VRロボゲの元絶対女王を隣の席の俺が幸せにするまで 作:Amisuru
──わたしの人生は、ずっと。
羊さんの見せる夢の中みたいに、
『ゆめちゃんはかわいいねえ』という言葉が、親戚の人達がわたしに会う時の決まり文句だった。お父さんもお母さんも、何かにつけてわたしをそうやって甘やかした。『かわいい』『かわいい』と。
小さい子供で、知識も学も何もなくて、ただ
だから、幼いわたしはいとも容易く勘違いした。
『
鼻持ちならないことを、言わせてもらうと。
22歳の冬を迎えるその瞬間まで、わたしの人生は割とイージーモードだった。
勉強だってそれなりに出来た。身体を動かすことは正直苦手だったけれど、それだって愛嬌の一言で片が付く。
だって、わたしは可愛いから。
ちょっとした失敗があっても、あははと笑って『ごめんねー?』って言えば、大抵のことは許してもらえた。特に男の子からは。
女の子からはまあ、陰で色々言われてたりもしたみたいだけどね。どうでもよかったよ、正直。
だって、わたしは可愛いから。
ね? ホントに無敵の言葉じゃない? これって。
……ああもう、うるさいなあヒーローくんは。すぐわたしのこと虐めるし。泣かせてくるし。年下の男の子だから大目に見てあげてるけど、いつか本気でおこるよ? や、その一歩手前くらいで流石にやり過ぎかなって気付いちゃうあたりが、ヒーローくんの賢しいところなんだけど。
きみはその台詞好きみたいだけどね、わたしはあんまり好きじゃないよ、正直。
だってわたし、ポジティブな場面で使えないもん。その台詞。
ちょうどほら、今みたいにね。
「──さて。差し支えなければ、自己紹介からお願い致します」
「よっ……ようみやゆめ、でしゅ……」
「御年齢は?」
「に、にじゅーさん……」
「御職業は何を?」
「ふっ……ふりっ、あえっ、ふりっ、あ、えっ……」
おお……もう……。
見ていられない。あの恐怖政治の
いや、古いゲームなんだけどね。オートマタから遡って頑張って全エンド見たよ。Eエンドまで。本当に、本当にありがとうございました。いや何もありがたくないが? あんな結末を迎えるために音ゲーに挑んだ訳じゃあないんだが?
「……お母さん。本当の面接じゃないんですから、そういった当人のプライバシーに関わるようなことを聞く必要はないんじゃないでしょうか」
「あら──失礼致しました。いけませんわね、やはりこの格好になると母よりも職業人としてのわたくしが表に出てしまって……どうか御無礼をお許し下さいませ、ユメ様」
「は、はひ……」
流石にこれはいかんと思って助け舟を出す。とはいえ、この調子では質問の内容が変わったところでどうにも──
どうしたんだユメさん。持ち前の図太さを一体何処へと捨ててきたんだユメさん。この一年間チームの中で完全にお荷物だったにも関わらず、試合が終わればケロッとした顔で俺達と漫才に興じていた面の皮の厚さは何だったんだユメさん。ユメさん!
