明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第十一話:目を背け射る歩射

 

 

 

「軍曹!今すぐこの場を離脱し、本部まで撤退しろ!」

 

 九京は口角から血を滴らせながら、こちらに号令をかける。呪力防御が間に合わなかったか、内蔵までダメージが響いているようだ。

 

「しかし、准尉殿──」

 

「これは命令だ、軍曹!この情報を持ち帰って抜刀隊を呼ぶ必要がある!」

 

 確かに、この異様な復活を可能とする呪霊など、単独での祓除は不可能だろう。

 しかし、そもそも撤退など可能なのか?村から出るだけならば問題ないだろう。だが、第一発見者は村に出た後にやられた。何らかの呪いを既に被呪していると考えるべきだろう。あの長い道程を無事に走り切るのは不可能だ。

 

「──准尉殿!撤退は不可能であると愚考いたします!ここで最も生存の確率が高いのは、この場で復活のからくりを看破し、祓い切ることです!」

 

「なにっ!?」

 

 ひとまずは撤退だ。九京を抱き抱え、呪霊がいる場所とは反対の壁を蹴破って脱出する。

 

 呪霊の視線(見たところ目はなさそうだが)が切れる位置で、地面に手を付き呪力を押し込める。

 作り出した分身を呪霊へと向かわせ、こちらはさらに距離をとることとした。

 

「おい……!命令を無視するな……!」

 

「この村を出て、遠隔で呪いが発動すれば更に打つ手がなくなります。怪我に障りますから、黙っていてください」

 

「ッ……全く、とんだじゃじゃ馬を押し付けられたものだよ。一応君の上官だよ?僕は」

 

「勿論、承知しております。九京准尉殿」

 

 そのまま走りながら、分身に意識を集中させる。やつはこちらを気にする様子はなく、追ってくる気配もない。ただ、私の放った分身に対して先程と同じような攻防の応酬を繰り返すのみだ。

 

 かなり距離が開いたことを確認し、呪力を節約するために速度を抑えた。激しく動くと九京にもダメージがいくだろうしな。

 

「……はぁ、あの術式ならばかなりの無茶(縛り)をしなければ遠隔で致命傷となる呪いは発動しないと、僕は踏んでいたのだけれどね。まぁ、被害者がいたのは事実だし、こうなっては仕方ないか」

 

 呆れ顔を微塵も隠さず、そう言いながら九京は懐から数枚の硬貨を押し付けるように渡した。

 

「あの穴に、僕の硬貨を投げ入れろ」

 

「……准尉殿、それは」

 

「君のその分身、術式の開示までしていたんだ。それほど呪力効率よくないだろう?残り少ない呪力を投げ売って一か八かで飛び込む前に、僕が調べておくよ」

 

「……痛み入ります」

 

 手頃な家屋に身を潜ませ、放置されている衣服を切り裂いて包帯とした。これで応急処置としては十分だろう。これ以上できることがないとも言うが。

 後は情報の伝達手段か。

 

「“正見(しょうけん)”、“一根(いっこん)”、“隠秘(いんぴ)聴聞(ちょうもん)”、拡張術式『分骨』」

 

 呪詞を唱え、分骨を発動させる。床板を黒泥と成し、作り出されるのは白骨の盃だ。

 

「准尉殿、これを置いていきます」

 

「これは?」

 

「私の“耳”です。これに喋りかけて貰えば、私へと伝わります。あまり長くは持ちませんが」

 

 見た目は白磁の盃だが、その中身は私の耳と同じように鼓膜や蝸牛を中心とした耳として機能を保つための構成となっている。

 これが聞き取った音は、分身同様私へと伝わってくる。耳としての機能しかないため、こちらから声を届かせたりは出来ないし、含有する呪力が尽きれば泥となってしまうが、それでも携帯電話が影も形もないこの時代において、その有用性は推して知るべしというものだろう。

 

「分かった。もし、戦闘継続が困難と判断したら、僕を置いて脱出しろ。情報を持ち帰ることが最優先事項だ」

 

