VRロボゲの元絶対女王を隣の席の俺が幸せにするまで   作:Amisuru

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『御首頂戴仕る』

 

 

 ──間に合った。

 状況は既に把握している。実況のおかげで。こういう外野からの声がプレイヤーの私達にも聞こえる仕様って珍しいわよね。とある漫画(ワールドトリガー)を読んでいる人ほど違和感を覚えるんじゃないかしら。どうでもいいけれど。

 とにかく。

 私の前で、()だけは、墜とさせない。いや、隊長さんもお姉様も勿論やらせるつもりはないけれど。

 せっかくの開幕戦だものね。きっちり4人全員で、何の憂いもなく勝利を祝いたいものだわ。そうでしょう?

 

 

『来たァァァ──ッ! 間一髪で救われましたREDHero選手! serin選手とSASUKE選手、満を持してのエース対決! 果たして絶対女王(ミス・パーフェクト)を相手に、忍者軍団の頭領は意地を見せられるかァ──ッ!?』

『せっ、『serin』……! おのれ、こうも早く向かって来ようとは……!』

「ハイクを詠みなさい、忍者さん。介錯してあげるわ」

『ほざけぇ! 拙者が忍殺(あの作品)に精通しておらぬとでも思うたか! わざわざ自分から死亡フラグ(デスノボリ)を立てに行くほど愚かではないわァ!!』

「まあ、そうよね──」

 

 

 そうは言ってもね、忍者さん。

 フラグなんてあろうが無かろうが、死ぬ時は死ぬのよ、誰だって。

 そして大変、申し訳ないけれど。

 今があなたの、()()()です。

 

 

「──ならば私が、旗の代わりに建ててあげましょう」

『な、何を──』

「あなたの墓標を。今、ここで」

『ちゅ、厨二病の小娘め……!』

「どの口がどの口がどの口がどの口がどの口がぁぁぁぁ──っ!!」

 

 

 はいっ、クズ確定(お前が言うな)。ぶっ殺します。

 ()()()()()()とばかり思っていたけれど、奇襲の成功と彼の追撃のおかげでワンチャンが見えてきた。もう私だけで終わらせてしまおう。みんなには悪いけれど。

 

 

『くっ……!』

 

 

 真正面から赤いタイタン──これだと彼と被るわね。『レッドモンキー』だったかしら? 長いわね、お猿さんと呼んでしまいましょう。お猿さんへと突っ込んでいく。

 対してお猿さん、ご自慢の火炎放射を頼りに迎撃するつもりらしいけれど──『不運砲(バッドラック)』か。随分と古めかしいものを使っているのね、あなた。

 だってそれ、知ってるもの。私。

 それをいくら貰ったところで、今の私は()()()()()ということも。

 

 

『──避けぬッ!?』

「リミッターを外しているのだから、熱量超過(オーバーヒート)も何もないでしょう──!」

 

 

 撃墜王(エース)が聞いて呆れるわね。初歩の初歩でしょう? こんなのは。窮地のあまり平時ではあり得ない凡ミスが出たということにしておいてあげましょう。

 リミッター解除中はENゲージを一切消費しない。故にどれだけお猿さんが『ヘルディン』を火で炙ろうと、その影響で熱暴走(オーバーヒート)が発生することなどない。だって最初から暴走して(タガが外れて)いるのだから。鍔迫り合いの件みたく私の知らない間に仕様変更でもあったのかしらと思ったけれど、別段そういう訳でもないみたい。拍子抜けね。

 

 

『『ヘルディン』止まらないッ! 『不運砲』の炎を一切意に介しませんッ! 寄り道回り道は不要とばかり、最短距離で『レッドモンキー』へと突っ込んでいくーッ!!』

「さあ、往生なさい──!」

『ええい、そう易々とこの首を獲らせてなるものかァ! かくなる上は──』

 

 

 と、今まさにお猿さんへと肉薄し『三日月(クレッセント)』で斬りかからんとした、その時。

 お猿さんの左肩に取り付けられたコンテナから、緩慢に宙を漂うふわふわの球体が目の前で発射された。

 

 

「──む」

 

 

 見たことのない兵装だ。ミサイルやグレネードのような自らこちらへと向かってくるタイプの兵装(それ)ではない。となれば機雷の(たぐい)かしら? 触れるなり近づくなりした時点で、爆発してダメージを与えてくるような──

