VRロボゲの元絶対女王を隣の席の俺が幸せにするまで 作:Amisuru
ベンチの側に自転車を停めて、スマホをタップし時間を確かめる。
9時34分。
……早く着き過ぎたな。
自分以外には誰もいない公園を見回して、そう思った。
我が家から国領駅までは徒歩で1時間ほど掛かるので、流石に歩きという移動手段は取れなかった。なので自転車を使って大体15分前には到着したいという目論見だったのだが、思いの外早く辿り着いてしまった。待たせては悪いという意識が働いてか、いつも以上に漕ぐ速度が増していたのかもしれない。
とはいえ、今のご時世この板切れを弄んでいれば10分20分程度はあっという間に消費出来る。そう思い、手元のスマホに視線を戻しかけたところで──
並んで佇む二匹の動物
「…………」
本来、陸地に生息しているはずがないもの。作り物だからこそ、存在が許されているもの。
腹からバネを生やして地面に繋がっている、カルガモと鯨の遊具。
ただ跨って前後に揺らして遊ぶだけの、単純極まりない──幼児向けの遊具だ。
(……こんなん乗って遊んでたの、何歳までの話だったかな……)
設置されてから相当の年月が経っているのだろう、あちこち塗装が剥がれて持ち手の部分も錆びついてしまっている。
ともすれば、最近のちびっ子はもうこういう遊具に触る機会すらないのかもしれない。俺の手の中にある板切れ様もそうだし、今の世の中こんなものに頼らずとも娯楽なら星の数ほど溢れ返っている。
そうしていつか、このカルガモと鯨もあるべき場所に還るのだろう。
そこはきっと水場ではなく、
「…………」
ふと、馬鹿な考えが頭の隅を過ぎった。
──乗ってみるか?
(……いやいや、まさか)
正気に戻れ。いい歳こいた男子高校生が乗って許される代物じゃないだろ、どう考えても。それに万が一、こんなもんで遊んでるところをあいつに見られでもしたら、俺は──
「──何を見ているの?」
ちょうど、そんなことを考えていた矢先に。
当人の声が、背後から降り掛かった。
初めて見る私服姿は、白黒基調のシンプルな色合わせだった。
白のタートルネックに薄茶色のカーディガンを羽織り、下はハイウエストの黒いストレートパンツ。飾り気の無さが逆に大人びた雰囲気を与えていて、『可愛い』よりも『格好良い』の形容詞が似合いそうな──こいつの見た目によく似合う、落ち着いたコーディネートだった。
けれどそれが、見た目だけでしかないことを俺はもう知っている。
「……や、別に」
「そう」
一瞬でも幼児向け遊具に興味を示してしまったとは悟られたくなくて、思わず素っ気ない返事になってしまった。
一日ぶりに見る渡良瀬の表情は、普段と変わりない無感動のそれだった。流石に一夜明けたおかげか、電話の際に感じられた情緒不安定な雰囲気は今のところ見られない。
本当に乗り越えたのか、無理して気を張っているだけなのかは、見ただけでは判断が付かないけれど。
「随分早く来たのね。先に待っているつもりだったのに」
「信号に恵まれたんだよ。ホントは15分前くらいに着くつもりだった」
「それでも充分早いじゃない」
「そうか? こういう待ち合わせって大体、そんくらいに着いとくもんじゃないのか、特に男の方は」
「……こういうって、どういう?」
「……深い意味はない」
変なところに食いつくな。調子が狂うから。
「とりあえず座ろうぜ、突っ立ってないで」
「どっちに?」
「いや、どっちって──」
「私はカルガモにするわよ。何と言っても
「……正気か?」
「あなたは鯨さんという柄ではないかもしれないわね? 赤嶺くん。
「ごめんマジでリアルでその名前で俺を呼ぶのだけは勘弁して下さい」
「そこまで本気で拒絶しなくても……」
絶対に許さない。訴訟も辞さない。
それはさておき、本気で乗る気か渡良瀬? すぐここにベンチあるんだぞ? いやマジで向かってるよこいつ。相変わらず何するか行動が読めない女だなお前は。
まあ、ついてくけれども。
そうするって決めちまったからな、昨日。
「……これ、最後に乗ったのっていつだったかしら……」
「……昔からこの辺住んでたのか?」
「ええそうよ、小中も近くの学校に通っていたわ。高校になってからは一気に遠くなってしまったから、たまに朝が辛くて嫌になるわね」
「そりゃお気の毒だな。こちとら家から徒歩5分だ」
「……あなたもしかして、近いからという理由で今の高校を選んだの? 仮にも進学校よ?」
「いいか渡良瀬。俺は面倒が嫌いなんだ」
「受験勉強に費やす時間の方がよっぽど面倒だったと思うのだけど……」
いいんだよ。おかげで受かった報酬として
まあ高校入ってから笑えるくらいに成績落としてるけどな! ガハハ!
