明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第五話 ︰悪客に鳴く閑古鳥

 

 

 明治三十四年。紅葉かつ散る頃の夜。

 

 

 飾代家の所有する広い舞踏場で、きらびやかな宴会が執り行われていた。

 

 宙に浮く巨大な集合灯(シャンデリア)が、着飾った紳士淑女たちを昼間のように照らし出し、楽団の奏でる円舞曲が紫煙と香水の混じった空気を優雅に揺らしている。

 

「いやはや、流石は飾代殿のご息女だ。それでまだ七歳なのだろう?」

 

「恐縮ですわ。こちらこそ、大山准将閣下にお褒め頂けるとは」

 

 交わされる会話は、空虚な賛美の言葉。

 私は顔に貼り付けた聖女のような微笑みを崩さず、目の前の巨漢──陸軍省の大山閣下に淑女の礼(カーテシー)を見せた。

 

 中身は退屈で欠伸を噛み殺しているが、外見は父が望む通りの「最高級の愛玩人形」を演じきれているはずだ。

 

「はっはっは! 見ろ、あの利発そうな瞳を。(フランス)語も堪能だと聞く。飾代殿、これは将来が楽しみですな」

 

「ええ、手塩にかけて育てておりますので。……時に閣下、先ほどの兵站に関する件ですが──」

 

 大佐の横で、父・玄蔵が満足げに目を細め、すかさず話題をビジネスへと切り替える。

 

 父の狙いは明白だ。

 大佐の機嫌を取り、娘という餌で関心を引きつけ、軍需物資の納入契約を独占すること。

 私はそのための撒き餌。綺麗な包装紙に包まれた、交渉のテーブルを彩る花に過ぎない。

 

(……面倒だ)

 

 私は適当なタイミングで会話からフェードアウトし、大人たちの輪から少し離れた壁際へと下がった。

 

 グラスを片手に談笑する政治家、成金、軍人たち。

 彼らの背後に渦巻く欲望が、微弱な負の感情となって視界の端で澱んでいる。低級の呪霊が湧きそうな環境だ。

 

「お疲れ様でございます、お嬢様」

 

 柱の陰で控えていた千代が、私の姿を見つけて駆け寄ってきた。手には冷たい果実水を持っている。気が利く従者だ。

 

「ありがとう、千代。……あぁ、疲れました。顔の筋肉が引きつりそうですわ」

 

「ふふ、皆様お嬢様に夢中でしたよ。まるで本物のお姫様を見るような目で」

 

「お姫様、ね。装飾品の間違いではなくて?」

 

 千代からグラスを受け取り、喉を潤す。

 冷たい液体が胃に落ちると、少しだけ正気を取り戻せた気がした。

 

 

 

 ふと、会場の入口付近に視線を向ける。

 

 今日の警備は厳重だ。父が雇った私兵に加え、軍関係者が多いためか憲兵の姿も見える。

 物理的な警備は完璧だ。

 だが、私の肌が粟立つような悪寒を感じているのは、その隙間にある「何か」だ。

 

(……なんだ? この妙な感覚は)

 

 先程から、背筋が寒い。

 父に睨まれた時のそれとは違う。もっと粘着質で、殺意の混じった視線。あるいは、気配。

 

 私は会場を見渡す。

 招待客の中に、呪術師らしき姿はない。

 

「お嬢様? どうなさいました?」

 

「……いえ。少し、空気が悪いですわね──」

 

 私が言いかけた、その時だった。

 

 

 バァンッ!!

 

 

 突然、会場の扉が乱暴に開け放たれた。

 音楽が止まる。談笑していた人々が一斉に入口へ注目する。

 

 そこに立っていたのは、警備兵ではない。ボロボロの法衣を纏い、顔を布で隠した男だった。

 

「な、何だ貴様らは! ここは飾代家の……」

 

 近くにいた執事が咎めようと歩み寄る。

 だが、男の一人が懐から何かを取り出し、無造作に放り投げた。

 

 ドサリ。

 

 床に落ちたのは、警備兵の生首だった。

 

 ──きゃぁぁぁぁぁ!!!

