明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第十五話︰喉奥に錆びる金

 

 

 明治三十六年。蒸し暑さを仄かに感じる向暑の頃。

 

 飾代夜永は資料室へと向かうため、一人廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。

 

「これは、飾代“准尉”。帰還していたのですか」

 

 背後にいたのは、三十代後半ほどに見えるあごひげの似合う短髪の男。……たしか、鞘内隊所属の羽佐間(はざま)だったか。九京とペアを組む前までの、帝都内の訓練任務で監督役を引き受けてくれていたのを微かに覚えている。

 

「ん……羽佐間中尉殿。はい、昨夜帰還いたしました。そちらはお変わりありませんか?」

 

「お陰様で、我が身と帝都の平穏は保たれておりますよ。そういえば、後れ馳せながら昇進おめでとうございます。なんでも士官教程を半年早く修了なされたとか」

 

「ありがとうございます。ですが、昇進と言っても促成式による特務准尉ですよ。術師として単独行動するためのものですので」

 

「それでもですよ。すぐにとは思っておりましたが、この分だとあっという間に追いつかれてしまうでしょうね」

 

「いえ、私などまだまだ。中尉殿こそ、大尉への道は遠くはないと伺っております」

 

「いやいや、それも今回の訓練生のでき次第でしょうな」

 

 おべっか丸わかりな私の答えに対して羽佐間は困ったような笑みを浮かべ、手持ち無沙汰のように髪を撫で付けている。ただ雑談するために話しかけてきたのか?

 

 ……う〜む、それならばさっさと資料室で呪術の研究をしたいのだが。

 そんな感情が抑えられず、思わず話の催促をしてしまう。上官に対してあまり褒められたことではないが、もはや致し方ないだろう。

 

「それで……何か御用でしょうか?」

 

「あぁ、足を止めさせて申し訳ない。どちらに向かっていたのですか?」

 

「資料室へ少々調べものを」

 

「そうでしたか。ではその道すがらで、私の話に付き合って頂けませんか」

 

 ふむ。ただ雑談のためという訳ではないそうだ。若干厄介事の雰囲気を感じるが、彼はこの温和な様子ながらに鞘内隊の中隊長を務めるほどの人物だ。それなりに人望も篤いと聞くし、無碍な扱いはできない。

 

「えぇ、ぜひ」

 

「では、向かいましょうか」

 

 そう言いながら羽佐間は私の横に立ち、そのまま歩き始める。背の低い私に合わせてなのか、かなり速度を落として歩いてくれているようだ。

 

 日頃の所作と言い、随分と如才ない振る舞いが垣間見れる。いいとこの出だったりするのだろうか?そんなことを考えながら、夜永は羽佐間に話を促す。

 

「それで、話というのは」

 

「実は私の管轄内で少々困ったことが起こりまして。まず、鞘内隊の帝都警邏に関する体制についてはご存知ですか?」

 

「はい。羽佐間准尉殿の第五中隊は南西部が担当区域だったと認識しております」

 

 鞘内隊は日常任務として、帝都十五区とその近隣町村の警邏を常日頃行っている。呪術事案を発見し次第鞘内隊によって調査、偵察が行われ、脅威度が低ければ鞘内隊の訓練任務として、脅威度が高ければ抜刀隊によって対処され、これにより帝都内の呪術被害はかなり抑えられている。

 だが、これらに人員が割かれているため地方の事件は放置されているのが現状だ。地方の人口密集地か、かなり緊急性の高い事案でなければ抜刀隊は出動されない。

 

 そして、そのしわ寄せは我ら羅睺隊に押し付けられている。全く、上層部もいい加減なことをしてくれるものだ。もちろん、皇居並びに政府機関の中枢が置かれている帝都を重視しているのは分かるが、もう少しどうにかならないのか。

 

 私の益のない思考をよそに、羽佐間は話を続けた。

 

「そのとおり。そこで、私の担当区域で同時多発的に呪術の関連が疑われる事案が発生したのですよ」

 

「……それは、呪霊によるものですか?」

 

 同時多発的な呪術事件。最初に疑うべきは、呪詛師の仕業であるだろうということだ。集団的に行動することは少ないだろうが、こと帝都においてはその限りではない。政治的思想によって団結した呪詛師集団というものが考えられる。事実、いくつかの呪詛師による組織の存在が確認されている。

 

「詳しい偵察がまだですが、その様であるとの報告を受けています」

 

「呪霊が組織だって行動している……とは考えたくありませんね」

 

 一番恐ろしいのがこれだ。それならまだ呪詛師のほうがマシと言える。後にも先にもそんな存在が集団で行動していると、未曾有の被害が生まれることは想像に難くない。

 

「人間と同程度の思考力を持つ呪霊。一級以上の存在であればそういった個体もいるらしいですが、今回騒ぎが起こった現場にいたのはその殆どが低級でした」

 

「では、呪霊を使役した犯行である線は」

 

「残された残穢に呪霊のもの以外は発見できなかったようです。残穢を残さずに犯行が可能である線も除外できませんが、そこまでいくと限がないですね」

 