「了解しました」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 分身と呪霊の戦闘は膠着状態にあった。

 分身は呪霊の攻撃を捌くことに専念しており、驚異的な耐久力……体力と呼ぶべきか?を誇る呪霊は、その反面、分身の防御を貫けるほどの威力や手数を持ち合わせていない。

 

(容姿は先程交戦した呪霊と同一……)

 

 だが、先程の呪霊の消失反応は確実に確認した。

 つまり、奴は祓っても復活する呪霊……は、ありえないな。

 

 奴の術式は、今までの情報から人柱の術式だと推察した。その拡張術式か元々術式に組み込まれた能力なのかは知らんが、周囲の土の操作が行えるという代物だろう。

 

 考えられるのは、もともと二体以上存在する群生型の呪霊。だが、これならば数の利を以て私達を攻撃するのが最適だ。こちらを始末できれば危険は無くなる。もし、安全策として一体を隠していたのだとしても、我々が祓ったと誤認したあとに姿を表したことと辻褄が合わない。

 

 一度に戦闘に加われるのは一体まで、といった縛りも考慮されるが……そこまでいくと収集がつかん。少々危険ではあるが、大凡の予測で断定してしまったほうが良いだろう。

 

(……式神。そして、本体は別にいる。そして、その本体が隠れ潜んでいるのがあの穴)

 

 これが一番可能性が高そうだ。それならば、急所たるあの穴に近づこうとすると、それを止めにかかったのにも納得がいく。

 

 ……あの穴に近づくと、あの推定式神は何においても穴に近づいた者を攻撃してきたように思える。だが、式神自体は穴に近づかない。そういった縛りか?

 

(式神に縛り……穴の中が如何なっているかによるが、結界術まで組み込まれた複雑な術式になっているのか。……偶発的な代物とは容易に納得できんな)

 

 ()(かく)、あの穴を調べるのが先決だな。懐から預かっていた硬貨を取り出し、穴のある家屋へと突入する。

 

 バキッ、と。

 

 壁の穴をさらに広げて、こちらへと攻撃の手を伸ばす呪霊に対して、分身によって攻撃の一部を逸らさせ、残りはギリギリの所で躱しながら穴へと近づき、硬貨を投げ入れる。

 

 チャリンと甲高い音を立てながら穴の暗闇に飲まれていく硬貨を目尻に捉えながら、家屋から飛び出して攻撃の嵐から抜け出す。

 

『軍曹、聞こえるか。中の情報を伝える』

 

 脳内で九京の声が響く。うまいこと内部の情報が得られたようだ。

 

『端的に言おう。中は領域になっているようだ。内部の様子は、地面を境に重力含め全てが反転した村が存在している』

 

 領域……!!予想外だったな。かなりの特殊性を孕んだ術式だったのか?流石に領域展開を習得したとは考えにくいし、術式に元々領域が備わった術式であると考えるべきだろう。

 

(いや、展開状態にあるということは、常時展開の領域か)

 

 呪霊に転じたことが引き金となってその性質が変転したのか?呪霊は生まれ出た場所から移動することが少ない。それにより、呪霊の領域は大概、場を変えない代わりに領域を常時展開していることが多い。それが一番可能性が高そうだ。

 

『先程も言ったとおり、撤退の判断は君に任せる。これは、君のことを案じて言うわけではないからな。僕にとっての最善手は、撤退による情報の伝達であることを忘れル……な…………』

 

 どうやら、分骨によって作り出した通信機の呪力が切れたようだ。今頃あちらでは、盃が泥へと戻っているだろう。

 

「情報提供、感謝するよ。九京」

 

 残りの呪力量は二割未満。分身一体も全身に打ち身や切り傷で半壊といったところか。領域内では如何なるか予想はつかない。そも、領域内に侵入できるかどうか……。しかし。

 

 

 

(呪力を……起こせ)

 

 微かに残る呪力を、練り上げ、燃やし、膨らませろ。

 

 全身の隅々まで行き渡らせ、満たす。淀むように、揺蕩うように、濁流のように。

 

「(最短距離を一直線に駆け抜けるのが最善か。分身を捨て身覚悟の防御に回しても、たどり着けるかは五分五分と言ったところ……)まぁ、命を賭けるには十分だな」

 

