX小隊は、どんな事があっても貴方達に付く」
芯の通ったユキノの声。姿勢もまっすぐと、ただ私たちの前に、指示を待つようにして立っている。
「……SRTは復興させます。必ず、今度こそ、約束は違えません」
そんな事を言うカヤの様子は、いつもと少し違って見えた。
打算ではなく、ほかの何かで動こうとしているような……
「今日は疲れたでしょう。もう帰って、しっかり休んでください」
その"指示"に、FOX小隊は防衛室から去っていった。
だが何故か、ユキノだけはその場に残ったまま。
「ウツツ」
名前を呼ばれて少し固まる。
彼女は私に近づき、付けたままのインカムを取り外した。
「通信がつけっぱなしだ」
そうだ、急ぎで来たから私のほうの通信を切るのを忘れていた。
いや……ずっと通信が繋がったままだったということは、私の会議での発言も……
そのまま何か言うこともなく、ユキノは続くようにして部屋を去る。
残ったのは、私とカヤの二人だけだ。
「……私たちも少し休みましょう」
カヤが「休もう」と言うときは相当参っているときである。
思えば私も睡眠不足だ、もう3日か4日は寝ていない。
FOXからも心配されているようだし、ここはおとなしく休んでおこう。