 だとしたら、このまま斬りかかるのは危ないわね。寸でのところで引き金(トリガー)を引こうとする指に待ったを掛け、両のスティックを左へと傾ける。そういうものを持っているのなら、距離を取って光波で安全に仕掛けましょう。当然、()()()()()()()()可能性は高まるけれど、どの道──

 

 

『──ドロンッ!!』

 

 

 と、横っ飛びに『ヘルディン』をお猿さんから離させた次の瞬間。

 ふわふわの球体が破裂して、モニター上の視界が一瞬にして真っ白く覆われた。

 

 

『ここでたまらず逃げの手を打ったSASUKE選手ッ! 妨害(ジャミング)弾を放って全力で後退していきますッ! serin選手は単独では追い掛けず、『プロタゴニスト』の回復を待つ構えかァーッ!?』

「……なるほど」

 

 

 ごめんなさい実況さん。未知の兵装を前に様子見していただけです。

 ジャミング弾。そんな兵装(もの)まで実装されているのね、今のWT(ウェイタン)は。見ると視覚情報のみならず、レーダーと標準(ロックオン)に至るまで機能障害を起こしている。後者については特に支障はないのだけれど。元から頼っていないので。

 面白い。楽しい。どんどん私の知らない世界(ウェイタン)が見えてくる。私が()()()()()()間も、休むことなく走り続けてきたWTの未知なる3年間。当面の間は私、それを味わい尽くすだけで手一杯になってしまいそう。

 果たして堪能し尽くせるかしら? 来年の8月までに。欲を言うならもっともっと、もっともっともっともっともっともっともっと──

 

 

『わたら──セリン? ……大丈夫か?』

 

 

 ……おっと。

 ごめんなさい。夢想(トリップ)している場合じゃなかったわよね。

 未来のことを考える前に、今の私には最優先で、片づけなければならない仕事(タスク)がある。

 

 

「──失礼。ちょっと欲望と戦っていたわ、陽彩くん」

『急に人の知らないところで二正面作戦おっ始めるのやめてくれません?』

「ええ、そうよね──今の私が相手取るべきは、あのお猿さんだけよね」

 

 

 ただ、どの道。

 こうなってしまっては到底、間に合うまい。

 

 

『で、どうする? 実況様の言うとおり、律儀に俺を待ってくれるのか? ただそうするとお前の方が──』

「いえ、先に行くわ。もう殆ど時間は残ってないけれど、最後まで──」

 

 

 言いつつ、薄れゆく白煙の彼方へと遠ざかっていった『レッドモンキー』を見据える。

 見る限り、あの機体の機動力は標準的なタイタンとそう代わりがない。『ヘルディン』の移動速度ならば、時間切れまでに追いつくことも叶うだろう。追いつく()()なら。

 それでいい。問題はない、何一つ。

 実際のところ、勝負なんて既に付いているのだから。

 

 

「──思いっきり、走り切りたい」

『……そう言うと思ったよ』

 

 

 そんな彼の他愛もない一言が、たまらなく、嬉しい。

 愛しい人に自分自身(わたしのこと)を、理解されているというのは──きっと、何物にも代え難く、幸福(しあわせ)なことなのだと思う。

 

 

『行ってきな、渡良瀬(セリン)

「ええ、陽彩くん──」

 

 

 そして私は、彼をも置いて走り去る。

 憂いはない。迷いもない。だって私も、彼のことをもう理解(わか)っているから。

 どんなに私が先を行こうとも、彼は絶対、私の元に──追いついてきてくれるって。

 

 

「──行ってきます」

 

 

 だから私は、さっきと同じ言葉を使うのだ。

 私の大切な人達に。『さよなら』ではない、一時(ひととき)の離別の言葉を。

 『また後で』という、願いを込めて。

 

 

 

 

 

 

 

「おっ──おのれ、おのれおのれおのれ……!」

 

 

 何故だ。どうしてこうなった──そんな無数の『何故』が、サスケの脳内を埋め尽くしていた。OB(オーバーブースト)を全力で噴き散らしつつ、彼は自身に降り掛かった不運(バッドラック)を呪い、荒れていた。

 そう──()()だ。思えば前期にしてもそうだった。待望のAクラスに上がれたと思っていたら、初戦の対戦相手(チーム)がまさかの()()()A()()()()1()()。当然の如く『ニニン=Ⅳ(がし)』は完膚なきまでに敗れ、サスケら4人はレベルの違いに、Aクラス昇格で得た自信を粉々に打ち砕かれたのだった。

 そしてBクラスで再起を誓ってみれば、今度はあの伝説の『serin』が目の前に立ちはだかるという悪夢だ。一体俺が何をしたっていうんだ? 何故こんな理不尽が俺の身にばかり降り掛かるんだ? いい歳こいて戦隊ヒーローが好きなのがそんなに重い罪だっていうのか?

