東北の荒野は、息を潜めていた。
風は吹いている。だが、音がない。
草は揺れるはずなのに、揺れていない。
大地そのものが、長い時間をかけて削られ、“生命”という概念を失っているかのようだった。
その中心に、それは立っている。
完全に変態を終え、顕現した特級呪霊。
骨ばった身体。
張り付く皮膚。
異様に膨れた腹と、そこから垂れ落ちる無数の腕。
その腕が地面を撫でるたびに、土はさらに乾き、命が削られていく。
顔。
落ち窪んだ目。
裂けた口。
その口元が、ゆっくりと歪む。
ニヤリと。
明確な意思を持った笑み。
「……たりぬ」
低い声が落ちる。
禪院宗春が刀を構える。
「気に入らんな」
短く吐き捨てる。
その横で、加茂憲倫はわずかに目を細めた。
呪霊が口を開く。
「我は——
「飢えを積み上げたもの」
「骸の上に成るもの」
そして、笑う。
ニヤニヤと。
「減る」
「減る、減る」
その声と共に、空気がさらに乾いた。
宗春が地を蹴る。
一瞬で間合いを詰める。
斬撃。
鋭い一閃。
だが。
饉骸の身体がぬるりと歪み、刃を受け流す。
その瞬間。
地面が爆ぜた。
腕。
無数の腕が、宗春の足元から噴き出す。
今度は反応が速い。
踏み込みを止めず、そのまま強引に突破する。腕が絡みつく。だが斬る。切り裂きながら前へ進む。
それでも、一瞬だけ動きが鈍る。
その僅かな遅れを、饉骸は逃さない。
腕が振り下ろされる。
衝撃。
「ぐっ……!」
宗春の身体が横へ弾かれる。地面を転がり、すぐに起き上がる。
だが、呼吸が明らかに荒い。足取りも、重い。
饉骸は笑う。ニヤニヤと。まるでそれを観察して楽しむかのように。
「減る」
「減る」
「良い」
宗春が歯を食いしばる。
「……長引くほど削るか」
その言葉に、憲倫が静かに頷く。
「そのようであるな」
2人の予想は概ね合っている。
饉骸の術式――
近くにいるだけで、じわじわと生命力と呪力を削る。触れられれば、その侵食は一気に深まる。
「では、私も」
指先を裂く。滲んだ血が宙へ浮かび、細く、鋭い弓の形を成す。左手に弓、右手に矢。すべて自らの血から造ったものだ。
「まずは、遠くから機嫌を伺おう」
矢が放たれる。
まっすぐに飛んだ血矢が饉骸の胸を穿つ。深くは入らぬ。だが、ただの牽制ではない。射抜いた箇所から憲倫の呪力が入り、肉の重なり方、再生の癖、核の位置の偏りを探っていく。
饉骸がわずかに顔を歪め、腹の下から伸びた腕で血矢を叩き落とす。
「痛いか」
憲倫が穏やかに問う。
「たりぬ」
短い返答。
「そうか。肩凝りぐらいは解消出来ただろう」
もう一矢。今度は肩口。続けて膝裏。饉骸はニヤニヤ笑いながらそれを受け、再生し、だがそのたびに腕の動きが微かに変わる。
宗春が息を整え、再び前へ出た。
「下がれ、加茂」
「ほう。頼もしいな」
「観察は済んだか」
「いや、興味は尽きぬな」
「呑気な」
どこまでも呑気な憲倫に対し、ため息をつきながら宗春は刀を鞘へ納めた。
その動きに、憲倫が目を大きく開く。
「おお、ようやく見せるか」
宗春は応じない。両手を空け、胸元で影絵を結ぶ。犬の頭を象る手の形。足元の影が盛り上がる。
「
白と黒い犬の式神が影から躍り出る。
雪のような毛並み、片やどこまでも黒い漆黒の毛。
細く鋭い四肢。獣というより、研いだ刃を生き物にしたような姿。
それが低く唸り、宗春の視線に合わせて饉骸へ走る。
