明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第七話:肝心なるは隗より

 

 飾代家の家紋が入った黒塗りの馬車は、砂利を蹴立てて屋敷を出発した。

 

 窓の外を流れる、鬱蒼とした山林の緑は徐々に剥ぎ取られ、近代化の象徴たる王子の街の煤けた風景へと塗り替えられていく。

 遠くに見える製紙工場の煉瓦煙突が、冬の空に向かって黒い煤煙を吐き出している。その煙は、空を灰色に染め上げ、帝都の空気を重く淀ませていた。

 

 馬車は本郷通りを南下し、帝都の中心──三宅坂(みやけざか)へ。

 

 視界に飛び込んできたのは、威圧的な赤煉瓦の巨塔。「陸軍省」本庁舎だ。

 だが、馬車は正門には止まらない。御者が手綱を操り、建物の裏手、日陰とも言うべき薄暗い場所へと回り込む。

 

 そこには、本庁舎の華やかさとは無縁の、混凝土(コンクリート)で固められた無骨な別棟があった。

 

 窓は小さく、鉄格子が嵌められている。入口には看板すら掲げられていない。重厚な鉄門。

 

 

 ここが、陸軍省 軍務局 第二特務課。

 

 ──特殊討伐隊「(ぬえ)」の本部。

 

 

 屋敷から、およそ一時間弱。

 その僅かで長い道程を経て、私は「飾代の娘」から「国の兵器」へと、その籍を移すことになる。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 鉄門をくぐり、殺風景な応接室に通された私を待っていたのは、予想外の歓待だった。

 

「ようこそ、飾代嬢。歓迎しよう。よくぞ我が特殊討伐隊への入隊を決断してくれた」

 

 両手を広げて出迎えたのは、あの大山准将だった。先日パーティー会場で見せた醜態など無かったかのように、尊大な笑顔を浮かべている。

 

「大山閣下!……私のような者に、閣下自らがわざわざ出迎えを?」

 

「まぁな。君はあの危険な場で私の命を救った。命の恩人にこれくらいの礼節は尽くさせてくれたまえ」

 

 おや、男尊女卑の色濃く根付いているこの時代に、女性、しかも齢が十にも届かない童女に対してこんな態度を取るとは。

 軍属の人間であれば尚更女卑の傾向が強いと考えていたのだが…………

 

(飾代家との関係を重視している……?いや、今の飾代家にそれほど(かかわ)る理由はないか。純粋な本心というのも否定しきれない)

 

 なにせ私の軍入りは閣下のスカウトによるものだしな。下手に威圧するより、名誉欲や自己顕示欲を満たしてやってこちらを御したいのかもしれない。

 

 まぁ、これは悪くない。これからは後ろ盾が必要だし、准将の地位を持つ大山閣下との関係を深くしていけばなにかと便利だろう。

 

「……では、ありがたくお受けいたします。どうぞよろしくお願い致しますわ」

 

「うむ。さて、君にはここの事を説明しなくてはならんな。片桐(かたぎり)中佐」

 

 准将の呼び掛けによって、准将の側に控えていた男が一歩前に出る。

 左目に眼帯を付けた、黒い短髪の男だ。黒い軍服をきっちりと着こなしており、腰には無骨な軍刀を差している。

 だがその雰囲気は、規律正しい軍人というより、抜き身の刃を下げた剣客に近い危うさを放っていた。

 

「お初にお目にかかる、飾代嬢。私は片桐一心(いっしん)中佐。君が配属される部隊の隊長だ」

 

 低い声。眼帯のない右目が、私の全身を値踏みするように観察している。

 

「詳しいことは中佐に聞きたまえ。私は予定があるのでな、しっかり護衛(エスコート)したまえよ? 中佐」

 

「了解です。……では、飾代嬢はこちらへ」

 

「はい。大山閣下。ありがとうございました」

 

「うむ。ではな」

 

 そう言って、大山准将は風のように去っていった。

 残されたのは私と、無愛想な隻眼の軍人。

 片桐中佐は軽く息を吐くと、私に向き直った。

 

「では、付いて来なさい。ここの案内と、我々の任務について教えよう」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 コンクリートの冷たい廊下を歩きながら、中佐の講義が始まった。

 

