VRロボゲの元絶対女王を隣の席の俺が幸せにするまで 作:Amisuru
──小さい頃から、ロボットアニメが好きだった。
『決まったァ──!! 『プレイボール』のプラズマライフルがGeezer選手の『ネバーランド』を粉砕! これで残るはREDHero選手の『プロタゴニスト』ただ一機! チーム『イノセンス・モラトリアム』苦しいかァー!?』
『だーっクソォ! やられちまった──わりぃヒーロー、後は任せた!』
「この状況から任せられてもなぁ……」
地を歩き、空を舞い、宇宙を駆ける──鋼の巨体が魅せる勇姿に、心を奪われた。
同じ二足歩行であっても、人間には決して生み出すことの出来ない、動きの重厚感。無骨な輝き。無機質が故の揺るぎなさ。そういったものに、圧倒された。
『さあ状況は3対1! 『プロタゴニスト』囲まれないよう懸命に距離を取る! 対するチーム『オープニング』、無理はしません! 散開して巧みにREDHero選手の逃げ場を絞っていきます! このままだとマップの隅に追い詰められるぞォーッ!?』
「……うーん、詰んだなこれ」
『バカ野郎ヒーロー! 最終戦くらいちったあ根性見せてみろ!』
「俺より先に落ちた奴にそんなこと言われてもな」
『……ヒーローくん、その発言はわたしの胸も痛いです』
「ああいや、ユメさんまで煽るつもりは微塵もなくて──うおっ!?」
そして今。
16歳になった俺は、電子の荒野の片隅で。
『あーっと捕まった! 『プロタゴニスト』捕まった! チーム『オープニング』3機一斉のミサイル爆撃! 荒地に降り注ぐ弾頭の雨霰! 瞬く間に『プロタゴニスト』の耐久値が削られていくーッ!!』
『うわー! やばいやばいやばい!』
『何やってんだヒーロー! さっさとOB吐けOB!』
「言われなくたって──あ、駄目だこりゃ。ミサイル貰い過ぎてオーバーヒートした」
『『ばかー!!』』
『足の止まった『プロタゴニスト』に『プレイボール』が迫る! 『プロタゴニスト』はオーバーヒート、最早絶体絶命──そして決着!! またしても『プレイボール』のライフルが火を噴いたァー!! 『Wasteland Titans』Bクラスリーグ最終戦、制したのはチーム『オープニング』ッ! 名前とは裏腹、今季のエンディングをも見事に勝利で飾りましたァ──ッ!!』
幼少期からの憧れだった、ロボット様を乗り回しているのであった。
いや、負けたんですけどね。見ての通り。
「「はあぁぁぁぁぁぁぁ……」」
かくして試合後、我らが『イノセンス・モラトリアム』チームルームにて。
ソファに並んで腰掛けた愛しのチームメイト共が、綺麗にハモった溜息を吐き出していた。
「辛気臭いな二人揃って。幸せが逃げてくぞ」
「もう逃げてった後だっつーの……結局下半期入ってから勝ち星無しでシーズン終了だぞ? 暗黒時代の阪神や横浜でもここまで負けてねえよ」
「どっちも今やセの1位と2位じゃんか。明けない夜はないってことだろ、希望が見えてきたなギーザー」
「うーん、野球の話はわたし本当にわかんないなぁ……」
困ったように笑っているのは、チームの紅一点ことプレイヤーネーム『YUME』。小柄な幼女のアバターに身を包んでいるのだが、リアルの方は既に成人済みなんだとか。小さくてふわふわしたものが好きとのことで、アバターの方も乗機の方もそんな感じだ。
ちなみに今日は開始一分で
「とにかくだ! オレたちゃこのままじゃ終わらねーぞ、来期こそ満を持してのAクラス入りだ! あの千葉だって昇格出来たんだからオレ達にだって出来ない訳がねえ!」
「あ、千葉なら知ってる。ロッテのチームがあるんだよね──あれ? プロ野球に昇格とか降格とかあったっけ?」