憲倫の目が少しだけ輝く。
「撫でても噛まぬか?」
「今それを言うか」
「今である」
玉犬は返答の代わりに、饉骸の腕の群れへ飛び込んだ。
鋭い爪が肉を裂き、喉元へ牙が入る。饉骸の口元から、初めて愉悦とは異なる苛立ちが覗く。玉犬は小回りが利く。腕の群れに捕まるより先に影の縁を伝って位置を変え、再び別角度から喰らいつく。
宗春はその隙へ踏み込む。前へ出たのは再び宗春、後ろから憲倫が血矢を散らし、饉骸の視線を散らす。前後が自然に入れ替わる。
だが、飢えの術式は止まらない。
饉骸の周囲にいるだけで、肺の奥が乾いていくような感覚があった。餓命侵食――近くにいるものの生命力や呪力をじわじわと削り取る術式。触れられれば、その侵食は一気に深くなる。呼吸は重くなり、呪力の巡りは鈍くなる。気づいた時には、立つことそのものが難しくなる。
宗春は一度息を荒くした。
だが隣の憲倫は、妙に平然としている。
汗もなく、呼吸も乱れていない。まるで、同じ場の中でだけ別の時間を生きているようだ。
宗春はそれを横目で見た。
底が見えぬ。
前からそうではあった。だが今、飢えの術式の中で平然と立つ姿は、その印象を一層強くする。
「どうした、禪院」
憲倫が笑う。
「顔色が悪いぞ」
「誰のせいだ」
「饉骸であろうな」
「貴様も同じ場にいるだろうが」
「うむ、何分合同任務な上」
宗春は舌打ちした。
「その顔、腹立たしいな」
玉犬が饉骸の腕を引き裂き、間を作る。
宗春が刀を一閃。憲倫は血を槍の形へまとめ、その背後から投げた。血槍は宗春の斬り裂いた傷へ正確に潜り込み、再生の流れを一瞬だけ鈍らせる。
「今だ」
宗春が踏み込む。
だが饉骸は腹の下から新たな腕を生やし、地を叩いて粉塵を上げた。視界が濁る。玉犬が一瞬だけ見失われる。
「還れ」
宗春は即座に式神を影へ戻す。
「今ので仕舞うか」
憲倫が言う。
「視界の悪い中で傷つける趣味はない」
「式神にやさしいな」
「うるさい」
再び刀を鞘へ。手が影を結ぶ。今度は鳥を思わせる形だ。
「十種影法術――鵺」
影から巨大な翼が広がった。
夜の空気を裂く帯電した羽音。鵺は上空へ舞い上がると、饉骸の真上から一気に急降下した。翼から走る電撃が饉骸の肩口を打ち、腕の群れを痙攣させる。
憲倫が感心したように目を上げる。
「それはまた、見栄えが良いな」
「見世物ではない」
「そうか?なかなかに愉快だ」
鵺がもう一度旋回し、今度は横合いから饉骸の顔面を打つ。饉骸が短く唸り、ニヤついた口元がわずかに引きつった。
宗春がその隙へ入り込む。憲倫は後ろへ下がり、血を輪の形にして放った。
苅祓。
血で作った刃輪が回転しながら飛び、饉骸の腕の群れを一気に薙ぎ払う。遠距離から中距離への斬撃。切った端から再生はするが、確かに飢えの術式の流れは乱れている。
饉骸が短く言う。
「鬱陶しい」
「褒め言葉か?」
憲倫が笑う。
だが優勢は長く続かない。
餓命侵食はじわじわと、しかし確実に効いていた。宗春は踏み込みのたびに足が重くなる。鵺の動きも、先ほどよりわずかに鈍い。帯電の間隔も長くなっている。式神へ流す呪力の量が、宗春自身の消耗に引きずられているのだ。
饉骸はそれを理解しているのか、口元を再びニヤつかせた。
「減る」
「減る」
「まだ減る」
宗春が眉をしかめる。
「……本当に気に入らん」
「そう怒るな」
憲倫が軽く言う。
