VRロボゲの元絶対女王を隣の席の俺が幸せにするまで   作:Amisuru

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渡世輪廻(わたらせりんね)

 

 

 なんとか耐えました。

 

 

「ごくっ……ごくっ……ぷはぁー……」

「なんだかおじさんくさいわ赤嶺くん」

生命(いのち)の味がする……」

「そんなに」

 

 

 ただのポカリが聖水か何かのように感じられる。いや、聖水って普通飲むものじゃなくてぶっ掛けるもんか。アモールのみずか何かと勘違いしてるわ。

 ちなみにコンポタ代は渡良瀬が出すと言ってきたが、丁重にお断りさせてもらった。こいつから飲みたいと言い出した訳でもないのに、たかだか缶飲料一本で割り勘というのも器が知れる。

 まあ俺が使ってるのも小遣い(親の金)なんだけど。偉そうに器がどうとか言える立場じゃないです。生意気言って申し訳ありませんでした。

 

 

「──さて。どこまで話したかしらね」

「……俺の口から言わせる気か?」

「冗談よ。哀れな渡良瀬凛音14歳が、仮想(ゲーム)現実(リアル)の両方でぼっちと化したところまでだったわよね」

「……お前さ」

「なあに?」

「……いや、何でもない。続けてくれ」

「……うん。続ける」

 

 

 一瞬だけ、地が見えた。

 そう──最早、言うまでもなく。

 公園(ここ)に来てからずっと渡良瀬(こいつ)は、虚勢を張っている。

 素面(しらふ)では口に出来ない苦い記憶を、その名の如く──()とした仮面(ペルソナ)を被ることで、覆い隠して。

 辛い思い出を軽薄な言い回しで誤魔化して、重い空気を作るまいとしている。

 笑い話に、()()()()()()()()

 ならば俺は、その心意気を汲むべきだと思った。たとえ痩せ我慢が透けて見えたとしても、わざわざ藪をつついて蛇を出す必要はない。

 ──仮面を剥ぐのは、全てが終わった後でいい。

 

 

「本の話をしましょうか、赤嶺くん」

「は?」

 

 

 が、それはそれとして。

 また突拍子もない話が始まりそうな気がするぞ。

 

 

「聞きたいことリストの続きよ。言っていたでしょう? 『読んでる本の話でもいい』って。そのリクエストにお応えしましょうと言っているのよ」

「……いや、確かにそれはそれで気になるが、今は──」

「聞いて、赤嶺くん。……お願い」

「……了解」

 

 

 ……訂正。

 あながち、突拍子もない話でもないのかもしれない。

 話に入る前に、渡良瀬は手元のコンポタ缶に口を付け、一口だけ飲み、息を吐いた。

 本格的に走り出す前の、助走のような仕草だった。

 

 

「中学生の御多分に漏れず、私も当時はいわゆるライトノベルというものを愛読していたわ。特に好んでいたのが、()()()よ。赤嶺くんはお読みになる? 転生物って」

「……まあ、割と読むよ。好みの作品もそこそこある」

「そう。ジャンルに対して偏見がないのは結構なことね。ところで、転生物の定番といえば異世界転生だけれど──他にも色んな、転生先があるでしょう? 主人公の好きな漫画やアニメ、それから──」

「…………」

「──()()()()()()()()()。14歳の私はとりわけ、それを題材とした作品に自己投影していた」

 

 

 ……あれだけ勢い良く飲み干して、潤った筈の喉が。

 再び渇き始めるのを、感じた。

 

 

「……お前、まさか──」

「ええ、そのまさかよ。仮想(ゲーム)にも現実(リアル)にも居場所のなくなった私が、唯一必要とされる場所──それはもう、()()()W()a()s()t()e()l()a()n()d()()()()()愚かな愚かな渡良瀬少女は、本気でそのような夢想を抱いてしまっていたのよ」

 

 

 ……それは、最早。

 14歳(厨二病)という理由で、片付けていい話ではなかった。

 WT(ウェイタン)の世界に転生する──それは即ち、本物の戦場に身を投じるということだ。遊び(ゲーム)ではない、生きるか死ぬかの命の奪い合い。そして、何より──

 

