VRロボゲの元絶対女王を隣の席の俺が幸せにするまで 作:Amisuru
「……ってことがあったんだよ」
その日の晩。
今日も今日とて
初めのうちは二人とも半信半疑だった。当然だろう、『俺のクラスメイトが元全一の
けれど具体的な話──渡良瀬が泣き出してそのまま教室を飛び出した
「はえぇー……すっごいね、そんな偶然がホントにあるんだねえ。お姉さんびっくりです」
「……で、結局その後セリンはどうなったんだ? バックれてそのまま帰ってこなかったのか?」
「そう。一応後から学校に連絡はしたみたいだけどな、体調不良で早退したって。担任は一切信じてなかったけど」
「全力疾走で駆けてく姿見てたらそりゃあねえ……」
お前のような病人がいるかと思ったに違いない。刹活孔! はああああああああ!!
「……なあ、ギーザー」
「あん?」
「わた──セリンはどうして、泣いたんだと思う?」
危ねえ。普通に本名ぶっぱするとこだったわ。とはいえリアル知り合いをこういう呼び方するのって変な感じだな……そのうち慣れるもんだろうか。
朝からずっと、あの時の顔が目に焼きついて離れない。過去の栄光を前にして、辛くて仕方がないと言わんばかりの、ぐしゃぐしゃに泣きじゃくった渡良瀬の表情が。
わからない。公式大会優勝だぞ? 世界で一番強いタイタン乗りになったってことだぞ? 悲しむ理由もひた隠す理由も理解が出来ない。むしろ高らかに喧伝して回ってもいいくらいだろうに。
「知らん。流石に判断材料が無さすぎる。だがまあ、一つだけ言えることはあるわな」
「……というと?」
「今のセリンにとって、WTやってた頃の自分は忘れたい過去だってこった。地雷を踏んだんだよ、おめーは」
「……忘れたい、過去……」
……本当に、そうなのか?
そんなことがあり得るのか?
そうだとしたら、渡良瀬は。
人生最良の瞬間を、自ら手放したってことになるじゃないか。
「そうなると──セリンちゃん、もうWTやる気はないのかなあ……」
「フツーだったら首根っこ引っ捕まえてでも連れてこいって言うところだが……ま、泣かれるレベルで拒否反応出されちゃしょうがねえ。また募集のかけ直しだな」
「──いや」
待ってくれ。
終わらせようとするのは、まだ早い。
「明日また、セリンと話してみるよ。メンバーを募るのはもう少し待ってくれ、ギーザー」
「……大丈夫かぁ? 只でさえクラスの連中が見てる前で泣かせて逃げられてんだろ、これ以上付き纏ったらおめーの評判終わるんじゃねーの」
「最初から始まってないから別にいい。それに──知りたいんだよ、どうしても」
「涙の理由を、ってやつか? バンプの歌詞みてーなこと言ってんな」
「それもあるけど、それだけじゃない」
おっさんの戯言には付き合わず、続ける。
「俺、『今が一番幸せです!』なんて言えるような瞬間、パッと思いつかないからさ。──そういうものを持ってたあいつのことが、ちょっと気になってる」
それは多分、WTがどうとかそういう話とは関係なく。
俺の中にある
16年間、何の目標も持たずに生きてきた。そこそこの幸せがどうとか昨日は言っていたが、あんなものは目標でも何でもない。他に展望がないから口にしただけの、何の中身もないハリボテの願望だ。
──それはきっと、手を伸ばす価値があるものだって、思うのだ。
「……なるほどね」
納得したように頷くギーザーを見て、不意に思い出す。
リベさんがプロになるからチーム抜けるって言った時も、この眼帯の大男は同じように頷いていたな、と。
「ま、やるだけやってみな。骨は拾ってやる」
「そりゃどーも。──今日は早めに上がるわ、明日は長い一日になりそうだからな」
「……ヒーローくん、一応言っとくけど──セリンちゃんが本気で嫌がってたら、素直に諦めるんだよ?」
「……肝に銘じるよ、ユメさん」
そりゃそうだ。
女を泣かせて喜ぶような趣味、ハナから持ち合わせちゃいないんだから。
──という訳で翌朝の教室、 HR開始一分前。
スマホを開く訳でもなく自分の席で大人しくしていた俺は、ここに来て作戦に重大な欠陥があることに気付いた。
(……そもそも今日、学校来るのかあいつ……?)
