明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

11 / 14


 AI生成による九京綴イメージ図
 
【挿絵表示】

 片桐一心
 
【挿絵表示】




第十話:湖面を揺らす石

 

 

 

「──以上が呪霊の概要です。准尉殿」

 

 夜永と九京は二人並んで、死に絶えた村の雪道を駆けていた。

 日は既に落ち切り、月明かりと雪の照り返しだけが、二人の足元を青白く照らしている。

 

「なるほど。判断自体は正しいが、次は行動前に許可を(あお)ぐように。君は軍曹で僕は准尉だ。軍では階級が絶対であることを覚えておけ」

 

 九京の声色は穏やかだが、そこには明確な釘刺しが含まれていた。

 少し勝手が過ぎたか。単独行動の癖が抜けていない。そういうことを見越して、片桐中佐は今回の二人一組(ツーマンセル)を組ませたわけか。

 

「了解しました。申し訳ありません、九京准尉殿」

 

「よろしい。さて、ざっと聞いた感じまだまだ呪霊の術式の全容が分かっていないのが懸念点だね」

 

 九京はそれ以上の追求はせず、また朗らかな雰囲気で戦術的な話題へと切り替える。

 

 呪霊「浅次郎」。

 術式は土を操作し、人間を地中に引きずり込む。引きずり込んだ人間は、植物の根のように栄養を吸い取られる。これだけなら地面を警戒すれば問題ないが……

 

「分身での情報収集を継続しますか?既に損傷しているのでもうあまり持ちませんが……」

 

「……そうだね。時間を稼ぎつつ情報収集を継続。もう一体の分身と合流してから囲むように散開し、交戦中の分身が落ちたら奇襲をかける。分身はまだ出せるか?」

 

「長期戦を考慮するならあと一体。短期決戦ならば二体いけます」

 

「では一体は出しておけ」

 

「了解です」

 

 作戦を聞きながら移動し、呪霊との戦闘現場に近づいてきた。事前の指示通り、呪霊を中心に私自身が南東、自動行動でこちらに来た分身は北東に配置。九京は西北西に身を潜める。

 配置についてから地面に手を付け、分身をもう一体作り出してこれを南西に移動させる。

 

「!!……っ」

 

 こちらが行動している間も、分身への行動に意識を途切れさせない。時間稼ぎのため守勢に徹していたが、それでも土塊の弾丸や、変幻自在の布による攻撃で、分身は既に満身創痍だ。

 牽制のため、あわよくば呪霊にダメージを与えるために、懐から拡張術式『分骨』で作っておいた杭を取り出す。

 

「ハッ……!」

 

 鋭く投げ放った杭は、呪霊を囲むように三点で突き刺さる。身を潜めた私"たち"が呪詞を唱える。

 

「"回向"」「"感応"」「"楚歌の御供"」

 

 本体含め三人のバックアップによる『外陣結界』。

 それぞれが別の呪詞を唱え、詠唱にかかる時間はほんの数瞬。

 

「『外陣結界』……!?」

 

 結界を発動しようと掌印を結んだとき、発動前に呪霊が動いた。

 

 ドォンッ!!

 

 基点となる杭がある地面が、地雷が爆発したかのように吹き飛んだ。

 結界の基点が物理的に破壊されたことで、術式は不発に終わる。行き場を失った呪力が暴発し、杭は虚しく焼き切れて崩れ落ちた。

 

(呪力の乏しい分骨の杭を脅威と考えた……?)

 

 『外陣結界』は術式に攻撃性のない私の唯一の切り札。

 普通は杭の微弱な呪力量で侮り、的はずれな場所に投げていると考え放置する。それに私の幼い容姿も相まって今までは不意打ちとして成立していた。

 戦闘で多用しているとはいえ、こんな寒村の、それも元子どもであろう生まれたて呪霊がそれを知るはずもない。

 

 土塊の弾が放たれ、それを紙一重に避けつつ思考を巡らす。時折、再度杭を放つが、三点になる前に吹き飛ばされる。

 

(完全に警戒されているな)

 

 脅威度を知覚することができる……いや、それはありえないだろう。土の操作という根本の術式から逸脱し過ぎている。

 ……だめだな。これは思考を切り替える必要がある。牽制を続けつつ思考を回していると、小さな疑問が生まれた。

 

「……?」

 

 先程から、少し違和感のある行動が見られるな。

 私を攻撃しているようで、その立ち位置が一定の範囲から動いていない。

 

 なんだ……?なにかを……守っている?