「シームレスに野球からサッカーへと引用元を移行するなギーザー。ユメさんが混乱してる」
さっきからスポーツネタに例えてあーだこーだ騒いでいるのが、チームリーダーの『Geezer』。その名の通りの最年長者で、俺やユメさんには理解出来ない古臭いネタを口にしてはジェネレーションギャップに打ちひしがれている
チーム『イノセンス・モラトリアム』の創設者であり、チーム名を決めたのもこのおっさんである。学生時代に聴いてたアルバムのタイトルが元ネタなんだとか。機体名といい多分こいつはピーターパン
「大体、昇格目指すって言ったって……俺達
「うっ……」
それを言われると辛い、とばかりにギーザーの勢いが止まった。
『Wasteland Titans』のチーム戦は、最大4対4の8人プレイが可能となっている。そしてリーグ戦に臨む殆どのチームは、きっちり4人揃えた上で頂点目指して日々争っている。
実際『イノセンス・モラトリアム』にも、
嵐のような人だったな。確か今期はAクラス3位でフィニッシュだっけか……遠い世界の住人になってしまったな。俺と2歳しか歳離れてなかったんだけどなあ。
「土下座してでも引き止めてりゃ良かったのに、リベさんのこと。ウチがBクラスとはいえ上半期10連勝とか出来たの、全部あの人のおかげだろ」
「うるせーな、何度も同じこと言わせんじゃねーよ。よおヒーロー、ウチのチーム名は一体なんだ?」
「『
「そーだ。で、あいつは
そう。
意外なことに、我がチーム名にはそういう真面目な意味合いが込められていたりするらしいのである。見かけによらず詩人だよなギーザー。アバターは2m越えた筋肉モリモリの眼帯大男の癖に。ユメさんと並ぶと絵面が完全に犯罪なんだよなあ……。
「で、アンタの
「無職じゃねえって言ってんだろーがこのクソガキが! オレは今充電期間中なんだよ、ちょっとバッテリー溜めんのに時間掛かってるだけだ!」
「……ヒーローくん、今日はやけにわたしのことぐさぐさ刺してくるよね……お姉さん何か悪いことしたかな……」
「開始一分で即墜ちしたよね」
「うわぁん悪いことしましたごめんなさいぃぃぃぃ!!」
流れ弾を食らった23歳フリーターがソファの上をごろごろしながら泣いていた。ごめんなユメさん、煽るつもりはないって言ったのに結局全力で傷を抉る羽目になっちゃったわ。でも隙を見せたユメさんも悪いんだよ。俺は必死こいて一人墜としたんだから。最低限の仕事はした。
「大体な、人に偉そうなこと言う前におめーはどうなんだよヒーロー」
「……俺?」
「そーだよおめーだよ。来月になったらもう高2だろ、ぼちぼち将来に向けてやりたいことの一つでも見つけねーとマズいんじゃねーのか」
「いや早くない? 高2ってもうそんな人生の決断迫られる時期か? まだ全然余裕あるだろ」
「じゃあ聞くけどな、お前この一年で積み上げたもの何かあるか? 高校入る前と比べて変わったことといえば?」
「変わったこと……」
暫し考える。高校に入ってからの一年間で、俺が積み上げたもの。変わったこと。手に入れたもの成し遂げたことetc。
高校合格のお祝いに、親にWTを買ってもらったのが去年の3月のこと。そして入学後は部活に入るわけでも友達を作るわけでもなくひたすらWTにのめり込み、俺とどっこいどっこいの強さだったギーザーとランクマッチで何度もやり合ううちに仲良くなって、せっかくだからチーム戦やってみるかってことでメンバー募集掛けたらユメさんとリベさんの二人が釣れて、そんでもっていざリーグ戦に殴り込んでみたらシーズン途中からの参戦にも拘らずリベさんの怒涛の活躍であれよあれよと昇格一歩手前まで駆け上がって、けれどリベさんがいなくなった下半期はシーズン全敗でBクラスぶっちぎりの最下位で──
……おや?
