VRロボゲの元絶対女王を隣の席の俺が幸せにするまで 作:Amisuru
──草一つない
全身真紅のカラーリング、
重装甲かつ重武装、左右非対称の異形な頭部。それに加えて、人型兵器にあるまじき下半身の
──そして、それら3機から大きく距離を取り。
銀色に染まった流線型のフォルム、背中に取り付けられた無数の巨大ブースター。三日月の如く鋭く反り立った、両腕から伸びる
ある者は彼女を妖精と呼んだ。
ある者は彼女を天才と呼んだ。
ある者は彼女を絶対と呼んだ。
それら全ての評に応えて、彼女は最強で在り続けた。
元プレイヤーランキング一位。
軽量二脚型──『serin』の『ヘルディン』。
……ってな訳でね。
ガチで始まっちゃうんだな、これが。
──『イノセンス・モラトリアム』
起伏無しかつ遮蔽物無し、完全なるド平原。シンプル過ぎて一部プレイヤーからは逆にやり辛いとの声もあるこのマップだが、とりあえず捻らずにここで実施する運びとなった。
ここへと来る前に、ギーザーによる
それに当然、日曜日に控えたリーグ戦への参加も。
『……とまあ、半ば勢いでここまで来ちまったが──』
ぼやくように吐かれた声の主はギーザーだが、その姿は今の俺には映っていない。
俺の視点は『プロタゴニスト』のコクピット内に移っており、視界にあるのは計器を模して表示された機体の耐久値やブースト残量、武器の弾数といった情報一式。そして一面の土景色と──
──遥か遠方に佇む、白銀の
『──どういうつもりだ? セリンちゃんよ』
『言ったでしょう? 親睦会だと。お互いのことを
『……そりゃまあ、確かにオレも
それは確かに、俺の方も気になっていた。
4年前、紛れもなく
かつて、
本当に、
『お姉様から、このチームの理念を聞かせてもらったわ』
『──あ?』
『『
『……セリンちゃん……』
『た・だ・し』
あ、また
まだ結構距離あるけどなあ……あの背中のブースター気になるなあ……4年前はあんなん積んでなかったよな? 優勝してから引退までにまたアセン弄ったのか。随分尖った構成に見えるが……まあ二刀流の時点で今更か。
『──私、走り出したら止ま
『──へえ?』
『それが此度の蛮行に及んだ理由よ。きっちり私に
『ほー……ほーほー、言ってくれるじゃねーか、カムバックしたての『元』最強様が──』
「よせギーザー。始める前から負けフラグを立てに行くんじゃない」
気付いてるのか? 今のアンタ最高に噛ませ犬ポジションだぞ。あれでも俺そんなおっさんと同じ側に立っちゃってる。俺もか? 俺も
『いーや、ここは現役勢として意地の見せどころだぜヒーロー! いいかセリン、確かにおめーは
「言っても実質2人みたいなもんだけどなこっちも」
『もっとユメさんに優しい言い方があろうもん……』
『
……まあ確かに、ギーザーの言うことも一理ある。
確かに下半期、俺達『イノセンス・モラトリアム』は連敗街道を驀進した。雨の日も風の日も休むことなく負け続けた。しかしぶっちゃけ、俺やギーザーに技量で劣るプレイヤーには腐るほど当たった。後一歩で勝てるところまで行った試合だって、片手に余る程度にはあった。
けれど結局、勝ちきれなかった。
それほどに、2対4という数的不利は大きかったのだ。
うんうんそうだね3人だね。そういうことにしておいてあげるね。俺の中のイマジナリーユメさん泣かないで。後で飴ちゃん買ってきてあげるから。よしよし。
とにかく、ギーザーのこの自信はそういった負の経験値から来るものなんだろう。3人に勝てる訳ないだろ! ってやつ。でもさあ、俺の中にいるイマジナリー
……ってさ。
『その意気や良し。──そういうワケだから、悪く思わないでちょうだいね? お姉様に──陽彩くんも』
『……い、今からでもわたしは見学に回れないかなぁ? なーんて……』
『安心してお姉様。苦しむ間もないくらい一瞬で
『いやぁぁ殺し愛系ヤンデレ妹はいやあああああああ!』
「──セリン」
さて。
ギーザーは
と言っても。
俺からこいつに言うべきことは、さして多くはない。
「ここは止めない。好きなだけ走れ」
『────』
それだけで伝わる筈だ。
『──ありがとう』
その言葉と共に。
『ヘルディン』の背中のブースターに、青白い光が燈るのが見えた。
『
──来る。
コントローラーを握る両の手に力が篭もる。これから俺が相手にするのは、凡百のBクラスプレイヤーではない。かつて最強と謳われたタイタン乗り、その張本人が──
──3年分の助走を付けて、突っ込んでくるのだ。
直後。
青色の粒子が弾けて、一発の
『ヘルディン』の背中に取り付けられた大型ブースター群、通称『アメイジング・ユニット』。本来ストーリー上の長距離航行用装備として用いられ、対人戦での使用は想定されていないそれが齎す、殺人的
その恩恵を授かって飛ぶ銀色のタイタンの姿は、まさしく
「──そういうのは俺じゃなくて、吸血鬼とかそういうのに使えっつーの……!」
『ワケわかんねーこと言ってねーでぶっ放せヒーロー! ユメも!』
『お、おりゃあー!』
言われるまでもない。豆粒ほどの大きさだった『ヘルディン』の姿が、ぐんぐん大きくなって迫ってくる。当然、このまま懐に飛び込ませる筈もない。
だから
お前が現役だった頃には、存在しなかった武装だ──!