 

(……あの家か)

 

 この村で最も濃い残穢が刻まれていた、村外れの"あの家"。

 確か呪霊が現れたのも、私が分身をあの家に侵入させようとした瞬間だった。

 

(気にはなるが、このボロボロの分身では防御網を突破して家には入れないな)

 

 確かめるなら奇襲時だな。

 分身と九京の総勢四名で奇襲すれば、流石に守りに手が回らないだろう。あとは……

 

「『展延式・外陣結界』」

 

 軍刀の刀身を包む呪力が毛色を変える。

 『展延式・外陣結界』とは、外陣結界の取り回し向上を目指して開発した外陣結界の応用だ。展延式と付くように身体表面だけに外陣結界を展開することで、結界に閉じ込める必要性を無くしている。

 

 ちなみに、展延式などと名付けているが領域展延とは全く異なり、着想を得ただけである。似たような展開方式を取るだけで、術式の中和効果もなく体表面限定の縛りで結界を保っている。

 

(斬撃も殴打もそこまで効果が見られなかった。せめて、『外陣結界』の効力が通用するかどうか)

 

 出力が落ちた展延式(これ)でも、同様の作用を発揮する。たとえ杭を設置できたとして、結界の効力が通用しなければ私には致命傷を与えられないが……

 

「ッ──!」

 

 一歩で呪霊へと迫り、手前で跳躍する。布切れによる攻撃を受けながらの、捨て身の上段切り。

 

 バシュッ!!

 

(──ッ!!手応えあり!)

 

 呪霊の上部にかなり深い裂傷を与えられた。

 分身はもう崩壊まで秒読み状態だが、それが最後にわかっただけで十分だ。

 

 それにもう一つ分かったことがある。

 

(やはり、脅威度を感知する類いの術式はない。先程の斬撃防御は、今までの『外陣結界』に対する対応と差があり過ぎる)

 

 今までやられたことを整理しよう。

 

 まず、土を操作する術式。地雷のように爆発させたり、土を弾丸にして飛ばしたりとやれることが多い。やつの発言から、地中に引きずり込むような事もできるだろう。

 次に、呪霊特有の肉体……垂れた布切れ部分を使った物理攻撃。斬れるほど鋭くはないが、至近距離で打たれれば呪力で防御したとしても致命傷になりかねない威力。

 

 地面に杭を打ち込めないのは、やつの術式に関係しているのだろう。土……この土地に関係しているのか?元となった子どもはこの村で生まれた人間らしいからな。

 

 先ず以て呪霊となった理由が乏しく感じる。術式の露見から始まり、迫害、餓死。十分悲劇的だが、それでもこの時代、よくある話だろう。それで毎度のこと呪霊化していれば、まだまだ呪術全盛の世が続いていただろう。

 

 何らかの要因があるはずだ。それが分かれば、攻略の糸口になるかもしれない。

 まぁ、そんなことに意識を傾けずに『展延式・外陣結界』で押し切ることも出来そうではあるが。

 

 

 何故か、漠然とした不安感が拭いきれない。

 

 

 そうこうしているうちに、戦闘していた分身が遂に限界を迎え、肉体が黒い泥となって崩れていく。

 それを合図に、四方から呪霊へと影が飛び込む。

 

「ハッ……!」

 

 分身と本体の私に迫る布切れを、軍刀で斬り捌く。九京には土の弾丸が放たれ、九京はそれを拳銃(リボルバー)で撃ち落としている。

 

(拳銃使いか。かなりの腕だな)

 

 射撃技術を見るに、拳銃メインの戦い方のようだ。拳銃が術式に関連するのか?だが、意識がこちら三名に向いたのは重畳。

 フリーになった分身一体を遠隔(リモート)操作で怪しかった家屋に飛び込ませる。

 

(家の中は……何もないな。となると……)

 

 より色濃く刻まれた残穢。

 

「……床下か!」

 

 ドゴッッ!!

 

 呪力を込めた拳で床材を叩き割る。傷んでいたのか、容易に木片となり辺りに残骸が散らばる。

 僅かな光源を頼りに目を凝らして床下の暗闇を覗き込むと──

 

「……穴?これは──」

 

 バゴンッ!!