おやおやおやおや?
「……WT以外の思い出が一つも……ない……?」
「気付いちまったな、ミスター
「うわあああああああああああああああっ!!」
悶絶した。さっきのユメさんの比じゃないレベルで転がり回った。地面を。
ヤバい。何も成し遂げてない。リアルの俺何一つとして成長してない。高校生活の三分の一を丸ごとWTに捧げてしまった。泣いても喚いてももう戻ってこない。何故俺はこんな無駄な時間を……?
「んっふっふ……ようこそヒーローくん、
「やっ──やめろォ! 俺は普通にそこそこ勉強してそこそこの大学入ってそこそこの会社に勤めてそこそこの嫁さん捕まえてそこそこに幸せな人生を送るんだ! アンタらみたいに道を踏み外したりなんかしないんだ!!」
「などと供述していますがギザさん」
「自分が崖の下にいることに気付いてねーなこいつ」
畜生。ダメ人間共がここぞとばかりに手を取り合いやがって。さっき俺から刺しまくった分の仕返しか?
しかし悲しいかな、ここで『じゃあ俺もリベさん見習ってこのチーム辞めます。お世話になりました』と言い出す気には、まったくもって──なれなかった。そもそもその気が欠片でもあるならリベさんと同じタイミングで辞めている。結局のところ未だに俺がこのチームにしがみ付いているのは、まだまだWTに飽きが来ていないという理由もあるが、それ以上に──
……俺もまた、
癪に触る話だが、どうしようもなく。
「この話はやめよう」
「逃げたな」
「ヒーローくんって自分が殴られる側になると弱いよね」
「だまらっしゃい。とにかく、下半期を実際に走ってみて3人だけじゃ話にならないことはよーく
「わーってるよ。また募集かけて4月までには活きの良い奴釣り上げてやる。オレ達の闘いはこれからだ、ってな」
「うわー、打ち切られそう……」
とまあ、ユメさんの漏らしたそんな呟きがフラグになったのかは知らないが──
誰一人として増えないまま。
4月になりました。
「うおォい!!」
「うるせーなヒーロー、不利受けた時の川田将雅みてーな声出してんじゃねーよ」
「競馬ファンにしか伝わらない例え話はよせ。そんなことよりどうなってんだギーザー、アンタの言ってた活きの良い奴ってのはどこでピチピチ跳ねてるんだ? もう捌いて食っちまった後か?」
「釣りやってりゃあボウズで終わる日もそりゃあるわな」
「丸々一月釣り糸垂らして引っかからないのは餌か釣り場のどっちかが終わってんだよ」
或いは
4月を迎えて俺は2年生になり、クラスメイトの顔ぶれも変わり心機一転、交友関係を一気に広げて遅咲きの高校デビュー──なんてことは勿論なく、相も変わらずご覧の通りに馴染みの面子と電子の箱庭でワイワイやっている。何なら春休みの間も毎日のように入り浸ってました。まるで成長していない……。
「『昨年上半期Bクラス10連勝の実績あり! Aクラスに限りなく近づいたチームです!』……ギザさん、これ詐欺で訴えられない?」
「嘘は言ってねーだろ嘘は」
「本当のことも言ってないけどな。大体、ウチらが下半期最下位だったことなんか今や大体のプレイヤーが知ってるんだ。口説き文句として成立してねえよ」
Bクラスリーグ戦は4〜9月、10〜3月の二期に分けて行われており、それぞれの期で参戦チームの上位過半数に入れば次の期からAクラスへと昇格出来る。なので確かに、リベさんがいた頃の俺達が昇格一歩手前まで行ったというのは嘘ではない。軸が抜けた途端一気にどん底まで落ちただけで。
「それに、未だにAクラスがどうとか言ってるが……俺達の化けの皮なら下半期ですっかり剥がれ切っただろ。確かに3人だけじゃ話にならないとは言ったが、もう少し現実的な目標にしたらどうなんだ? 俺は程良く勝ったり負けたり出来ればそれで充分なんだが」
