明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第九話:虻蜂、違わざれど

 

 

 【事案 一〇二二號】

 

明治参拾伍(3 5)年 (2)

 

 

 

場所:福島県下、南会津郡黒枝岐(くろえまた)

 

事案:黒枝岐の村民"肆拾弐(4 2)名"が一夜にして全員が消息不明となる。その後、第一発見者(1)名と調査に赴いた警察(2)名が同様に消息不明となった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 九京との初会合を果たした数日後の早朝。二人は任務のため、帝都を発程していた。

 

 上野駅から乗り込んだ日本鉄道の汽車は、関東平野の枯れ野を切り裂くように北上していく。

 車内に充満する紫煙と、石炭の焦げる匂い。だが、郡山駅で岩越鉄道へ乗り換える頃には、その熱気すら心許なくなってくる。

 

 車窓の外は、既に一面の銀世界に変貌していた。中山峠を越える蒸気機関車は、喘ぐように黒い煙を吐き、雪の斜面を登っていく。

 文明の恩恵に与れるのは、今日の宿地である会津若松までだ。

 

 

 夜、若松市内の旅館にて一泊後。

 

 会津若松を出ると、鉄のレールは途絶えた。

 代わりに用意されていたのは、幌のついた公用馬そりだ。

 下野街道を南下する道中、景色から色彩が消え失せた。あるのは空の灰色と、雪の白、そして枯れ木の黒のみ。

 馬の鼻息だけが白く爆ぜ、鈴の音が寒空に吸い込まれていく。

 

 南会津の中心地、田島に到着する頃には、積雪は既に大人の背丈を超えようとしていた。

 

 田島を出てからは、いよいよ馬すら通じない。

 現地の案内人に導かれ、私たちは(かんじき)を履いて雪の渓谷へと踏み入った。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 伊南川沿いの道なき道。雪の回廊は高くそびえ、昼間だというのに薄暗い。

 私の小さな体など容易に呑み込む雪の深さに、呪力による身体強化を常時発動していなければ、一歩進むことすらままならなかっただろう。

 

「……ここまで雪がひどいとはね。総隊長殿には後で追加手当の申請をせざるを得ないな」

 

「文句を言わないで歩いてください、准尉殿。舌を噛みますよ」

 

 息をするたび、肺が凍りつくような冷気。数時間の行軍の末、案内人が無言で前方を指差した。

 

 谷底が開け、雪原の中にポツポツと黒い染みのようなものが見えてくる。

 雪に埋もれた、L字型の茅葺き屋根。

 

 

 

 ──黒枝岐村。

 

 到着時刻は日没直前。

 だが、集落からは夕餉の支度を知らせる煙一つ上がっていなかった。

 

 あるのは、耳が痛くなるほどの、完全な静寂だけだ。

 

「……取り敢えず、村に入りますか」

 

 案内を頼んでいたマタギとはここで別れる。帰りは道中教わった目印を目当てに帰るつもりだ。

 腰まで埋まる雪をかき分け、私たちは集落へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

「……曲尺(さしがね)型の家か。会津特有の『曲家(まがりや)』だね」

 

 九京が、眼鏡の位置を直しながら家屋を見上げる。

 茅葺き屋根が大きく張り出し、人間が住む母屋と、馬を飼うための厩が鍵型に連結されている。

 雪国の知恵とはいえ、この薄暗い夕闇の中で見ると、その折れ曲がった構造は家の奥を闇で隠しているようで、ひどく不気味に映った。

 

「どの家も、戸が開け放たれていますね」

 

 私は一番手近な家屋に狙いを定め、敷居を跨いだ。

 

「──お邪魔します」

 

 返事はない。

 

 土間に入ると、外の冷気とは違う、澱んだ空気が肌に纏わりつく。

 板の間にある囲炉裏には、燃え尽きた炭灰が小山に積もっている。鉄鍋からは味噌の焦げ付いた匂いと、若干の黴臭さ。

 

「……食事中。忽然と消えたって感じだね」

 

 九京が食べかけの椀を指先でつつく。中身は凍りついている。

 

「准尉殿。事案発覚の経緯については?」

 

「十二月中旬、近隣に住む炭売がここを訪れたそうだ。その時には既にもぬけの殻。炭売もその後行方不明になったらしい」

 

 その後、通報を受けた警察が二名現場に向かったが、これも行方知れずとなったらしい。

 

「……ということは、我々も既に捕捉されている、と考えたほうがいいですね」

 

「炭売のことだね?」

 

