VRロボゲの元絶対女王を隣の席の俺が幸せにするまで 作:Amisuru
灯りを落とした部屋の中、ベッドの上でスマートフォンの画面をタップする。
23時58分。
もう間も無く、日付が変わろうとしている。
「…………」
……眠れない。
あの後すぐ、ギーザーとユメさんに断りを入れて
ならば明日学校で──と言いたいところだが、間の悪いことに明日は土曜日。このままでは月曜日まで、あいつと直接話すことが叶わなくなる。ついでに言うなら日曜日には今期のリーグ戦が開幕し、下手をすれば俺達は再び、3人のみで試合に臨む羽目になるかもしれないのだが──
正直もう、リーグ戦なんてものはどうでもよかった。
ただとにかく、あいつの無事を知りたかった。
「…………」
23時59分。
後1分で今日が終わる。
昨日の晩に予想した通りの、長い長い一日が。
……勝手に全部、解決した気になっていた。デバイスのことと同じように、何とかなったのだと。あいつが復帰を決めた時点で。
だが実際は、そうではなかった。
許す筈がないと、あいつは言っていた。だから黙って、あいつは電子の荒野に戻ることを選んだのだ。
──前のデバイスを処分したという、母親に。
最後に聞こえた物音、あれはおそらくゴーグルが床に落ちた音だ。同時に聞こえた渡良瀬の悲鳴からして、強引に渡良瀬の頭から剥ぎ取って叩き落とした可能性が高い。その後すぐに向こうの音が聞こえなくあったあたり、本体の電源も即座に落とされたんだろう。最悪、直接コンセントを抜かれた可能性すらある。
そうして
通信切断による、敗北という扱いで。
「…………」
……煮え繰り返りそうな
母親に非はないと、縋り付くようにあいつは訴えていた。しかし、ただ遊んでいただけの娘から強引にゴーグルを剥ぎ取り、有無を言わさず電源を落とすというのは──尋常ではない。事情を知らない俺からしてみれば、明らかに母親の方が常軌を逸しているようにしか思えない。
最初から
「…………」
──そうしてついに、今日という日が昨日になる。
4月11日土曜日、0時00分。その表示を区切りとして、息を吐いた。
スマホのサイドボタンを押して画面を消し、枕元に置き目を閉じる。
……今度こそ眠ろう。
渡良瀬に再び連絡を試みるにしても、再びWTに潜ってギーザーとユメさんに相談するにしても、全ては明日……いや、もう今日か。
とにかく一度、眠りに落ちてからだ。
この益体もない夜に、別れを告げてから──
そう決意した矢先だった。
手放したばかりのスマホが、存在を主張するように震え出したのは。
「…………!」
跳ねるように飛び起きて、スマホを鷲掴み画面を確かめる。
望んでいた通りの名前が、そこには表示されていた。
だから真っ先に、俺はその名前を口にした。
「──渡良瀬」
『あ────』
『応答』の二文字をタップし、スマホを耳に寄せて呼び掛ける。
対するあいつは、俺の名前を呼ぼうとしたのか、単なる逡巡だったのか。
いずれにしても、そこから先は、言葉にならなかった。
『……うっ、うう……ううううぅ……』
「…………」
『……うぁあああぁ……ああぁああ……』
……まるで、
これで三日連続だ。渡良瀬とまともに言葉を交わすようになってから、こいつは毎日俺の前で涙を見せている。
かつて渡良瀬に人生最高の幸福を齎した、WTという
『ごめんなさい……あかみねくん、ごめんなさい……』
「…………」
『……ぜんぶ、とられちゃった……ゴーグルも、スーツも、ぜんぶ……』
「……謝らなくていい」
『あなたが、さそって、くれたのに……『ともだち』に、なれたのに──もうわたし、あなたと、みんなと、あそべない……あそべないよお……』
……必死に、取り繕っていたんだなと、思った。
平時の渡良瀬を知る誰が、今のこいつの姿を想像するだろう。
多分ずっと、見せないようにしていたんだろう。知られないように、振る舞い続けていたんだろう。
けれどもう、こいつの心の箍は、外れてしまった。
最強と謳われたタイタン乗りの影は、何処にもなく。