「かーっ、ガキの癖に志が低いったらありゃしねえ。一度は手が届くところまで行ったんだぞ? 今度こそ掴み取りてーって思うのが男ってなもんだろ。名前に反して熱血が足りてねーぞ、レッドヒーロー」
「俺のプレイヤーネームは単なる本名からの連想だよ。前にも言ったけど」
「一時期ヒーローくんのこと
「余計なことは思い出さなくていいぞ怪獣浮かれポンチ」
「うーん、ダイナゼノンの話は全然わかんないな……」
それは完全に知ってる人の反応なんだよ
にしても──熱血が足りない、か。
小さい頃から、ロボットアニメが好きだった。とはいえ所謂『スーパーロボット』の類にはあまり縁がなく、あくまでも一兵器として扱われるタイプのロボット物を好む傾向が強かったように思う。ダイナゼノンの話しといて何だけどさ。そもそもグリッドマン系列はロボットアニメの括りでいいのか? でもスパロボには出れたしなあ……。
閑話休題。
この『Wasteland Titans』にしてもそうだ。プレイヤーに与えられた役割は
何? じゃあお前の機体名は一体何なんだって? 単に
いや、なんか響きが洒落てないかな、
「……なあギーザー、本当にまたリベさん級の凄腕が釣れると思ってるのか? 柳の下にいつも泥鰌はいないって諺を知ってるか?」
「バーカ、その手の分野でオレにマウント取ろうなんざ20年早えーんだよ。それに分かんねーぞ? 何処から化け物が生えてきてもおかしくねーのがWTってゲームだ。それこそあの『serin』みてーにな」
「──せりん?」
何だそりゃ。サリンとかシレンとかなら知ってるけど。後はもうニトログリセリンぐらいしか思い浮かばない。語彙力バトルの反撃かギーザー?
「んだよ知らねーのか? WTの初代公式大会優勝者で、当時の
「……知ってる? ユメさん」
「うーん、わたしもWT始めたの遅かったからなあ……」
『Wasteland Titans』。日本が誇る変態企業から4年前にリリースされたこのゲームは、『今までの常識を覆す新時代のVR体験』を謳い文句として、宣言通りに全ての没入型ゲームを過去にした。
音声通話用のインカムを取り付けたVRゴーグル、両手で一つずつ握るスティック型のコントローラー、そして専用のタイツスーツ。スーツの各部に設置された電極がモーションキャプチャーや触覚フィードバックなどの役割を果たし、限りなく現実に近いゲーム体験が味わえる。とうとう『レディ・プレイヤー1』に時代が追いついたと言わんばかりで、WTはたちまちに社会現象を巻き起こし──とまではいかなかった。流石にデバイスの値が張り過ぎて、おいそれと庶民が手を出せる代物ではなかったのである。実際俺もリリース当初には親の購入許可が降りず、高校受験という特別ミッションのクリア報酬でようやく手にすることが出来たくらいだ。
とはいえその作り込みは流石の一言に尽き、発売日から4年の月日が経った今でも、電子の荒野は数多のタイタン乗りで溢れ返っている。何ならリリース当初よりここ1年くらいの方が人口増えてるんじゃないか? フリーターのユメさんが手出せるくらいの値段に落ち着いたってことだもんな。知らんけど。
「……で、そのセリンだかプリンだかの何が伝説だっていうんだ? 公式戦無敗で引退したとかそんなんか?」
「中々冴えてんじゃねーかヒーロー。半分くらい正解だ」
「なんだよ、確かに凄いが割とありがちな話──」
「それをやったのは、
「──は?」
『ありえなくはない』レベルの話が、全力で『ありえない』へと舵を切りやがった。
俺と同い年の? 女の子が? 初の公式大会優勝者? 当時の
なんだそりゃ。何処のな○う主人公様ですか? 設定盛り過ぎってレベルじゃないだろ。WT世界からの転生者か何かであらせられます?
