VRロボゲの元絶対女王を隣の席の俺が幸せにするまで   作:Amisuru

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『最低/裁定』

 

 

 ──別に昔っから、()()なりたかったわけじゃない。

 小学生ん時はサッカー選手になりたかったし、中学生ん時はバスケ選手になりたかった。高校入ってからは音楽に目覚めて、そっから10年近くは本気で、()()()()()も目指していた。

 けれど結局、その道も絶たれて──

 

 

 

 

 

 最後に残ったのが、小説(こいつ)だった。

 それだけの話だ。

 

 

 

 

 

 そもそもオレは、心の底から書きたい物語とか、読者の奴らにどうしても伝えたい思想(メッセージ)だとか、そんなものはハナから微塵も持ち合わせちゃいない。

 何となく思いつくままに、オレがおもしれーと思った話を書く。この()()()ってところが一番大事であり、ついでに言うなら、今のオレが()()()()になっちまった理由の最たるものでもある。

 

 

 

 

 

 端的に言うと、オレは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 そうしてオレは、自分(オレ)自身の創作道ってやつを完全に見失って。

 今もこうしてふらふらと、当てもなく荒野の中を彷徨っている。

 新作の参考資料として手に入れた──それだけだった筈の、電子の荒野(Wasteland)の真っ只中を。

 

 

 

 

 

 

 

「──()()()()()、奥様」

 

 

 きっと、これは。

 自分(オレ)自身のポリシーを捻じ曲げちまったせいで起きた、()()ってやつなんだと思う。

 

 

「当時の私は、創作者としての行き詰まりを迎えていました──それまで書いていた作品の続きを書こうという意欲を失ってしまって、代わりに全く新しいもの──それまで一切興味がなかった、()()というジャンルに挑戦することにしたのです」

 

 

 正直に言うと。

 オレは内心、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今思えばそれは単なる、流行り物に対する理由もない嫌悪感──つまるところ、ただの逆張り精神に近い。食わず嫌いと言ってもいいだろう。オレ自身、非転生物の『クロガネの執行者』である程度の評価を得ていたからというのもあるかもしれない。

 転生物なんて書いてる奴らは所詮、確たる信念もなしに流行りのジャンルに乗っかっているだけの浅い連中に過ぎない──と。

 大した信念もない三流物書きの分際で、そんなことを考えていた訳だ。カスだろ?

 

 

「私が『Wasteland Titans』を始めたきっかけ──これも、その新作の()()にするためでした。『今までの常識を覆す、新時代のVR体験』──その謳い文句に偽りはなかった。現代日本における、()()()()()()()()()()──それこそが、WT(ウェイタン)というゲームの世界でした」

 

 

 これはもう、9割方パクった。完成された素材に、余計な味付けを加える必要はないと思ったからだ。

 別にいいだろ? ゲーム転生物じゃわりかし、珍しい話って訳でもない。それに第一、苦手なんだよ。一から独自の世界観を創り出すとか、そういうの。

 オレは元々、二次創作上がりの物書きだから。ガキの頃からバスケやら音楽やらと並行してやってたSS書きが高じて、仕事になった類の創作者だから。

 オレの中にはこれっぽっちも、独自の世界(オリジナル)なんて呼べるものは潜んじゃいないのさ。声高に言うことじゃねーけどな。

 

 

「……出来上がった作品は、半ば『Wasteland Titans』の二次創作と言ってもいいような代物でした。それでもネット掲載時にはそれなりの好評を得て、贔屓の出版社から書籍化と相成りましたが──残念ながら結果を残せず、一巻のみでその作品は打ち切られました。それはいい」

「…………」

「だが──そのたった一巻の創作物が、()()()()()()()()()()()()

 

 

 本当に、とんだ巡り合わせもあったものだ。

 これを因果と呼ばずして、一体何と言う?