カァオッ!!
『…………!』
横っ飛びに大きく弾ける『ヘルディン』。その機影が数瞬前まで存在していた空間を、青色の光弾が通過していった。
『プロタゴニスト』の
急速旋回して俺の右手側から回り込もうとする『ヘルディン』に、ミサイルの雨やライフル弾が殺到する。ギーザーとユメさんの手によるものだ。当然、俺だって
狙いなんかまともに付けちゃいない。俺の腕でセリンの動きを捉えられるとは思えないし、そもそもこの超高機動型タイタンの動きを見極めようっていうのが無茶な話だ。
『あーもー、全然当たんなーい!』
「いいから無心で撃ち続けろユメさん! 当てようなんて思うな、セリンの方が
『そ、そんなんでいいの!?』
『いーんだよ! 一発でも刺さりゃ足が止まってやりたい放題だ、向こうにゃカットに入れる仲間もいやしねーんだからな!』
そう、これが数の暴力というやつだ。
こっちはとにかく、セリンを近寄らせずに撃ちまくるだけでいい。『ヘルディン』のコンセプトは明らかに機動力を活かした近接特化型、開幕直後にブーストで突っ込んで懐に飛び込むのが狙いだったんだろうが、この弾幕を前にその目論見は脆くも崩れたと思っていいだろう。
対話を放棄した事故らせ狙い。それがこの場の最適解となる。だからギーザーはこう言ったのだ。
こちらもバーニアを噴かし距離を保ちつつ、『ヘルディン』を視界に収め続ける。狙いを付けないとは言ったが、画面外まで逃れられては話にならない。そうしてまた、カラスマをぶっ放しながら考える。
どうする渡良瀬。まさかこの状況が想定外だなんてことはないだろう。確かにお前はこれが初めての対人
CPUはプレイヤーほど数的優位を活かした動きはしてこないが、それでも一人にかまけていたら画面外から他に撃たれて死ぬようなシチュエーションは腐るほどある。故に渡良瀬も、対複数のノウハウはある程度理解している筈なのだ。そうでなければ、こんな勝負を仕掛けてくる筈もない。
そんなお前なら、もしかしたら。
俺の中にある『
「……っと」
いかんいかん、そろそろENゲージが限界を越えてオーバーヒートするわ。カラスマ性能良いけどこの燃費の悪さが弱点なんだよなあ……とはいえ当然、カラスマ以外にも積んでる武装はまだまだある。お次は俺もギーザー同様肩のミサイルを──
『──気を抜いたわね、陽彩くん』
「は──」
声の方が先だったのか、動きの方が先だったのか。
斬撃など届きようもない距離で、『ヘルディン』が両の腕を交互に振るった。
直後。
二対のブレードから放たれた
「がっ……!?」
視界が揺らぐ。ダメージを受けたことで機体の熱量が限界を越えて、オーバーヒートを起こす。触覚フィードバックによる衝撃の再現で、肺の空気が僅かに漏れた。
これは──ブレード光波……! 一部のレーザーブレードのみが放てる、近接兵装にあるまじき飛び道具だが──
(──そりゃ、上級者動画じゃ実戦でやってんのも見たことあるけどよ……!)
何なら俺だって出したことはある。と言ってもまぐれの単発止まり、狙って出せたことなど一度もない。しかし今、
間違いない。
『ヒーローくん!?』
『やべえ来るぞ! 応戦しろヒーロー!』
「くっ、そ……!」
足の止まった俺を墜とさんと『ヘルディン』が迫る。ミサイルでは到底間に合わない、ロックオンよりも捕まって斬り刻まれる方が断然早い。
兵装選択を右肩のミサイルから、左肩のグレネードランチャーに変更する。こいつを使うと構え動作のために移動出来なくなるのが欠点なのだが、どの道今はオーバーヒート中、ブーストで飛び回ることも叶わない。関係ない。
外したら死ぬ。だが狙いを付けている余裕もない。半ば破れ被れに、トリガーを引いた。
「──南無三ッ!!」
WT-GN230グレネードランチャー。こいつの利点は近接信管──標的に直撃せずとも、敵機の近くまで到達すれば勝手に爆発してくれることだ。今の状況にこれ以上適した装備はない。
だから頼む。お願いだから食らってくれ……!