「……同い年って、今の俺と? 当時の俺と?」
「当時なんだなこれが。僅か13歳、天才少女の誕生──なんつってよ、そこそこネットニュースにもなったりしてたんだぜ。おめーら本当に知らねーのか?」
「いやー、わたしその頃はこういうゲーム全然興味なくって……バイトしてなかったからお金もなかったし……」
「……視界に入ると買えもしないのに遊びたくなるから、WT関連の話題は全部シャットアウトしてた。だから、去年より前の界隈のことは何も知らない」
「いかにもガキンチョらしい自己防衛だな。カワイイとこあんじゃねーかヒーロー」
「うるさいよ」
だって生殺しじゃんか。今の時代Xwitterやら何やらで流行りの話題は幾らでも勝手に流れてくるんだから、摂取しないためには自ら耳を塞ぐ以外の選択肢はなかったんだよ。まさか呟きの一つ一つにWTの話はするなと絡んで回る化け物になる訳にもいかなかったしな。そんな負の行動力持ち合わせちゃいないわ。
「はー、すっごいね……リベちゃんも女の子なのにゲーム上手くて羨ましいなーって思ってたけど、上には上がいたんだねえ」
「……引退したって言ったよな? 何が理由で?」
「知らん。3年前、二度目の公式大会直前になって突然姿を消した。そこまで含めて伝説扱いになってる」
「えー、どうしたんだろ……リアルで何かあったとかじゃなければいいけど」
「ま、今となっては知る由もなしだな。単に飽きちまっただけかもしんねーし、他にやるべきことが出来て卒業しただけかもしれん」
「……そう簡単に辞められるか? 全一だったのに?」
「そんなもんさ」
こんこん、と。
ソファに腰掛けたまま、ギーザーが爪先でチームルームの床を叩いた。
そこには確かに、白一面に舗装されたタイル張りの地面が広がっている。けれど
「所詮
当然だろ、と言うように。
その
そして翌日。
ゴーグルとスーツを外した俺には、制服姿で迎えるべき
「……ふあ……」
欠伸を堪えながら教室に入り、自分の席へと向かう。
新しい担任が何を血迷ったのか進級早々に席替えなんぞをやってくれたおかげで、俺は窓際最後方という教室内でのベストポジションを確保することが出来た。毎年1週間くらいは窓際最前方が指定席だったので、これは嬉しい誤算である。
で、隣の席には既に、出席番号順のままなら間違いなく隣合わせになる筈のなかった女子が腰掛けている。
ちらりと横顔を一瞥して、無言で席に着く。別段、挨拶を交わし合うような仲ではない。
「…………」
──
腰まで伸びた後ろ髪に、綺麗に切り揃えた前髪。どちらも綺麗に黒一色で、日本人形か何かのよう。人形といえば表情の方もそんな感じで、睫毛の映える切れ長の目といい整った顔の造形といい、『可愛い』よりも『美しい』の形容詞が似合いそうな少女ではあるのだが──
俺はまだ一度も、彼女の笑顔を見たことがない。
(……ま、笑顔なんざ見せた覚えないのはお互い様か)
何しろ、交わした言葉も一度きりだ。席替え直後、顔を合わせた際に『よろしく』『ええ』の一言だけ。それだけで俺達のコミュニケーションは終了した。隣の席のクラスメイトといっても、互いに関心がなければそんなものだ。
──実の名前も素顔も知らない相手でも、共通の趣味があればたちまち、打ち解けられることもあるというのに。
そう、
『いよいよ始まりました、第一回『Wasteland Titans』公式大会決勝! 奇しくもと言うべきか必然と言うべきか、プレイヤーランキング一位と二位の対決! 勝つのは無敵の絶対女王『serin』か、はたまた『Blade』が大人の意地を見せつけるのか──』
「────!?」
あ、しまった。イヤホン付け忘れたまま動画開いちゃったわ。
流石の元全一と言うべきか、『serin』の対戦動画は配信サイトで検索を掛けたらすぐに引っ掛かった。なのでホームルームまでの時間を有効活用して、こうしてスマホでその腕前を拝見させて頂こうかと思ったんだが……まさかの凡ミスと来たもんだ。授業中じゃなかったのが不幸中の幸いだな。いや、流石にその間は見ないけど。
「あ、悪い」
「う、ううん──」
とりあえず真っ先に動画を一時停止して、隣の渡良瀬に謝罪の言葉を送る。ごめんな、いきなりデカい音出してビックリさせたよな。だけど席を立ち上がるほどに驚かれるとは思わなかったぞ。渡良瀬ってもしかして意外とビビり症なのか?
