明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第六話︰輪尾持つ狐の猫皮

 

 

「…………貴様はなんだ?」

 

 呪詛師の襲来から翌日の夜。

 屋敷中が昨夜の騒ぎの後始末に追われる中、私室での謹慎を命じられていた私は、再び父の書斎へと呼び出されていた。

 開口一番投げかけられたのは、未知への警戒心に満ちた問いだった。

 

「……申し訳ありません。質問の意図がよく分かりません」

 

「惚けるな。あの化け物を撃退した術について聞いている」

 

 父の声は静かだったが、書類を持つ指先に力が籠もっていた。

 私は動じず、用意していた回答を淡々と述べた。

 

「……生まれた時から、あれらが見えておりました。ですが、周りの者は皆一様に反応を示さない。見えてすらいないように感じておりました」

 

「ならば何故、報告しなかった」

 

「本から得た知識で、あれらが物の怪の(たぐい)であると考えた私は、見えることを秘匿いたしました。それが、『飾代家の者』として相応しい振る舞いであると考えたためです」

 

「…………そうか」

 

 父は忌々しげに舌打ちをし、葉巻に火をつけた。

 深く煙を吸い込み、吐き出す。その動作は、動揺を鎮めるための儀式のようにも見えた。

 

「……あれらは『呪霊』と呼ばれるものだ」

 

「……! ご存知だったのですか。もしや、父上様も"あれら"が見えて?」

 

「いや、私には見えん。昨日のあの時だけは一時的に見たがな。通常、あれが見えるのは呪術師だけだ」

 

 驚きだ。まさかそこまで知っていたのか。呪いに対する恐怖があるとは聞いていたが、それは朧気な……いや、書斎の至るところに置かれた呪符や護身のお守りなどは、存在を知っていたからこそか。

 己に恨みを持つ存在が呪術を扱えるとしたら。あるいは、金で呪詛師を雇われでもすれば、不可視の刃を防ぐ術を、非術師の父は持たない。

 

「呪術師……?」

 

 取り敢えず、しらを切ってもっと情報を集めなくては。

 

「呪いを知覚し、呪いを(もつ)て呪いを祓う。お前もその素養を持つ人間だということだ」

 

 詳細まで知っている。この時代はまだ、それほど呪術の存在は隠蔽されていないのか?

 

「そのような文献は見たことがないのですが……」

 

「これを知るのは一部の者のみだ。呪いとは人間の漏出した負の感情が寄り集まることで生まれ出る。もし呪いという存在が広まれば、明確に恐怖の対象が定まり、負の感情が集まりやすくなるそうだ。

 これを知るのは一部の上流階級、政府上層部、呪いに対処する呪術師……そして、軍部のとある部隊だ」

 

 なるほど、そこは現代とあまり変わらないのか。

 ……ん?

 

「……とある部隊?」

 

「────それが本題だ」

 

 父は吸いかけの葉巻を灰皿に押し付け、椅子を座り直してこちらを睨みつけた。

 

「大山兵次郎閣下を覚えているな?」

 

「はい。昨夜のパーティーでご挨拶を」

 

「その閣下だが、この前のお前の戦闘を見て、是非彼女を軍部に、と打診された」

 

「私を……軍人に?」

 

「正確には、先程話した部隊にだ」

 

 父は手に持っていた書類を机上に放り投げる。

 そこに記されていたのは、陸軍省の極秘印。

 

 

 『陸軍省 軍務局 第二特務課 特殊討伐隊』

 

 

「通称『(ぬえ)』と呼ばれる部隊だ」

 

「……鵺」

 

「なんでも、呪術師のみで構成される部隊らしい。詳細は向こうで聞け」

 

「……つまり、私を向かわせるとお決めになられたのですね?」

 

「そのとおりだ。お前には軍属として、私と軍部の橋渡し役となってもらう。せっかく令嬢として教育に金をかけてきたのは惜しまれるが……お披露目の場であのような姿を晒したのだ。口止めはできても、もはや嫁に取ろうなどと考える者はいないだろう」

 

 父の顔には、こちらを責め立てるような鋭い眼光が光っていた。

 確かに、あんな暴力的な姿を見たらお歴々は敬遠することだろう。そのまま飾代家まで蚊帳の外に追い出されるのは避けたい。だから軍に私を遠ざけようというわけか。

 