 

 悲鳴が上がる。

 一瞬の静寂の後、会場はパニックに陥った。

 

 怒号、悲鳴、グラスの割れる音。着飾った紳士淑女たちが我先にと出口へ殺到する。

 

「賊だ! 出会え、出会えッ!!」

 

 父の怒鳴り声が響く。

 護衛の私兵たちがサーベルや拳銃を抜いて賊へ向かっていく。

 だが、私の目は彼らを見ていなかった。

 賊の背後。そこから這い出てくる、もっとおぞましい影を見ていた。

 

 ズズズ……。

 

 巨大な蝦蟇(がま)のような姿をした異形。

 本来爬虫類的な目がある部分には、人の眼球が無理やり縫い付けたようであり、イボだらけの体表にはびっしりと呪符のような御札が貼られている。

 その体からは、腐ったドブ川のような濃密な呪力が立ち昇っている。

 

 ────呪霊、もしくは式神か。

 

 それも、私が裏山で狩っているような雑魚ではない。明確な殺意と、人を殺すための術を持った、等級の高い個体だ。

 

(呪詛師か……!)

 

 状況を即座に理解する。

 父の商売敵か、あるいは軍部の対立派閥か。

 いずれにせよ、通常の手段ではなく「呪い」を用いてこの場を壊滅させに来たのだ。

 

「ヒッ、化け……!?」

 

 呪霊が見えているらしい護衛の一人が、恐怖に顔を歪めた瞬間、蝦蟇の長い舌が伸びた。

 頭部が弾け飛び、鮮血がシャンデリアの光を赤く染める。

 見えない者たちには、何が起きたかすら分からないだろう。ただ、不可解な死が連鎖していく。

 

「千代、私の後ろへ!」

 

 私は千代の手を引き、壁際へと下がる。

 まずい。非常にまずい。

 この場の戦力であるはずの憲兵たちも、呪いが見えなければただの的だ。

 父も、大山准将も、顔色を失って立ち尽くしている。

 

 そして、あろうことか。

 血の味を覚えた呪霊のギョロリとした瞳が、会場の中で最も若く、生命力に溢れた存在──私と千代の方を向いた。

 

「────ゲけ、ヴけゴォァ……」

 

 言葉にならない呪詛を吐き出しながら、異形が跳躍する。

 狙いは私か、あるいは私の背後にいる千代か。

 

(……チッ、選択の余地なしか)

 

 私はドレスの裾を強く握りしめた。

 

 隠匿か、行使か。

 そんなことを迷っている時間は、コンマ一秒すら惜しい。

 

「フッ……!!」

 

 私は千代の前に躍り出ると、飛び込んできた呪霊に呪力を込めた蹴りを放つ。

 呪霊の胴を捉えた攻撃は、体当たりの突撃を退けることには成功したがさほどダメージを与えられた手応えがない。

 

「夜永、お前……!?」

 

 背後で父の驚愕の声が聞こえる。

 構うものか。

 

(徒手空拳じゃ決定打にならないか。かと言って術式を使うのは……)

 

 ただのパーティーに戦う準備などしてきていない。どう戦うか思考を巡らせていると、妙な感覚が肌を撫でるように感じる。

 ふと呪詛師に視線を向けると、その手に呪符を持ちながら掌印を結んで動かない。どうやら、この会場を包み込むように結界が張られたようだ。この場の人間を逃さないためか。

 となると、実際に襲ってくるのは呪霊のみと考えてよさそうだ。

 

「……お嬢様…………っ」

 

 背後で不安そうな表情を見せる千代と目が合う。

 その手は震えている。

 

 ────術式を使うしかない……か。

 

 もはや呪術の露呈を気にしている場合ではない。他の人間がどうなろうと知ったことではないが、ここには千代がいる。

 彼女だけは守らなければならない。

 

「『泥梨ノ園』……!!」

 

 手近のテーブル二つに手を触れ、呪力を押し込めるように流し込む。木製のテーブルがドロリと黒く変色し、その形が崩れていく。

 テーブルクロスが滑り落ちたその下には、私と全く同じ姿形をした二人の「夜永」が立っていた。

 

「なっ……!」

 

「増えた……!?」

 

