賑やかな廊下に、刹那と千夜のふたりの姿があった。
ふたりの間には、凍った空気が漂う。
[朝蔵 千夜]
「いーつーきーくん」
笑顔を装った千夜が、刹那に近付いて行く。
[刹那 五木]
「は、はい?」
聞き慣れない声で呼ばれた刹那は、後ろを振り返る。
刹那の視界には、見知らぬ
[刹那 五木]
(誰だ……?)
刹那はその人物を前に、初めの言葉に迷っていた。
[朝蔵 千夜]
「久し振りだねぇ」
千夜は困惑する刹那に、笑顔を崩さない。
[刹那 五木]
「え……?」
現在の女性的な千夜と、刹那の記憶に残る千夜は、全く別の者だった。
[刹那 五木]
「あ……あぁ、はい」
刹那は、遅れて笑顔を取り繕って、相手の調子に合わせる。
その時……。
[朝蔵 大空]
「あ! お兄ちゃーん!!」
自分の兄を見つけた大空が、刹那達の元に駆けて来る。
[刹那 五木]
「……え」
[朝蔵 大空]
「来てたんなら言ってよー! もう…………あれ?」
[刹那 五木]
「……」
[刹那 五木]
(まさか、まさかまさかまさか)
刹那は何かを察して、珍しく焦りを見せる。
[朝蔵 大空]
「あっ! 五木くん、公演は13時ね。 間違えないように」
[朝蔵 千夜]
「は?」
大空は刹那に、何も気にせず話し掛け始めた。
千夜はその状況に、眉間に
[刹那 五木]
「千夜さん、戻って来てたんですね……」
刹那は恐る恐る、そう口を開く。
[朝蔵 大空]
「あれ?」
ここでやっと、大空もこの空気の冷たさに気付く。
[朝蔵 大空]
「あっ」
あ!
ついにお兄ちゃんと、五木くんが対面してしまった!!
五木くんの表情が、明らかに硬いし、死ぬほど気まずそう。
私も、お兄ちゃんの顔を見るのが、少し怖いんだけど……。
[朝蔵 千夜]
「てか……」
[刹那 五木]
「……!」
[朝蔵 千夜]
「久し振りに、五木くんに会えてめちゃくちゃ嬉しいー!♡ なに〜? 結構、イイ男になってんじゃないのー?」
声色を変えたお兄ちゃんが、五木くんの腕に飛び付く。
[刹那 五木]
「!?」
[朝蔵 大空]
「お兄ちゃん?」
なんだ、意外と大丈夫そう?
[朝蔵 千夜]
「五木くん、今暇そ?」
[刹那 五木]
「あ……はい、えっと…………」
[朝蔵 千夜]
「じゃあさ、じゃあさ! 文化祭、一緒に回ろ? 君が隣に居れば、変なのに絡まれることも無さそうだし!」
お兄ちゃんが、五木くんの背中を押して行く。
[刹那 五木]
「え、ちょ」
[朝蔵 千夜]
「ほら行こーー!!」
なっ……!?
五木くんとお兄ちゃん、一緒になってどっか行っちゃったよ!?
[朝蔵 大空]
「あれれ?」
あんなに仲良かったっけ? あのふたり。
……。
校外の、
[朝蔵 千夜]
「おかしいだろっっ!!!」
パンッ。
[刹那 五木]
「痛っ」
千夜が道に落ちていたペットボトルを、刹那の顔に投げ付ける。
[朝蔵 千夜]
「どうなってる?」
千夜はブチ切れ寸前の口調で、刹那にそう問い掛ける。
[刹那 五木]
「え? どうなってるって……」
すっかり怯んだ刹那は、得意の口が回らない。
[朝蔵 千夜]
「はー? だからさ俺、大空には近付くなって言ったよね!? なんだよあのメールも!! ふざけてるのか!?」
人が周りにいないことを良いことに、千夜は大声で怒鳴り散らかす。
[刹那 五木]
「え……? あ、あぁ……そ、それは大空が……」
[朝蔵 千夜]
「あ?」
千夜は更に、刹那に圧を掛けていく。
[刹那 五木]
「……っ。 大空からおれに、話し掛けて来たんです……ほんとに」
刹那は、歯を食い縛りながら答えた。
[朝蔵 千夜]
「嘘つくなよ」
千夜は、刹那を信じられない。
[刹那 五木]
「ほんとです!」
刹那は千夜に信じてもらおうと、必死に訴えていく。
[朝蔵 千夜]
「それは……何? いつ、どこで? どう言った時? どーーっっっしても用事があったから、話し掛けただけじゃないの? 勘違いしないほうが良いよ、ねぇ?」
言葉で畳み掛けていく千夜は、容赦が無かった。
[刹那 五木]
「……放課後。 あいつが、『久し振り〜』みたいな感じで……あはっ、あはは……」
刹那はこの状況に、情けなく愛想笑いをするしかなかった。
[朝蔵 千夜]
「ふーん、そっかそっか」
そこで一瞬、千夜は笑顔に戻る。
[刹那 五木]
「あの、お兄さん?」
[朝蔵 千夜]
「君にお兄さんって、言われたくないんだけど……あー、無理無理。 ほんとにお前、何してくれてんの?」
千夜は呆れたような表情で、刹那を見上げる。
[刹那 五木]
「おれは別に……」
[朝蔵 千夜]
「……? とりあえず、もう喋らないで。 近付かないで?」
千夜は刹那に、そう冷たく突き放す。
[刹那 五木]
(まさか、帰って来てたなんて。 せっかく、やり直せそうなのに……!)