『甘えね』
そんな俺の願いを、たった一言で切り捨てて。
突っ込んでくるという予想に反して、『ヘルディン』が
「んなっ……!?」
標的を見失った榴弾が、無人の前方で虚しく爆発を起こす。そんなものには目もくれず、俺は画面下部のレーダー表示を凝視した。
『ヘルディン』を示す赤い光点が、尋常ならざる速さで青い光点の一つに迫っている。
──『ネバーランド』だ。
「ギーザー!!」
『──んだとぉ!?』
カバーに入らなければ──しかし身動きが取れない。グレネードを放ったことによる、構え動作の硬直が抜けていない。加えて未だに、オーバーヒートからも復帰出来ていない。
だから俺は
『んのやろ、ハエみてーにブンブン飛び回りやがって──うおっ!?』
『わー! ギザさーん!?』
赤と青の光点は最早、重なり合うほどに密着している。そうこうしている間に、画面左に表示されている『ネバーランド』の耐久値が削れ始めた。『ヘルディン』が攻撃を開始したのだ。
──マズい。
「こんの、さっさと回復しろ……!」
毒付くのとほぼ同じタイミングで、『プロタゴニスト』のオーバーヒートが解除される。すぐさま使用兵装をカラスマへと切り替え、ギーザーらを視界に収めるべく機体を旋回させた。
見えた。想像通りに背後を取られた『ネバーランド』が、『ヘルディン』の二刀流によって滅多斬りにされている。耐久値の削れるスピードが尋常じゃない。おそらく、
ブーストを噴かして二機との距離を詰める。『ヘルディン』は未だこちらに背を向けて、『ネバーランド』の解体作業に夢中になっている。俺が復帰するまでにギーザーを沈める魂胆だったんだろうが、そうはいかない。
今なら──当たる!
カァオッ!!
『──それも甘え』
まるで、背中に目が付いているかのように。
俺がトリガーを引いたのと同じタイミングで、『ヘルディン』が斬撃の手を止めて、僅かに一歩、右にズレた。
それだけで充分だった。
俺の放ったカラスマを避け、『ネバーランド』へと直撃させるには。
『どわあああああああ!!』
『ぎ、ギザさ──ん!!』
「な────」
その一撃がトドメとなって、耐久値を失い爆散する『ネバーランド』。返す刀で弾け飛ぶ『ヘルディン』の姿を呆然と眺めつつ、俺は──硬直していた。
間違いない。今のも
信じられない。どうしてそんな芸当が出来る? お前は一体、どこまで見えているんだ?
操縦技術も、状況判断も、発想力も、全てにおいて桁が違う。
今の俺と、
『ぎゃわ────!!』
23歳の悲鳴が響き渡り、また一つ光点が消える。
あっという間に、残る光点は二つだけになった。
『さあ──』
『プロタゴニスト』と『ヘルディン』。
片や、英語で
『ヘルディン』とは、ドイツ語で──
『──どうする?』
──『ヒロイン』を、意味する。
いつの間にか、『ヘルディン』の足が止まっていた。止まれない女だと言っていたのに──いや、そうか。
少し考えれば判ることだった。勝負が始まった時からずっと、『ヘルディン』はブースターを全力で噴かし続けていた。いかに『アメイジング・ユニット』が長距離航行用装備と言っても、対戦用にその性能はストーリー時から
リミッター解除──左右のブーストボタンと右トリガーを同時に引くことで発動する、タイタン乗りの切り札と呼ぶべき機構。こいつを発動している間は、ブーストやEN兵器を使用しても一切ENゲージを消費しなくなる。ただし発動時間には制限があり、時間を過ぎると機体はシステムダウンを起こし、一定時間
つまり、今なら。
俺は
ミスの筈がない。確かにリミッター解除はコマンドの単純さ故に意図せず暴発することもある動作だが、セリンの様子に一切の動揺は見られない。これ一発で試合が終わるほどの致命的な事態だというのに。
つまりこれは意図的なものだ。システムダウンという中断期間を設けた上で、俺に問い掛けてきているのだ。三人掛かりで手も足も出ず、あらゆる面で上を行かれ、最早勝ち目など万に一つも残っていない俺に対して──
──と。
「…………」
──『どうする?』と、こいつは言った。
ここで終わりにするか、続けるか。
走り続けるのか──
──『
決断しなければならないのは、俺の方だった。