「笑う相手は、笑わせぬように黙らせるのがよい」
「なら黙らせろ」
「見ておれ」
言うなり、憲倫は自らの前腕を浅く裂いた。量を増した血が宙で広がり、細い縄のように撚られる。
「血縛」
赤い拘束が地を這い、饉骸の足元と腕の群れへ巻きつく。単なる縄ではない。触れた相手の動きと呪力の流れを縛る技だ。腕の群れが一瞬だけ鈍る。
「今だ、禪院」
宗春が即座に刀を鞘へ納める。
また両手を空け、今度は兎を象る細かな影絵。
「十種影法術――脱兎」
影から、夥しい数の兎が雪崩れ出た。
見渡す限りの白。荒野を覆うには十分すぎる量。脱兎は饉骸の足元をかく乱し、腕にまとわりつき、視界を奪う。実害は薄い。撹乱には最適だ。
憲倫が思わず笑う。
「一匹貰って帰ってもよいか?」
「駄目だ」
「では二匹」
「数を増やすな」
脱兎に紛れ、憲倫は前へ出た。血を薄い刃へ変え、饉骸の腕の根元を次々と断ち切る。血刃は近距離において極めて使い勝手が良い。槍より早く、弓より自由だ。饉骸が腕で迎撃しようとするたび、宗春が横合いから斬り込んで牽制する。
互角。
少なくとも、この瞬間まではそう見えた。
だが、宗春の呼吸はさらに荒くなり、刀を振るうたびに肩がわずかに落ちる。脱兎の群れも、一匹、また一匹と影へ戻っていく。長く維持するには負担が大きい。
対して憲倫は、相変わらず妙に平然としている。
饉骸の術式の中で、血を無駄なく使い、位置取りを変え、宗春の前へも後ろへも滑るように出入りしている。多少なりとも疲弊しているはずだが、その消耗の見せなさが異様だった。
宗春は刀を振りながら、胸の内で舌打ちする。
やはり底が見えぬ。
こいつは、どこまで隠している。
饉骸がその一瞬の思考の隙間すら嗅ぎ取るように、腹の下の腕を一斉に広げた。脱兎の群れを払う。土が抉れる。宗春が後ろへ跳び、憲倫が横へ流れる。
「まだ足りぬ」
短い言葉。
「もっとだ」
今度は饉骸の方から踏み込んできた。
巨体に似合わぬ速度。腕が地面を掻き、飢えた獣めいた勢いで距離を詰める。宗春が咄嗟に刃を立てるが、受け止めた衝撃の重さに膝が沈んだ。
「……っ!」
重い。
削られている身体で受けるには、重すぎる。
その瞬間、宗春は刀を引いた。受け切るのをやめる。後ろへ流す。だがその後退さえ、遅い。
憲倫が割って入る。
血槍を一閃。槍先が饉骸の肩を貫き、その勢いをわずかに逸らす。
「助かったとは言わん」
宗春が低く言う。
「結構」
憲倫は肩を竦める。
「礼を言われると気味が悪い」
「そこは少しだけ同意する」
二人の距離が離れる。
その間に、宗春は刀を鞘へ戻した。
「まだ出すか」
憲倫が問う。
「当然だ」
宗春の指が、今度は巨大な輪郭を結ぶ。
「十種影法術――満象」
影が盛り上がり、巨体がせり上がる。
巨大な象の式神。圧倒的な質量。踏みしめるだけで大地が揺れる。満象は現れると同時に、その長い鼻を持ち上げた。
次の瞬間、轟音とともに水が吐き出される。
濁流。
岩すら削る勢いの水流が、饉骸の腕の群れと下半身をまとめて呑み込む。腕が千切れ、土が洗われ、乾き切った地面へ一瞬だけ湿りが戻る。
憲倫が目を見張る。
「おお、豪快であるな」
「見物している場合か」
「いや、実に良い」
饉骸は水流に飲まれながら、なお笑う。だがその笑みには、先ほどよりも明確な苛立ちが混じっていた。
「冷たい、そして鬱陶しい」