 

 ──『serin』の身体と引き換えに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

 

「ちょうど読んでいた小説の導入が、こんな感じだったのよ。主人公は最強と謳われた天才ゲーマーだったけれど、ある日突然ゲームの最中に心臓発作で帰らぬ人となってしまう。ところが次に目を覚ました時、彼が立っていたのは夢にまで見たゲームの街の中だった──まあ、実にありふれた冒頭部分(オープニング)よね」

「…………」

「そこで私は思いついた。──()()()()()()()()()、と」

 

 

 ──吐き気がする。

 飲み物を買いに行った時より、よっぽど。

 

 

「計画を阻止されないために、両親にはこう言い含めた。『もうすぐ二度目の公式大会があるの、連覇したいから絶対に練習の邪魔をしないで』──練習なんてしなくても、もう誰も私に勝てる相手なんかいなかったのにね。その頃にはもう父は仕事が忙しくてWTなんてほとんど触っていなかったし、兄は進学と同時に一人暮らしを始めて家にはいなかった。そして母には、一切のWTの知識がない──もう誰も、私を止められる人はいなかった」

「…………」

「──そうして、その日。私は()()を、実行に移した」

 

 

 ……もう、誤魔化しようがなかった。

 どれだけ軽い調子で語ろうと、道化に徹しようとも。

 

 

「休憩も睡眠も一切取らず、ぶっ続けでランクマッチへと潜り続けたわ。あわよくば──ブレイドでなくてもいい、()()()()()()()()()()()()()を期待してね。けれど結局、最後の最後までそれは叶わなかった。そうして私は勝って、勝って、勝ち続けて──」

「…………」

「──唐突に、それは訪れた。締め付けられるような痛みが胸を走って、息が詰まって、視界に靄が掛かり始めた。対戦中だったけれど、当然もう、操作を続けることなんて出来なかった。ただ、その時私はこう思ったわ。ああ──()()()()()、って」

 

 

 渡良瀬(こいつ)が今、やっているのは。

 紛れもない──

 

 

「そうして無抵抗のまま、『ヘルディン』は相手に撃破された。画面に映る『お前の負けだ(YOU ROSE)』の文字を、鼻で笑ってやったわ。私は負けてなんかない、計画通りに作戦目標(ミッション)を達成したんだ──ってね」

「…………」

「そして──私の意識は、そこで途切れた。かくして私は14年の儚い生涯に終わりを告げ、電子の紛い物ではない本物の荒野(Wasteland)に──」

 

 

 

 

 

「──()()()()()()()()()筈だった」

 

 

 ──自殺未遂(じぶんごろし)の、告白だった。

 

 

 

 

 

 話を切った渡良瀬が、再び黄色の缶に口を付ける。

 水分補給。何でもない、人間として当たり前の行為。

 命を繋ぎ止めるために、必要な行為だった。

 

 

「──気が付くと、病院のベッドの上にいた。たまたまその日家へと帰ってきていた兄が、倒れている私をすぐに見つけて救急車を呼んでくれたらしいの。あと少しでも発見が遅れていたら危なかったって、お医者様に言われたわ」

「…………」

「……目覚めてすぐに、母に身体を抱き締められた。父も母も仕事を切り上げて、私のために病院に来てくれていたのよ。ひたすらに泣きじゃくりながら私を抱き締め続ける母の有様に、私はようやく、自分がどれだけ愚かなことをやろうとしていたのかに気付かされた──ただ」

 

 

 そこで二つ、震えがあった。

 缶を持つ手と、吐き出す声。

 堪え切れないというように、どちらも僅かに、揺れていた。

 

 

「その一方で、こうも思った。ああ──()()()()、って」

「…………」

 

 

 ……当たり前だ。

 そう言いたくなる自分を、無理矢理黙らせた。そんなことはもう、今の渡良瀬だって百も承知に違いないから。

 最強ゲーマーがゲーム世界で無双するとか、異世界転生者がチートスキルで無双するとか。スローライフがどうとかハーレムがどうとか、そんなものは、全部。

 

 

 御伽噺(つくりばなし)だ。

 現実に起こり得ることじゃない。

 