電波の向こう側で泣きじゃくっているのは、『serin』ではなく──ただの、渡良瀬凛音だった。
「……ごめん、渡良瀬」
『…………」
「もう何も聞かないって、昨日言ったけど──流石にこれ以上、知らないままではいられない、俺も」
……俺はきっと、渡良瀬にとって酷なことを強いろうとしている。
本当はもっと、言うべきことがある筈なのだ。『辛かったな』とか、『好きなだけ泣け』とか、今の渡良瀬の心情に寄り添い、こいつの心を落ち着けるための言葉を。
けれど、それ以上に。
いい加減、この現状を何とかしたかった。
こいつを取り巻く全ての厄介事を取っ払って、また馬鹿みたいに、
それをきっと、世間一般的には
今のこいつにはきっと、何よりもそれが必要なのだと、思うから。
「だから──話してほしい。3年前、何があったのか」
『…………』
「……それを聞いたところで、俺に何が出来るのかなんて判らないけど──ただとにかく、共有したいんだ。渡良瀬の抱えているものを、気持ちも、事情も──その全てを。俺はお前の──」
……だから、頼む。
立ち上がってくれ、渡良瀬。
今すぐにとは言わない。いくらでも待つ。お前の悲しみが癒えて、心の内を曝け出せるようになるその時まで。
そして、その時が来たら──全てを終わらせよう。
お前を雁字搦めにして、
「──
『────』
そう。
俺はもう、ただの
だってまだ、俺は誓いを果たせていない。お前といつか肩を並べて、電子の荒野を駆け抜けるって、そう決めたんだよ。
俺達まだ、何も始まっちゃいない。何もかも全部、これからなんだ。
それなのに──始める前から、終わりにさせられてたまるか。
『……ありがとう』
それで、ようやく。
電波越しの声に、僅かながらも活力が戻ってきた。
『わたし……私も、話したい。あなたに──赤嶺くんに、聞いてもらいたい』
「…………」
『……もう、これ以上。一人で、抱えていられない……』
「……サンキュ」
まだ少し、鼻を啜る音が聞こえはするけれど。
話す言葉に、意志の力が宿り始めているように思えた。
後ろ向きに聞こえる理由でも、こいつは一歩、前に進むことを選んだのだ。
『……赤嶺くん。あなた、明日──家を出られる?』
「……家?」
『直接会って、話したいの。……それに、少し──』
そこで少し、間が空いた。
当然、促すような真似はしなかった。
『──覚悟を決める、時間が欲しい』
「……わかった」
覚悟。
それは果たして、自分の過去と向き合う覚悟か。それを俺に明かすための覚悟か。母親と対峙するための覚悟か。それとも──
──そのどれでもない、未来に進むための覚悟か。
いずれにしても、俺はこいつの意思を尊重するだけだ。
「──何処で会う?」
『……国領駅のすぐ北にある公園、わかる? カルガモと鯨の遊具があって、おっきな木が生えてる──』
「……わかるよ。何度か通ったことある」
『じゃあ、そこで。時間は……10時頃で、大丈夫?』
「問題なし」
言いながら、まったくもって状況にそぐわないことを、思った。
まるっきり、デートの約束か何かみたいだな、と。
……それで気分が上がるかと言ったら、一切そんなことはなかったけれど。
『……わかった。──それじゃあ、赤嶺くん』
「……おう」
『今日は、ありがとう。……私、本当に──』
それで、今度こそ。
本当に、今日という日が終わるのを、察した。
16年の人生で、最も長く、様々な出来事に満ちた──そんな一日が。
『たのしかった。うれしかった。──
「────」
『おやすみなさい。──またあした』
「……ああ」
瞬間。
俺の心を捉えて離さない、あの時の言葉が、リフレインした。
「……おやすみ、渡良瀬」
果たして今日、こいつが感じた幸福というのは。
越えていたとは思わない。流石にたった一日限りの経験で、人生最大の幸福なんてものを与えられたと思うほど、自惚れてはいない。
けれど今。
ハリボテだった願望に、ようやく一つ、明確な指針が芽生えた。
とてもじゃないが、本人に直接は、言えないけれど。
なあ渡良瀬。
俺はいつか、お前の──
──
何回だって、何度だって、そう思わせてやる。