満象が前へ出ようとする。だが水を吐く巨体ゆえに、小回りは利かぬ。饉骸はそこを狙った。腕の群れが水を掻き分け、象の脚へまとわりつく。
宗春が舌打ちする。
「還れ」
満象が影へ沈む。
同時に、宗春の呼吸がさらに重くなる。満象は強い。だが維持も負担も大きい。消耗している今、その代償はなおさらだ。
饉骸が一歩前へ出た。
今や、優勢はあちらに傾きつつある。
宗春がそれを肌で理解する。こちらの攻めは通っている。傷も与えている。だが、再生と侵食が上回る。互角に見えた均衡が、じわじわと崩れてきている。
憲倫はそれでも血で今度は短い矢を幾本も作った。扇状に放つ。腕の群れを散らし、顔面を狙う。饉骸が首を傾けて避けたところへ、宗春がもう一度踏み込む。
だが今度は踏み込みが浅い。
刃が届く前に、饉骸の腕が胸元へ伸びた。
憲倫が血刃でそれを断つ。
「少し下がれ」
宗春は一瞬だけ眉を寄せたが、否定しなかった。
悔しさより、現状認識を優先する程度の冷静さはある。
そして、再び刀を鞘へ。
両手が角の形を取る。
憲倫が笑う。
「おお、ようやく本命か」
「貴様の感想は本当に腹立たしいな」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「受け取るな」
「十種影法術――貫牛」
影から、巨大な牛の式神が現れる。
黒々とした体躯。正面へ突き抜けるためだけに存在するかのような角。出た瞬間から前へ出たがる殺気立った気配。
憲倫が思わず笑った。
「式神も飼い主に似るのだな」
「黙れ」
「真っ直ぐで、重く、融通が利かぬ」
「死ね」
貫牛は一度距離を取り、一直線の軌道を確保すると、次の瞬間には饉骸へ向けて突進した。
轟音。
地が鳴る。
直線にしか走れぬ代わりに、その速度と破壊力は凄まじい。走る距離が長いほど威力は増す。貫牛の角が饉骸の腹を捉え、巨体ごと大きく弾き飛ばした。
初めて、饉骸のニヤついた笑みが崩れる。
怒り。
露骨な怒り。
「ギィィイ!」
宗春はその隙を逃さず走る。憲倫も横から血槍を構える。前と後ろが再び入れ替わる。貫牛の突進で生じた裂け目へ、宗春の斬撃が入り、憲倫の血槍が続く。
しかし。
その好機は長く続かなかった。
ここに来て宗春の足が遂に止まる。前に進もうにも足が前に進むことを拒否する。貫牛を維持したまま前へ出る負担も大きい。ほんの僅かな遅れ。だが、特級相手には致命的な遅れだ。
饉骸が腕を地へ叩きつけた。
地面が割れる。
乾いた土と腕の群れが一斉に噴き上がり、貫牛の進路を乱した。直線にしか強く出られぬ式神にとって、足場の乱れは相性が悪い。
「還れ!」
宗春が即座に戻す。
その声に、わずかな焦りが混じる。
饉骸は笑った。
また、ニヤニヤと。
今度は明らかに優勢を自覚している者の笑みだった。
「減る」
「ようやく減る」
「良い」
宗春が荒く息を吐く。
隣の憲倫は、やはり妙に静かだ。
宗春はその横顔を見る。
血を操り、飢えの術式の中に立ち、呼吸も姿勢も大きく乱れていない。人である以上、消耗しておらぬはずがない。なのに見えない。見せぬのか、あるいは本当にこの程度では揺らがぬのか。
どちらにせよ、気味が悪い。
「どうした、禪院」
憲倫が横目で言う。
「私の顔に何かついておるか」
「……いや」
宗春は短く切った。
「ついておるのは何を考えてるかわからんアホズラだ」
