機動戦士ガンダム:クォンタム・レゾナンス ―虚空の再演者― 作:F.M
サイド7の人工大地が悲鳴を上げていた。
赤い彗星が去り、ガンダムが正気を取り戻したのも束の間、コロニーに開いた大穴からは猛烈な勢いで大気が流出している。空には不気味な夕焼けのような、摩擦熱と爆炎が混じり合った色が広がっていた。
「カイト! 早くホワイトベースへ! この区画はあと数分で閉鎖される!」
アムロの声が通信機に響く。ガンダムは既に避難民を収容したシャトルを牽引し、港湾部へと向かおうとしていた。
「待て、アムロ。まだ残っているやつがいる」
俺の脳裏には、先ほど感知した「青い瞳の少女」の残像が焼き付いて離れない。ニュータイプとしての感応だけではない。俺の目――スーパーパイロットとして鍛え上げられた、空間内の微細な違和感を捉える動体視力が、漂流する小さな影を捉えていた。
「あのシャトルの残骸の中だ……まだ生存反応がある!」
俺はガンキャノンを翻した。重厚な装甲を持つこの機体は、本来なら精密な救助活動には向かない。一歩間違えれば、その巨大なマニピュレーターが救うべき対象を押し潰してしまう。
「無茶だ、カイト! 気流が乱れすぎていて、そこへ近づけば機体ごと壁面に叩きつけられるぞ!」
確かに、大気の流出による乱気流は凄まじい。瓦礫が弾丸のような速度で飛び交い、ベテランパイロットでも近づくのを躊躇う地獄絵図だ。
(……いや、計算できる)
俺の意識が加速する。
前世で学んだ流体力学、MSの各スラスターの推力ベクトル、そしてサイド7の重力減衰率。それらすべての情報が、脳内でリアルタイムの3Dシミュレーションとして展開される。
「OSの姿勢制御をマニュアルに切り替え。リミッター解除……これより全サブスラスターを独立制御(フルマニュアル)に移行する」
俺の両手、両足が、コックピット内の全てのスイッチとレバーをピアノの鍵盤のように叩き始めた。
ガンキャノンが、不自然なほど滑らかな動きを見せる。
飛来する巨大なコンクリートの塊を、最小限の機体傾斜で回避。直後、機体を90度横転させ、乱気流の「節」を突くように加速した。
「なんだ……あの動き。あんな不格好なキャノン機が、まるで重力がないみたいに……!」
ホワイトベースのブリッジでモニターを見ていたであろうパオロ艦長やリード中尉の驚愕の声が聞こえる気がした。
だが、俺にはそれに応える余裕はない。
目の前に、半壊した脱出シャトルが見えた。
コロニーの外壁に引っかかり、宇宙空間へ吸い出される寸前だ。
「そこか……!」
俺はガンキャノンの両腕を伸ばした。
ここで出力を誤れば、シャトルの外殻を握り潰してしまう。
俺は機体のフィードバック・システムから伝わる微かな「手応え」に全神経を集中させた。
(マニピュレーターの指先に、全エネルギーの0.02%を配分。慣性制御(イナーシャル・キャンセラー)を右に3度。――今だ!)
カチッ、という確かな感触。
ガンキャノンの巨大な指が、壊れかけたシャトルのフレームを、卵を扱うような優しさで掴み取った。
その瞬間、シャトルの中から一人の少女が、窓越しに俺を見上げた。
金色の髪、吸い込まれるような青い瞳。アルテイシア・ソム・ダイクン――セイラ・マス。
彼女と目が合った瞬間、俺の脳内に強烈な「量子ノイズ」が走った。
『――適合者を確認。第12,492回ループにおける重要因子【アルテイシア】の生存を確定します』
頭の中に響く無機質な声。
その瞬間、俺の視界は現実を超えた「何か」を映し出した。
セイラの後ろに透けて見える、無数の時間軸。ある軸では彼女は死に、ある軸では復讐の鬼となり、ある軸では兄と共に宇宙を焼く。
「……カイト? どうしたんだ、カイト!」
アムロの叫び声で、俺は現実に引き戻された。
「いや、なんでもない……回収した。これよりホワイトベースへ帰還する!」
俺はシャトルを抱えたまま、ガンキャノンの全スラスターを点火した。
背後ではサイド7の居住区が巨大な閃光を上げて爆発し、炎の嵐が迫ってくる。
俺は爆風の圧力を逆に利用し、帆を張るように機体を傾け、その勢いでホワイトベースのカタパルトデッキへと飛び込んだ。
「着艦成功! カイト、君……信じられないよ。あんな状況で、あんな繊細な操作ができるなんて」
ハッチを開けて降りてきたアムロが、驚きと興奮を隠せない様子で駆け寄ってくる。
だが、俺はガンキャノンのシートに座ったまま、動けずにいた。
手が震えている。
死の淵から誰かを救った高揚感ではない。
セイラと接触した時に見えた、あの「世界の真実」の断片への恐怖だ。
(この世界は……本当にシミュレーションなのか? だとしたら、俺が救った彼女は、本物の人間なのか、それともただのデータなのか……?)
ガンキャノンから降りた俺を、救助されたばかりのセイラ・マスが待っていた。
彼女は周囲の喧騒を余所に、じっと俺を見つめている。
「……あなた、私を助ける時に何かを見たでしょう?」
彼女の静かな問いに、俺は息を呑んだ。
「どうして……」
「私にも見えた気がしたから。あなたが、この世界の誰よりも遠い場所を見ているのが」
その時、ホワイトベースの警報が鳴り響いた。
「敵影確認! 方位330、大気圏突入カプセルが接近中! シャア・アズナブルです!」
ブライト・ノアの、まだ若く、余裕のない怒鳴り声が通路に響く。
休む暇などない。
歴史の修正力か、それともシャアの執念か。
宇宙(せかい)は俺に、一時の安息さえも許さないらしい。
「アムロ、行くぞ。……セイラさん、あなたはブリッジへ」
俺は再び、軍靴の音を響かせて走り出した。
俺の「技術(スキル)」が因果をねじ伏せるのか、それともこの「記憶」に押し潰されるのか。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
【第4章 完/第5章へ続く】
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