 あれほど嫌悪していた転生物というジャンルに、意地もプライドもかなぐり捨てて飛び付いて。

 いざ書いてみれば結果を出せず、見下していた()()()()()()だという現実を突き付けられて。

 挙句の果てに、それきり自分の中で失敗作として記憶の底へと放り込んでいた筈の、()()が──

 

 

 

 

 

 ──巡り巡って、今。

 オレの首と胴を切り離さんとする、断頭台(ギロチン)の刃代わりになっている。

 

 

 

 

 

「──ユメは貴女に認められた。ヒーローもきっと、そうなるでしょう。わざわざ結果を見るまでもない、オレにはもう答えが判ってる」

「……おい、ギーザー……」

「ですが──ですがオレだけは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなことは決して、許される筈がない」

「おい!!」

 

 

 そこで唐突に、隣のガキから胸ぐらを掴まれた。

 ま、そうだよな。

 そりゃおめーは、そういう反応になるわな、ヒーロー。

 

 

「アンタ──アンタ一体何言ってんだ? この土壇場で俺達全員放り出して、一人だけ勝手にはいさよならとか言うつもりか……?」

「ま、そういうこった。悪ぃなヒーロー、事前に相談も何も無しでよ」

「ふざけるなよ。アンタ自分の立場理解(わか)ってんのか? 仮にも隊長(リーダー)だろ、俺達のやってることが単なるゲーム(お遊び)に過ぎなくてもな、それでもアンタが始めた『イノセンス・モラトリアム』だろうが!!」

()()()()()()()隊長(リーダー)。この前も言ってたじゃねーか、『いい歳こいていつまでゲームばっかやってんだ、いい加減卒業しろ卒業』──ってな。お望み通りってやつだよ。違うか? ん?」

「あれは──あんな、あんなのは──」

 

 

 

 

 

 ……知ってるよ。

 別に、本気じゃなかったことくらい。

 思えばおめーと出会っちまったのが、オレがこんなチームを組む羽目になった全てのきっかけだったんだもんな。

 なあ、ヒーロー──

 

 

 

 

 

 

 

「──よ。今日も来てんのか、『REDHero』」

「……()()()──」

 

 

 それは、WTを始めて3年の時が経った、去年の話。

 最近になって対戦用の闘技場(アリーナ)で見掛けるようになった、プレイヤーポイント10000を越えているにも拘らず分身(アバター)の外見を初期設定(デフォルト)から一切弄っていない男。

 誰もが真っ先に放り捨てたそのヘルメットを頑なに外さないその様が、逆に集団の中で独自の存在感を醸し出していた。

 

 

「『Geezer』だ。ここんとこやたら、おめーとランクマで当たる機会が多いと思ってな。それともアレか? 対戦相手の名前なんざ一々覚えちゃいねーってタイプか? 別に珍しくもねーけどな、こんだけプレイヤーがいたらよ」

「ああ、戦車(タンク)型の……なんていうか、どうも」

 

 

 そう言ってぎこちなく、素顔の見えないメット頭がぺこりと頭を下げる。

 なあ信じられるか? 初めの頃は()()()だったんだぜ、こいつ。見るからに人見知り全開って感じでよ。メットで顔隠してんのも、自分のツラを他人に晒したくねーからなんじゃねーかって思ったくらいだ。現実(リアル)じゃあるまいし何の意味があんだよって話だが、こいつの顔が現実(こっち)WT(あっち)も瓜二つだって知った今じゃ、ガチでそういう意図もあったのかもなって思うぜ。

 ま、今更だけどな。マジで。

 

 

「最近調子良いみたいじゃねーか。ちょっと前までここのランク帯じゃ見かけたことなかったがよ、あっという間に12000くれーまでポイント稼いでたよな。なんかコツでも掴んだのか? 是非ともあやかりたいもんだね」

「……いえ、特にコツというほどのものは……()、まだWT始めて一月経ったくらいなので」

「ひっ──ひとつきィ!?」

 

 

 なんだそりゃ。どんだけこいつ短期間でランクマ潜りまくってんだ──と、驚嘆したのを覚えている。オレがそこまでポイント稼ぐのに3年掛かったんだぞ3年。や、初めのうちはこの手のゲームにてんで慣れてなくて、まともに機体を動かせるようになるまでえらい時間が掛かっちまったからってのもあるが──それにしたって、どう考えてもこいつのペースは異常だった。明らかに初心者離れしている。

 ともすれば、あの伝説の『serin』に迫るほどの──

 

 