 

 読者(おれたち)だって、そんなことは重々承知の上でそれらの物語を楽しんでいる。あったとしても妄想のネタにするくらいがせいぜいで、本気で()()を夢見て自分殺しを実行に移すような輩は、それこそ──

 ……かつての渡良瀬(こいつ)のように、現実の居場所を失った奴くらいのものだろう。

 そんな追い打ちを掛けるような言葉、口に出来る筈もないけれど。

 

 

「……退院してすぐ、私は母の手で精神科へと通わされることになったわ。嗜癖(しへき)行動症群──いわゆるゲーム中毒者の疑いがあるからってことでね。当然、間近に控えた公式大会への出場は取り止め。デバイスも全て処分されて、私の手から完全にWTという存在は切り離された」

「…………」

「──実はね? 第2回の結果次第では、プロゲーマーになる道もあったのよ、私。前々から誘いを受けてはいたのだけど、プロになったところで私以外の誰かが強くなってくれる訳でもなし、何が変わるんだろうと思って返事を保留していたの。けれど結局、その話も立ち消えになった」

「…………」

「スカウトの方はこう言ったわ。『渡良瀬さん、君は紛れもなく最強のWTプレイヤーだが──職業人として、大人として。自分の命を危険に晒すほどゲームに()()()()()()()()()ような子を、選手として雇う訳にはいかない』と。至極真っ当な判断だったと、そう思うわ」

 

 

 ……そうだろうな。

 万が一再発でもしたら、責任を負うことになるのは会社側だ。戦力としては申し分なくとも、背負うリスクが余りにもデカ過ぎる。

 職業遊戯者(プロゲーマー)にとって、ゲームは遊戯(あそび)ではないのだから。

 

 

「──こうして人生の全てとも言えるWTを失った私は、それまでの遅れを取り戻すように学業へと没頭した。少しでも良い高校に通って両親を安心させてあげたかったし、私を家で一人にしないよう仕事を辞めてしまった母に対する負い目もあった。その結果どうにか、都内有数の進学校である今の高校に入学することが出来た」

「…………」

「けれど結局、WTに代わる人生の支えになるようなものは見つからなかった。普通のゲームや漫画、アニメに浸ることは許されても、()()()──VRゲームだけは絶対に、母は手を出すことを許さなかった。……当然よね? 実の娘を死に追いやりかけた、悪魔の玩具(おもちゃ)だもの」

 

 

 ……完全に、合点が行った。

 何故渡良瀬の母親が、渡良瀬のゴーグルを叩き落とすような蛮行に及んだのか。

 渡良瀬の母親から見た、WTをプレイする渡良瀬の姿というのは──

 

 

 克服したと思っていた筈の薬物中毒者が、隠れて薬物を摂取する瞬間を目の当たりにしたような。

 ましてやそれが、実の娘であったなら。

 

 

 ……つくづく、昨日の自分は短慮だったと思い知らされた。

 渡良瀬の母親は真っ当に、人の親として為すべきことを為していたのだ。

 

 

「そうして出来上がったのが、今の私。最低限の外面だけは取り繕おうと思って、張りぼての凛々しさを身に纏った──()()以外に何も持たない、空っぽの私」

「…………」

「以上、長きに渡る昔話はこれで終わり。──たった一人の観客(オーディエンス)になってくれたあなた、良ければ感想を聞かせてもらえないかしら?」

「…………」

 

 

 それで、ようやく。

 随分と長い間、黙りこくっていたことに気が付いた。

 途中から口を挟まなかったのは、何も言うべきことがなかったからだ。俺が感じたことの全てを、渡良瀬(こいつ)はもう、理解しているだろうと思ったから。

 その上で尚、何か一言を求めるというのなら──

 

 

「……馬鹿なこと、したな」

 

 

 口にするまでもないことを、口にするしかなかった。

 同情だとか、共感だとか、そんなものは一切求められていないと思った。

 してやる気も、なかった。

 

 

 それを証明するかのように。

 目の前の馬鹿は可笑しそうに、唇を歪めて、言った。

 

 

 

 

 

「──ええ。本当に」

 

