明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか? 作:須川ユイ
「ふ〜ん……まぁ、起こってしまったことは仕方ないし、一応向こう側が責任取ってくれそうなのは幸いかな。それでも後々お叱りの声が飛んできそうだけれどね」
宿舎で読書をしていた九京に先程の出来事を伝えると、苦笑しながら数少ないマシな部分を取り上げていた。
……大山派と久瀬派はそこまで仲は悪くないはずだ。なのになぜ、このような関係悪化を引き起こしかねない強引な手を使ってるんだ?違和感を感じずにはいられないのだが。
「大山准将を通せば何ら問題はないはずなのに、直接私に接触をかけたのはやはり引抜きのためだろうか?」
「ん〜。ほぼ正解だと思うけど、厳密には違うだろうね」
「それ以外の理由が?」
私の問に思案げな表情を浮かべる九京。なにかと思っていると、小さなため息をつき語りだした。
「……君には話しておこうか。もう長い付き合いだし、それなりに信頼もしているしね」
徐に片手に持っていた洋書を机において、机の水差しで入れた水をこちらに差し出してくる。自身の分も入れた後、向き合わせた椅子に座り、姿勢を整えている。
なんだ?ただならぬ雰囲気だけは理解できるが、突然の行動で少し気持ち悪いな。そう訝しんでいると、九京は三派閥について語りだした。
「少し長い話になるよ。……まず、久瀬派が他二派閥と比べて武力でも政治力でも劣っているのはもう知っているよね?なら、そんな久瀬派が三派閥として肩を並べているのに違和感を感じないかい?」
「……そうだな。一見すると対等な関係図ではないように見える」
「けれど、関係は拮抗している。それは久瀬派が武力や政治力ではなく、呪術に関する技術において突出したものを持っているからだよ」
「鞘内隊の支持を受けていることか?確かに鞘内隊の支援部隊が隊員の治療や呪具の作成を行えるのは知っているが……それだけでは腑に落ちんな」
鞘内隊の賛意だけで成り立っているというのはかなり違和感がある。まぁ、治療などを担当する支援部隊が特殊討伐隊にとって換えがきかない重要な部隊であるのは理解しているし、影響力に劣るとは考えていない。だが、それでも規模の面から見ればまだ納得がいかない。
そんな考えを巡らせていると、九京が水で喉を潤しながら否定の言葉を零した。
「いや、鞘内隊ではないよ。まぁ表向きの母体ではあるんだろうけど、久瀬派の
「別だと?」
「……これはまだ特殊討伐隊が発足されたばかりの頃。同時期に組織化された、呪術に関する研究を行う機関が設立された。表向き存在しないことになっているから名称が決められていないんだけど、対外的に呼称が必要な時はこう呼ばれている。『第零研究所』
「それが久瀬派の母体だと?」
「まぁね。あ、一応これは軍部でもごく一部しか知らない情報だから取扱には気をつけてね」
…………は?いや、何でも無いように付け足してるがそれはつまり──
「……軍の最重要機密だということか?」
「そういうこと。このことがバレたら喋った僕も聞いてしまった君も、良くて拘留の後零研の実験用鼠、悪くて即極刑だろうね」
いや、逆かな、と付け足した九京の口元には薄く笑みが浮かんでいた。他にこの場に人がいれば、苦虫を噛み潰したような表情をしている夜永とは対照的に写ったことだろう。思わず夜永は眉間を抑えながら不満を零す。だが、その中でふと気づいたことがあった。
「ただでさえ久瀬派の件で頭が痛いというのに……いや、待て。なぜそんな重要機密をお前が
「……ま、そうなるよね」
九京は優秀だが、だとしても一介の少尉に過ぎない。そんな極秘案件を知っているのはおかしいだろう。そんな当たり前の疑問に対して、九京は肩を竦めながら答える。
「それを説明する上でも、君には知っておいて貰わなくてはいけなかったんだ。知ったからには共犯者となってもらうしね」
笑みを消し、真剣な眼差しで九京は話し続けた。共犯者?唐突に何を言っているんだ、こいつ。……あぁ、くそ。今までの話した内容的にこれ以上聞くのは大変まずい気がするが、今更止めても問題の程度に差はないと感じている。諦めて素直に聞くことにした私の様子を見て、九京は満足そうに話を続けた。
「羅睺隊。実験部隊を称する我らが大隊は、幼少より呪術的、軍的教育を施し、隊員が全員が準一級以上の水準を持つ精鋭とすることを目的としている」
「……羅睺隊の基礎理念か」
「これが、羅睺隊の“表向き”のお題目。だがその実態は、幼少期のうちに呪術的施術によって術式を戦闘向きに弄られた術師たちの実用実験部隊なんだ」
「術式を……弄られた?」
「術師の生得術式は千差万別。その中には、戦闘に向かない術式も存在している」
「……それを、戦闘用に変えた。ということか」
術師の持つ生得術式。呪術師が才能八割などと言われる所以の一つであり、生まれ持っての特殊技能。だが、術式を持っていたとしても戦えるとは限らない。
例えば、豊作祈願や占いといった方向性の術式は戦闘への転用が難しいだろう。まぁ、縛りや呪具の活用、結界術などの汎用呪術の鍛錬如何ではどうとでも化けると思うが、それでも長い期間訓練や多くの費用、それにもちろん才能も必要となるだろう。
軍部が求めるのは即戦力。戦えない術式を戦える術式に変えていくのと、戦える術式を更に戦える術式に育てていく二択があるならば、後者を選ぶのは必然だ。しかし、そう都合よくはいかない。ならば前者をより効率的に実現させ、後者へと持っていくと考えたわけだ。
だがそれは、可能なのか?