憲倫は少しだけ笑う。
「褒められたかね」
「流石に違う」
「そうか。残念である」
饉骸が、一歩、また一歩と近づいてくる。
もはや戦いの流れは、確実に向こうへ傾いていた。
それでも、まだ終わらぬ。このままでは終われぬ。
宗春は刀を握り直す。
憲倫は血を再び槍の形へまとめる。
乾き切った荒野の中心で、二人の術師はまだ退かない。
饉骸は笑う。
ニヤニヤと。
その腹の奥で、飢えが鳴る。
先に動いたのは、饉骸だった。
腕が地面を叩く。
瞬間、地面そのものがめくれ上がる。乾いた土と、命を吸われた骸のような大地が、刃のように立ち上がる。
宗春は何とか足に呪力を流し横へ跳ぶ。
だが、遅い。
足元から伸びた腕が絡みつく。
「……っ!」
強引に斬り払う。
だが、斬った先から絡みつく。
削られている。
呪力も、体力も。
そして今。
呼吸が重い。
踏み込みが鈍い。 足が、体が動くことを拒否する。
式神を維持するだけでも負担が増している。
対して。
隣に立つ男は。
「……面白い」
加茂憲倫は、笑っていた。
血を操り、矢を放ち、槍を投げ、拘束しながら、なお余裕を崩さない。
宗春は一瞬だけ横目で見た。
何だ、こいつは。
同じ場に立っているはずだ。
同じ術式を受けているはずだ。
同じ1級術師のはずだ。
なのに――
「どうした」
憲倫が軽く言う。
「足が止まっておるぞ」
「……止めているわけではない」
「そうか。では、もう少しだけ前へ出てみよ」
「言われずともやる」
宗春が歯を食いしばる。
まだ終わっていない。
まだ――終わってはいない。
「……来い」
刀を鞘へ収める。
両手を空ける。
影を結ぶ。
犬。
白と黒、二つ。
「――玉犬」
影から、二つの影が飛び出す。
白。
黒。
対をなす双犬。
地を蹴る音が、乾いた大地に鋭く響く。
宗春も同時に踏み込んだ。
前へ。
最後の力を振り絞るように。
憲倫がその背を見て、口元を歪める。
「ようやく全力か」
「手を貸せ!」
短く返す。
だが、その声には僅かな震えがあった。
消耗している。
それでも――行く。
玉犬・白が先行する。
低く滑るように走り、饉骸の足元へ潜り込む。
黒が横から跳ぶ。
肩口へ喰らいつく。
同時。
完全な連携。
白が足を止め、黒が上を崩す。
宗春が、その間へ滑り込む。
斬撃。
深い一閃。
だが――
足りない。
再生が追いつく。
饉骸もこの戦いに終止符を打つために、迎え撃つ。
「終わりだ」
その瞬間。
憲倫が前へ出た。
血が広がる。
空間に散る赤が、一気に収束する。
槍。
複数。
同時に。
「通すぞ」
宗春が叫ぶ。
「やれ!」
憲倫が笑う。
「任せろ!」
血槍が、玉犬の動きに合わせて放たれる。
白が足を裂き、黒が肩を引き裂く。
その裂け目へ、血槍が突き刺さる。
さらに。
血縛。
内部から締め上げる。
饉骸の動きが、止まる。
宗春が、最後の一歩を踏み込んだ。
全力。
残った呪力を、全て刃へ。
「……落ちろッ!」
斬撃が、饉骸の胴を深く裂く。
初めて。
明確に。
大きく。
肉が割れた。
饉骸の笑みが、崩れる。
「ギャィィアァァァ!!!」
だが。
次の瞬間。
呪力が、膨れ上がる。
空気が、歪む。
宗春の目が見開かれる。
直感。
これは。
まずい。
饉骸の口が、大きく開く。
その言葉を聞いた瞬間。
宗春の背に、冷たいものが走る。
終わる。
このままでは。
「……っ!」