渡良瀬が、来ない。
来ないのである。
進級してから数日しか経っていないとはいえ、こんなことは初めてだった。大体教室に入ると渡良瀬は既に席へと着いていて、無感動にスマホを弄っているか本でも読んでいるかのどちらかだったというのに。そう、小説とか読むんだよな渡良瀬。ブックカバーが付いていたから題材までは判らなかったけれど。
とにかく来ない。あと三十秒で始業ベルが鳴り響き例のアホ担任がやって来るというのに渡良瀬は来ない。流石に学校に来たくないと思わせるレベルで不快な思いをさせたとなると、こちらとしても一抹の責任を感じてしまう。
……まさか転校とかしないだろうな。いくら何でもそれはないとは思うが、あの取り乱しようを思い出すと笑って切り捨てることも──
などと不安に駆られながら、じっと教室後ろの扉を眺め続けていると。
おそるおそるとしか言いようのない緩慢さで、ようやくその扉は開かれ、お目当ての顔が姿を現した。
「…………」
──来た。渡良瀬が来た。私じゃなくて渡良瀬が来た。どっちも元ランキング一位だなそういえば。俺のことヒロアカって呼んだ奴ぶっ飛ばすからな。
昨日の一件のせいか、俺以外のクラスメイトもちらちらと渡良瀬の様子を気にしているのが分かる。渡良瀬はそのどれとも視線を合わせることなく、いつもの無表情で自分の席へと向かい、そして静かに腰掛けた。
俺の隣の席へと。
「わたら──」
きーん……こーん……かーん……こーん……。
「はいおはよう。みんな席着いてるな? 突っ立ってる奴も教室飛び出してく奴もいないな? 結構、なら俺の時間だ。──どうした赤嶺、口が『え』の形で固まってるぞ」
「……先生おはようございますって言おうとしたんですよ」
「そいつは感心。おう渡良瀬、今日
「……昨日はお騒がせして申し訳ありませんでした」
「また騒がせなけりゃそれでいい。んじゃ今日の周知事項だが──」
お前アホのくせに毎回教室来るの早えんだよ! 何なんだよクソァ!!
HRはかれこれ10分近く続いている。正直内容の方はまるで頭に入っていないし、最初っから真面目に聞く気もなかった。ただひたすらに脳内で、ある言葉だけを唱えていた。早く終われ早く終われ早く終われ。
「──以上、今日も一日張り切っていけよお前ら。はい、解散!」
終わった。担任が出て行ったのを合図に、教室が喧騒に包まれ始める。
その中で静かに席を立ち、廊下へと出て行こうとする女が一人いた。言うまでもない、だが言わなければ止まる筈もない。故に俺は、そいつの名を呼んだ。
「──渡良瀬!」
「……何かしら、赤嶺くん」
無視される可能性も考えていたのだが、予想に反して渡良瀬は足を止めてくれた。
漆黒の髪が翻り、氷のような視線が俺を射抜いている。流石に歓迎はされていないらしいが、会話が成り立つだけでも僥倖だ。最低限のスタートラインには立てた。
「昨日は悪かった。その、お前が止めるのも聞かずに動画を観続けて──」
「何の話かしら?」
立てたと思ったのだけれど。
なんか雲行きが怪しくなってきた。
「いや、お前がWT元全一の『serin』だったって話……」
「まったくもって身に覚えがないわね。せりん? どちら様かしら? セリーヌ・ディオンの略称か何か?」
「タイタニックの話は別にしてないんだわ。渡良瀬お前、昨日、その、泣いて──」
「花粉症よ」
「……なんですって?」
なんだこいつ。
真顔で急にトンチキなこと言い始めやがったぞ。
「毎年酷いのよ。私鼻よりも目に来るのよね。昨日もそうだったのよ、赤嶺くんと話していたら、急に目の痒みが酷くなって……これはもう授業どころじゃない、そう思ったから帰っただけ。赤嶺くんが気に病む必要は何もないわ」
「いや、だったらその前に動画観るの必死こいて止めたのは……俺に忘れろって迫ったのは……」
「知らないのかしら赤嶺くん? あの動画に出てきた女の子ね、3回見たら死ぬって言われてるのよ。二十歳まで覚えていても駄目よ、だから見てもいけないし覚えていてもいけないの」
「ベクシンスキーなのか紫鏡なのかはっきりしろ」
よくもまあ口から出まかせがこんだけポンポン出てくるなこいつ……内容が全部小学生並だけど……。
というか、まさか一生この調子で話をはぐらかし続けるつもりなのか。冗談じゃない、こっちは真面目な話をしに来たんだぞ。このままでは埒が明かない、何かこいつのガードを崩す手立てを考えなければ。
「とにかくそういう訳だから、私とあなたの縁はこれで終わり。さようなら、アディオスグッバイお元気で」
「無駄に575調で〆ようとするな渡良瀬! ああ、えっと──」
こいつさてはクール系っぽく見えるの見た目だけで中身は割とアレだな?