まあそれはそれとして、イヤホン付けて再生再開っと。
『さあいきなりの真っ向勝負! この二人の斬り合いに待ちの時間は存在しない! ライフルも要らぬミサイルも要らぬ、最強の二人が握る獲物は互いに二刀のレーザーブレード! 息をも吐かせぬ剣戟を前に、正直もう私の実況が追いつかなァァァい!!』
うお、すっげ……。
実況者の言葉通り、それは息つく間もない攻防だった。『serin』の機体が右のブレードを振るえば、『Blade』もまた左の刃でこれに応える。それを決して立ち止まることなく、ブーストによるヒット&アウェイの要領で行っている。これだけ縦横無尽に飛び回りながら、どうして互いに一度の空振りも起きないのか。驚嘆に値する操縦精度である。
……これが天上人共の世界って奴なのか。一体どんだけ練習したら、この領域まで辿り着けるのやら──
「……あ、
──はい?
なんでしょう。お隣様から今、思いもよらない単語が飛び出したように聞こえたのですが。
具体的に言うなれば、苗字が呼ばれました。
「──え、あ、うん。何、どしたの渡良瀬」
「あの、あなたの見てるその動画、あの」
「ああ、えっと、これは……」
見て下さいよこのぎこちないやり取りを。俺も大概だがそれ以上に渡良瀬の挙動不審っぷりがヤバい。普段の取り澄ました表情が嘘のように狼狽している。そしてその視線は俺ではなく、机に置かれた俺のスマホの画面に全力で向いている。
……おっとお?
まさかのまさか、
「──もしかして、渡良瀬も遊んでたりする? WT」
「し──知らない、知らないわそんなゲーム。だから赤嶺くん、そんな動画見るのはやめなさい。最後まで見たって面白いことなんて何もないわよ」
「いや、動画とは関係なく面白いものなら既に見れてるというか……」
いかん、大して絡みもない相手に今の返しは調子に乗り過ぎたか。だがしかし本音である。渡良瀬凛音、お前はそんな喋り方だったのか。そしてそんなバレバレの嘘を吐く女だったのか。どう見たって知らない奴の
「訳の分からないことを言わないでちょうだい。いいから黙ってその動画を閉じて赤嶺くん、そして金輪際その存在を思い出しては駄目。忘れて。お願いだから」
「忘れろって言われてもな……なあ、この動画の一体何がそんなに問題なんだ? 何か渡良瀬にとってマズい内容でも入ってるのか?」
「だ──だって、その動画確か、公式の──」
『決着ゥゥゥゥゥ──ッ!! 白熱の決勝戦を制したのはやはり
うわなんてこった、決着の瞬間見逃しちまったよ。まあでもこっちは別にまた後で見ればいい、今はそれよりも渡良瀬だ。
ともすれば、こいつは。
『REDHero』の俺ではなく、
「ぎゃ────────!!」
「うおおおおおおおお!?」
などという牧歌的思考は、眼前の女の蛮行によって強制的に中断された。
奇声を上げた渡良瀬が、唐突に俺のスマホを奪い取ろうとしたのである。反射的に先に掴んだはいいが──マジかこいつ、無理矢理手から引っぺがそうとしていやがる! そこまでしてこの動画を終わらせたいのか!?