 ────私がどこかに嫁いだとして、得られるのはその一族とのコネクションのみ。

 だが、軍部に私が食い込み、影響力を持てば、得られるのは国家権力との太いパイプと、莫大な軍需利益。

 特に、"この時期(日露の緊迫)"ならば後者の価値は計り知れない。この男の脳内で十露盤(そろばん)が弾かれるのが容易に目に浮かぶ。

 

 ふむ……。

 

 ……いや、この提案自体は悪くない。

 この男の道具として使われるのは業腹ではあるが、軍部で十分な地位を得れば、逆に飾代家をコントロールすることも可能になるかもしれない。

 呪霊や呪詛師との実戦経験も増えるだろうし、独学だった呪術知識も体系的に学べる可能性がある。

 

 ────ただ、一つだけ懸念がある。

 

「畏まりました。……一つお伺いしたいことがあるのですが、千代は如何なりますか?」

 

「千代だと……? あぁ。お前の専属として置いた女中か」

 

 父の目が、スッと冷たく細められた。

 

 

「それはお前の知るところではない」

 

 

「……何故でしょうか」

 

「この屋敷にあるすべてが私の所有物だ。それを貴様が知ってどうなる」

 

 ……こいつ。

 千代が私にとって「ただの従者ではない」と気づいているな。

 昨夜の戦闘。私が自分の身を挺してでも、千代を優先して守ろうとした姿を見ていたのだ。

 

「…………彼女は、他の使用人からも疎まれています。ここに置いておけば、不要な諍いが生まれるでしょう。ですので──」

 

「──私の言葉に異議を申し立てるつもりか?」

 

「……いえ、そのような意図はありません。ご不快に思われたこと、深く謝罪致します」

 

 私は深々と頭を下げる。

 何を言っても無駄らしい。これ以上食い下がれば、逆に千代の身が危うくなる。

 

「第一、どうするというのだ。その使用人を連れて、身の回りの世話を今までと同じように任せるつもりだったのか?お前は軍人として従事することになるのだぞ。そのようなことできるわけ無いだろう」

 

「……はい。仰るとおりでございます」

 

 ……焦ったな。(まさ)しく正論だ。

 こんなやり取りは、私にとって千代が最大の弱点であることを、自ら暴露しているようなものだ。

 

 このままでは、私が軍に行っている間、千代は人質として飼い殺しにされる。最悪、私を御するために「処分」される可能性すらある。

 

 ────ならば、いっその事……。

 

「……では、一つ"約束"願えませんか?」

 

「フッ。今度はおねだりか。強欲なことこの上ないな。…………いいだろう、言ってみろ」

 

「お察しの通り、私にとって千代はとても大切な存在と言えるでしょう。彼女の安全が保たれるのであれば、私もお役目に専念できます」

 

「……つまり、その使用人を目を掛けろと言いたいわけだな?」

 

 更に睨みつける眼光に、微笑みながら見つめ返す。

 

「いいえ、そんな滅相もないです。父上様のお手を煩わせる気などありません。彼女の守護は私が独自で行います。ただ……なにかの手違いで父上様が彼女を害されてしまうと、父上様を加害してしまう恐れがあります」

 

「なるほど。手を出すなと言いたいわけだな?」

 

「私の施す対策がありますとお伝えしたいだけでございます。万が一があっては事ですから」

 

 数秒、睨み合いと言っても相違ない視線の交差が、静寂に包まれているはずの室内で異様なざわめきを放っていた。

 

「…………忌々しい目だ。いいだろう、その娘には手を出さん。しかし、言ったからにはそれ相応の成果を持ってこい。分かっているな?」

 

「勿論でございます。約束のほど、よろしくお願いします」

 

 

 ……よし。これで最低限の防壁は構築できた。

 

 実際、私には遠隔から千代を守る手立てはない。一つだけ対策となるものを考えているが、それは千代を守る策としては理想的ではない。

 私にもっと呪術の知識と技術があればまた違ったのだろうが……まぁ、そんなたらればは無いのだから諦めるより他ないだろう。

 

 ここで重要なのは、そんな実際的な対抗策がなくともハッタリが通れば良いという点だ。

 偽も通すれば真となる。屋敷の人間には千代を守る何かがあると思わせられれば、そう簡単に手は出さないだろう。何せ、母の腹を喰らい破って生まれた忌み子だと揶揄される私の呪いなのだ。効きは十全に働くだろう。

 私が呪いをかけるのは千代ではなく、屋敷の人間にお(まじな)いをかけるわけだがな。

 

 

「では、失礼いたします。……あぁ、使用人各位への通達はこちらでやっておきますので、ご心配なく」

 