[刹那 五木]
「……っ、それは! おれは……おれは、反省してます。 千夜さんが心配しているようなことは、もうしません!」
[朝蔵 千夜]
「はぁー?」
次の瞬間、千夜は足を大きく上げて、蹴る素振りを見せる。
[刹那 五木]
「……!?」
バゴンッ……!!
ビビって
[朝蔵 千夜]
「大空が許しても、俺は許さないから」
刹那は黙って、倒れたままでいる。
千夜が刹那の腹を、厚底ブーツでグリグリと踏みつけた。
[刹那 五木]
「いっ……」
腹に踏み込まれる痛みに、刹那は反抗すること無く、ただ耐えていた。
[朝蔵 千夜]
「善悪の判断がつかないクソガキは、こうやって教育しないと、すぐに調子に乗るからなー?」
[刹那 五木]
「……ごめんなさいっ、ごめんなさい」
その時……。
[アリリオ]
「ちょっと、ちょっと」
[刹那&千夜]
「「!!?」」
こちらの少年、悪魔アリリオが……。
いつの間にか、ふたりの横に座っていた。
[アリリオ]
「お兄さーん、あんまり " 被検体 " をいじめないでくれませんか? 死なれたら困るので……はい」
アリリオは、千夜のほうに話し掛けている。
[朝蔵 千夜]
「は?」
突然現れた少年の姿に、千夜と刹那は反応出来ないでいた。
[アリリオ]
「『記憶消去』、それから……『ワープ』」
世界が一時停止され、次の瞬間にはその場に刹那と千夜の姿は無かった……。
[朝蔵 千夜]
「あれ?」
強制ワープされた千夜は、街中に佇んでいた。
[朝蔵 千夜]
「何してたんだっけ……」
[千夜の友達]
「お! アサノちゃんじゃーん! 何してんのー? 暇なら遊び行こーよ〜!」
[朝蔵 千夜]
「……んー、まぁいっか! 遊ぼ〜♪」
そして、刹那はと言うと……。
[刹那 五木]
「いてっ! 痛たた……」
自分の腹に、違和感覚える刹那。
[狂沢 蛯斗]
「ちょっと」
その時、刹那の真後ろから声が聞こえてくる。
[刹那 五木]
「え?」
[狂沢 蛯斗]
「重いんですけど」
刹那が飛ばされた場所は、狂沢の膝の上だった。
[巣桜 司]
「狂沢くーん、ジュース飲みますかー……? えっ!? 刹那くん!? い、いつ来たんですかー?」
隣に居た巣桜も、驚いている。
[刹那 五木]
「あ、あれれ〜?」
状況が読めずに、刹那はそのまま動かない。
[狂沢 蛯斗]
「重いって、言ってるじゃないですか!」
……。
私と里沙ちゃんは、多目的ホールの前を通った。
[永瀬 里沙]
「あ! 大空、ここ……」
里沙ちゃんが、どこかを指さす。
[朝蔵 大空]
「ん?」
[永瀬 里沙]
「お化け屋敷じゃない?」
お化け屋敷……。
それは、私が大嫌いな物。
[朝蔵 大空]
「えっ……」
まさか里沙ちゃん、入るつもり?
私は無理、絶対無理。
[永瀬 里沙]
「ワクワク!☆」
入る気マンマンだーー!!
[朝蔵 大空]
「わ……私、ここで待ってるね?」
死んでも入るものか。
[永瀬 里沙]
「あははー! あんた、昔から怖いの苦手だもんねー。 じゃあ、ソロプレイで行って来まーす!」
[朝蔵 大空]
「ホッ……」
良かった……入らずに済みそう。
[永瀬 里沙]
「なーんて、言うと思った?」
[朝蔵 大空]
「えっ」
里沙ちゃんは私の手を引き、お化け屋敷の中へと引きずり込む。
[朝蔵 大空]
「あ。 ちょ、里沙ちゃん!」
ほんとに、本当に嫌なのに!!
[永瀬 里沙]
「さぁ、なんでも掛かって来なさい!」
[朝蔵 大空]
「里沙ちゃん……やばい、やばいよ」
うわぁ……暗すぎ。
里沙ちゃんの顔とか、なんにも見えないし。
はぐれないように、ピッタリ着いて行かなきゃ終わる!