「ちょ、おま、何考えてんだ渡良瀬! 人のスマホを!」
「黙りなさい! 忘れて! 忘れろ! 忘れろビーム!」
「何がビームだ、先輩じゃなくて鵺さんみたいな見た目してる癖に──」
『それでは、若き王者に壇上へと上がっていただきましょう! ご覧下さい、本物です! 彼女こそが今大会の覇者にして、数多のタイタン乗りの頂点──』
あ、公式大会って顔出し有りなの? ということはこれ
てことはいよいよ、天才少女とやらの面を拝める訳だ。まあ知ったところで何が起こる訳でもないが、俺と同い年で当時の頂点に立ったっていう化け物にはそれなりに興味が──
「あ──あ」
『──『serin』です!!』
「────は?」
──腰まで伸びた後ろ髪に、綺麗に切り揃えた前髪。
どちらも綺麗に黒一色で、日本人形か何かのよう。
睫毛の映える切れ長の目、整った顔の造形。『可愛い』よりも『美しい』の形容詞が似合いそうな、そんな少女。
あどけなさこそ残しているが、それ以上に。
『はじめまして、『serin』です! 私、本当に嬉しくて──楽しくって、最高でした! 今まで生きてきた中で、今が一番、しあわせです!』
──13歳らしい拙さと、真っ直ぐさをありのままに曝け出して。
目尻に涙を浮かべながらも、画面の中の少女は、笑っていた。
「……………………」
いつの間にか、渡良瀬の動きが止まっていた。
インタビュー映像は未だに流れ続けているが、最早それを止めようとする素振りも見せていない。ただただ無言で、スマホに映る
そうだ。ここまで来れば、疑う余地はないだろう。
渡良瀬凛音。わたらせ、りんね。わたら、
──『
「……なあ、渡良瀬。お前、もしかして、セリ──」
それでも一応、最低限の確認を取ろうとして──
「……うっ……ううっ……」
──ぎょっとした。
未だに画面を凝視したままの渡良瀬が、ぼろぼろと涙を溢し唸っている。言うまでもなく、その表情は、笑顔ではない。
『どうしてこうなったんだろう』とでも言いたげな、苦悶と後悔を滲ませる、歪み切った表情だった。
呆然と、その顔を眺めることしか出来ない。慰めの言葉すら出てこない。『どうして』と言いたいのは俺の方だ。何一つとして、この状況が理解出来ない。
なあ、渡良瀬──
──『今が一番しあわせです』だなんて言って、心の底から、笑っていたのに。
どうして──
きーん……こーん……かーん……こーん……。
「「……あっ」」
シチュエーション的にあまりにも場違いなその音で我に返り、それからすぐに、場違いなのは俺達二人の方なのだと気が付いた。
静まり返った教室内。クラスメイト共の視線は当然、俺と渡良瀬に全集中していた。
「…………っ!!」
「え、あ、ちょっ──おい!?」
艶やかな黒髪を翻し、床を蹴って駆け出す渡良瀬。あっという間に後ろの扉から廊下へと飛び出し、その姿は見えなくなった。脱兎の如く、としか呼びようのない素早さであった。
「──おい、どこ行くんだ渡良瀬。早退かー? おーい──足速いなあいつ」
で。
入れ替わるような形で、前の扉から入ってくる担任。
とっくの昔に着席している俺以外の全員と、置いてけぼりを食らって阿呆の如く立ち尽くしている俺を見やって。
謎の笑顔と共に、この一言。
「
「誤解です」
俺のせい以外の何物でもないんだけどさァ!!
その裁決はあんまりじゃねえかなァ!! 弁護士を呼べ弁護士を!!