「呪術師とは、呪いを(もつ)て呪いを祓う者。ここまでは知っているな?」

 

「はい。呪力を知覚し、呪霊を祓う者ですね」

 

「そうだ。呪術師としての素養は生まれながらのもので、扱える呪力量や君の持つ分身を作る異能──生得術式と呼ばれるものだ。それを持っているかどうかは生まれによって左右される」

 

 基本知識の確認と、施設の案内。

 私は相槌を打ちながら、廊下を行き交う隊員たちを観察する。やはり彼らの多くは術師のようだ。むこうもこちらを訝しげに見てくる。

 

「私はこれから、実験的部隊に配属させると伺っています」

 

「あぁ。今この第二特務課には二つの部隊があってな。第一大隊『抜刀(ばっとう)隊』と第二大隊『鞘内(しょうない)隊』。基本的に実働部隊として運用されるのは第一大隊で、第二大隊は訓練及び支援大隊だ」

 

 中佐はそこで言葉を区切り、重い鉄扉の前で立ち止まった。

 

「そして今回君が配属される部隊は、新設された先行試験大隊。編成名として『羅睺(らごう)隊』と仮称される部隊だ。なんでも、"先達"に倣った術師運用を目指しているらしい」

 

「先達……というと?」

 

「あぁ…………そうだな。それを説明するにはまず、今までの呪術界の遍歴を説明しなければならない。すこし、歴史の授業をするか」

 

 ……!!

 今まで詳細が分からずにいたこの時代の呪術界についてついに聞けるのか。

 私は内心の高揚を悟られないよう、冷静な表情を取り繕った。

 

 通されたのは狭い教室だった。埃っぽい空気の中、片桐中佐は数枚の資料と椅子を用意し、黒板の前に立った。

 

「この後、我々の組織についても説明するつもりだったからな。まとめて教えるぞ。まず、呪術全盛の時代。平安時代から説明しよう」

 

 そこから始まったのは、約八百年にわたる世界の裏側についての話だった。

 

 まだ呪霊の存在が秘匿されておらず、魑魅魍魎が跋扈する世界で呪術師たちは戦乱を生きていた。

 

 そんな中、特に力を示した一族がいた。

 

 日本三大怨霊が一角、菅原道真を祖とする「五条家」。

 

 陰陽師として名を馳せた安倍晴明の師、加茂忠行を祖とする「加茂家」。

 

 これらの一族は、帝のもと、朝廷鎮守に従事し呪術界に圧倒的な権力を確立した。

 

 

 時代は変わり、戦国時代。この時代でも呪術師は重宝された。敵を呪い殺すことができるのならこれに勝る楽な勝ち方はないからだ。

 だが、前述の二家は武将間の争いには深く関与しなかった。五条家は朝廷のため、加茂家は呪術師全体の為に動き、中立を保っていたからだ。

 

 そこで武家に自らを売り込み、権力の拡大を計ったのが「禪院家」だった。

 

 元々、平安時代からの実力者を集め、揺るぎない力を得てきた禪院家は、この時代でその地位を確固たるものとした。

 松平家(後の徳川家)に奉公し、戦乱の中、主君の命を守り切り、やがて徳川幕府を裏から守護する側近の座に就いた。

 その関係は江戸時代の終わりまで"表上は"途切れることはなく、彼らは強い権力を獲得していった。

 

 呪術界はこの頃には既に「五条」「加茂」「禪院」を指して、「御三家」と呼ぶようになった。

 彼らは呪術界を牛耳り、その威光は絶対的なものとして君臨していた。

 

「だが、時は明治維新。すべてがひっくり返った」

 

 中佐が黒板に書いた「御三家」の文字に、大きくバツ印をつける。

 

 封建制の幕藩体制を廃し、中央集権統一国家への移行を目指した明治政府にとって、旧態依然とした権力を持つ御三家は目の上のたんこぶだった。

 初期は廃仏毀釈に始まり、果ては日本中の結界術の基盤であり、呪術の漏洩を抑制している不死の術師「天元」を確保するに至った。

 

 これにより、御三家の権力の土台は大きく揺らいだ。だが、彼らは呪術という絶対的優位性は手放さなかった。

 

(つまり天元の「薨星宮」はこの時東京に移ったのか。……いや、元々東京(こちら)に天元がいたのか?)

