Over the Horizon of Dawn. 作:榛桐 玲
この日にジョナサンへ集まったメンバー13人。全員が、各々の連絡先や、LINE・Discordのアカウントを交換し終えると───
「───さ、私達も帰るわよ。ダコタ、寝ぼけないでよ?木更津までは距離があるんだから!」
「分かってるって!飛ばしすぎず、安全運転でアクアラインを辿っていくさ!」
ビスマルクとサウスダコタの木更津鎮守府組が、慌ただしく帰宅の準備を進める。
「私も横須賀まで帰らなきゃね!ここからなら、湾岸を幸浦まで走って、横横道路が一番早いかしら?」
アイオワも、帰るべき場所の横須賀鎮守府を目指し、C4ベットのLT5に火を入れる。
「───See you again! 皆、また会いましょう!」
「───Let's catch up again! それじゃあな!」
「───Wir sehen uns! 貴方たちも気を付けてね!」
3人はそう、短く挨拶を交わし一同に手を振ってから───3台の外国車が、新山下ランプを目指して駐車場をゆっくりと後にした。
「───んじゃ、私達も帰りましょーか!」
ハロルドの飄々としながらも、鶴の一声として響いた言葉。ソレを聞いて、各々のマシンのEgに火が入る。
「なぁ、せっかくLINEとディスコでグループ立ち上げたんだ。GWか年末年始辺りに纏まった休みが取れたら、このメンバーで旅行とかにも行ってみないか?群馬の草津温泉とかさ!」
33GT-Rのナビシートから身を乗り出したスタンから、残ったメンバーに対して提案がなされる。
「ハハッ、スタンさんもやっぱり歳を食ったんすねぇ!ルーティさん共々、容姿は三十路前半ってカンジなのに!」
「余計なお世話だよ、ロニ!」
「見た目は若いって言ってくれたのは嬉しいけど、最初のは余計よ!」
ロニの茶化しに、水どうばりに『カチッ』と来たのか、スタンとルーティは揃って言い返す。そんな3人の様子を見て、またメンバー達に笑いが広がった。
「フッ……そのまま関越道を北上するのも味気ない。野辺山辺りを回ってから、草津に向かうのも悪くなさそうだ」
「野辺山……長野の佐久地域だったかしら。JRの路線と駅の最高地点がある場所よね、エミリオ?あの辺りはお蕎麦も美味しいし……確かに関越を北上するだけより、見所満点になりそうね」
「ああ、ただ……『おしぼり蕎麦』とやらだけは、僕達のような関東圏の人間には薦められないらしいが」
エミリオが運転席に座る34GT-Rの車内───ナビシートに座るマリアンは、彼の提案したプランへ楽しげに想像を巡らす。
「───ソレまでには、僕のRも……少なくとも脚とホイール以外はノーマルに戻さないとな」
「あら、私はソレにプラスしてエアロも許すけど?」
「なら、もっと大人しい雰囲気のニスモ製に替えるとしよう。MCRのバンパーにARCのGTウイングは、いかんせん派手すぎるしな」
マリアンの温情に甘え、次の外装コーディネートをエミリオは思案しながら───mp3プレイヤーを起動する。流れるBGMは───湾岸マキシ6の「I'm Here for You」。
Taylor Pearlsteinの優しく、美しいボーカルが34GT-Rの車内を包む。エミリオの日常への帰還───春の美しい朝陽が、去り行く闇が、それを祝福するように。
「……Start a New Day……新たな1日を、か。今の僕達に似合うんじゃないかと思って、この曲を掛けてみたが……」
「……ピッタリだったわね、結果的に」
穏やかな表情でクラッチを繋ぐエミリオ。その隣で、マリアンが優しく微笑む。その光景をZ32の運転席(コクピット)から見る鳳翔。当事者ではないのに───不思議と、心が満たされていく。そんな感覚があった。
(……エミリオさんの34GT-Rから……微かに聴こえる、この曲……あのお二人に合いすぎていて、何だかまた目が滲んできちゃいました……)
艦娘としての退役から時間を経て、涙腺が弱くなったのか───そう軽く自嘲しながら、鳳翔は涙を指で拭う。そして、この光景が夢ではない事を───切に願った。
「───鳳翔。また、どこかでな」
「 ───" 湾岸 " ではない場所で、会いましょう」
Z32の運転席側へと34GT-Rが横付けし、エミリオとマリアンは穏やかな微笑みを湛えながら───開け放たれたサイドウインドウ越しに、それぞれ一言ずつ鳳翔へ声を掛ける。
「───ええ。また、どこかで!」
また目頭が熱くなりそうな衝動を抑え込みながら、鳳翔は気丈に笑いながら声を張る。その言葉を受けて、エミリオの34GT-Rを先頭に『Dunamis』の面々とルーティの33GT-Rが駐車場からゆっくりと出ていく。その車内から、カイル達はにこやかに笑みを湛えつつ、手を振って鳳翔に『じゃあ、また』と意を伝えていた。
「───また今度、一緒に走りましょうね。それまで……皆さん、ご無事で」
『Dunamis』のメンバー一同に手を振り返しながら、鳳翔は彼ら彼女らとまた無事に再会出来る事を祈る。
エミリオの34GT-Rから、微かに聴こえた『I'm Here for You』。エミリオが別れの挨拶の後に窓を閉め、曲が聴こえなくなっても───鳳翔の脳内で、優しい旋律とボーカルが響き続けていた。
「……私も、帰らなきゃ……」
鳳翔は、少しくぐもった───しかし、強い意志を込めて言葉を紡ぐと、シフトレバーを1速に入れてゆっくりとクラッチを繋ぐ。
そろり、と動き出したZ32は、ジョナサンの駐車場スロープを下って山下通りに躍り出る。大さん橋の前でUターンし、深紅の低いノーズが向かう先は、彼女の家───横須賀鎮守府・横浜出張所のある磯子方面。
ゆったりとした法定速度で、山下通りを南へと向かう鳳翔のZ32。燦々と注ぐ春の朝の温かな陽射しが、彼女の心を解きほぐしてくれる。いい天気だ、絶好の休日になるだろう。
すっかり水平線から顔を出した、春の穏やかな太陽を一瞬だけ拝ませてもらおうと、鳳翔は左側───東の空に視線を移す。しかし、彼女は今の時間帯には陽光にかき消され、青空に溶け込んでいるはずの───東の空に孤高に光る、1つの煌きを───ベイブリッジの白銀の照り返しの向こう側に、確かに見た。
「───明けの、明星……」
───夜明け前の、首都高速湾岸線。そこを駆け抜ければ、確かにその星は見えてくる。東の空に、いつも孤独に───なれど、気高く輝く。
「……あの星は、いつも独りでいるのね。でも、それがむしろ……勇気をくれている気がする……」
───明けの明星。それはかつての道標であり、希望への閃光。何処にいても、何をしていても───心にしっかりと刻んでおけば、その光はいつもキミと共にある。
「あの星と、あの水平線……それは、いつも私の───私達、13人の側に」
───再び青空に消える、明けの明星。東の青空に輝く、1つの星。そして、『暁の水平線』───その美しさは、彼女が自らの人生に幕を下ろす、その時まで……鳳翔の網膜と心中に、鮮烈に焼き付いていた。
深紅のZ32は、山下公園前を颯爽と走り抜ける。祝福するように舞う、桜の花びらを散らしながら───
『Over the Horizon of Dawn.』───fin.