……。
[永瀬 里沙]
「あれ? 大空?」
ふと、里沙が後ろを振り返り、大空の名前を呼んでみる。
[永瀬 里沙]
「あらやだ、別の道に行っちゃったのかしら……」
……。
[朝蔵 大空]
「まさか……」
私、普通に里沙ちゃんとはぐれてる?
気を付けてたつもりが……。
終わった。
[朝蔵 大空]
「え、え……」
そうだ、後ろ! 後ろに戻ろう!
入口に戻って、リタイヤだ。
私は引き返そうと、振り返る。
[お化けA]
「ばぁ」
[朝蔵 大空]
「ひっぎ……」
振り向いた瞬間、お化けが私を驚かしてくる。
[朝蔵 大空]
「キャー!」
私は再び前を向き直し、全力疾走でお化けから逃げた。
[お化けB]
「生きてる人がいるなぁ」
[お化けC]
「どこだ」
[お化けD]
「こっちこっち」
[朝蔵 大空]
「ひぃ……」
私はどこかに腰を下ろして、ただその場で震えていた。
[朝蔵 大空]
「私、私……私、ここで死ぬんだ」
トンっ。
私の肩に、何かが触れた。
[朝蔵 大空]
「きゃっ!!」
死ぬんだ!!
[???]
「貴様、動けないのか?」
[朝蔵 大空]
「えぇ?」
何? 男の人??
誰だろう……しかも今、『貴様』って言われた?
なんなの……!
[朝蔵 大空]
「って……え!?」
私の手に、体温のあるものが絡まってくる。
私、手を握られてる!?
[???]
「我が貴様を、救ってやろう」
やっぱり、『貴様』って言ってる……。
な、なんなのこの変な喋り方は?
[朝蔵 大空]
「あ、あの?」
私は手を引かれるまま、歩いて行く。
[???]
「……」
[朝蔵 大空]
「……」
変な人、でも助けてくれてる?
このままこの人に着いて行けば、外に出られるかも。
[朝蔵 大空]
「きゃっ……」
途中、私は足がもつれて倒れてしまいそうになる。
足元がよく見えないから。
[???]
「……っと」
この男の人が、瞬時に支えてくれたおかげで、私は倒れずに済んだ。
[朝蔵 大空]
「あ、ありがとうございます?」
[???]
「フッ……礼など要らない。 我は、貴様が転ぶことを予知していた」
[朝蔵 大空]
「はい?」
調子狂っちゃうな……。
て言うかこの人、本当に誰?
暗くて顔が見えないし……。
間違い無く、私の知ってる人じゃないよね?
[???]
「もうすぐ
[朝蔵 大空]
「……?」
いずれ、私達は明るい所に出た。
[朝蔵 大空]
「はぁ……」
どうなるかと思ったけど、終わって良かった……。
[朝蔵 大空]
「あっ」
出れたのは良いけど、改めてお礼言わなきゃ!
そう思い、私は隣に居る人の顔を見上げてみる。
そこには……。
[???]
「……」
[朝蔵 大空]
「えっ?」
『暗い紺色のサラサラした髪に、赤紫色の切れ長の目の』男子生徒が、こちらを見ていた。
あ、カッコ良い……。
[???]
「……」
その男子生徒は、何も言わずお化け屋敷の中へと戻って行った。
[朝蔵 大空]
「あっ」
しまった、見とれていたみたい。
お礼、言えなかった……。
この時、私は少しだけ後悔することとなった。
[永瀬 里沙]
「ぷはぁ! あーあ、大したこと無かった無かった……あれ? 大空、先に出てたのね。 やるじゃない! あっ、もしかしてぇ……リタイヤしたー?」
誰だったんだろう……。
[朝蔵 大空]
「あ、ううん」
[永瀬 里沙]
「……? そろそろお腹空いたし、
[朝蔵 大空]
「……うん」
気になる。
さっきの人のことが、ちょっと。
……。
[永瀬 里沙]
「焼きそば♪ 焼きそば♪」
[朝蔵 大空]
「焼きそばは……あった」
焼きそばの出店には、長蛇の列。
[永瀬 里沙]
「げげっ! すっごい並んでるじゃない! もう、空腹が限界よ〜!!」
[朝蔵 大空]
「うーん……」
キーン……キーン……。
[永瀬 里沙]
「なんか変な音しない?」
音がしたほうを見ると、車椅子の人がこちらに向かって来ていた。
[朝蔵 大空]
「あっ!
[永瀬 里沙]
「あ、ああ……」
私の掛け声に、里沙ちゃんは私のほうに体を寄せて来る。
[朝蔵 大空]
「あれ?」
男子の制服……1年の青いネクタイ、この子……あれ?
[不尾丸 論]
「……」
[朝蔵 大空]
「あっ!」
あの日の、施設の……。
[不尾丸 論]
「……?」
[朝蔵 大空]
「不尾丸……くん?」
「ジンガイーズ!」おわり……。