だがそんなことはどうでもいい。今日の一時限目は体育なのだ。よってこれから渡良瀬が向かうのは女子更衣室であり、いくら何でもそこまで追いかける訳にはいかない。二日続けて職員室送りは流石に勘弁だ。
俺はまだ、渡良瀬のことを何も知らない。故にこいつの気を引く方法などてんで思い浮かばない。あるのはただ、3年前に引退したWT元全一プレイヤーという情報だけだ。しかも本人絶賛否定中。
何かないのか。こいつだからこそ刺さる一言。一度はWTの世界に全一レベルでのめり込んだ女だからこそ、思わず足を止めてしまうようなそんな言葉は──
「──メインシナリオの最後で死んだロマーノ兄貴、去年の新シナリオで生きてたことになったぞ」
「うそっ!?」
WT女性人気ぶっちぎりNo.1キャラの生存情報を駄目元でぶっ放してみた。
全力で釣れました。
「…………」
「…………」
しまった、とばかりに口元を押さえて沈黙する渡良瀬。その渡良瀬をジト目で眺め続ける俺。気まずくなったのか明後日の方向へと視線を逸らし、ひゅーひゅーと口笛を吹き始める渡良瀬。吹けてねえんだよこの野郎。
「……ふっ……ふふふっ……」
唐突に額へと手を当てて、『く』の字になって笑い出す渡良瀬。
壊れたのかな?
「……もう、誤魔化しきれないようね……」
「今の今まで誤魔化せてると思ってたお前に驚きだよ」
「そうよ、そう。私が『serin』──赤嶺くんが観ていた動画の子、その4年後の姿よ。わかった? 満足した?」
「随分と残念な成長を遂げたんだなってことは理解した」
「あなたさっきからツッコミが容赦なさすぎない?」
俺の抱いていた渡良瀬凛音へのイメージはもうボロボロであった。今の世の中って黒髪クール詐欺が流行ってんのか? ウマ娘のカルストンライトオみたいな。見た目だけならガチで似てると思うよ、お前ら。
だがまあ、とにかく。
ついに、言質は取れた。
「なあ、渡良瀬──」
「ストップ」
聞きたいことが山ほどあった。気持ちが逸って質問責めへと移行しかけた俺を制止するように、渡良瀬が掌を俺の眼前へと翳す。
それから二人して、黒板上の時計へと視線を向けた。
一時限目開始まで、十分を切っていた。
「続きは着替えてからにしましょう」
「……今度は逃げないよな?」
「私、高校生活は優等生で過ごすと決めているの。昨日は最初で最後の例外よ」
「……さいですか」
中学時代は
俺の方も時間が押しているので。
「Wastelandでまた会おう、渡良瀬」
「……ウチの校庭、そこまで荒れてはいないでしょう?」
今は現実の
けれど今夜には、電子の荒野に必ずお前を連れ戻す。
そういう誓いを込めた言葉だよ、今のは。