 冗談じゃない。このまま無様に完封(パーフェクト)負けなど喫するものか。せめて一人だ、あの『REDHero』を葬り去ることこそ叶わなかったが、誰か一人でも道連れにして散らなければ、この行き場のない怒りを晴らすことなど到底──

 

 

『みいつけた』

「──!?」

 

 

 唐突に飛び込んできた少女の声に、サスケの思考は強制的に中断された。

 タイタン搭乗時における『Wasteland Titans』の通信機能は、味方限定で距離関係なく発信出来る秘匿回線と、一定距離以内の機体全てに声を届けられる全体回線の2種によって成り立っている。即ち、非隊員(チームメンバー)の声が自身の耳に届く状況というのは──

 

 

「せ、『serin』……!」

『御釈迦様の掌から逃れられると思わないことね、孫悟空(おさる)さん──!』

 

 

 ──自機の()()に、敵機が存在する状況ということだ。

 レーダーを見る。後方から凄まじい勢いで、一つの赤い光点が自身を追いかけてきている。間違いない、『ヘルディン』だ。いかに3年前の兵装(パーツ)と言っても、そこは流石の『アメイジング・ユニット』。長距離走では到底叶う筈もない。そこは重々承知している。

 しかし──と、そこでようやくサスケの口に、開戦以来の余裕の笑みが漏れた。間抜けな小娘め、わざわざ一人で追ってこようとは。まだまだ試合終了までには充分な猶予がある。焦って俺を追いかけることなどせず、じっくりと一時休憩(インターバル)を挟めば良かったのだ。にも拘らず、たった一人で俺を追いかけてきたのであれば──

 

 

 ──大金星(ジャイアントキリング)を、狙える。

 この俺が、『serin』を──『絶対女王(ミス・パーフェクト)』を仕留めるチャンスが、絶対に来る!

 

 

「ドロンッ!!」

 

 

 振り向いている余裕はない。『不運砲』も最早役に立たない。となれば当然、足止めにはこれを使うしかない。

 NI-N-203/KYORAI、通称『虚雷』。機雷に見せかけた単なる妨害(ジャミング)弾だが、発射から一定時間が経つと自動で爆発し、周囲に視界妨害用の白煙とレーダー・照準(ロックオン)の機能障害を撒き散らす兵装だ。

 使い所によっては強力な兵装なのだが、敵機のみならず味方や自機に至るまで白煙に飲まれた全ての機体が妨害(ジャミング)の影響を受けるため、味方と共闘中に許可無しでぶっ放すと死ね(笑止)!』『殺すぞ(隠密)!』『然り然り(然り然り)!』とお然り、もといお叱りを受ける問題児でもある。しかし便利過ぎるので追い込まれたらとりあえずこれをぶっ放す癖がサスケには付いている。何!? お手軽拒否は擦ってナンボではござらぬのか!?

 

 

「スモークボム! スモークボム! ホアアアアーッ!!」

『おおっとォ──ッ!? SASUKE選手、OB(オーバーブースト)で飛び回りながら狂ったように虚雷を撒き散らしています! このまま辺り一面を丸ごと白煙で覆い尽くすつもりか! お前は電子の荒野(Wasteland)におけるモクモクの実の能力者なのかァ──ッ!?』

「ぬははははははは! これでは拙者が煙のどこに潜んでいるかが判るまいッ! これぞ忍法消身(きえみ)の術──」

『……ねえ、あなた。その()()()()()、確かに煙の中へと入った機体のレーダーを狂わせる効果があるみたいだけれど──』

 

 

 白煙に覆われた視界の中、少女の声だけがサスケの耳に届く。しかしその位置までは判らない。少女(セリン)の言う通り、レーダー機能が死んでいる今、サスケに『ヘルディン』の位置を窺い知る術はないのだから。

 しかしそれは、相手(セリン)にとっても同じことの筈──

 

 

 ──というサスケの考えを、とある少年が覗いていたらこう言ったであろう。

 『と、思うじゃん?』と。

 

 

