転生ハンターがダンまちをモンハン世界だと間違っているまま黒龍を狩る話 作:シャリ
オラリオから遥かに遠く離れた、人の踏み入ることなき深い森の中。
一人の若い男性と一匹のモンスターが相対していた。
モンスターの見た目は、白毛に覆われた大型ゴリラとしか形容のしようがない。
【この世界】のモンスターで名前はシルバーバック。
人里離れた土地で長く生き、強大な力を蓄えた個体は、ダンジョン産のモンスターにも劣らない。
敵意を剝き出しにした咆哮とともに、常人受ければ一撃で全身の骨を砕ける拳が振り下ろされる。
男は冷静に攻撃を見切り、身体を転がせて太い腕をすり抜ける。
「新しい牙獣種……ドドブランゴ系だな!」
体勢を立て直した男の頭には、前面が開いた鋼色のヘルムが装着されていた。
身体にも同じく鋼色の鎧を装備しているが、鋼で守られている部分は左腕と胸元と膝下のみ。他の箇所は見た目上では軽そうな装いの防具を纏っている。
【ここではない世界】でハンターシリーズと呼ばれる防具を一式装備していた。
「生息地と見た目の違いからして、また俺が知らない新規モンスターか」
男は己の身長ほどある骨素材の大剣『ボーンブレイド』を振りかざす。
暴力には暴力を返すかの如く、隙を見つけては力を溜めた一撃でダメージを与える。攻撃に偏りすぎず、回避と大剣によるガードを織り交ぜながら、着実にダメージを積み重ねていく。
もしもオラリオにいる冒険者がモンスターと対等に戦っている男がレベルである神の恩恵(ファルナ)を持たないと知れば、神の力 (アルカナム) のような外部要因を疑うだろう。
ある意味、それは正解である。
彼は、とある古龍の恩恵を受けて別世界から転生してきた。
この世にたった一人の『ハンター』なのだから。
やがて力尽きたシルバーバックは、光の粒子となって消え去った。
残された魔石と素材を拾い上げ、訝しげに呟く。
「うーん……小型じゃなくても死体はすぐ消えちゃうかぁ。剝ぎ取りタイム無しで素材はドロップ限定って寂しいな」
男は腕を組みながら、この世界に来たことを思い出す。
◆ ◆ ◆
俺はいつものように、自宅で一番好きなゲームシリーズであるモンハンを遊んでいた。
この日は素材集めではなく、モンスターを狩る速さを目標として、闘技場のリオレイアを相手に狩りをしていたんだ。
「よしよしよーし、討伐タイムの自己ベスト更新!」
満足して一息ついた瞬間、意識が引きずり込まれるような感覚。頭と体が重い。人生で経験したことがない重圧を受けて……意識を失った。
目を開けると、見知らぬ水辺に倒れていた。湿った土の匂いと、かすかな水音。
「どこだよココ……って、今の声はなんだ?」
低く、よく通る声。聞き覚えはあるが、自分の声ではなかった。
体を起こそうとして、違和感が一気に押し寄せた。身体が全体的に力強さを感じ、厚みがある。あと下着しか着てねぇ。
何が起きているのか分からんまま立ち上がってみると、視線が明らかに高く変わっていた。
水際まで歩み寄り、膝をついて水面を覗き込む。
水面に映っていたのは……黒の短髪に黒い瞳。頰に薄い傷跡。鋭い目つき。
更にモンハンで見覚えがあるインナー姿。
「俺がキャラクリしたキャラじゃん!」
元々の顔はこんなじゃなくて…………どんなだっけ?