で。
「赤嶺くん」
「何」
「これどこに足を掛ければいいのかしら?」
「乗ったとき地面に足着いちゃう人間の利用は想定されてないんじゃねえかな……」
ただでさえお前足長いんだから余計に。
という訳で、本当に渡良瀬はカルガモさんへとRide onしてしまった。ちなみに俺も座らされてしまったよ鯨に。流れで。
何やってるんだろうな俺達。やるべきことを後回しにして、しょうもないことに時間を費やして。
これも一種の、
だが、まあ。
こいつのために費やす時間なら、面倒だとは思わない。
「あなたの方なら漕げそうじゃない? 赤嶺くん。ほらそこ、ヒレのところが足掛けられるようになってる」
「……いや、足掛けてその後はどうすんだよ」
「決まっているでしょう? その子の本来の役目を果たしてあげるのよ」
「ええー……」
「随分と嫌がっているわね。そんなに
「……そりゃそうだろ。俺達くらいの歳が遊ぶために造られたもんじゃないぞ」
「別にいいじゃない、幾つになっても遊んでいたって。それともあなた、隊長さんへのあれは煽りじゃなくて本気の言葉だったのかしら?」
「──は?」
「『
本当に、唐突に。
豪速球を、投げ込まれた。
渡良瀬の顔を見る。その口元には、僅かながらに笑みが浮かんでいる。けれどその表情に、歓喜や高揚と言った感情の発露は見受けられない。
ただ一点、唇だけが歪んでいる──乾いた笑みだった。
「名は体を表すって言うわよね、赤嶺くん」
「……あ?」
「あなたに出会って、その諺もあながち嘘じゃないのかなって思うようになったわ。それまでは、これっぽっちも信じていなかったけれど」
「……お前、さっきから一体何の話──」
「私にとって
そう言って渡良瀬は俺から視線を外し、何もない空を見上げる。
青い、青い空を。
「──結局このカルガモさんも、私を運んではくれないのね……」
半ば、独りごちるようにそう漏らして。
それまでの興味の一切を失ったように、渡良瀬はあっさりと遊具から降りて、言った。
「ベンチに戻りましょう、赤嶺くん。──
「……おう」
何故だろうか。
渡良瀬が言った『これ』と言うのは、間違いなくこのカルガモと鯨達のことの筈なのだけれど。
それ以外の何かを含めた意味が込められているように、思えてしまった。
「──何から、話せばいいのかしらね……」
そして、ようやく。
本来の話題に移行する時が来たらしい。
一人分の隙間を挟んで、俺と渡良瀬は並んでベンチに腰掛けている。先に座ったのは渡良瀬の方だったので、この隙間を生み出したのは俺の意思だ。
世の中の男子諸君に問いたい。友人関係にはあっても交際関係にはない男女が同じベンチに座る時、肩を寄せ合うほどの距離で並んで座るのは自然なことか?
