Over the Horizon of Dawn. 作:榛桐 玲
「……やっぱり凄いや、あの人もあのクルマも……とんでもない雰囲気があるよ」
彼女達4人から少し離れた場所で、そう畏怖するように言葉を溢したのはカイル・デュナミスという、20歳そこそこと思わしき若い青年。先程ビスマルクの話に上がった「黄色いFD」の乗り手でもある。
「おいカイル、そんなに意気込むな!お前はまだ最高速の世界に入って半年も経ってねぇんだ。あのクルマに途中まで着いていければ御の字……着いていってる間も、近くで勉強させてもらう───それくらいの気持ちで行け!」
カイルの幼い頃からの兄貴分である青年、ロニ・デュナミスがビスマルクとC62を見て闘争心を燃やす彼に向け、諌めるように声を掛ける。
「ムッ……じゃあロニはあの人達を見ても、燃えるようなカンジはしないワケ?そんなバッキバキに仕上げたアリストなんて乗ってるクセしてさ!」
「うぐぅっ!」
ロニの愛車である、シルバーメタリックグラファイトのJZS147型 トヨタ・アリスト 3.0Vを指差しながらのカイルからの指摘に、図星といった態度でロニは怯む。
「だがカイル、ロニの言う事も正論だ。いくらお前の父親・スタンから譲り受けたハイチューンド・マシンがあろうと、新たな乗り手のお前はまだまだ未熟なんだ。もしそのFDでクラッシュして、お前が死にでもしたら───スタンもルーティも再起不能だ。僕はそんな光景を見たくはない……」
そう、強い言葉でカイルに釘を刺したのは、彼の叔父であり『ジューダス』という異名でも呼ばれるリオン・マグナス。カイルの母親、ルーティ・カトレットの実の弟だ。
「お、叔父さん……ごめん、俺ちょっと調子に乗ってた……」
「───僕も、その気持ちは分からんでもない。だが、彼女達との実力差を決して軽んじて見誤るな。並大抵の場数は踏んでいない相手だ───僕の34GT-Rでも最後まで食らい付けるか怪しい」
カイルを制したリオンは、自らの愛車であるブラックパールのBNR34型 日産・スカイラインGT-Rを見やってから、ビスマルク達に視線を向けた。
「……リオンさんにそこまで言わせるとは、やっぱりトンでもない相手だぜ?カイル……それでも、着いていくつもりか?」
「……叔父さんに忠告されて、ちょっとアタマは冷えたよ。でも、早々とチギられる事になったとしても、挑みもせずにただ退くなんて───俺はイヤだ!」
「カイル……」
「ふふっ……その気持ちの強さがカイルらしいわよね。リオンさん……私からもお願い。カイルがあの人達を追うの、許してあげて」
「……リアラ……」
2人の会話に割って入ったのは、カイルと同い年の少女・リアラ。彼女自身も、ニュートロンホワイトパールのGH-NA2型 ホンダ・NSX Type Sを駆る最高速ランナーだ。
「……ただカイル、これだけは約束して。本当にダメと感じた時は、迷わずアクセルを抜いて。生きて無事にガレージまで帰る……それが出来なきゃ、首都高ランナー失格よ」
「うん……わかった!」
「まぁったく……こんなトコでもイチャつかれちゃ、たまったモンじゃねえぜ」
「───いつまでもナンパが上手く行った試しはないものな、お前は」
「ほっといてくださいよ……ちくしょう、女受けすると思って定番の80スープラじゃなく、あえてVIP系セダンのアリストを選んだってのに!」
仲睦まじい2人の様子を見てボヤくロニに対し、リオンが浴びせた痛烈なツッコミ。このやり取りで少しばかり緊張は和らいだだろうか。
「ハイハイ、ラブコメやるのもソコまでにしな!ムリはせずに、自分のイケるトコまで精一杯やって───無事に帰る。ソレで良いじゃないか!首都高を走るっていうのはスピードゲームじゃなく、サバイバルゲームなんだしさ!」
彼らのチームメイトである女性、ナナリー・フレッチがカイルとリアラにそう声を掛けた。彼女の愛車・バーニングレッドのWGNC34型 日産・ステージア 260RSが、PAのナトリウム灯の光を浴びて燃えるような赤に彩られた車体を煌めかせている。
「ま、確かにね~。生きて帰れなきゃ、せっかく収集した実走セッティングのデータも役立ちゃしないもの!」
どことなく掴み所のない態度ながら、ナナリーの意見に賛同したのはハロルド・ベルセリオス。彼女もまたカイル達のチームメイトで、全員のマシンのECUセッティングを担当しているプライベート・CPUチューナーだ。彼女もまた走り屋であり、特注のビビッドピンクメタリックに塗られたR35型 日産・GT-Rを愛車としている。
「……サバイバルゲーム、か。とにかく前に出る事より、生き残る事が最優先……そうだよね、ナナリーの言う通りだ!」
カイルはそう言うと、自らの愛車───FD3Sのフロントバンパーとリアバンパーに斜めに貼られた銀色の長方形ステッカーと、ブラッシュスクリプトフォントで「Dunamis」とカッティングされたフロントウィンドウ上部のフォントステッカーを見て、決意を新たにする。
「あの人達に、俺がやれる限りまで着いていってみる。でも、本当にダメな時は迷わずアクセルを抜いて退く───ダメだと分かっていても更に踏み込むのは勇気じゃない、無謀なんだ!」
「───その通りだ、カイル。それが分かっているならば、僕ももう止めはしないさ」
「……ありがとう。叔父さん」
確固たる決意に満ちたカイルの瞳と、『必ず無事に帰る』という意志───それを見たリオンに、もう止める理由は無かった。
「……Dakota, あの黄色いFDの辺り、なんだか盛り上がってるみたいね?」
「ああ、みたいだな……アイツらって、確か新興の走り屋チームだったよな?確か『デュナミス(Dunamis)』って名前の」
アイオワとサウスダコタが、何気なく注目していたカイル達の様子を見て彼らの組んでいるチーム『デュナミス』に言及する。
「デュナミス……資質という意味の単語、でしたっけ?まだ若い彼らには、ピッタリの単語かもしれませんね」
「その『資質』がどこまで通用するか……私達も見届けてあげましょう。どうやらあのチームには、ベテランのランナーも混じっているみたいだし……ね」
鳳翔によるチーム名の意への言及を耳にし、ビスマルクは若い彼らに交じって停まっている漆黒の34GT-R……リオンの存在を警戒していた。