 

 

 

 

 かくして無事に、こいつの思い出の一切合切は、笑顔の下に締め括られることとなった。

 ()()()()()()()

 だからみんな、どうか盛大に笑ってやってくれ。

 転生なんてものを夢に見た、一人の馬鹿女のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごくっ……ごくっ……ぷはぁー……」

「……既視感(デジャヴ)

「水分なんてナンボあってもいいですからね」

「この場合心配しないといけないのは糖分の方だと思うわ赤嶺くん」

 

 

 まあ単純な水じゃないもんな。それに水でもそれはそれで飲み過ぎると低ナトリウムがどうとか言ってヤバいことになるんだっけか。前にギーザーが雑談の最中にそんな話してたわ。

 水分にせよ糖分にせよ、摂り過ぎというのは良くない。何事も過剰摂取というのは、身体に害を及ぼす行為に違いないのだから。

 栄養にせよ、遊び(ゲーム)にせよ。

 

 

「……そういや一つ、解けてない謎があったな。新しいデバイス、あれは結局誰が用意してくれたんだ?」

「──兄よ。前のデバイスが処分された後、母に内緒で買ってきてくれたの。『リン。いつの日かきっと、君は再びこれを求めるようになるだろう。だから一足先に、未来の君へと今の僕から贈り物(プレゼント)だ』──って」

「……お前のお兄様マジで何者なの?」

「兄だけれど?」

「その一言で何でも解決出来ると思うなよ」

 

 

 デバイスプレゼント作戦をガチで実行に移してた人が既にいましたとさ。俺のやりたかったこと大体こいつの身内に先回りされてんな。別にいいんだけど。

 渡良瀬の兄。『君は天才だ』と持ち上げ、渡良瀬の才能を全面的に肯定していた男。こいつはきっと、妹の心が電子の荒野(Wasteland)に留まり続けているのを察していたんだろう。

 だから前もって、必要なものを用意していたのだ。

 いつでも渡良瀬が、こいつの魂の場所へと帰ってこられるように。

 

 

「……まあとにかく、兄貴は味方にカウントしていいってことか。僅かながら勝算が見えてきたな」

「──勝算?」

「そうだよ。何せ人として正しいことやってんのは100%母親(あっち)の方なんだからな。その上で道理を捻じ曲げようって言うんなら、身内の一人や二人くらいはこっちに付いてて貰わないと──そうだ、父親の方はどうなんだ? 今回の件についてはもう伝わってるのか?」

「…………」

「……渡良瀬?」

 

 

 何故そこで黙りこくるのか。というかそろそろ、昔話モードからテンションを切り替えて貰わないと困るんだが。

 確かにまあ、重い話には違いなかった。人によってはドン引き物で、もうこいつに関わるのは辞めようとか、手を貸すに値しないとか、そういう結論に至る奴も世の中にはいるのかもしれない。

 けれど、俺は。

 こいつの友達で、戦友(ともだち)だから。

 打てる手は打つ。こいつを荒野に連れ戻すためなら。

 

 

「──赤嶺くん。あなたは、本当に……」

 

 

 そこで、唐突に。

 ずっと平静を保っているように見えた渡良瀬の表情が、くしゃりと歪んだ。

 涙を流す一歩手前で、踏み留まっているような。そんな顔をしていた。

 

 

 けれどそれは、僅かな間のことで。

 目尻を手の甲で拭ったかと思うと、次の瞬間には、元の渡良瀬の表情へと戻ってしまっていた。

 仮面(ペルソナ)で感情を覆い隠した、空虚な表情の黒髪女へと。

 

 

 そんな顔で、こいつは。

 今日幾度目かとなる、唇だけの笑みを浮かべて。

 

 

「──ねえ、赤嶺くん」

「……何だよ」

「私──改めて、あなたの望みを叶えてあげる」

「……あ?」

 

 

 俺の目を真っ直ぐに見据えて。

 言った。

 

 

 

 

 

「──()()()になりましょう、赤嶺くん。あなたと私──今度こそ、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 その言葉は、まるで。

 異世界人(エイリアン)が口にする、未知の言語のようだった。

 

 

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