俺は不自然だと思う。だから間を空けた。それだけの話。
「あなたの聞きたいことリスト、確かこんな感じよね。どうやって中1で全一になるくらい強くなったのか、何がきっかけでWTを始めたのか、WTの何がそこまで私を惹きつけたのか──だったかしら?」
「……他にも色々あるが、肝心なのが一つ抜けてるな」
「なら、いきなり
「……順を追ってでいい」
「結構」
論文みたいに結論から話してもいいが、いきなり遊園地が爆発したんだとか言われても脳が理解を拒むからな。段階を踏むのは大事だ、何事も。
いきなり何の話だよって思ったかな。最近読んだネット小説に出てきたネタだよ。いや、マジで面白いぞ。奇しくも目の前のこいつと同じ、
「私がWTを始めたのは、兄の影響だったわ」
「……兄貴がいたのか、お前」
「更に辿れば父の影響なのかしら? お父さんがいわゆるアニメオタクで、その薫陶を受けた兄が見事に染まって、そこから私へと感染して──という流れだもの」
「オタク化を伝染病か何かのように語るなよ」
「でもあなたのところもそうでしょう? 手紙を渡してあげましょうか? 破り捨ててから言ってもいいのよ、
「……お前が『ひ、ひどい……』とか言って泣き出したら付き合ってやってもいい」
「なら、あなたはきちんと涙を拭いてくれる? 再現するならそこまでワンセットよ」
「……ホントに泣いたらな」
馬鹿な約束をしてしまった。しかしまあ、今思い返しても無茶苦茶な1話だ。そりゃリリーナ様も視聴者も揃ってこう言うよ。『何なの……この人……』って。
「で、兄貴の影響ってことは……兄貴がWTやってるのに感化されて始めたって感じか?」
「いいえ、発売初日に2人揃って買ったわ。厳密に言えば3人ね、父も合わせて買ったから」
「……お前ん家どんだけ金あんの?」
「別に、普通の一般家庭よ。両親だって3年前まで共働きだったし、お屋敷とかに住んでいる訳でもないし──けれど、経済的にはまあ、恵まれてはいるのでしょうね」
そりゃそうだろう。デバイス一式全部合わせたら二桁万円は軽く飛ぶんだから。それを初日に3人分サクッと購入出来る経済状況で恵まれてないなんて言ってみろ、流石に手が出るぞ手が。いや殴るとかじゃないけど。頬の一つでも抓るくらいは許容してもらいたい。
「それからはもう、夢中になった──
当時のことを思い返すように、渡良瀬の目が遠くなる。
その光景については、ありありと浮かぶ。何せ俺も同類だから。それはもう朝から晩まで、寝る間を惜しんでこいつは荒野に通い続けた筈だ。そしておそらく、俺と同様に学校の成績も急落したことだろう。下手すれば休んでまで遊んでいても不思議ではない、その後のこいつの地位を考えたら。
また一つ。
パズルのピースが埋まっていく。
「父も兄も、すぐに相手にならなくなったわ。元から父は社会人だし、兄も大学受験を控えていてプレイ時間が比較にならなかったというのもあるけれど──そうなったら、残る相手は顔も見えないネットの住人達しかいない」
「…………」
「そして、そこでも勝ち続けた──無論、完全無敗という訳ではなかったけれど。負ける度にリプレイを見返して、敗因を徹底的に洗って、対策をしっかりと練った上で再戦に臨んだ──愚直にそれを繰り返した」
語る分には、極めてシンプルかつ妥当な頂点への過程。
おそらくトップランカーであれば、誰もが欠かさずやっていること。
本人にその自負があるのかどうかは知らないが、そんなごく当たり前の手段で他より一歩抜きん出た強者になれたというのは、やはり──
「そうして気が付いたら、私は──ランキング1位になっていた」
──『serin』というのは、
当然、本人の努力もあっただろう。人一倍練習もしたんだろう。しかしそこから『
しかしそれは、わざわざ口に出すことでもないだろう。