いやケロッとはしてなかったな。毎回のように泣くことは泣いてたな。というか大体俺が泣かせてたわ。ごめんなユメさん、でも毎回のように隙を見せるユメさんも悪いんだよ。たまにこいつわざとやってんのかってレベルで腹を差し出してくるからなこの人。そしたらもう殴るしかないよね。いわゆる誘い受け体質ってやつなんだと思います。ユメ子が悪いんだよ……。
「では趣を変えまして──と言っても結局、面接のようなことを御伺いしてしまうのですが。ユメ様が件のゲーム、『Wasteland Titans』とやらを始めたきっかけは一体、何だったのですか?」
「しゅっ……しゅーしょくできなくて、なんにもやることなくなっちゃって、それで……」
「……それは、つまり──」
──マズい。
大失言だユメさん。いや実際のところ、この世の全てのゲーム──いや、ゲームに限った話じゃない。ありとあらゆる娯楽物に触れる理由なんて、究極的には
今のお母様を相手に、その
「──あなたは
「ち──ちがっ、わたし、わたしは──」
そう見做されてしまえば。
お母様はきっと、ユメさんのことを
──最初に『あれ?』って思ったのは、進路選びの時だった。
特に何も考えず、自分の
ところが。
当時のわたしの友人には、大学には通わないという決断をした子達がちらほらいた。専門学校だったり高卒で就職だったり、すごい子だと卒業して即付き合ってる男の子と結婚するんだー、みたいなのまで。
うん、別にいなかった訳じゃないんだよ同性の友達。まあさっき言った陰でぐちぐち言ってるような子も入ってるけどね。わたしもわたしで好き放題言ってたからお互い様だよ、その辺は。
まあとにかく、なんでそうしたのかなーって興味本位で訊ねてみるとですね? こんなお返事を頂くわけですよ。
……やりたいこと。
これが多分、わたしが道を踏み外した原因その1。
お母さん曰く。
わたしの
一つは読みの方。名前の通りの
そしてもう一つは、字の方。
余計なお世話もいいところの、
結論からお話ししましょう。
わたしはまだ、彼氏いない歴=年齢です。
いやね? はっきり言ってモテたよ? 両手足の指合わせても数え切れないくらい告られたよ? でもね、全然、これっぽっちも、
男の子だけじゃなくて、全てにおいても。
わたしは、生まれてこの方。
これが多分、わたしが道を踏み外した原因その2。
おかしくない? って思ったかな。わたしの心を覗いている誰かさん。そんなものいる訳ないけど、まあこの際イマジナリーでいいからさ。わたしの話を聞いて下さいよ。
思ったよね。だってお前オタクじゃん、って。ダイナゼノンもマクロスプラスも、ライディーンもドンブラザーズもガンダムWも何でもかんでも知ってたじゃないか──ってさ。
あれはですね。
全部
わたしね? 自分自身は
でも今の世の中、ちょっと調べれば
けれどもし、
わたしの可愛い相方。
この一年でまあ少しは、愛着みたいなものが湧いてきたような気もする、『
だからわたしはいつも、本気の本気でこう言うのだ。
『○○のことはわたし全然わかんないな』──と。
要するに。
わたしは
お母さんごめんね。いつか気が向いたら、市役所行って改名の手続きをしようと思うよ。
羊宮『
「はっ……はっ……はっ──」
「お、おいユメ──」
──くるしい。
目的意識もなく入った大学での4年間は、わたしに何の変化も齎すことはなかった。だからわたしは、将来の展望も何もないまま、まあ入ればなんとかなるだろうくらいの気持ちであっちこっちの企業へと面接に臨み──
──ものの見事に、全敗した。
ぶっちゃけ志望動機とかテキトーで良くない? わたしならほら、あるじゃん。いわゆる
まともに声が、出せなかった。
高校や大学の面接とは訳が違う。一度就職してしまったら、その
──『ここにします!』という気持ちで声を発することが、どうしても出来なかったのだ。
これがきっと、わたしが道を踏み外した原因その3。
だけど──
「ちがっ……ちがう、わたしっ──」
「……ユメ様? 大丈夫ですか?」
──そうだ。
WTを始めた理由が現実逃避というのは、その通りだ。認めるしかない。就職に失敗して人生設計が粉々になったわたしの前に提示された、別世界への入場券。
