Over the Horizon of Dawn. 作:榛桐 玲
数十分後───届いた料理やソフトドリンクを片手に、他愛もない世間話やバカ話、走りの話題などでテーブルが盛り上がる中、駐車場に1台のクルマが入ってくる。
ミッドナイトパープルのBCNR33型 日産・スカイラインGT-R V-Spec。脚とシルバーリム / ブラックスポークのBBS LMホイールにニスモの400Rエアロ以外はノーマル同然だが、リオンとカイル、そして幼馴染みのロニには見覚えのあるクルマだった。『血薔薇の魔女』───ルーティ・カトレットの愛車だ。彼女がスタンと共に首都高から降りて以来、スペックはノーマル同然にまで戻されはしたが───それでも『歴戦の実戦マシン』としての凄味は残っている。
「───あの紫の33GT-R……母さん!?なんでココに……」
「───マジかよ、どーなってんだ……なんでルーティさんがこの店に?」
そして、ルーティの33GT-Rのドアが開くと───ルーティ以外に、2人の人物が降りてくる。カイルの父、スタン・エルロン。そして、リオンの伴侶となる女性───マリアン・フュステル。
「───さっき、僕からマリアンにメールをしたんだ。山下公園前のジョナサンで、仲間が送別会を開いてくれている……とな。どうやら、交ざりたくなったらしい」
窓の外を見やりながら、そう告げたリオンは口許を僅かに緩ませる。
3人は店内に入り、受付を済ませると───真っ直ぐにカイルや鳳翔、リオン達が座るテーブルへと歩み寄る。第一声を掛けたのは、ルーティだった。
「───はい、おはよーさん!アンタ達、こんな朝っぱらから随分と盛り上がってるじゃない!」
「───おはよう、カイル。それにリオンも。お前らもしかして、走り終えてからずっとココで宴会してたのか?」
「母さん、父さん……ん、まぁ……そんなカンジ……」
苦笑いしながら返答するカイルに「若いっていいなぁ。懐かしいよ」とケラケラ笑うスタン。どうやら両親2人も、休日前の夜に首都高を走り終えてから自宅近くのファミレスでドリンクバーを頼み、ソコで朝日を眺めるのが習慣だったようだ。
「───お疲れ様、エミリオ」
「ああ……君も来たんだな、マリアン」
「ふふっ……ええ。ルーティがスタンさんと一緒に店まで行くって言ったから、無理言って連れてきてもらったの」
マリアンは美しく煌めく黒いストレートの長髪を揺らしながら、エミリオ・カトレット───リオン・マグナスに優しく笑いかける。
「───エミリオ、って……? リオンさん、貴方には別の名前があるんですか?」
マリアンとの会話で出た『エミリオ』という名前───聞き覚えの無い名を疑問に思った鳳翔は、リオンに問いかける。
「───リオン・マグナスという名は、言うなれば通名だ。僕の本名は、エミリオ・カトレットだ」
「……あたしとスタンが先に降りた時以来───このコ、ずっと首都高では『リオン』って名乗ってたのよ。あたし達2人を祝福してくれた気持ちは本物だって事は分かってる。でも、やっぱり───寂しかったんだろうな、って……」
ルーティが少量の後悔も交えながら気持ちを吐露すると、カイルもそれに続くように言葉を紡いだ───ずっと疑問に思いながらも、リオンを気遣って聞けずじまいであった事を。
「……俺もロニも、ずっと不思議に思ってたんだよ。どうして叔父さんは、首都高とそれ以外の時で名前を使い分けてるのか───って。まさか、そういう理由だったなんて……」
「───ケジメを気取った、自分勝手なエゴのようなモノだ。事故やらなんやらで『カトレット』の名が悪い方に広まらないように……などと、当時の僕は考えたんだと思う。元の名前をそのまま戸籍に残している時点で、まるで無意味だというのにな」
あまりにも浅はかな考えだ───リオン……エミリオは、そう自嘲した。
しかし、その自嘲の後───エミリオは、「……だが」と言葉を続ける。
「……今日という、最高の幕引きに向けて……誰かが僕に与えた名前だと考えれば───そう、悪いモノでも無かったかもしれないな……『リオン・マグナス』という名も。そして、その名の役目は───今夜の走りを最後に、終わったんだ」
そう、感慨に満ちた眼で口にした後───このテーブルに集まった13人の『家族』を、エミリオは見渡した。
「……そして、『リオン』を名乗っていたからこそ───得られたモノもあった。今夜が最初で最後ながらも、共に走る事の出来た艦娘4人組をはじめとして……な。それと……」
エミリオは、窓の外を指差す。一同が視線を向けると───ベイブリッジの向こう側に広がる横浜湾の水平線を、顔を出した朝陽が黄金色に染め始めていた。
「───あの、『暁の水平線』……あの美しい、黄金色の朝陽が染め上げる水平線だ。走り終えてから、アレを眺める度に……『生きている』と僕に実感させた」
静かに揺れながら煌めく水面。朝を迎えた首都高ランナー達が、去り行く闇を惜しみながら。朝の光の中に、居場所を奪われながらも───恋焦がれていた光景だ。
「……Over the Horizon of Dawn……」
『暁の水平線を超えて』……アイオワは、無意識にそんな言葉を口にした。
「……『暁の水平線を超えて』……いい言葉ですね、アイオワさん。夜の闇を引き裂きながら、非合法で危険な『空中戦』を生き延びてまで得た報酬は───暁の水平線を越えた先に待つ、この綺麗な日の出を眺められる事。そういう事かもしれませんね……」
「……たぶん、ソレが正解の1つだと思う。俺もルーティも現役の頃、金曜と土曜の深夜に、湾岸を無我夢中で駆け抜けて───その後に寄るファミレスの窓から眺めるこの景色が、もう1つの楽しみだったんだ」
「この景色を見ながら飲むコーヒーが、最高に美味しいのよね……ファミレスのチープなコーヒーなのに、よ。エミリオが言った『生きている実感』───ソレが最高のシロップになってね」
「……エミリオも、ルーティも、スタンさんも……この朝陽に焦がれながら、走っていたのね。私も少し……理解出来る気がするわ」
アイオワの言葉を自分なりに解釈した鳳翔の答えを、スタン、ルーティ、マリアンの3人は───それぞれの想いと共に肯定する。