「そうですね……お話というのは、その事案の調査についてですか?」

 

「そうです。話が遠回りしてしまいましたね。今回の事案、計五ヶ所のうちの一つを調査してもらいたいのです。うちの中隊は今回に加えて他の案件にも対処しておりまして、ほか部隊も出払っており対処できる人員が不足しているのです」

 

「それは理解できますが……羅睺隊所属の私にこのような形で命じられると後々問題となるのでは?」

 

 呪術師はいつの世も人手不足が常である。明治期の現在もそれは変わらず、むしろ政府主導の我らが『鵺』はそれが顕著だ。

 西と比べノウハウも乏しく、擁する呪術師家系も雀の涙ほどもない。これを学制や徴兵令によって一般出身の術師をかき集めてようやく成り立っている状態。

 加えて、近代化によって活発となった物流は疫病なども国内へ持ち込んでしまい、流行するコレラやペストなどは呪霊発生の大きな要因となっている。

 

 問題は山積みとなっている訳だが、それでもこの場で命令を下されると色々面倒なことが起きる。問題は、『羅睺隊に対する指揮系統の原則』の存在。

 

 羅睺隊は、基本的に総隊長である片桐中佐の命令しか受けることができない。実験的部隊として、運用は計画的に行われる必要があるらしい。

 

 だかしかし、はっきり言って雑に扱われている気しかしない。長期的な遠方任務がその最たる例だろう。

 

 しかしながら、規則として存在する以上軍人としてこれに反することはできない。九京以外の隊員は未だ影も形もないのだが、そんな隊員たちも準備が終わり、近々正式始動するとの連絡も受けている。そんな中で問題は起こせない。

 

「もちろん、羅睺隊の事情については理解しているつもりです。ですが、総隊長殿も現在任務に出られているそうです。それに、この任務は久瀬准将閣下の許可を頂いておりますよ。問題はございません」

 

「……久瀬閣下の、ですか」

 

 問題大アリだろうが!とんだ厄介事を持ち込んでくれたな!夜永は内心では羽佐間に罵声を浴びせてしまいたい感情を募らせていた。

 

 

 久瀬(くぜ) 景明(かげあき)准将。

 

 特殊討伐隊を取り仕切る佐官は数名いるが、将官は三名のみであり、そのうちの一人だ。部隊運営を行う最上位の上官命令。それだけならば問題はないのだが、ややこしいことに特殊討伐隊というのは一枚岩ではないらしいのだ。

 

 九京から聞いた話ではそれぞれ将官を頭とした三派閥が形成されているそうで、各々が異なる思想のもと対立しているらしい。

 

 まず、呪術師と協調して呪術的問題に対処すべきとする大山 兵次郎准将が率いる『大山派』。抜刀隊の大多数はこの派閥に属している。そして大山に直接スカウトされた私も一応はここだ。

 そして、術師という人的資源は有効的に管理、消費していくべきとする鷹峰(たかみね) (いわお)少将率いる『鷹峰派』。作戦指揮佐官など、特殊討伐隊所属の非術師が属している。

 最後に、呪具などによって非術師でも呪術的問題に対処していけることを目指すべきとする久瀬 景明准将率いる『久瀬派』。こちらは、鞘内隊の一部から賛同を得ているそうだ。

 

 つまるところ、羽佐間は久瀬派の人間というわけだな。非術師が呪霊の対処が可能になれば、慢性的な人員不足も解消され呪術師の損耗を緩和されるだろうし、支援を主とする鞘内隊であれば支持するのも宜なるかなと言ったところだ。実際可能なのかは別の問題だが。

 

 長々と語ったが問題は、大山准将に直接スカウトされた大山派に所属する私を、久瀬准将が大山准将や片桐中佐の頭を飛び越えて直接私に任務が下されているという点だ。しかも羅睺隊の原則を無視して。

 軍人としてこの場合、私に拒否権はないため唯唯諾諾と受けるしかないのだが、大山派から見れば明らかな越権行為である。

 

 断れず、されど受けるのも後に響く。答えに困っていると、羽佐間は続けて話しかけてきた。

 

「総隊長殿にはこちらからご報告しておきますので、任務のほどよろしくお願いしますね。久瀬准将閣下もあなたには期待しているそうですよ」

 

「……了解致しました。では明日から当該任務を開始いたします」

 

 期待している、か。要するに、これは引き抜きの為の接触というわけか?久瀬派は他二派閥と比べ、武力でも政治力でも劣っている。抜刀隊を抱える大山派と、高官を多く擁する鷹峰派。

 

 一年と少しの間で二級術師となった私は、既に準一級にも手が掛かりそうなほどであり、我ながら有望株ではあると自負している。囲い込めれば、最近少尉へと昇進した九京もまとめて、あわよくば羅睺隊を丸々吸収したい腹積もりなのだろう。

 

 さて、どうするか。取り敢えず九京に話を通しておく必要があるだろうな。まだ宿舎にいればいいのだが。

 

 

 

 

 

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