それに惹かれて、わたしはなけなしのバイト代で
『イノセンス・モラトリアム』──大学での無為なる4年間、或いはわたしの20余年の人生全てを肯定してくれるような、
「──
「あ──……」
──空っぽのわたしを、
それこそが、今のわたしがWTを続けている一番の理由なんだ。
チームに入りたての頃、ギザさんにこっそり訊ねたことがある。どうしてこんなチーム名にしたの? って。
正直、このおじさんがこんな洒落たチーム名を思いつくようなタイプには見えなかった。それで聞いてみたら案の定
それをわたしは、知りたかった。
わたしを惹きつけたその言葉を、この眼帯の大男さんはどういう気持ちで
『あー……ま、なんつーかな。オレもおめーらと同じってことだよ』
『……おなじ?』
『
『……見つけたと思ったのに、いなくなっちゃうなんてこと、あるの? 自分のことなのに?』
『知らねーのか? この世で一番信用出来ねーのは自分自身なんだぜ。横島忠夫もそう言ってらあ』
『……だれそれ?』
『あー……そりゃそーか、知ってるワケねーよな。おめーが生まれる前の漫画だもんな……』
そう言ってぼりぼりと頭を掻くおじさんの姿が、なんだかさみしそうに見えたから。
WTをログアウトしてから調べる癖を付けるようになったのが、今のわたしを創り上げたきっかけ。
だから今のわたしはちゃんと、GS美神のことは全然わかんないなって言うことが出来る。
や、ちゃんと理解るようになれよって話なんだけどね。時間もお金も足りなくってね。フリーターなので。
『まあとにかく、言い訳みてーなもんだよ。ウチのチーム名は』
『……いいわけ?』
『
『……ちなみにさ。その
『あん? あー……そのまんま、『無罪モラトリアム』でググれ』
それで元ネタ調べてビックリしたっていうか、意外だったよね。
このおじさん、林檎ちゃんとか聴くんだ……って。
わたしの予想だけどね、本人の趣味じゃないと思うよ、きっと。
『彼女さんの影響?』って聞いた時、すっごいきょどってたもん、このひと。
ほーんと、人は見た目によらないよねえ。こんな路地裏占拠してそうな見た目のおじさんがね。
いやその頃は、
『……でもそれ、いつまで経っても見つからなかったら結局サボりと変わんなくない?』
『……結構痛いとこ突くのな、おめー』
『だってわたし、
『わたあめ作りでも極めたらいいんじゃねーか? 祭りの人気者になれるぜ、夏場は特に稼ぎ時だな』
『まじめにかんがえなさい』
『だああああいてててて! おめーバカ野郎、このゲーム
『うそ……ギザさんってそんな歳なわけ……? おじさん通り越してもうおじいちゃんじゃん……』
『ジジイで悪かったなジジイで! 人間なんて30後半になりゃ途端にガタが来るように出来てんだよ! 格闘漫画に出てくる5060の達人とかな、あんなモン全部嘘っぱちなんだからな!』
『うーん、わたしそういうの読まないからよくわかんないな……』
これも今なら、なんとなくわかる。独歩ちゃんとか本部さんとか渋川おじいちゃんの話をしたかったんだろうな、くらいのことは。
範馬刃牙くんのことはわたし、全然わからないので。
本当にわたし、ギザさん達と出会ってから女の子らしくないことばっか
こんなんじゃわたし、
『……まーとにかくだ。こういうのはな、きっかけってのが大事なんだよ』
『──きっかけ?』
『そーだ。空から女の子が降ってくりゃ天空の城を探す冒険が始まったりもするし、ある日どっかのトンネルを抜けたら神隠しに遭うことだってあるかもしれねえ。それまではパズーも千尋も、どっちもただのガキだったんだぜ』
『……ギザさん、頑張ってわたしにも理解るような作品で喩えようとしてます?』
『……そういうのは気付いても言わなくていいんだよ』
本当に、こういうところが見た目によらないよね。
多分これは、ヒーローくんも知らない一面だと思うよ。このひとの。
『そっかあ……ギザさんはそういうのを待ち続けてたら、いつの間にかそんな歳になっちゃってたんだねえ』
『ばっ、オレの話はどうだっていいんだよ! おめーまだ22なんだろ!? 全然慌てるような歳じゃねーって言ってんだよ!』