『──()()()から見れば、何処にいるのかバレバレよ?』

「は──」

 

 

 何言ってるんだこいつ、とサスケが相手の正気を疑いかけた次の瞬間。

 白煙を薙ぎ払うかの如く飛んできた二対の光刃が、『レッドモンキー』の胴を見事にぶち抜いていた。

 

 

「ごはァァァッ!? ば、馬鹿な……!?」

なんとォ──ッ!? 信じられませんッ! 一体何をどうやったんだserin選手ッ! 煙に覆われ見えない筈の『レッドモンキー』に『ヘルディン』のブレード光波が直撃ッ! 視覚情報も照準(ロックオン)も働かないこの状況で、天才少女は何を頼りに光の刃を届かせたというのかーッ!?』

「お──おぬしまさか、()()()()()()()()()()()()()()()()……!?」

『煙を撒くための軌道が素直過ぎたわね、忍者さん。もっとジグザグに動いたり縦の動きも織り交ぜないと駄目よ、あまりにも()()()()()もの』

「そ、そんな単純な話であるものか……!」

 

 

 神業としか言いようがない。確かに少女の言う通り、『虚雷』のジャミング効果が及ぶのは煙の中にいる機体だけで、外側から内側の機体位置を観測する分には何の問題もない。しかしWTのレーダー機能が教えてくれるのは大まかな機体の方角と距離情報だけで、それだけを頼りに離れた敵機を狙い撃つなど考えられない。こんな人智の及ばぬ技を披露出来るのは、この少女を除けば、おそらく──

 

 

 ──現プレイヤーランキング一位、『()()()()()』──Nine(ナイン)くらいしか考えられない……!

 

 

『──さて、間に合うかしらね。1()0()9()8()──』

「ひ、ひいっ……!?」

 

 

 周囲の景色が晴れていく中、白煙の中を突っ切って自身へと迫り来る銀色の影を、サスケは確かに見た。こちらの耐久値は最早1割も残っていない。あと一太刀でも浴びてしまえば、それで全てが終わってしまう。チームの敗北が決まってしまう。

 少女の口から紡がれる謎のカウントダウンを、サスケは自身への死刑宣告と受け取った。間違いない、この女には()()()()()()()()のだ。俺が迎える未来のことも。きっとこのカウントが0を迎えた時、俺の命運も共に尽きることになるのだ──

 

 

『──なーな、ろーく──』

「くっ──来るなああああああああああ!!」

 

 

 迫り来る死の気配を前に、半狂乱になりながらサスケは左スティックの引き金(トリガー)を引いた。()()()()()()()()──彼自身が先に語っていた、『Wasteland Titans』が齎す絶対的没入感。それに今、サスケは完全に呑まれてしまっていた。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない──その一心で振るわれた執念の刃は、結果的に。

 彼の寿命を、少しだけ伸ばすことに成功した。

 

 

『──ごーお、よーん、さーん、にーい──』

「ぐぬっ、ぐぬぬぬぬぬぬっ……!」

 

 

 『レッドモンキー』の左腕のブレードと『ヘルディン』の右腕のブレードがぶつかり合い、拮抗している。刃と刃が擦れ合い火花散る視界の中で、サスケはひたすら懸命に両のブーストボタンを叩き続けた。

 鍔迫り合い──3周年のアップデートで実装された、近接武器の攻撃判定が重なった際に発生する現象。連打勝負という単純明快な決着方法と発生時の画面演出がカジュアル勢に評価された一方、『WTの築き上げてきたゲーム性を著しく損なわせている』『5()()も強制的に動きを止められるのはチーム戦において致命的』『連打ゲーおもんないねん』などの声も一部のガチ勢からは上がっている、賛否両論の新要素。

 しかし今は、これだけがサスケの命を繋ぎ止める最後の望みだった。勝てる。()()なら俺は勝てる。確かにこの女の操縦技術は怪物(ばけもの)級だ、それは認めよう。だがこれなら、鍔迫り合い(連打勝負)ならそんなものは関係ない。俺だって一端のブレード使いだ。実装されてからの一年間、もう何度もこの()()()()()は経験してきている。対してお前はどうだ? 『serin』。もしこれがお前の()()()だというのなら、この事態に対してお前は何の備えも出来ていないんじゃないのか?

 ()()()()()()。膝を屈しろ。俺の執念に押し負けろよ、『絶対女王(ミス・パーフェクト)』。

 せめて──せめて一太刀でいい、俺の刃をお前に届かせろよ……!