確か、原作で語られていた内容では脳……右脳だったか?に術式が刻まれているという情報があった。それを知っていて、尚且つこの時代で脳を弄れるほどの医術があるのか?
「その零研だとかいう集団は、呪術師の術式が体のどの部分でどの様に存在するのか知っているということか?」
私と質問に九京は少し驚いた表情を浮かべ、すぐに呆れの混じった薄笑いとともに返答した。
「最初に気にするところがそことは、君も存外学者気質なところがあるよね……質問の答えだけど、彼らはそこまで明確には理解できていないよ。頭部、脳にあるとこまでは理解してるらしいけどね」
「では、どうやって術式の改変を?」
「そりゃあ、持ちうる手段全てを使ってさ。術式の詳細を調べ、内臓に呪具を埋め込み、体に呪印を刻みつける。縛りや儀式などを用いて呪力の流れを矯正して、術式の働きを徐々に捻じ曲げるんだ」
なんとまぁ、無茶苦茶なことをやっているな。術式それ自体に手を入れられないから周りを塗り替えて
「だが、問題が起きた。成人の人間では変化に耐えられなかったんだ。それで必要になったのは、もっと変化に適応できる純粋な肉体──」
──それは、物心もつかない赤子。術式の発現に問わず、術式とは生まれながらに持ち合わせるもの。それを、発現前から成長を伴って術式を変容させる。
「ただ、術式を持つ幼児などそう簡単には手に入らない。そもそも、まず術式が発現しなきゃどうしようもない。だけどそんな中、術式内容が分かり、かつ術式が高確率で発現する、そんな存在がいるところがある」
「……ッ、まさか」
「そう、在野の呪術師家系だよ。使えない相伝術式だからと徴兵を免れていたいくつかの家は、己が術式を十全に活用できる場所で祈祷師や呪い師、占い師として社会に貢献していた。戦えずとも、雨乞いや占いの術式は頼りにされていただろうね。……奴らはそんな彼らを捕え、幼子がいれば接収し家を焼いた。呪具によって幼児の術式の有無を調べ、その詳しい内容を血縁者を“バラして”調査した。その後、求める術式になるよう様々な施術によって歪められた」
──まさか、特殊討伐隊の裏にそこまでする存在がいたとは。
それに、術式の有無や内容を調べただと?術式発現前の赤子や血縁者から情報を得たというが……そんな呪具、ありえないだろう。もし本当なら、誰でも使える簡易六眼じゃないか。
……いや、落ち着け。話には血縁者をバラしてとあった。大方、調べる対象の内臓、例えば『脳』などが必要なんじゃないか?その結果、術者が死んでしまうのであれば釣り合いは取れている……か?実物を見ない限りなんとも言えんな。
あとは術式の有無について判別する方だが、同様に厳しい制限がありそうだ。
そんな思考に耽っていると、私が考察に区切りをつけたのを察したのか、九京が話を続ける。
「僕の生家である九京家は占いの相伝術式だった。失せ物探しができる程度の、至って平和的で無害な代物だ。それが、いつの間にやらこんな物になってしまっていたよ」
そんな彼の自らの手を見つめる目は、化物を見るような忌避感と静かに燃ゆるような侮蔑の意識を感じさせた。
もし、家族と共に平穏に生きていたなら。そんなことを想像しないわけがないだろう。軍に入れられて命がけで戦う日々と、占いによって人々を助け求められる人生。大半の人間が後者を選ぶ。
ふと、小さな疑問が夜永の脳裏を過ぎった。淀んだ空気を変えるためにも、九京へと疑問を問いかけた。
「九京、なぜお前はそれを知っているんだ。対象は物心もつかない幼児であるはずだろう」
話のような非道を行ってきた零研が、そうやすやすと恨みの種になるような情報を与えるとは思えない。どの様にしてその情報を得たのだろうか。九京は先程までより少し小さく感じる音量で静かに答える。
「生まれながら記憶力が良くてね。小さな赤子の頃から見聞きしたことを全て思い出せるんだ」