『……そうかなあ。なんかそう言ってる間に、あっさり10年20年くらい過ぎちゃいそうな気がする……』
そう言って。
わたしは視線を落として、
わたしの
将来の夢がどうとか結ばれる愛がどうとか、そういう面倒なことを何一つとして考えずに済んだ頃の──
ただの、ユメ。
本当に、いつまでもこのままでいられたら、どれだけ幸せだっただろう。
──恋の一つもしないまま、大人になってしまった。
そうやって気が付いたら、しわくちゃのおばあちゃんになって。『可愛いね』なんて言葉、誰からも貰えなくなっちゃって。
子供にも孫にも看取られずに、独りぼっちの寂しい
誰とも結ばれ、愛し合うこともないままで。
『……なら、いつまでも居ろよ。10年でも20年でも』
『……へっ?』
そんなわたしに。
急にこのおじさんは、とんでもないことを言い出した。
『おめーみてーな奴がいる限り、オレはこのゲームを遊び続けてやる。そんでもって、おめーの気が向いたら勝手に出て行きゃあいい──つっても、
『────』
『とにかく、そうなりゃオレがこんなチームを創った甲斐も出てくるってもんだ。嘘から出た実って訳じゃねーが、オレ一人の言い訳で終わらせるよりよっぽど──』
『──ぷっ、あはっ──あははははっ!』
『あァ!? てめー今ガチで笑ってんだろコラ! アバターが真顔でも声で判んだよ声で!』
『だ、だって──ギザさんそれ、本気で言ってる……?』
生まれて初めて、馬鹿馬鹿し過ぎて笑ってしまうという体験をしてしまった。
幾らなんでも、勢いだけで喋りすぎだよ、おじさん。
『10年も20年も遊んでる訳ないじゃん、こんなゲーム。ただでさえ今も何が面白いのかよく理解ってないのに』
『さらっととんでもねーこと言いやがったなこいつ……』
『それにさ。ギザさんの言い分だと、まるで
『ばっ、おめーそういうのじゃねーよ! 大体な、
『えー、今時そういうの幾らでもあるじゃん。それにさ、ワンチャン
『あー、あれこそまさに事実は小説よりも奇なりってやつだな……つーかおめー、自分でフツーの大卒フリーターっつってただろーが』
『そんな設定もあったね』
『今までのてめーの全てを根本から覆すようなこと言うのやめてくんねーか?』
とまあ、そういうワケでね。
別にこのひとに矢印向いてるとか、そういうのは一切、これっぽっちもありえないんだけど。
このおじさんとのやりとりは、まあまあ退屈しないということが理解ったので。
『──ま、でもいいよ。飽きるまではわたし、ここにいてあげます。泣いて喜びたまえ』
『なんで上から目線なんだこいつは……ま、そりゃ何よりだ。そのうちおめーも理解るようになるさ、WTの魅力ってやつがな」
『……飽きるって、
『あ? なんだって?』
小声で放ったぼやきは聞かれなかったらしい。一安心。
や、別に聞かれてもよかったんだけどね。深掘りされて変な空気になっても困っちゃうからね。
それだけですよ。
──かくしてわたしは、ギザさんの語るきっかけとやらを気長に気長に待ち続けて。
気が付いたらあっという間に、一年の時が過ぎてしまいました。
ああ、こりゃ冗談抜きで10年20年コースかもしれないなあとか思いつつ。
最近はもう、それでもいっかと思い始めていたのです。
だけど────
──今。
わたしは本当に、
止まっていた時間を動かすもの。立ち止まっていたわたしの心を、前へと進める原動力になるもの。
わたしの、
わたしが初めて、この子と出会い──目の前のお母さんにバレかけて凹んでいたこの子を、慰めるように抱き締めた、あのときと。
「……セリン、ちゃん……?」
──びっくりした。
パニくって視野が狭くなってたから、セリンちゃんが近づいてることにまるで気付かなかった。
いつもそうだ。WTで敵さんに近付かれた時なんかも、わたしはすぐにテンパって相手を見失ってしまう。それでそのままあっさり墜とされて、みんなを残して一人で泣く羽目になるのだ。いやホント、難し過ぎるよあのゲーム。素人には敷居が高過ぎるんじゃないかなあって思います。モダン操作とかそういうの実装してほしいよね。ギザさんに言ったら格ゲーじゃねーんだからよって返されたけど。
そんな話はどうでもいい。
一体、何が──どうして──?