 周囲から悲鳴交じりの困惑の声が上がる。

 私は無視して、分身に命じた。

 

「呪霊を牽制しろ」

 

 命令を口頭に出して次の行動を晒す縛りによって、分身はその強度が増す。命令どおり、二体の分身は人間離れした速度で呪霊へ突撃する。

 

 その隙に、私は近くにある椅子に触れる。

 先ほどと同様の変色と変化によって、椅子は無骨な直剣へと姿を変えた。分身が作った隙に乗じて、私が前に出る。分身は後ろに引かせて千代の護衛を任せる。

 

「ハァッ!!」

 

「グぎぇアッ!!」

 

 剣に呪力を込め、素早く近づき連撃を加える。

 だが、斬撃は硬い表皮に浅い傷をつけるだけで終わってしまう。

 

「クギっェ!!」

 

「ッ……!」

 

 パキンッ

 

 呪霊の突進による反撃を剣で受けるが、衝撃に耐えきれず切っ先が折れた。そこらの下手な剣より強固なこれをいとも容易く折るとは。

 

(直撃を受ければ軽く死ねるな)

 

 折れた切っ先は弾け飛び、剣の長さは三分の二ほどになってしまった。

 このまま受けに回ってもジリ貧だ。ならば……

 

「!!」

 

 分身一体を接近させ、呪霊の意識がそちらに向けられる。

 

「おとなしくしろッ!!」

 

「ぎゲっ!?」

 

 十分な威力を持たせるため、過剰な呪力を剣に流し込む。そのまま全力で懐に入り、後ろ足を一本切り飛ばす。だが、許容以上の呪力負荷に耐えきれず、残りの刃も半ばを残して砕け散った。

 

 追撃を防ぐためか、呪霊は長い舌を伸ばしこちらを牽制してくる。それを避けるため体を横に投げると同時に、分身に蹴りを入れさせ射線を誤らせる。

 それでも、高速の舌が腕を(かす)る。

 

「っ……剣はもう使い物にならないか」

 

「きケケけケけけッ!!」

 

 武器を失った事で、圧倒的な有利を確信しているのか。ゆっくり足を再生させながら、こちらを嘲笑するような声を響かせる。

 

 武器がなければ、防御手段のない私はまさに俎上の魚…………

 

 

 ────などと、思っていないか?

 

 

 私は手に残った刃の残骸を、力任せに床へ突き立てた。

 

「『外陣結界』ッ!」

 

 その瞬間、砕け散り、四方に飛んでいた刃の破片同士が共鳴し、光の線を結ぶ。

 

 先程から千代の護衛についていた分身が、死角で静かに掌印を結び、呪詞を詠唱していたのだ。

 並列処理による結界発動。

 私の合図とともに、呪霊を囲むように三角錐の結界が張られる。

 

「ギき、けきギャァァァッ!?」

 

 結界に捕らえられた呪霊の体が、白煙を上げて溶解し始める。

 今回は効果を「消化」に絞っている。結界維持中に動かない縛りによって効力を強化。さらに「消化」が始まる地点を呪霊の足部分からのみに限定する縛りによって効力を上乗せにして、ようやく格上にも通用する威力となった。

 

 ドロドロと溶け落ちる足。

 崩れ落ちる巨体。

 

 足がなければ結界から抜け出せず、しかし体を呪力で再生しなければ存在を保てない。ひたすらに呪力を消費し続けることで、数分もしない内に呪霊は祓われた。

 

 その様子を見ていた呪詛師は、予想に反しあっさりとその場を離れていった。任務失敗か、あるいは他の理由か。

 呪霊を祓いきる前に撤収されたため、追いかけることができなかったが……仕方ないと割り切るしかないだろう。

 

「…………ぇィ……ァぁ……」

 

 呪霊は消滅し、その場は静寂が戻る。

 

 私は静かに立ち上がり、その光景を見下ろした。

 

 

 振り返れば、周囲の人間はまるで化け物を見るような目で、私を見ていた。

 

 

 





 この呪霊は本来、二級の上澄みほどですが弱体化してます。じゃなきゃもうちょっと苦戦してます。弱体化してなくとも勝てますが、被害者は増えます。千代だけは無事ですね。
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