……そうだったのか。普通、幼児期の記憶は三歳以前の記憶を失うらしい。確か幼児健忘だったか?だが、こと九京の場合はそうではなかったらしい。
「つまり、羅睺隊とは私を除いてそういった人員で構成されているわけか」
「僕以外の隊員は知らないだろうね。家族が無惨に殺された事実も、それをやった奴らが身内にいることも。適当な嘘で誤魔化されているだろうさ。実際、僕も家族は呪詛師に殺されたと教えられてきたしね。まぁ、今にして思えば全くの嘘ってわけでもないね。呪詛師を雇って事を運んだだろうし、当たらずも遠からずってとこかな」
……九京綴。こいつはすべてを知っていながら、仇敵のもとで命令に従い続けて生きてきたのか。得るはずだった家族を奪った奴らに、へらへらと笑いながら研鑽に励んできた。そんな奴の考えることなど、一つしかないだろう。
「……共犯者と、そう言ったな。九京」
「言ったね」
「お前はそんな目に合わせた零研を、ひいては久瀬准将に復讐することを考えているのか。私を巻き込んで」
少しの間、九京はこちらの瞳を覗き込むように見つめてくる。いつものような軽薄さは消え失せ、ただひたすらに何もない地平を映しているような、言い表せようのない喪失の目だ。
それも、数度の瞬きで掻き消える。そこからはいつも通りの薄笑いで喋りだした。
「ん〜、ちょっと違うかな。君を巻き込みたいってところは正解。零研の連中も許す気はないけど、あいつらも一応は軍の人間だから、上からの命令や許諾がない限り動かないんだよね。恨むべきは武器じゃなく武器を振るったものってわけ」
「では、目的は准将か」
「いや、“少将”だよ」
「? 久瀬は准将だろう」
「いやいや、狙っているのは鷹峰少将の方だよ」
「??」
ますます分からんぞ。零研の上は久瀬じゃなかったのか?困惑顔を隠さずにいると、九京が指を立てながら説明を始めた。
「ここからがややこしい所で、久瀬が君に引き抜きをかけた理由だよ。今の零研は完全に久瀬の手中というわけでは無いんだ」
「私を引き抜く理由?」
なぜそこで私に関わるんだ。それは大山派と久瀬派の問題だろう。鷹峰の名は出てこないはずだぞ。疑問に応えるように、九京は説明を続ける。
「零研の中には、もっと自由に実験したいという連中がいる。もっと多くの資金で、倫理に囚われず自由にってね。鷹峰はそういう奴らを買収して、零研の中に手を伸ばしているんだ。さっき話した『羅睺計画』はそんな勢力拡大の一環で行ったわけだね。元々の短期間で強い術師をって部分は失敗だったし、手を出すきっかけでしかなかったっぽい。まぁそれでも目的だった零研の一部を手に入れた。その副産物である羅睺隊は実働部隊かつ、零研の中にあって鷹峰派にある特殊な立ち位置なんだよ」
思いっきり複雑な関係図だな。本来久瀬派の零研が鷹峰派に侵食され、その侵食部分から生まれた羅睺隊に大山派の私がいるわけか。
「つまり久瀬派……というか久瀬の目的は、零研の全てを再び手中に収めることか」
「そのためにも、羅睺隊をまとめて引き抜きたいわけだね。けど、もちろん羅睺隊配属の人間は全員鷹峰の息がかかってる。僕に至っては優秀につき鞘内隊へ先行投入された鷹峰のお気に入り。少なくとも向こうはそう見てるだろうね。けれど、君という例外がいた。大山派にも関わらず羅睺隊に先んじて組み込まれた新進気鋭の二級准尉」
羅睺隊のテストとして組まれた私と九京。皆の目にどう映ったかはわからないが、少なくとも引き抜きに足る人材であると思われたようだ。毎度の如く嬉しくはないが。
「はぁ…………少し前、千代について突っ込んできたのも私を復讐に巻き込むきっかけを探っていたわけか?」
「多少はね。君と君の家の関係は聞いていたから、なんとか巻き込みたいと思ってたんだ。君以外の羅睺隊員は説得できそうだけど、君だけは不安要素だったからね。初めてあったときは計画がおじゃんになるって内心焦ってたよ」