「……大丈夫。お姉様、大丈夫……」
「────」
「……自信を持って。言えるよ、きっと。あなたは、私の──お姉様だもん」
そう言って、新しく出来たわたしの可愛い妹分は。
わたしの髪に指を絡ませ、落ち着けるように頭を撫でてくれている。
あなたの真っ直ぐで綺麗な黒髪とは違う、美容師さんに頼んで
それが確かに、揺れている。
わたしたちが今いるこの場所は、
……ああ、そっか。
今度はあなたが、わたしのことを救けてくれたんだ。
自分自身がからっぽのわたしは、昔からグループの中で役割を演じるのが得意だった。学校生活の中では、ちょっぴり抜けたところもある愛嬌満点の親しみやすい女の子。そして──
──『イノセンス・モラトリアム』では、ヒーローくんとリベちゃんを見守る大人のお姉さん。
だからわたしは、中身が
でもヒーローくんより子供だとは思いたくないです。や、多分あの子の方がずっとわたしなんかより考えとかもちゃんとしてて、こんな面接
なんていうかね。根っこのところは同レベルだからさ、きっと。
だから──わたしも今は、負けたくない。
空っぽのわたしのことを信じて、支えてくれている──
──
ならなくちゃ、いけないんだ。
「……ありがと」
もういいよ、と言うように。
セリンちゃんの頭の裏に手を回して、ぽんぽんと叩く。ついでにちょっと、髪を軽く撫でてみたりなんかして。
ああ──やっぱり。
「ごめんね、みっともないとこ見せちゃって。お姉様失格だったね、わたし」
「そんなこと──」
「あるよ。そこは否定しなくても大丈夫。だから──
そう言って。
唐突に始まったわたし達だけの世界を前に、呆然としている
そういえばあなた、昨日言ってましたよね。
いいよ。見たけりゃ見せてあげる。その代わりにわたしは、あなたのこと全然見えなくなるけど──関係ない。
裁決を下すのはあなた。見てもらうのが、わたし。
だったらとことん、ありのまま──
眼鏡を、外した。
ええ、裸ってそういうことです。
一体何を想像したのかな? いけませんよ? えっちなのは。
そういうのはわたし、大事な人にしか晒さないって決めてますので。
一生隠し通したままで、終わりそうだけどね。
「……聞いて下さい、お母さん」
声を掛けたはいいけれど、わたしの目にもうそのひとはぼんやりとしか映っていない。
ホントね、WT始めるまでゲームなんて全然触ったことなかったのにね。何が原因でこんなに悪くなっちゃったのかな、わたしの目。眼鏡しながらじゃゴーグルも掛けられないから、WTやるときはコンタクトだよ。めんどくさいから普段は眼鏡だけど、これだけ悪いと度ががっつり入ってるの選ばないといけないから、可愛いデザイン探すのもなかなか大変。
もしかしたらそれも、このひとの言うとおりなのかもしれない。
見たくもない
そんなオカルトありえませんって言いたいよ、ホント。
原村和ちゃんのことはわたし、全然わかんないけど。
「あなたの言うとおり、わたし──
「────」
「何なら今も見えてません。あなたが今どんな顔でわたしのことを見ているのかさえ、わたしの目は確かめることが出来ない──
目の前のひとは何も言わない。代わりに誰かの、鼻を啜るような音が聞こえるだけ。
締まらないなあ、こんなときに。ヒーローくんかな? それともギザさん? まあ4月だからね、わかるよ。お鼻がむずむずしちゃうのは。
でも今は、ちょっとだけ堪えてくれると助かるかなあ。
羊宮結愛23歳、一世一代の
「けれど──そんなわたしでも、
そう言って。
わたしにくっ付いたままの、可愛い妹の肩をがっしり、抱き留めた。
もう絶対に、手放さないぞと。
別の世界になんて、逃してあげないぞ──と、このひとに見せつけるように。
「正直わたし、未だにWTの何が面白いのか理解ってないです。だからずっと、上手くなろうとも頑張ろうともしてませんでした。控えめに言ってカスです」
「「おい……」」
「だけど今──わたしの隣には、
「お姉様──」
「WTっていうゲームは、その世界へと飛び込みたくなるくらいに夢中になれる、最高に面白い
「────」