「……最初だけですよ。毎回、ある程度まではサクッと上がれるんです。けれどその度に、何処かで壁にぶち当たって──そこから先に進めなくなる」

「……あ?」

「そうして勝手に、自分で妥協点を見つけるんです。()()()()()()()()()()()()、と。今回もきっとそうなります。20000Pくらいがボーダーらしいから、多分その辺かな。辞め時は」

「……随分と慣れてそうだな? この手のゲーム」

「小さい頃から好きだったんですよ、ロボットアニメが。だから、ロボット物のゲームが出たら片っ端から飛び付いてきたんです。WTは流石に値が張り過ぎてて、手を出すまでに3年も掛かっちゃいましたけどね」

「……おめー、そういや歳幾つだ? 声聞く限りじゃ随分若そうだが……」

「16ですよ。ついこないだ誕生日迎えたばっかりです。高校入りたてで何やってんだって感じですよね」

「じゅっ──」

 

 

 ……若え。いや、本来ゲームなんてもんはそんくらいの歳の奴らのために創られてるもんだとは思うんだが、それでも……若え。

 だってよ、16っつったらおめー──

 まるっきり、そんくらいの歳の子供(ガキ)がいたっておかしくねー歳だぞ、オレ。

 

 

「そういう貴方は?」

 

 

 で、そんなガキンチョが上目遣いに訊ねてくるわけだ。実に無邪気に。悪気も何もなしに。

 いや、上目っつってもメットに隠れて見えねーんだけどよ。目も何も。

 

 

「……37」

 

 

 自分から訊いといてオレだけ答えねーっつーのもアレだから、正直に言ってやったよ。渋々な。

 するとこのガキは、今となっては信じられないような──()()()()といった具合の、静かな笑い声と共に。

 

 

「──なるほど。確かに『おじさん(ギーザー)』だ」

「……()()()()()()って、思うか? オレのこと」

「はい?」

 

 

 今思えば実に、こっ恥ずかしい話だが。

 そんな小僧っ子を相手に、ガチのトーンでこんなことを訊ねちまった訳だ。オレって奴は。

 

 

「だってそうだろ。37っつったらよ、フツーはとっくに結婚して、ガキこさえて──こんなゲームやってないで、家族サービスの一つでもやってんのが真っ当な大人ってなもんだろ。それをオレはいい歳こいて、ガキみてーに夢中になっちまって……」

 

 

 ……それは、本当に。

 当時のオレの脳裏に、常に棲み着いていた考えだった。

 諸事情で続きを書けなくなった『クロガネの執行者』、そして見事にズッコケた『ゲーム世界へと転生した俺〜』以下略。それらの二作を失い、最早小説家という肩書きが過去の栄光と成り果てていたオレは、その現実から目を背けるようにWTへと打ち込み続けた。

 壮大かつ重厚なストーリー、豊富なミッション、数多に及ぶ未知なる対戦相手──そして何より、最先端VR技術が齎す()()()()()()()()。それはたちまち、オレの心を魅了して──

 ──気が付けば、ただの一作も本を書かずに3年の時が過ぎていた。

 それでも生活が成り立っていたのは、『クロガネの執行者』の原作やコミカライズ、関連グッズ等の収入によるものだ。それでも流石に、一生分食っていけるほどの稼ぎがある訳ではない。いつかは絶対に、再び新作を書かなければならない。或いはどうにかして、今の自分にとって()()()()()()ではなくなってしまった『クロガネの執行者』の続きを書くか──いずれにしても。

 こんなところで呑気に、ゲームをしている場合ではないのだ。本来は。

 

 

「いいんじゃないですか? 別に」

 

 

 そんなオレの葛藤を、このガキは。

 実にあっさりと、軽い調子で片付けてくれやがった。

 

 

「今時珍しくもないでしょう、40手前でゲームしてる人くらい。だって貴方くらいの歳って、多分思春期にゲームの()()()()()()をモロに味わった世代でしょう? きっと日常がゲームだった筈──それを大人になったからって、いきなりはい終了って言われても困っちゃうでしょう」

「────」

「だから別に、無視していいんじゃないですか。世間の声がどうとか、真っ当な大人がどうとか。そもそも古い価値観だなって気がしないでもないですけどね。かくいう僕もきっと、5060になっても遊んでるんじゃないかな。それがWTなのかどうかは、まだ判らないですけど──」

 

 