何者にもなれない、
「……すげえな」
結局、そんな一言しか出てこなかった。
素直な賞賛が出てこない自分が、みっともなく思えた。
「そうでしょう? 才能あったのよ、私。神様はきっと、タイタンへと乗せるために私をこの世に産み落としたんだろうな──なんて、当時は本気で信じていたくらい」
「お前調子に乗るなよ」
「すごいなって言ってくれたばかりじゃない」
「そこまで自画自賛出来るなら俺の称賛なんて必要ねえなって思い直したわ」
訂正。自負の塊だったわこいつ。尊大な自尊心と欠片もない羞恥心で出来上がってやがる。『serin』という名の肥え太った一匹の虎だ。その声は我が友、渡良瀬凛音ではないか? いかにも。
が、そんな俺の返答がどうやらお気に召さなかったらしく。
「……そんなことないわ。自画自賛なんて虚しいものよ、どれだけ重ねても」
心無しか、吐き捨てるような口振りだったので。
流石に俺も、皮肉屋の自分を一旦脇へと追いやることにした。
「……兄貴とか親父とかは、褒めてくれなかったのか?」
「ベタ褒めよ、勿論。特におに──兄の興奮っぷりと言ったら、私以上のものだったわ。『リン、君は天才だ。
「……お前のお兄様なんかキャラ濃くない?」
「素敵でしょう? WTの才能はまるでなかったけれど、間違いなく私にとっては自慢の兄さんよ」
……そうか。
ならば俺は口を挟むまい。家族愛に割って入ることほど無粋なことはない。俺は一人っ子だからなんとも共感し難い関係性だけれども。
そしてそんだけベタ惚れの癖に、WTの実力に関しては容赦なく切って捨てているところがこいつらしい。昨日の
「──だけど、ただ一人。私の才能を理解してくれない人が、身内の中にいた」
それで、ようやく。
今日俺は、誰が原因で
「……母親か」
「ええ、そう。疑問に思わなかった? 父も兄も話に出てくるのに、一人だけ触れられない存在がいるなあって」
「情報過多でな。そこまで頭が回らなかった」
「マルチタスクを処理出来ないと戦場では生き残れないわよ、赤嶺くん」
「ウミネコ……」
「しのびごとの話はいいから」
あの漫画好きなんだよな。画力高いし掛け合いも面白いし、何より
笑いっていうのは調和を齎す重要なファクターで、俺達の逃げ道はそこ以外にはないのかもしれない。
中3の時に読んで衝撃を受けたとある小説に出てきた、印象深い一文だ。
「断っておくけど、これも母が悪いと言いたい訳ではないの。母は家族の中で唯一、アニメとかゲームとかに関心がない人で──けれど決して、私達がそれを愛好することは否定しなかった。ただ単に、知識がなかっただけなのよ」
「……そうなのか?」
「そうじゃなかったら父と結婚なんかしてないわ。だから赤嶺くん、昨日のことであなたは母に対して悪印象を抱いているかもしれないけれど──これからの話を聞く前に、一旦その先入観を捨て去ってほしいのよ」
「……わかった」
そう。
最初からずっと、
母親は何も悪くない。何もかも自分が悪い。
そう主張する、渡良瀬の──
「父、兄、そして赤嶺くん──あなた達が私の成したことを偉業だと認識出来るのは、同じWTプレイヤーだからという理由が大きいでしょう? 仮に別のゲームの話だったとしても、プレイヤーランキング1位という結果を聞けば驚嘆出来る程度にはゲームに対して理解がある」
「……まあ、そうだな」
「けれど母は、そうではなかった。ゲームは所詮、ただの
「…………」
……そういう世代、か。
渡良瀬の母親の年齢を推測してみる。4年前に大学受験を控えた長男がいて、3年前まで共働きかつおそらくは高級取り。決して早い年齢での結婚ではなかっただろうと思う。仮に20代後半で結婚してすぐに渡良瀬の兄を産んでいたとしても、若くて40代後半、おそらくは50代越えとなる見通しになる。