 そう。今までの行方不明者の中で、唯一村から脱出した炭売も行方を晦ましている。これが呪術的な案件であれば、敵となる呪霊ないし呪詛師は村に入った時点で照準を合わせられ、あとは引き金を引くのみである可能性がある。

 

「けれど、まだ我々は襲われていない。なにかしらの条件で作動する術式が考えられるだろうね」

 

「…………もう少し探索を続けましょう。私の術式で安全に探索できます。准尉殿には、無防備になる私の周囲を警戒していただきたいのです」

 

「へぇ?いいよ」

 

「ありがとうございます。……私の術式は『泥梨ノ園』。呪力を帯びない物質に自身の呪力を流し込むことで、私と同一の分身を作り出す術式です」

 

 術式の開示を行いながら地面に手を付け、呪力を押し付けるように流し込む。呪力を流された囲炉裏の灰は黒く染まり、泥のような粘性を以て蠢き、二体の人形(ひとがた)に形を成す。

 

「それが君の術式か。便利そうじゃないか」

 

「はい。不便なところもありますが、気に入っています」

 

 現在、私は基本的に分身二体で運用している。

 

 私自身が動きながら完全遠隔操作(フルリモート)で操作できるのは一体まで。もう一体は補助として半自動で動かし、掌印や呪詞の肩代わりをさせるのが、今の戦闘スタイルだ。

 

 本来は四体まで作り出せるが、燃費と操作精度の問題で、今は二体に絞っている。

 加えて、千代に渡した呪具『罪羊』によってストックが減っているため、これが現状の限界だ。

 

 まぁ、今回は術式の開示という縛りで呪力消費を抑えられている。仲間とはいえ、そう簡単に開示するべきではない。が、長期戦も加味するとそんなことを言っている余裕がないのだ。

 

「私はこれからこの二体の操作に意識を集中させます。その間、私は無防備になるので──」

 

「そこを守るわけだね。了解した。あぁ、分身にこれを持たせておいて」

 

 そう言って手渡されたのは、二枚の十銭硬貨だった。それをそれぞれの分身が受け取る。

 

「索敵に役立つだろうからね」

 

 詳しい説明はしないようだ。まぁ察するに、彼の術式だろう。頷く九京を横目に、私は埃っぽい囲炉裏の前に座り、視界を閉じる。

 二体同時の遠隔操作はまだ完璧ではない。故に、本体の呪力探知を行わない縛りによって可能としているのだ。呪術戦において呪力探知は生死を分ける重要な点であり、それを縛ることはより分身に意識の比重を傾けることとなる。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

(……やはり住民はいないか)

 

 別々の方向に走らせた分身たちから情報を受け取る。連なる家々からは、人の気配が失せていた。

 

 どこもかしこも突如としてその場を去ったような様子であり、逃げ出した跡や争った形跡は見受けられない。

 

(しかし……これは)

 

 辺りに撒き散らされた歪な残穢。

 その様相は、まるでそこら中に血が飛散した惨殺事件の現場のように感じられる。

 

(呪術によるものであるのは確定か)

 

 そのまま探索を続けていくと、一軒だけ残穢が濃い家を見つけた。南西、村の端に位置する周囲と変わらないごく普通の一軒家だ。

 だが、周りと比べその残穢は濃く刻まれており、暗い空気を周囲に振りまいている。

 

 分身を内部に入らせようとしたその一瞬──

 

「──っ!来るぞ!」

 

 九京の叫びに、反射的に分身に回避行動を取らせる。分身の居た場所は、地面から爆ぜ土塊を吹き飛ばしていた。

 

(……これは)

 

 吹き飛ばされた土塊はしかし、重力によって落ちずに宙に留まっていた。暫くすると、ゆっくりと逆再生するように元の場所に戻っていく。

 

「…………ネェ」

 

 突如として横からかけられた声。すぐさま距離を取り声の主を確認する。

 そこには、布で包まれた赤子のようなものが宙に浮いていた。顔が見えるであろう空間には、粘性を持つ赤い液体が蠢いている。布の端が垂れ下がり、無風の中、しかし風に棚引くように揺れている。

 

「……オマえ、はダれ?」

 

「…………私は軍の人間です。貴方は誰ですか」

 

 コミュニケーションがとれる……のか?名前が知られるとまずい可能性を考慮して、夜永はぼかしつつ会話に応える。

 

「ぼ……クは、あさジ、ろう。浅次郎だ。オとうガ、付けテくれたんダ」

 

 名前がある。コミュニケーションが取れることも確定だろう。呪霊……ではあるだろう。だが、それならば彼の言う“おとう”とは……父親だろうか?