 

 突如として壁を突き破った呪霊の布切れが、こちらへと迫ってくる。とっさの呪力集中も虚しく、あっさりと分身の頭部を貫かれる。

 

(くそっ。分身二体の操作に自分自身も戦闘に加わるとなると、縛りなしじゃ隙が生まれる……)

 

 かといって、縛りによって本体の呪力探知を切るのは自殺行為だ。中を調べたければ、こいつを先に黙らせなければ。

 

「「『展延式・外陣結界』!」」

 

 分身一体となれば操作精度は本体と遜色ないレベルだ。どちらも刀身に結界を纏い、呪霊に挟撃を仕掛ける。

 

「グガァッ!!」

 

 しかし、地面から突き出た土壁に阻まれ斬撃が届かない。

 

(呪力の防御から物理的な障壁に切り替えたか)

 

「ハッ!」

 

 様子を窺っていた九京は、呪霊に銃弾を撃ち込み空いた片手で何かを呪霊に投げ込む。

 銃弾は呪霊の放った土によって防がれるが、投げられた"それ"は不自然な曲線を描いて呪霊の防御を回り込むように避け、呪霊へと撃ち込まれた。

 

「『凶籤(きょうせん)宣狐(せんこ)』!」

 

 ジャラ、と左手のうちから数枚の硬貨……十銭硬貨がこぼれ落ちる。そのまま重力に従って落ちると思われたが、不意に重力に逆らって滑るように九京の周囲を回り始めた。

 

「僕の術式『凶籤宣狐』は、僕の呪力が込もった小銭を打ち込んだ対象に、強制的に弱点を作り出す」

 

 術式の開示!それに……強制的な弱点の作成といえば、現代の七海健人(十劃呪法)に近い術式か!

 こちらの思考をよそに、九京はそのまま指を噛み切り、傷から血が滴る。流れ落ちる血液は、宙に浮いている硬貨と同様の挙動を見せ、硬貨同士を血の糸で繋ぎ合う。

 

「飾代軍曹!作り出した弱点は位置を探る必要がある!時間を稼げ!」

 

「了解!」

 

 蜘蛛の巣状になった血と硬貨の網に、目線と指を滑らせる。こちらからでは何をやっているのか分からないが、彼が言う「弱点を探る」という段階を踏んでいるのだろう。弱点の作成と探知は別の工程が必要な訳か。

 

『────』

 

「ッ! 「ハァッ!」」

 

 呪霊の横薙ぎ攻撃に考察から意識を切り替える。

 本体である私の方へ迫るそれを、こちらに来させた分身と共に軍刀で受ける。

 

(分身の耐久力じゃ保たんな)

 

 このまま破壊されるよりかはと、分身は下げさせ、後方支援に専念させる。

 

「"五蘊(ごうん)"、"瑠璃光(るりみつ)"、“普陀(ふだら)我他彼此(がたひし)”、『展延式・外陣結界』」

 

 分身による呪詞と掌印によって、本体全身に『展延式・外陣結界』を張る。展延式では省いている結界外殻の防御能力を向上させるため、呪詞を唱えさせたが、それでも三級術師の呪力強化した肉体程度の強度しか持たない。が、無いよりはマシだろう。

 

 そもそも『外陣結界』には防御結界としての側面は期待できない。攻撃力を求めて組み上げたものが、結界故に付随する程度の防御能力だ。『展延式・外陣結界』に至ってはその性質上、元々は呪力を拒まないのだからな。

 

(それでも、防御に偏らせた今ならば)

 

 通常の呪力強化に、『展延式・外陣結界』の防御能力。時間稼ぎには最も有用な構成だろう。

 

「──ッ」

 

 呪霊の横薙ぎ攻撃を跳躍によって回避し、突き刺すような一閃を刀を沿わせることで受け流す。

 引きすぎず近づきすぎず、一定の距離を保って、気を引き時間を稼ぐ。

 避けきれず、掠る程度の攻撃は受けたが、外陣結界のお陰でさほど影響は無い。

 

 

 

 そうして数分に満たない対抗の後、事態は動いた。

 

「軍曹!呪霊下部を横に切れ!!」

 

 弱点を見つけたであろう九京が、声を荒げて拳銃を構える。放たれた弾丸は、正確に呪霊へと向かってゆく。

 

「(銃弾の対処で体がガラ空き!)──ハァッ!」

 

 ザシュッ!!