……そりゃ、eスポーツがどうとか言われてもピンと来ないのも無理ないわな。ギリギリファミコン世代ってとこだろ。ちなみにギーザーくらいの歳だとスーファミ世代に該当するらしい。たまに聞いたこともないレトロゲームの話振ってきて俺とユメさんをポカンとさせてるよ。ジェネレーションギャップっていうのは悲しいなあ。
……が、これから聞く渡良瀬の事情はおそらく、悲しいなあの一言で済ませていい問題ではないのだろう。
「それでも私は、どうにか母に自分を認めてほしかった。──公式大会の開催発表があったのは、そんな時よ」
「…………」
「私はこれを絶好の機会だと思ったわ。プレイヤーランキングなんて非プレイヤーから見てもてんでピンと来ないだろうけれど、公式大会ともなれば試合の模様も大々的に配信されるし、何よりも
「……生々しい話になってきたな」
「ええそうね、残念なことに。……けれど、そんな不純な動機であっても──」
そして、いよいよ。
渡良瀬の過去が、
「──優勝した時は、本当に嬉しかった。これまでやってきたことが報われたと思った。
──俺の心を捉えて離さなかった、その言葉を。
朽ちたガラクタを扱うような素っ気なさで、渡良瀬は口にした。
……ああ。
こいつはもう、
その事実が、なんだか無性に、やるせなかった。
「……優勝して、それから──どうなったんだ?」
そう──きっと、肝心なのはここからだ。
目論見通り、渡良瀬は公式大会で最高の結果を残した。配信云々と語っていた通り、おそらくは母親もその様子を観戦していた筈だ。ネット越しか、ともすれば現地で。
しかし、それでも。
母親の渡良瀬に対する認識が、微塵も変わらなかったのなら──
「心配無用よ、赤嶺くん。ちゃんと褒めてくれたわ──お母さんは」
「……別に、心配はしてねえよ」
「そう? ──公式大会ね、家族総出で見に来てくれてたのよ。父と兄が我が事のように両隣で興奮してるものだから、流石にその熱に当てられたんですって。だから言ってくれたの、大会が終わって会いに行った後、あのひとは、確かに笑って──」
その時、
「『おめでとうリンちゃん。あなた、凄い子だったのね』って──そう、言ってくれた」
「────」
「……大会に優勝したことより、お母さんにそう言ってもらえたことの方が、ずっとずっと嬉しかったな……」
──静かで暖かみのある、穏やかな笑顔だった。
こいつのこんな表情を、俺は初めて目の当たりにした。
……そっか。
渡良瀬、お前──
「……好きなんだな。母親のこと」
「……ええ、好きよ。嫌いになんか、なれる訳ない」
そうだろうなと、思った。
なんてことはない。ぽっと出の俺なんぞが、一々でしゃばるまでもなく──
こいつの人生最高の瞬間というのは、とうの昔に塗り替えられていたという訳だ。めでたしめでたし。
頭の中に、例のフレーズが響き渡った。
こういう時に、思い出したくはなかった。
「──そんなお母さんを、私は裏切ったんだ……」
『と、思うじゃん?』
……ってな。
「……赤嶺くん。私と決勝で戦った相手の名前、覚えている?」
「……『Blade』?」
「そう、ブレイド。当時のプレイヤーランキング2位で、私と同じ双剣使い。何度も何度もランクマッチで争って、勝った負けたを繰り返して──そうするうちに、他の誰よりも仲良くなってた。チームメイトではなかったけれど、今のあなたと隊長さんのような関係だったわ」
「……お前、WTの中にちゃんと友達いたんだな」
「あなた人をコミュニケーション不全者か何かだと思ってない? その通りよ」
「こっちが口を挟む間も無く自己完結するのやめろ」
「知ってるかしら? 赤嶺くん。自分のことをダメなやつだって先に言ってた方がね、悪口言われた時ちょっと苦しくないのよ」