 

「……お父さんがいるのですか?今はどちらにいらっしゃるのですか?」

 

「…………みんナ、こコニいる」

 

「ここに?」

 

「イッしょにいヨウとシた。でモ、声をカケても、応えテくれなカった。ダから、埋メた。地面カら、皆んながナガれてクる」

 

 ……埋めた?

 こいつが村人を消した張本人ということか。術式はおそらく、土を操作して地中に引きずり込むもの。引きずり込んだ生物の呪力……いや、生命力か?それらを吸収できるような感じか。

 夜永が思考を巡らせている間も、呪霊はなおも言葉を続けていた。

 

「アの日、皆んナには出来ナい事が出来るようにナった。オかあに言っタら、床下に閉じこめラれた。物の怪だっテ。ソレからズッと苦しクて、苦シくて、苦しくテ。ソシたらこうナっていた」

 

 

 

 …………あぁ。なるほどな。

 

 ──こいつは元“呪術師”の呪霊。『怨霊』だ。

 

 正確には、術式を自覚したばかりの子供だった、というべきか。どの時代においても、超常的な事象を引き起こせる術師は大概迫害の対象だ。それが山奥の孤立した村ならば尚更だろう。

 

 

 こいつの……彼の親は、何を思ったのだろうか。

 

 彼の異質さが露見すれば、彼含めて家族全員が村全体から迫害されると考えたのだろうか。

 それとも、只々異端な力を使う息子を気味悪がって、臭いものに蓋をするように彼を床下に押し込んだのだろうか。

 

 どちらにせよ、彼は死んでしまった。

 

 発言から察するに、彼の死因は餓死だろう。それでも生を諦めきれない執念か、はたまた死というものを理解しきれていない幼子だった故か。

 

 呪術師は呪力で殺さなければ呪霊に転ずる。

 彼は餓死によって亡くなり、その身を怨霊へと変え得たのだろう。

 

 

「オまえモ、村にイる」

 

 ゾッ、と。雰囲気が塗り替えられる感覚。水滴が波紋を呼ぶような、空気の変化が広がる。

 

「ッ……!」

 

 奴の垂れ下がる布が靡くように地面を撫で、撫でられた土が波打ち、こちらへと迫ってくる。

 咄嗟にその場から離れ、屋根の上に飛び乗りそのまま動きを止めずやつに近づこうと駆け出す。

 

「シッ!」

 

 呪霊へと飛び込み、すれ違いざまに軍刀を抜刀。鋭い斬撃に呪力を込めて斬り込むが、布が柔らかく受け止めていなされてしまう。

 

 ドッ、ドゴォッ!!

 

「ッ……」

 

 反撃とばかりに地中から土塊が吹き出し、避けようとするも判断が遅れた。呪力で防御したが、右脇腹と左肩が土塊に抉られてしまう。

 

(避けきれなかったか。攻撃の威力も想定以上だ)

 

 相手は目算で準一級……いや、下手したら一級に届いているんじゃないか?それに対してこちらは、二級の九京と準二級の私。

 ……対抗し得るのだろうか?私は実力的には二級相当であると片桐総隊長から一家言を貰ったが、対して経験不足も指摘されている。

 

 逃走を視野に……いや、すでに捕捉されているんだったか。どのような手段かわからないが、第一発見者の炭売は村から脱出後、行方不明になった。大方こいつに取り込まれて今は土竜(もぐら)共と仲良くさせられているのだろう。

 逃走後に、不意打ちや必中による攻撃も考えられる状況下だ。ここで祓う方が堅実だろう。

 

「九京准尉殿。敵呪霊を捕捉しました。現在、分身一体で交戦中。現場に向かいましょう」

 

「……分かった。仔細は道中説明してくれ」

 

 残りの分身は自動(オート)でこちらに向かわせ、交戦中の分身に意識を集中させるとともに本体である私と九京も行動を開始する────

 

 

 

 

 






 原作において怨霊の扱いについて言及が乏しいので……この場合はどうなんですかね?一応この作品内では

 "怨霊は元(なにがし)の存在だった呪霊"

 としています。折本理香や禪院直哉は元人間。仮想怨霊は元都市伝説・怪談ですので。
 その中でも術師が呪いに転ずるのは呪力の介在しない死因で死んだ場合、意思や術師としての練度(呪いとどれほど馴染んでいるか)によって低確率で発生するのかなと。


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