「だが、今ここで全てを話したということは私を巻き込める確信ができたわけか?」
「……もし、僕の計画が成功すれば鷹峰は失脚する。どんな形であれね。零研だって多少は痛い目を見てもらうよ。理由はどうあれ加担した奴らには僕の苦しみぐらいは味わってもらわないと。そうなると、母屋を傷つけられた久瀬も大なり小なり痛手を被ることになる。結果、二派閥はほぼ崩壊して大山派一強になるだろうね」
「あぁ……そうなれば、それを実現させた功労者は大山准将から絶大な信頼を得るだろうな」
でかい借りだ。軍と懇意になりつつある財閥当主から
「既に大山准将とは繋がっているんだろう?」
「……別に、既に繋がりがあるなんて言っていないよ」
「じゃなきゃ、私を羅睺隊に入れる理由がないだろう」
羅睺隊の目的は術式を弄った術師が実際に使えるかどうかを調べるため。ならば、私という異物は入れないほうがいいだろう。だというのに、先んじて九京と組む形で結成された。
「大山准将と通じていたのは、おそらく私が軍に来る前から。元々は別に計画があったんだろうが、私という駒を大山准将が見つけてきた。軍のどこにも紐付けされていない、羅睺隊に組み込めそうな浮いた駒」
推測だが、私を取り入れようと考えた一番の理由は羅睺隊に組み込めそうだったからだろう。羅睺隊成立のために建前上作った目的は、図らずも私を差し込める隙となった。
私が優秀であるかどうかはこの際どうでも良かったんじゃないか?そんな私の予測に、九京は苦笑しながら肯定をする。
「流石だね、おおよそ君の考えているとおりだ。呪術師部隊の最小単位は二名で構成する分隊。君がいたことで、多少無理矢理にだけれど先行試験分隊の体を成した」
「そして、先んじて組まされた我々は、すでに一年以上の実績がある。多くの任務も実績づくりの一環であったわけか」
「実際、未消化任務が圧迫気味ではあったんだろうけどね。……今年中に羅睺隊も正式に動き出すらしいし、そこに実戦経験がある僕らがいるとなれば、現場指揮はどちらかに委任される。元々僕一人であってもそうなるように誘導していたわけだけど、確実を期するために君との先行投入が行われたんだ」
今まで私の知らない裏でそんな政治闘争が行われていたのか。部隊連携に少し歪さを感じることもあったが、そういった裏の動きに引っ張られていたわけだな。
「……で、これからの動きはどうなる?」
「ん〜、君が久瀬派の勧誘を受けたなら、そのまま入り込んでもらったほうがいいかな。大山准将には明日会う予定だから、この事含め色々話しておくよ」
「まて、明日私一人で任務に当たらせるつもりか? もし呪詛師の組織的な作戦だったら事件自体罠である可能性があるんだぞ」
「大山准将と秘密裏に会えるのは数少ない。貴重な機会を投げ捨ててまでそっちにはいけないよ」
む、秘密裏だったのか。……考えてみれば、そうか。表向き鷹峰派である九京が頻繁に大山准将に会っていれば怪しまれるものな。
ふと、九京は思い出したように補足を加えてくる。
「それに、恐らくだが同時多発というのは嘘だろう。最近起こった事故なり事件なりをまとめて言ってるだけだ」
「……重要そうな事案に仕立て上げて断りづらくするためか?」
「予想だけどね。……ただ、取り込みのために何かしら行動を起こされる可能性はある。用心してくれたまえ」
他人事だと茶化しの一言を付け足す九京を軽く睨みながら、明日の行動予定を頭の中で組み立てる。
……まぁ、厄介で面倒な状況になった気がするが、それでも今まであやふやだった千代救出の筋道がある程度立ったのは大きな利点だろう。
ふと、差し出された水を一口も口に入れていないことを思い出した。私はそれを一息に飲み干し、体の内を伝う冷ややかさが暑くなっていた身の火照りを自覚させた。