「……そうか」

 

 あわよくば使用人でこちらの防備を確かめたかったのだろうか。それを潰された苛立ちは、返答までの数瞬の間となって現れている。

 

(はぁ…………)

 

 漸く、この不毛な会話を終わらせられる。

 書斎を出て、長い廊下を渡り自室に戻っていく。

 

(それにしても、随分と表情に出ていたな)

 

 呪術に対する忌避の視線。普段表情を毛ほども変えないあいつは、今回は少しのその感情を垣間見えさせていた。

 あいつの中ではきっと、呪術は己に害を及ぼすものでしかないのだろう。そんなものを使える私に、死ぬその時まで精神を屈服し得なかった狂気的なまでの母の姿を重ねてでもいるのだろうか。

 

 長い廊下を歩きながら、そんな思考を巡らせていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 扉を開けると、待機を命じていた千代が私に気づき、心配そうに駆け寄ってきた。

 

「夜永お嬢様……」

 

「……私は、これから軍属となる」

 

「軍属……!?」

 

 千代が目を見開く。

 

「仔細は省くが、ようは軍部と飾代の橋渡しだ。呪術師の部隊があるらしく、そこへ向かわせられる運びになった」

 

「そんな……お嬢様、今からでも撤回してもらえるよう願い出て──」

 

「重要なのはお前の方だ、千代。お前が私にとって人質になると知られてしまった」

 

 私が告げると、千代の顔色が蒼白になる。

 

「千代に手を出せないようこちらで手を施したが、決して万全とは言えないものだ」

 

「いえ……私なら大丈夫です。どうかお嬢様ご自身の身を案じてください」

 

「私の方こそ問題ない。より呪術の鍛錬ができると楽しみに思っていたところだ」

 

 笑みを浮かべ軽口を叩いてみせたが、千代の表情は暗いままだ。自分の存在が、私の足枷になることを苦慮しているのだろう。

 

「…………千代。必ず迎えにくる。それまで耐えてくれ。あぁ、あとこれを」

 

 私は懐から一つの首飾りを取り出す。

 赤い組紐に、小さな白い菱形(ひしがた)の石が付いた質素なものだ。

 だが、呪いが見える者が見れば、それが濃密な呪力の塊であることに気づくだろう。

 

「これは……?」

 

「私の術式で作っておいた呪具「罪羊(ざいよう)」だ。もし、身の危険を感じたらこれの紐を切って、地面に投げろ。何処にいても、私が助けに来る」

 

 この首飾りは、拡張術式『分骨』によって作り出した物だ。以前から必要性を感じて実験的に作ったものだが、こんな形で渡すことになるとは思っていなかった。

 これは、私の持ちうるすべてを総動員し、大量の材料と呪力を消費して、いくつかの「縛り」によって成立している。

 

 一つ、この呪具は、一度使用すると消滅する。

 二つ、この呪具が存在する間、分身の最大数が一つ減る。

 三つ、この呪具の首紐が切られた際、接触している物質を利用して分身を一体生成する。

 四つ、この呪具によって作られた分身は、強制的に"躊躇位"(本体と入れ替え)が発動される。

 五つ、強制的に入れ替えた後、十時間は"躊躇位"が制限される。

 六つ、入れ替え後、五分間は分身と同等(本来の五分の一)の呪力量に制限される。

 

 拡張術式『躊躇位(ためらい)』の入れ替え転移を呪具優先に発動する縛りを中心に、呪具として成立させるための縛り。

 これによって、何処にいても千代の危機に馳せ参じることができるという訳だ。

 ……因みに、『分骨』によって作り出したわけで、つまりはその構成素材が「私の肉体の一部」であることは、言わぬが花だろう。重い女(メンヘラ)などと思われたくないし。

 

「お嬢様……ありがとう、ございます」

 

 千代は首飾りを震える手で受け取り、大事そうに胸に抱いた。

 

「私はすぐにでもここを発つだろう。どうか、それを肌見放さずに持っていてくれ」

 

 必ずや、相応の地位と力を持って、千代を迎えにくる。

 この屋敷で、誰よりも私を愛してくれた彼女に報いる義務が、私にはある。

 

 

 

 

 ……父との交渉から数日経った曇り空の日に、軍部の迎えが来た。

 私は振り返ることなく、黒塗りの馬車へと乗り込んだ。

 新たな戦場、「鵺」が待つ帝都の中央へ。

 

 

 

 

 






 次回は4月28日投稿予定です。
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