「だから──お願いします、お母さん。どうかわたしに、わたし達に──」
深々と、頭を下げる。
この際もう、わたし自身の将来なんかはどうでもいい。いやホントは全然よくないんだけど、その話は一旦置いておきます。しのびごとの話は全然わかんないけど。
わたしもヨダカくんと同じで、苦手だからさ。
何よりこれが、本当に。
心の底から、今のわたしが成し遂げたい──
「──もっと、ちゃんと。
──
それ以外のことなんてもう、知らないよ。わたしは。
「…………」
沈黙が場を支配している。
いや、未だに誰かが鼻をずるずる啜っている。なんなら唸り声みたいなのも聞こえる。大丈夫? ホントにただの花粉症? 流石にちょっと心配になってきたよね。ついでに言うと、わたしの長演説が終わった後にこの場が無言になってるの、滑り散らしたみたいでちょっと悲しいです。誰でもいいから誰か何か言って下さい。
「……あ、あのぉ〜……そんな感じなんですけれども……どう、でしょう……か?」
「うっ……うぅっ……」
「……ユメ。ユーメ」
以前かすかに聞こえる、唸り声をBGMに。
とんとんと、右肩を軽く叩かれる。
「今すぐ眼鏡掛けて前見ろ、前」
「……ギザさん?」
「直接、
「お、おう……?」
言われるがまま、机に置いた眼鏡を手に取り掛け直す。
すると。
わたしの目の前に、映っていたのは──
「合格です……」
右の掌で瞼を抑え、左手の親指を立てて『
誰がどう見てもガン泣きしている、セリンちゃん──
の。
おかーさん、その人でした。
──って、えええええええええ!?
「おっ──おかーさん!? だいじょーぶですか!? ていうかあの──受かったんですか!? わたし!? まだ聞きたいこと沢山あるんじゃ──」
「これ以上、一体何を問い質せというのですか……? 言ったではありませんか、
……うそ。
いや、勿論その気でずっと、喋ってはいたんだけど。
本当に、わたしが。
あの悪夢の就活シーズン、ありとあらゆる面接に落ち続けた、わたし、が──?
「お姉様────!!」
「うひゃおぉおおおおお!?」
なんて感慨に耽る暇もなく、全力で身体をハグされる。
誰にって?
そんなのもう、一々言わなくても理解りますよね。
「お姉様──よかった、よかったよぉ……ぐすっ、ひぐ、うええええ……」
「せ、セリンちゃん……その、顔、すっごいことになってるよ……?」
「ごっ、ごめんなさい……ごめんね……? でもわたし、わたし──う、うぅっ……」
「ああ──見てちょうだいあなた、あの子がこんなにも心を許す相手がいるなんて……ねえ、こういうのを
「ああ、これは
「そう……これが、
なんか前の方ではおかーさんが変な知識植え付けられてるし。わたしも
まあでも、どうでもいいや。うん。
なんか全部、上手くいったみたいだからさ。どうでも。
「絆レベル上げといてよかったね、ユメさん」
で、この子はこの子で何を言ってるのかなあ、ホントにもう。
なんか一人で、やれやれだぜみたいな空気出してるし。
まあでもいいよ。ゆるしてあげます。今のわたしは機嫌がいいし、それに、何より──
わたしはきみの、お姉様でもあるわけだからね。
「──悪いね、ヒーローくん」
でもまあ、それはそれとして。
せっかくですからここぞとばかりに、言わせてもらいましょう。
「きみの大事なセリンちゃんは、わたしがこのとおり頂戴いたしました。どうかな? 悔しいかな? これがいわゆる
「ちょっ──お姉様!? いいいやそんな、確かにお姉様は大好きだけど、そういうのとはまた──ていうか彼の、
「──そうだな、認めるよ。今日に限っては俺の負け」
で、そこでわたしのノリに合わせちゃうところがね。
つくづくわたしと、同レベルだなって思うよ、ホント。
「今この瞬間は、きっと──アンタこそが
で、そんな痛い褒め言葉で嬉しくなっちゃうわたしも、きっと。
この厨二病の男の子と、同じ穴の狢に成り果ててしまったんだなあ……と。
まだまだわからないことだらけの頭で、一つ。
明確な気付きを、得てしまったのでしたとさ。
めでたしめでたし!
完!!