 そう言って、見えない表情の代わりに、こいつは。

 わざわざエフェクト機能から、大量の『w』の文字を吐き出してまで──伝えてきた。

 僕は今、笑っていますよ──と。

 

 

 

 

 

「──だって、()()()()()()()()()()()()()? たとえ、幾つになっても」

 

 

 

 

 

 それがおめーの、価値観だってこと。

 この日からオレはずっと、知ってんだよ。ヒーロー。

 

 

 

 

 

 

 

 ──よお、ヒーロー。

 楽しかったよな、今まで。

 おめーとすっかり意気投合して、チーム戦やるかって話になって、『無罪(イノセンス)モラトリアム』──バンドマン時代に付き合ってた女から借りたアルバムのタイトルを、チーム名に据えて。ユメとリベの二人がやってきて、勝って、抜けて、負けて──その間も結局、何一つとして生み出せなかったが、それでも。

 ──楽しかった。

 充実した、時間だった。とても。

 だが──それももう、潮時というわけだ。

 

 

「──お願いします。奥様」

 

 

 胸ぐらを掴んだままのヒーローから目を逸らし、テーブルの向こうでじっと俺を見据えている女性と、向き合う。

 ユメの奴は、逃げなかった。セリンによる手助けこそあったけれど、確かにこの()と真っ向からぶつかり合い、そして──打倒した。

 だから、オレも。

 正面から、ぶつかっていくべきだ。小細工無しで。

 

 

「貴女が私を許せないというのなら、私は潔くこのチームを辞めます。ですからどうか、この二人と娘さんがチームを組むことを許していただきたい」

「ギーザー!!」

「それこそが私の──『イノセンス・モラトリアム』の隊長(リーダー)としての、最後の務めだと思っております。どうかこの責務を、私に果たさせていただきたい」

 

 

 頭を下げる。依然として襟元を掴まれているせいで、深々という訳にはいかなかったが──それでも、精一杯。

 思えば一度も、隊長(リーダー)らしい振る舞いなんてした覚えがなかった。何せ見た目も中身も()()と来たもんだ。40手前にもなってバンドマン時代に染めた金髪を未練がましく引き摺っているし、書ける話と言えばガキの頃から触れてきたオタク文化(サブカルチャー)の借り物ばかり。喋り口調だって粗野な父親のそれを完全に受け継いでしまって、更にはそれが隣の小僧にまで伝染(うつ)ってしまった。多分これが一番罪深いんじゃねえかなって思う。

 今正に裁きを受けようとしている、人生最大の罪を除いたらの話になるが。

 

 

 

 

 

 何が無罪(イノセンス)だ、この野郎。人一人殺しかけといて。

 きっちり罰受けて反省しろ。そして、心の底から誓え。

 

 

 もう二度と、()()()()()()()()()()()()()、と──

 

 

 

 

 

()()()()

 

 

 その声は。

 いつの間にか隣の小僧の後ろに立っていた、黒髪の少女によるものだった。

 顔を上げる。オレだけではなくヒーローも、釣られて振り向き少女の顔を見る。

 鉄面皮。氷のような瞳。感情の一切を何処かへと放り捨ててきたような、完全なる──無表情。

 その口元が、動き出す。

 

 

「先に謝っておきます。ごめんなさい。この世界できっと誰よりも、私はあなたにこうする資格がない」

「……セリン?」

「でもきっと──こうでもしないと、()()()()()()()()()()()()()()()()

「──は?」

 

 

 刹那。

 『無』の一言に尽きた少女の表情が、一瞬にして──

 

 

 

 

 

「だから──()()()()()()()()()()()()()()()──!

 

 

 

 

 

 ──『憤怒』の表情(それ)に、切り替わった。

 

 

 

 

 

 ぱしぃん、と。

 実に爽快に、その音は部屋中に鳴り響いた。

 一足遅れて、痛みがやってくる。左頬に。

 これが現実(リアル)でなく、漫画か何かだったなら、きっと──

 オレの頬には今、紅葉色の手形が貼り付いているに違いなかった。

 

 

 頬を、張られた。

 オレの生み出した創作物のせいで、生命(いのち)を散らしかけた少女、その人に。

 

 

「……懺悔? ()()ですって?」

 

 