 

 九京の援護によって生まれた隙をつき、滑り込むように接近。指示通り、横薙ぎに振るった刀は呪霊の下部を綺麗に切り裂いた。

 

 呪霊は断末魔すらなく、塵となって散っていった。

 

「……ふぅ。よくやった軍曹。総隊長がああ言う訳だね」

 

「いえ、今回の呪霊、かなりの耐久力を誇っていました。准尉殿の援護無しでは、祓い切る前にこちらが落とされていたでしょう」

 

 確かに『展延式・外陣結界』による斬撃は手応えがあったが、それでもやつを祓い切るにはかなりの時間と労力を要していただろう。ともすれば、返り討ちにあっていたかもしれない。

 

「それと、准尉殿。実は戦闘中、この家の中で妙なものを見つけたのですが……」

 

「あぁ、僕も気になっていたよ。“穴”のことだね?」

 

「! 気づいていらしたのですか」

 

 彼が家に入ったところは見ていない。一体どこで知ったんだ?

 

「君の分身に持たせていた小銭さ。あれは僕の術式によって周囲の呪力を探知することができてね。それを介してこちらも探索を行っていたというわけだよ」

 

 そういえば、最初に呪霊の奇襲を受けたときも、先んじて気づいていたな。そういうからくりがあったわけか。

 

「そうだったのですね。……僭越ながら、あの穴についてもう少し調べたほうがよろしいかと具申致します」

 

「そうだね。とりあえず、直接見てみようか」

 

 家の内部に入っていく九京に続き、夜永も中へと入っていく。先程の戦闘の余波により、壁にいくつかの穴が開いてしまっているが、中は依然として数刻前まで人がいたような空気が流れている。

 

 但し、床の穿孔から覗く、更に地を深く掘られたような“穴”を除いて。

 

「……呪力の流れがあるね。あの呪霊が掘ったものなのかな?あいつは土に関連した術式だったみたいだし」

 

「はい。この呪力の流れを見るに、これは一種の儀式場として働いているのでは?」

 

「儀式か……。術式の運用に必要なものだったりとかかな?未だ呪力の流れがあるのは解せないが……」

 

「やつは、みんな埋めたと言っていました。その埋めた人間から呪力を捻出する術式と考えれば……」

 

 地下に人を埋め、そこから呪力を得る術式。それはまるで……

 

「まるで、“人柱”だね。けど、納得できる」

 

 そう考えると、分骨を設置できなかったのは一つの推測が思いつく。

 人柱とは、難工事完成を祈って生贄を捧げるものだと聞く。難工事、つまりは建造物に関して、求めるものを造ったり維持したりする能力が考えられる。そして、それ以外の建造物を“均す”能力があっても不思議ではない。もしかしたら、領域展開すら妨害する代物だったのかもしれないな。

 

「調査の必要がありそうだね。君の術式はもう──ッ!!」

 

九京が言葉を切った、その瞬間だった。

 

 バズッ!!

 

 風切り音。

 分身の消失反応。

 私の視界の端、壁を突き破って飛来した「布切れ」が、蛇のように伸びてくる。

 標的は、私。

 

「ッ──」

 

 反応が遅れた。回避できない。

 死を覚悟した瞬間──

 

 ドンッ!

 

 強い衝撃が私を横へと弾き飛ばした。

 視界が回転し、床に転がる。すぐさま姿勢を直し、辺りの状況を知ろうと顔を上げた先にあったのは、左肩を朱に染めて崩れ落ちる九京の姿だった。

 そのまま後方の壁に吹き飛ばされ、打ち付けられた九京は俯いていて顔が見えない。

 

「グッ……!」

 

「准尉殿!!」

 

 肩から布切れが引き抜かれ、九京が苦悶の声を漏らす。

 彼を貫いた布切れは、壁の向こう──先ほど私たちが倒したはずのやつがいる場所へと繋がっていた。

 

 突き破られた壁の向こうに視線をやれば、ボロボロと崩れていく壁の隙間から、先程倒したはずの“呪霊”が、何もなかったかのようにその姿を覗かせていた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。