 

 まぁそこは定かではないが、結果として御三家は京都を中心に活動拠点を固め、明治政府とは険悪な冷戦状態となった。

 

 当時、政府側も独自の呪術戦力を求めようとしたが、時代の移り目ということもあり呪霊被害が増加。発足したばかりの明治政府ではこれに対応しきれず、実質的な治安維持を御三家中心の呪術師たちに「外注」せざるを得なかったのだ。

 

「こうして、御三家は明治の時代でも盤石の地位を得たかに見えた。……だが、ここでまた事件が起きた」

 

 中佐の声が一段低くなる。

 

「当時の加茂家当主が、呪術的な実験により不祥事を起こした。特級呪物を生み出し、これにより御三家の威信は地に落ちた」

 

 加茂憲倫の事件か。私は心の中で頷く。

 

 天元を確保した政府側と、不祥事を起こして弱体化した御三家。

 こうして、呪術界の勢力図は膠着状態に陥った。

 

「だがここ数年、政府側がまた呪術を完全な『軍事力』として取り込もうと動き出した。それに一枚噛んでいたのが大山閣下だ」

 

 それは数年前から活動を開始。廃仏毀釈であぶれていた在野の術師を高給で釣り上げ、部隊運用できるよう訓練を施して作られたのが「抜刀隊」だ。

 

 だが、それらの部隊は軍人としての訓練を施しても、歴史ある御三家に連なる呪術師たちには一歩届かない力量差があった。

 

「そこで、君が配属される部隊だ」

 

 中佐が私の方を向き、隻眼を細めた。

 

「術師一族は、幼少の頃から脈々と繋いできた呪術教育によって、高い実力を身に着ける。力量差はこの幼年期における訓練の差だと考えた軍上層部は、同様の環境を作り出そうと考えた。

 呪術の素養が見られる子どもを集め、軍隊式の教育と呪術教育を並行して行い、国家に忠実なエリート術師を育成する」

 

「それが……『羅睺』ですか」

 

「そうだ。……では、たった今から君を軍人として応対させてもらう。

 まず、"お前"の学力などについては事前に把握している。それをもって、ここでの立場を整えさせた。

 お前は地方幼年学校を飛び級したことになっている。ここでは、士官候補生として所属する形だ。術師用に用意された二年間の促成士官教程を修了すれば准尉として正式に部隊に配属される」

 

 今までは飾代家令嬢として甘く対応されていたのだろう。こちらの姿勢を無意識に正される声色で、こちらに詳細についての紙が手渡される。

 

「承知しました。よろしくお願いします」

 

「あぁ。私のことは総隊長殿、もしくは中佐殿と呼べ」

 

「はい。中佐殿」

 

「よし。ではこれよりお前の能力検査を行う。これに着替えて、地下の訓練場に来なさい」

 

 そう言って服を一着手渡され、片桐中佐は部屋を後にした。

 

 

 

 

 支給された衣服は、新品特有の糊と、微かな鉄の匂いがした。

 

 それまで身に着けていた、上質な絹の着物を一枚ずつ脱ぎ捨てる。床に落ちた極彩色の友禅は、まるで私の抜け殻のようだ。

 

 代わりに手に取ったのは、国防(カーキ)色の軍衣。袖を通すと、ずしりとした重みが肩にのしかかる。

 

 胸元に走る肋骨のような赤い組紐。それを指先でなぞりながら、私は(ぼたん)を一つずつ留めていく。

 

 パチン、パチン。

 

 その乾いた音は、飾代夜永という人間を閉じ込める、錠前の音に聞こえた。

 最後に、身の丈には長すぎる限りなく黒に近い、勝色の特務羽織を纏う。裏地の緋色が、視界の端で血のように揺らめいた。

 

「……重いな」

 

 それは生地の質量ではない。これから私が背負う、業の重さだ。

 

 私は大きく息を吐き、足元の編み上げ靴の紐を、きつく締め上げた。

 

 

 

 

 





禪院家は元々呪術武家として平安時代にかなりの力を持っていましたが、要職などに着くということはなく、そこまでの権力は無いという状態でした。あくまで武力を誇る家ということですね。

AI生成で作ってみた夜永のイメージです。

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