 その表情は、実に。

 物書き(オレ)の立場で言うのもなんだが──筆舌に尽くし難いと言うべき、代物だった。

 怒っているのか、泣いているのか、笑っているのか──そのどれとも取れる、絶妙な表情。数多の感情が綯い交ぜになって、どれを一番に主張すればいいのか本人もきっと理解っていない、そんな表情。

 こんな顔をした人間を、オレは生まれて初めて、目の当たりにした。

 

 

「笑わせないでちょうだい。あなたが一体、何の罪を犯したっていうのかしら?」

「いや──だってよ、オレの書いた話のせいで、おめーは──」

「馬鹿じゃないの? それなら巷に溢れ返ってる転生物の創作者達は、その全員が自殺教唆罪か殺人未遂犯か何かとでも言うつもり? 大した珍説ね。転生物アンチの人でもそこまでは言わないわよ、きっと。正気を疑われるから」

「な──」

 

 

 全否定。一の反論に対する万の反撃。それほどまでに、容赦がない。

 そして、少女の言う通り。

 今の自分は、正気ではなかったことに気付かされた。

 まったくもって、反論の余地が無かった。何一つ。

 

 

「……いいかしら? ()()はね、一人の夢見がちな小娘が起こした喜劇に過ぎないの。()()()()()()、もう。たとえ傍目にはそう見えなかったとしても、()()()()()()()。ねえ、この意味わかる? ()()()()()

「────」

「今更そんな形で、責任を取られても迷惑なの。というよりも、あなたが負うべき責任なんて、最初から──最初、から……」

 

 

 憤怒はいつの間にか、嘲笑へと変わっていて。

 その嘲笑がまた、形を変えようとしている。

 怒りはもう見せた。楽しみももう見せた。万に一つも、喜んでいる筈がない。

 そうなれば。

 少女に残された唯一の感情はもう、()()しかなかった。

 

 

「……だから、言ったじゃない。私が全部悪いって……」

「……セリン……」

「わたし──お母さんを裏切って、陽彩くんを裏切ろうとして──その上更に、彼から()()()()を奪わないといけないっていうの? 今度こそ本当に、陽彩くんを──()()()()()にしようっていうの? いやだよ、私、そんなの──いや……」

 

 

 ──喜怒哀楽の、哀。

 ただひたすらにそれを、垂れ流すしか、ない。

 

 

「小佐内先生……隊長さん、お願いだから、辞めるだなんて言わないで……これ以上、これ以上、私を──」

「…………」

「──私をこれ以上、()()に、しないでよ……!」

 

 

 それだけを、言って。

 『Wasteland Titans』最強の少女は、膝からその場に崩れ落ち、そして──嗚咽した。

 生まれたての赤ん坊のように。ただひたすらに泣きじゃくること──それしか知らない、弱々しい命のように。

 真っ先に動いたのは、父親だった。何も言わずに娘の傍へと歩み寄り、落ち着けるようにその背中を撫でていた。()()()()()が始まる前まで浮かべていたへらへらとした笑みは掻き消えて、ただひたすらに、実の娘を思いやる──

 

 

 

 

 

 ──父の顔を、していた。

 オレには一生、なれる気がしない存在(もの)の、顔だった。

 

 

 

 

 

「──これでもまだ、部隊(チーム)を抜けるなどと仰いますか? ギーザー様」

 

 

 そして、母親の方は。

 娘のことを父に預け、ただひたすらに、オレを見据えていた。

 責務を果たしていた。裁定者としての。

 

 

「あなたのような部下をわたくしは、これまでに腐るほど見てきました。責任の取り方を履き違えた、ただの()()()()()()──何を勝手に、最後の務めだなどと宣っているのですか? もう一度お伝え致しましょうか? わたくしが貴方に、一体何を求めているのかを」

「────」

()()()()()()()。たとえそれが貴方にとって、これ以上ない重荷であったとしても──()()()()ことこそが、貴方に出来る本当の責任の取り方というものでしょう? 違いますか?」

「……ええ。本当に──」

 

 

 ──まったく。

 一体何が、正面からぶつかっていく、だ。

 オレが本当に見据えるべきは、母親(このひと)ではなかった。

 勝手に罪だと思い込んで、そのせいで存在を恐れて、いつの間にか目を背けてしまっていた──

 

 

「……悪かった。セリン」

 