踏み込もうとする。
だが遅い。
身体が、動かない。
間に合わない。
その瞬間。
「宗春殿!!右に!!!」
横で、憲倫が動いた。
血が、収束する。
今までとは違う。
圧縮。
極限まで。
細く。
鋭く。
一直線に。
「穿血」
放たれる。
音すら遅れてくる速度。
一直線。
迷いなく。
饉骸の“中心”へ。
憲倫は、最初から見ていた。
観察していた。
どこが核か。
どこを貫けば終わるか。
その全てを。
穿血が、饉骸の核を貫いた。
一瞬。
静止。
そして。
崩壊。
腕が止まり。
肉が崩れ。
呪力が散る。
饉骸の口が、わずかに動く。
「……たり、た」
意味を成さぬ言葉。
そして。
消えた。
風が、戻る。
音が、戻る。
荒野に、静寂が戻る。
宗春は、その場に立ち尽くした。
呼吸が荒い。
刀を握る手が、震える。
だが。
終わった。
そう理解した。
ゆっくりと、隣を見る。
加茂憲倫。
何事もなかったかのように立っている。
息も乱れていない。
「……貴様」
宗春が低く言う。
「最初から、やれたな」
憲倫は、肩をすくめた。
「どうであろうな」
「……ふざけるな」
「ふざけてはおらぬ」
軽く笑う。
「少し様子を見ていただけである」
宗春はしばらく何も言わなかった。
ただ。
目の前の男を見ていた。
荒野に、風が吹く。
戦いは終わった。
だが。
宗春の中には、一つの確信が残る。
この男は――まだ、何も見せていない。
「さて、帰るぞ」
憲倫は笑う。
そのまま視線を落とす。
倒れた人々。生きているのか死んでいるのかも怪しい。
その中に、一人の少年。
「……生きておるな」
抱き上げる。
その口元に、わずかな紋様。そして体内から漏れ出す呪力。
「ほう」
憲倫が目を細める。
「面白い、幼き呪術師かうちで面倒を見よう」
宗春が吐き捨てる。
「……また妙なことを」
だがその視線は変わっていた。
警戒。
そして疑念。
乾いた風の中。
二人の影が、長く伸びていた。
憲倫 戦闘を楽しんでたら領域展開の呪力を察知!穿血ピュー!!勝利!!
最初からそれやれ馬鹿野郎ってしっかり宗春にぶちギレられる。
しれっと最後宗春呼びしてみた人。ちなみに領域展開されてもこっちも領域展開して返り討ちにできる。なおその場合宗春は死ぬ。
本気出さなかったのは疲れるの嫌だから、実力を隠したいから、せっかくだし宗春に成長して欲しいからのどれかかもしくは全部。
宗春 なんかずっと死にかけなのに隣にいるやつが本気出さないし、なんかずっと観察してるからイライラしてた。ちなみにこれが伏黒なら脱兎出したあたりで気絶して死んでた。それなのにしぶとく生き残った。作者は禪院家はゴキブリ並にしぶといという認識。
饉骸
飢餓の恐れから生まれた特級呪霊。脱皮後の陀艮ぐらいの強さかなと思ってる。最初っから陀艮みたいにお腹に領域展開の印を結んでいたら宗春だけは道ずれにできた。防御力はそんなにだけど回復力が凄まじい。
回復力を上回るには一瞬で核をぶっ壊すしかないから実は憲倫が観察して核の位置を特定して穿血ぶちかましたのは正解といえば正解だが、宗春が万象出した辺りぐらいには大体の核の位置は特定できてた。
最後の方で拾われた少年。
なんか口周りにうっすら紋様が現れてる男の子。うっすら意識はあるが加茂家に着く頃には気絶してるし、紋様も消えてる。捨て猫感覚で拾われた数少ない生き残り。