いのりちゃんみたいなこと言ってんじゃねえよ。実際は狼嵜光の癖に。『
それはさておき──『Blade』。ここに来てまさかの新キャラ登場だ。いや厳密には名前だけ出てたのか。誰も言及する奴がいなかったから、すっかり存在を忘れていた。
……いや待て。
どうして俺は、
だってそうだろ。
──今のプレイヤーランキング上位に、『Blade』などという名前のプレイヤーは、存在していない。
「──私の『ヘルディン』ね? 彼のアセンを参考にして組んだのよ。中距離戦闘が主体となるWTにおいて、巧みに弾幕を掻い潜り相手を斬り刻むそのスタイル──とても魅力的だった。彼のようになりたい、その憧れが私を強くしたと言っても過言ではないわ」
「……お前にとっての、お師匠様みたいなもんか」
「……そうね。我が師であり、歳の離れた友人でもあり、そして何より、
……それは、本当に。
俺とあのおっさんに近いものがあるかもしれないなと、思った。
ギーザーと出会わなかった俺は、果たして今ほどWTにのめり込んでいただろうか。おそらく対戦回数だけなら、今よりもずっと増えていたかもしれない。『イノセンス・モラトリアム』を結成し、チームルームでギーザーやユメさん、それにリベさんと駄弁るようになってから、肝心の対戦に費やす時間というものが激減したので。
ただしそれは、WTを単純な対戦ゲームとして
──電子の荒野を離れ、
こんな話、死んでもする気はないけれど。
「──そんな彼がある日、WTを引退すると言い出した」
…………。
……流れ変わったな。
「公式大会の翌年──第2回の開催告知があった、すぐ後のことだったわ。当然その年も一緒に出場するものだと思っていた私は、
「……ブレイドは、なんて答えたんだ?」
「…………」
そこで、完全に。
渡良瀬の表情から、感情の色が抜け落ちた。
「──『俺はもう、お前の強さにはついていけない』──そう言われたわ」
その言葉を、聞いた途端。
心臓が、どくんと跳ねた。
まるで未来の自分から、呪詛の如く吐き出された言葉のように思えたのだ。
「……その頃にはね? もう誰も
くすり、と。
あのカルガモに乗っていた時と同じ、乾いた笑みを浮かべて。
「──彼は私に、追いつくことを諦めた。
「…………」
……笑えねえよ、クソッタレめ。
こちとら昨日、その刀様に成り代わるつもりで腹括ったばっかなんだぞ。畜生。
「……こうして
「……まだ底があるのか?」
「ええ、残念ながらね。それとももう、ここまでにしておく?」
「……馬鹿言うな」
……待ち合わせ場所、公園じゃなくてファミレスにでもしておくんだったな。ドリンクバーでも頼んで。
無性に喉が渇いて、仕方なくなってきた。
「そう。なら続けるけれど──公式大会を優勝したことで、私生活にも
「…………」
「──なんてことは全然なくて、実際に頂いたコメントはこんな感じよ。『凛音ちゃんは女の子なのに、男の子が遊ぶようなゲームに夢中になってておかしい』『どうせ学校休んでる間もゲームやって遊んでたんだろ』『俺ん家は金無くてWTなんか買えなかったのに、金持ちだからって調子に乗んなよ』──概ねこんなところかしら? ほぼ全て事実なのが辛いところだったわね」
「……渡良瀬」
「何かしら? 赤嶺くん」
「飲み物買ってくる。何がいい?」
「……コーンポタージュ」
「オッケー。ちょっと待ってろ」
ここで渡良瀬が、黙って俺の提案に従ったのは、おそらく。
こいつの喉もまた、カラッカラに渇き切っていたんだと思う。ずっと喋り通しだったしな。
……いやしかし。
最後のやつは、正直かなり、刺さった。
──3年前の俺が渡良瀬と出会っていたら、俺はきっと
お前に出会ったのが今年からで良かったよ、渡良瀬。
吐き気がしてきたな。自販機の前に路地裏探そうか?