 

 ──(こいつ)の方こそを、オレは。

 何よりもまず、見てやらないといけなかったんだ。

 

 

「オレは──おめーと向き合うのが怖かった。おめーはオレのせいじゃねえって言ってくれたけどよ、オレ自身がそれを口にするのは、カスの言い訳にしかならねーんじゃねーかって……そういう考えを、捨て切れなかった」

「……ちがう、そんなこと……そんなこと、ないよ……」

 

 

 ──そうして、ようやく。

 オレ達の立場は、入れ替わった。

 本来あるべき、関係に。

 裁く側と、裁かれる側に。

 

 

「あなたは、私に、怒っていいの……()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──って」

「……ああ、ホントにな。こんな苦労を背負い込む羽目になるとは、思いもしなかったぜ」

「ご、ごめんなさい──」

「──いいよ。()()()

 

 

 ──本当に。

 オレがとち狂ったばっかりに、とんだ回り道をしちまったもんだ。

 こんな簡単な一言で、片が付くような話だったのに。

 

 

「ようセリン。ウチのチームの名前を言ってみな」

「……『イノセンス・モラトリアム』……?」

「そーだ。だからおめーの()()()()も、無罪(イノセンス)ってことにしといてやる。誰にも文句は言わせねえ」

 

 

 そうだ。

 最初は単なる、言い訳に過ぎなかった。何も生み出せなくなった自分に対しての、逃げ道のようなもの。

 けれどもう、この言葉は。

 オレ一人だけのものでは決して、あり得ないのだから。

 

 

 

 

 

「何せオレは、おめーらの──()()()()だからな!」

 

 

 

 

 

 ──今度こそ。

 その責務を、果たそう。

 もう二度と、投げ出さないと、誓おう。

 英雄(ヒーロー)だろうが完璧(パーフェクト)だろうが、決して誰にも譲らない。

 10年でも20年でも、背負い続けてや────

 

 

「……あ」

 

 

 ……それで、一つ。

 今の今まで忘れていた、別の誓いがあったことを、思い出した。

 いやいや待て。誓いっつったって、爆笑してただろ? ()()()

 だから別にそんな、気にしちゃいねーって。何とも思われてねーって。

 一々掘り返す方がきっと、恥を掻くことに──

 

 

 

 

 

 そう思いながらも。

 機械仕掛けの人形の如く、ぎちぎちとした緩慢な動きで、オレはようやく、そいつの方を見た。

 正面に母親。右手にセリンとヒーローと来たせいで、それまで一切、気に掛ける余裕がなかった──

 

 

 

 

 

「……こっち向くの、遅いんですけど。どういうことですか」

 

 

 

 

 

 ──オレの左隣に座る、涙目の女のことを。

 

 

「……あー……いや、なんつーかな……色々立て込んでたっつーか……」

「ねえギザさん? 前に言ったよね? わたしがいる間はWTやめないって。10年でも20年でも続けてやるって。わたしまだ全然()()()()()んですけど? なに勝手に放り出そうとしてたのかなあ? 弁解の余地あります? あるなら是非とも聞かせてほしいなあ、ねえねえ」

「……あー……」

 

 

 ……それでようやく、本当に、思い出した。

 ウチのチームの、()()()。裁きを真に、下す者。

 それは断じて、セリンでもその母親でもなければ、オレでもなく──

 ──レンズ越しにオレを睨み付けている、栗毛パーマのお嬢ちゃんだってことを。

 

 

「……ついカッとなって言った」

 

 

 いや、本当に。

 色々と葛藤した末の、結論だった筈なんだが。

 結局のところ、一言で纏めるとするなら。

 オレの短慮が招いた騒ぎだったんだから、そういうことに──

 

 

 

 

 

 で、当然その罪は。

 無罪(イノセンス)という訳には、いかないのだった。

 

 

 

「──極刑」

「ぐああああああああああああああああ!!」

 

 

 初めて生身(リアル)で感じる、ユメ(こいつ)の重みは。

 WT(あっち)で感じた()()よりも遥かに、オレの膝へと確かに伝わるものだった。

 ぜっ……全体重乗せてきやがった、こいつ……がっつり両手で押しやがって……オレのか弱い左膝が……。

 

 