 

 

 

 

 

 ──同じ時。

 銀色のタイタンを駆る少女は、胸中でこんなことを考えていた。

 ごめんなさいね、忍者さん。そもそも刀と刀(ブレイド)の勝負で、私が()()()()以外に負ける訳にはいかないというのもあるけれど──

 

 

 ──()()ももう、知ってるのよ、私。

 私の大好きな人がね、教えてくれたの。だから──

 

 

 

 

 だから、私は。

 こんな形の勝負であっても、『絶対』で在り続ける。

 彼が私に教えてくれたものを、無駄にはしないために。

 

 

 

 

 

 ──故に。

 少女の意地は、男の執念を凌駕する。

 

 

「あ──あ」

『──いーち──』

 

 

 呆気なく弾かれた自身のブレードを前にして、サスケの口から放心と言うべき呻き声が、僅かに漏れた。

 負けた。

 終わった。

 結局、何一つとして通用しなかった。俺の4年間は。

 これが伝説。これが絶対。

 これこそが──『serin』。

 畜生。畜生。畜生畜生畜生。

 俺のこれまでのWT人生は、一体だったんだ──

 

 

 

 

 

『──ゼロ』

 

 

 

 

 

 そうして、最後の数字が唱えられるのと同時に。

 『ヘルディン』の無慈悲な刃が、『レッドモンキー』をたちまち真っ二つに────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 することは、なかった。

 いつまで経っても。

 

 

「……あ、ああ……?」

 

 

 震えていた。手も声も。それでもまだ、サスケは確かに()()()()()

 そうして彼は、それを見た。モニターを埋め尽くす程の至近距離、目と鼻の先で右手のブレードを振り上げていた『ヘルディン』が──

 ──(カメラ)の光を失い、力無く項垂れているのを。

 

 

『あーっとォ! 『ヘルディン』沈黙! ここでついに、試合開始から起動していたと思しきリミッター解除の効果が切れました! 九死に一生を得たSASUKE選手、逆転の機会はまさに今しかないかァ──ッ!?』

「……ふ……ははは、は──っはっはっはァ!!

 

 

 ──やった。

 耐え抜いたのだ、俺は。

 そう──サスケはずっと、この瞬間を待っていたのだ。『ヘルディン』のリミッター解除が効果の限界を迎えて、自身の前に無防備な姿を晒すその時を。

 今ならば。今ならば好きなだけ、俺は『ヘルディン』を斬り刻むことが出来る。『レッドモンキー』の左腕装備、BD-01『MURAMASA』。『三日月(クレッセント)』のような光線剣(レーザーブレード)ではなく、無骨な鉄の塊で出来た単なる実体剣だが、その切れ味はまさしく妖刀級(ムラマサ)。システムダウンからの復帰に要する時間は約30秒、それだけの時間があれば、俺はこの村正をもって、『ヘルディン』を──

 

 

 ──『serin』を。

 『絶対女王(ミス・パーフェクト)』を、仕留められるのだ……!

 

 

「なァーにが『絶対女王(ミス・パーフェクト)』だ、このド阿呆(あほう)めェ! こうなることも想像出来ず、いい気になって拙者を嬲っていたというのか!? この愚か者がァ!!」

『急に饒舌さを取り戻したわね、赤いお猿さん』

「やかましい! その減らず口も最早これまでよ! 大人しく拙者の前に(かばね)を晒し、全一は全一でも莫迦の全一としてWTプレイヤー達の記憶に刻まれるが良いわああああああああ!!」

『──そりゃ、()()()()()()()()。ミスター(レッド)忍者』

「──は?」

 

 

 失意のどん底から一転、有頂天の極みへと行き着いていたサスケの耳に。

 いかにも柄の悪そうな、ドスの効いた男の声が届いた。

 

 

『どりゃあああああああ──!!』

「ぬおおおおおおおお!?」

 

 

 続けて警戒音(アラート)。それと同時に、掛け声に反して異様に甘ったるい、()()()()とした女の声。

 驚異的な反射速度で、画面外から飛んできたその一撃をサスケは躱した。カラスマでも何でもない、ただの平凡なライフル弾だ。()()()()ではない。ならば、こいつは一体──

 

 