 分身に気を引かせて機会を伺う。分身を使い潰すタイミングは家屋に侵入した後だ。

 

 こちらが晒さざるを得ない隙は二度。

 家屋に侵入する一歩目と、穴に飛び込む瞬間。一度は分身で、もう一度はなんとか掻い潜らなければならない。

 

 

「…………」

 

 なぜだろうか。極度の緊張感と不安感、これから大博打を打つというこの状況で、頬が緩み、口角が引き絞られるのを感じる。

 

(戦いに高揚する手合であることは自覚しているが、戦闘狂の気はないつもりなのだがな)

 

 誰に対してもなく、そんな思いを抱きながら、夜永は静かに姿勢を屈ませる。両手を付き、かなり重心を前傾に偏らせた蹲踞の姿勢(クラウチング)

 

(……よし)

 

「『展延式・外陣結界』」

 

 分身を操作し、刀の許容限界いっぱいまで呪力を込め、外陣結界を発動。大きく攻めることで式神の注意を逸らさせる。

 

(いまッ!!)

 

 バゴッ!!!

 

 呪力を足へと集中させ、矢の如き速さで家屋へと迫る。式神の攻撃が少しこちらに割かれるが、ギリギリを見切り、合間を縫うように走り速度を落とさず進み続ける。

 

「あと一歩!!」

 

 最短ルートで家屋近くまでたどり着き、壊された壁から入って地に足をつける。

 

「ッ!!」

 

 すると、式神は分身の攻撃に対する対処をおざなりにしてこちらへと攻撃してきた。

 堪らず足を止めて抜刀。攻撃を受けつつ身をそらして攻撃を避ける。

 

(ッ!! 予想より数が……!!)

 

 分身を式神との間に入るように動かしたが、そちらもそちらで急に手数が増え、押されていた。

 

(これは、もしや急所()に近寄らない縛りの恩恵か!?今までは全力ではなかった……!?)

 

 なぜ今なんだ? 今までの戦闘で、その手数があれば、こちらの命が危うい場面は何度かあっただろうに。

 

 いや、今でなければできなかった……?

 

(弱点の露呈……!今までと違うのは、あの穴が弱点であると理解して私が突貫していること。自ら開示するのではなく、気づかれることによって発動する、謂わば最終防衛装置ということか!)

 

 式神(あちら)は縛りによって弱点に近づいて守りに入ることができず、その恩恵を受け取れるのは敵対した存在がそれを自ら気付かなければならない。

 かなり受動的で条件が厳しい分、その恩恵はかなりのものだ。

 

 これの厄介なところは、式神(こいつ)を祓おうとすればするほど、この事実に気付き、こいつの強化を手助けせざるを得ない点だ。

 

 受動的と見せかけて、その発動は必然。

 

(くそっ!捌き切れない……!)

 

 視界の正面ほぼ全面を覆い隠す攻撃の連続。『展延式・外陣結界』を発動する隙も無く、ただの呪力強化によって受け流すので手一杯となる。

 

(このままじゃジリ貧だな。仕方ない……)

 

上乗せ(レイズ)だ。本締(おおじ)めまで降りてくれるなよ?」

 

 途端、分身から膨大な呪力を立ち昇らせ、猪突猛進と呼ぶべき猛攻により、式神との距離を縮めていく。

 

「ハァッ!!」

 

 分身の強制消滅と行動制限による即席の縛りで一気に火力を増強させた一撃。

 

 ズゥッ!!

 

 上段からの振り下ろし。攻撃を受けながら放たれた斬撃は、式神の“手”の大半を削り取った。

 

(これで……ッ!?)

 

 

 

 

 

 一歩。

 

 それは、穴へ飛び込むための前進だったのか。

 それとも、死の気配を察知して後ずさったのか。

 

 自分でも、分からない。

 

 

 ただ、確実なのは

 

 眼前で花開く奴の手と、自身の胸元が弾け、全身に走る衝撃を

 

 ただ、感じ取っていた。

 

 

 

 

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