「……わたしからは以上。()()()()()()()()()()、ヒーローくん」

「了解」

「ぎゃあああああああああああああああ!!」

 

 

 で、間髪入れずに今度は右膝を()られた。

 こっ……こいつら、よってたかって人の膝を何だと……帰り歩けなくなったらどうすんだ? おめーら車か何かで家まで送ってくれんのか? ヒーローは論外としてユメのやつ免許持ってんのか? こいつに車とか持たせたら秒で事故りそうな予感しかしねーわ。前方不注意で。

 

 

「……なーんで俺の周りの奴らは、どいつもこいつも自己満足で勝手に全部諦めようとすんのかなあ……その結論に至るまでに出来ることあったよなって話なんだよなあ……俺に話すとか俺に話すとか俺に話すとか」

「うぐっ……!」

「おや、また胸の発作かい? リン。キミの場合割と洒落にならないぞそれ、お父さんは心配です」

「ち……違うのお父さん、そういうのじゃないの……ひ、陽彩くん……その節は本当に……」

「ああそうだよ、お前もきっちり反省しろ。でもな、今はこっちの話だ。そうだよな? ギーザー」

「……ああ。わーってるよ」

 

 

 ……そーだな。

 おめーにはマジで、懺悔って奴をするべきなんだろう、オレは。

 何だかんだで1年の付き合いだ。自称無趣味のユメはともかく、オレもヒーローも分野(ジャンル)は違えどオタク同士。となれば当然、好きな小説の話にだって発展することもある。

 

 

 その時確かに、こいつはこう言っていたのだ。

 俺のオススメの小説は、小佐内ガイ先生の『クロガネの執行者』だよ──と。

 

 

 けれどオレは、黙っていた。今の今まで。

 理由は至極、単純明快。

 もしオレの読者に、4年もの間作品を出さず、四六時中ゲーム三昧の日々を送っていることがバレてしまえば。

 一体何を言われるかなんて、考えるまでもなかったからだ。

 

 

「……言いたいことは山ほどある。アンタの仲間(チームメイト)としても、友人としても──けれど、何よりもまずは()()()()として言わせてもらおう。()()()()()

 

 

 そして、案の定。

 オレがこの4年間、真に避け続けていたその言葉を──こいつは一切の容赦なく、ぶっ放してきたのであった。

 

 

 

 

 

「──()()()()()()()()。以上」

 

 

 

 

 

 ……いや、ホントにな。

 ()()()()()()もいつかはマジで、果たさないとだよな。うん。

 期待しねーで待っててくれ。10年か20年くらい。な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──さて」

 

 

 ──空気がひと段落したところで、お母様がその二文字を発した。

 それで瞬時に、察する。

 

 

 ようやく俺の、出番が来たのだと。

 

 

「大変長らく、お待たせ致しました。レッドヒーロー様」

「赤嶺陽彩です。ええ、待ちくたびれましたよ。本当に」

 

 

 ……いやはや、まったく。

 ()()に至るまで、あれこれ時間をかけ過ぎた。いや、何一つとして無駄な時間は無かったと思ってはいるけれど。

 それでもまあ、流石にね。

 いい加減、この一連の騒ぎにも決着(ケリ)を付けなきゃならんでしょう。

 

 

「──陽彩くん……」

 

 

 で、そんな俺をお母様の後ろで、お姫様(プリンセス)がじっと見守っている訳だ。

 囚われの、ではない。もう。こいつを繋いでいた鎖は、ユメさんが既に外してくれた。犯した罪の方は、ギーザーが既に赦してくれた。

 と、なれば。

 残された俺の役割は、一つしかない。

 

 

「──待ってろよ、渡良瀬。すぐ終わらせてやる」

 

 

 ……さあ、赤嶺陽彩(レッドヒーロー)

 今こそお前も、果たしてみせろよ。あの日の誓いを。

 ハリボテを、本物にしろ。

 こいつにもう一度──いいや、何度でも。

 ()()()()を、心の底から言わせてやるために。

 

 

 

 

 

『今まで生きてきた中で、今が一番、しあわせです!!』

 

 

 

 

 

「──始めて下さい。お母さん」

「ええ。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 ──見ていてくれ、渡良瀬。

 俺はお前を、幸福(しあわせ)にする。必ず。

 

 

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