『あーもー、結局当たんなーい! 今日くらい少しは見せ場あるかと思ったのにぃー!』

『ぼやくなよユメ。ここまで無傷で生き残ってるだけでも奇跡みてーなもんだろ、おめーからしたら』

『ギザさんうっさい! ていうか相変わらずおっそい! 早く追いついてくんないとわたしが狙われちゃうじゃん、ほらハリーハリー!』

『うるせーな、こちとらおめーみたくふわふわ飛んでいけるほど身軽じゃねーんだよ。ま、ぼちぼち()()()()()()()いい頃合いっちゃ頃合いだが──』

「おっ、おぬしらは……!」

 

 

 ふわふわと珍妙な軌道で宙を漂う白いタイタンと、その後方からキュラキュラと無限軌道(キャタピラー)を回し迫り来る緑のタイタン。対照的な2機の新手が遠方から向かってくるのを、サスケはその目で確認した。

 こいつらは──試合序盤で隠密(ジライヤ)に絡んでいた雑魚共だ。その後ジライヤは『serin』によって墜とされてしまったが、自由(フリー)になったこいつらがとうとう俺達の戦場へと追いついてきたというのか……!

 

 

「おっ──おのれえ! 今更雑魚の一人や二人が増えたところで何するものぞ! 良いかおぬしら、拙者はこの『serin』を相手に生き延びた──」

『──じゃあ、もう一匹増えたところでどうってことないですよね? ()()殿()

「…………!?」

 

 

 ──この声は。

 慇懃無礼を絵に描いたような、気取った言い回しの小僧の声は。

 忘れもしない、あの赤色。あの名前。そして何より、あの屈辱。

 ──そうだ。

 元はと言えばこの現状、何もかも、()()が……!

 

 

『集結ッ!! チーム『イノセンス・モラトリアム』、満を持しての全員集合ですッ! 絶対女王(ミス・パーフェクト)の窮地を前に、無名の隊員達が今こそその力を合わせる時が来たァァ──ッ!!』

「──レッドヒーロォォォォォォ!!」

『ドーモ、サスケ=サン。ニンジャスレイヤー()です』

 

 

 サスケの絶叫を意にも介さず、現れた第四の男──『REDHero』は、飄々とした口調でネットミーム丸出しの煽り文句を吐いている。自身を明らかに舐め腐っているその態度に、サスケの怒りはとうとう怒髪天に達した。

 ふざけるなよ。お前ら如きが、『serin』がいなければただの最弱集団に過ぎない、三下の群れ如きが──

 ──この俺を、撃墜王(エース)の俺を、墜とせるものかよ……!

 

 

『──みんな』

 

 

 ──などと、全身全霊でサスケが見下しに掛かった、その3人に向けて。

 『絶対女王(ミス・パーフェクト)』と呼ばれた少女は、それこそ──()()()()()()を、乗せたような声色で。

 言った。

 

 

 

 

 

『後は、頼みます』

『『『了解』』』

 

 

 

 

 

 簡潔な返答と共に。

 3機のタイタンが一斉に、その背に青色の炎を灯した。

 

 

『『『リミッター解除』』』

「──ぬっ、ぬわあああああああ──っ!!」

 

 

 一呼吸遅れて、サスケも両のブーストボタンと右トリガーを纏めて叩き、引き絞る。

 復帰待ちの『ヘルディン』が背後に控えている以上、このタイミングでのリミッター解除は自殺行為以外の何物でもないのだが、今のサスケにそのことを気にしている余裕などなかった。ただひたすらに、三方向から飛んでくる弾丸の嵐を避け続けることに、全神経を注ぐしかなかった。

 『虚雷』にはもう頼れない。この状況で自ら敵の弾丸を見えなくすることは死を意味する。何しろこちらの耐久値は残り一割以下、ただの一発たりとも被弾を許されない状況なのだ。故に、目の前の雑魚共が俺に対して取るべき選択肢は──

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 目の前の連中は紛れもなく、最適解を導き出していた。

 

 

『ユメ、おめーもライフルじゃなくてもっとミサイル撒け! ヒーロー、回り込んでこいつの逃げ道塞げ! 俺ら三人の内側に常に閉じ込めるつもりで動け!』

『今日はいやにリーダー風を吹かせるじゃないか、え? ギーザーよ』

『うーん、ゲッターの話はわたし全然わかんないな……』

『……これでやるこたきっちりやってっからタチ悪いんだよなあ、こいつら……』

「ぐっ、ぐぐぐぐぐっ……!」

 

 

 下らない掛け合いが耳に入ってきて集中出来ない。そこの女子(おなご)よ、すっとぼけたことを抜かしておるがおぬし確実に()()()()であろう? と突っ込みたい衝動を必死で抑えつつ、尚もサスケは全ての弾頭を避け続けた。その驚異的な回避力たるや、ある種の領域(ゾーン)に踏み込んでいると言っても過言ではなかった。数日前に赤嶺陽彩(レッドヒーロー)が垣間見せた刹那の超集中状態、それに近い扉をまたサスケも開きつつあった。

 しかし──終わりの時は、いつも唐突にやってくる。

 

 

『プロタゴニスト、アァ──クションッ!!』

「──なにィッ!?」

 

 

 それまで距離を取ってのミサイル乱射に徹していた赤いタイタン──『プロタゴニスト』が、急に全力で『レッドモンキー』へと距離を詰めてきた。味方の弾幕もおかまいなし、巻き添えを食おうが知ったこっちゃない。そういう動きをしていた。

 その思い切りに気圧されて、サスケの判断が僅かに鈍った。飛び交う弾頭、各機の位置関係、それらを何とか把握した上で立ち回れていた『レッドモンキー』が、逃げ道を誤って──

 ──とうとう2機の赤いタイタンは、互いの拳で殴り合えるほどの距離で接敵することとなった。

 

 

「どっ、退けえええええええ──ッ!!」

 

 

 故に、サスケは。

 目の前に現れた脅威を、振り払うために。

 反射的に、左の妖刀(ブレード)を、抜いた。

 抜いてしまった。

 

 

『──やってしまいましたなあ』

 

 

 がつん、と。

 左腕に衝撃(フィードバック)が走り、モニター上に()()()()()

 それは紛れもなく、ほんの1分足らず前にサスケが目の当たりにした──

 ──5秒間に及ぶ、()()()()()開始の合図であった。

 

 

「し、しまっ……!」

『締めは譲るよ、ユメさん』

『うわ、めずらし──粋なことするね、ヒーローくん?』

『見せ場が無いとかぼやいてたからさ。これで気持ち良く終われるだろ? (レディ)を泣かせて喜ぶ趣味はないんだよ、俺は』

『ほーんと、どの口が言うんだろうねえこの子は……』

 

 

 眼前で繰り広げられるそんなやり取りを前に、最早サスケは何一つとして口を出すことが出来なかった。ブーストボタンを叩こうという気にもなれなかった。意味もなかった。

 ──完敗だ。

 結局俺は、最初から最後まで、()()()()に踊らされっぱなしだった。

 侮っていた。完全に。『serin』一人さえどうにかしてしまえば、他の有象無象共など恐るるに足りないと、決め付けていた。

 その結果が、この様だ。

 

 

 

 

 

『御釈迦様の掌から逃れられると思わないことね、孫悟空さん──』

 

 

 

 

 

 ──今の俺は、まさしく。

 釈迦の掌の上で彷徨う、孫悟空(モンキー)そのものだった。

 

 

『──という訳で、初めてお喋りする忍者さん』

 

 

 今の俺は、このいかにも初心者臭い──動きの意図も不明瞭で、機体構成(アセンブル)も奇々怪界で、4人の中でも最も脅威たり得ないと思っていた、この甘ったるい声をした謎の女に──

 

 

『おぬしの御首(みしるし)、ちょーだいつかまつる。ニンニン』

 

 

 ──()()()()()A()とでも言うべき存在に、その首を刎ねられようとしているのだ。

 

 

「──ああ」

 

 

 その事実を、認めた途端。

 何故だろうか。

 拙者(サスケ)では──忍者の被り物ではない、誰にも真の名前など知られる必要もない、35歳独身サラリーマンの、()としての言葉で。

 自然とこんな言葉が、名も無き男の口から漏れていた。

 

 

 

 

 

「お前ら、良いチームだなあ……」

 

 

 

 

 

 その言葉を、戦場における辞世の句として。

 『フーフォン』のライフルによる一撃が、『レッドモンキー』の胸部を貫いて──

 

 

 

 

 

 ──試合、終了。

 Bクラスリーグ戦第一試合、チーム『イノセンス・モラトリアム』対チーム『ニニン=Ⅳ』。総撃墜数4-0で──

 

 

 ──前期全敗の最弱集団、チーム『イノセンス・モラトリアム』。

 誰も文句の付けようのない、完全勝利であった。

 

 






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