違うのはわかるのに細かい部分が思い出せん。
てか、自分の名前も頭に浮かばないんだが。
その後も混乱が続いたが、モンハンのようにメニューが開けることに気付いた。
しかもアイテムポーチどころかゲームと違ってアイテムボックスも加工屋も開けるし、キャンプ関係のメニューも存在する。
「つまりモンハン世界に転生したってコトかよ!? やったぜ!」
好きなゲーム世界に自分の操作キャラで転生するなんて夢みたいだ。
メチャクチャ嬉しい。オマケに転生チートな追加メニュー付き。
「転生かチートの代償で前世の記憶が一部消えたっぽいが……まぁいいかぁ! 俺がモンハン好きの俺であることに変わりはねぇ!」
それから近場を散策して見つけた素材でボーン武器を作成。上がるテンションに身を任せて、俺が知らない小型モンスターを狩った。
モンスター達を倒すとアイテム名に『魔石』と表示される石ころを落とすくらいで、基本的に死体がすぐ消えたのには面食らったなぁ。剝ぎ取りできねぇもん。
とりあえず何匹も狩ったら素材を落としたから、この世界はそういう仕様のモンハン作品かもと考えた。
だが同時に、小型モンスターだけかもしれない可能性も考慮した。
実際に確認するために、小型モンスターとかの素材でハンター装備を作ったり、採集して回復薬を用意したりと準備し、デカいのを探して狩ったわけだが。
◆ ◆ ◆
「結局、ドドブランゴみたいな奴も一緒だったな。完全に討伐後の剝ぎ取り無しの仕様か~。俺が死んだ後に出たスマホアプリ……あるいは単に未来のモンハンソフトだな。ピッケルとかが消費アイテムから消えたり、回復薬を飲んだ後のガッツポーズ無くなったりと時代が進むごとにモンハンも簡略化が進んでいるし。そもそも知らんモンスターしか出逢ってない。どれだけ後のモンハンなのやら」
男は無造作に素材をアイテムボックスに入れ、加工屋メニューを開く。作れる装備を視認する。
「さっきの新モンス素材でも作れるのは俺が知っているブランゴ系装備だけ……。新種の装備は作れないのが加工屋チートの制限ってわけか。代わりに素材代用が効くと。これくらいなら特に問題ない縛りだな」
メニューを閉じた男は、軽く肩を回して深呼吸する。
森の空気は湿り気を帯び、木々の匂いが鼻をくすぐった。胸いっぱいに新たな世界の空気を吸い込み、森の奥へ歩き出す。
モンハンをプレイする特の「狩りに行くぞ!」という興奮が、今後もリアルに体感できる。
そう考える彼の足取りは軽く、高揚感が全身を包んでいた。
それからというもの、男の時間は狩りに費やされた。朝も夜も関係なく、森を駆け回る。巨大な樹木の根を跳び越え、茂みを掻き分け、ツタを掴んで崖をのぼる。
鉱物や植物や虫など何でも採取し、新たなモンスターの気配を探す。
出会ったのは、どれも男が知らないモンスター。未知との遭遇を歓喜し、狩りを楽しむ。
武器を振り下ろすたび、モンスターの咆哮が森に響き、血しぶきが舞う。だが死体はすぐに光の粒子となって消え、魔石とたまに素材だけを残す。
最初は「剥ぎ取りタイムがないのは寂しい」とぼやいていた彼も、すぐに順応していた。狩りを終えるたび、アイテムボックスに魔石と素材を放り込み、新しく武器や防具を生産する。
「重ね着って良いシステムだよな~。自分で着るなら初代パケのハンターシリーズがしっくりくるから助かる」
彼は見た目を固定化できる重ね着システムを利用し、防具を新調しつつも姿を変えずに駆け回る。
武器に関しては身体の使い方を心から馴染ませるために、彼は全種類の武器を手に取っていた。
例えば、クワガタとカマキリが融合したような緑色の昆虫型モンスター『マッドビートル』との戦いでは弓を使用した。構えた弓は、シルバーバック素材で生産した猟弓ニクスファーボウ。
魔剣でもなく、使い捨てでもなく、ゲームと同じく尽きることがない氷属性ダメージの矢。もしもオラリオの鍛冶師が見たならば確実に興味を惹くだろう。
世界の常識と比較すれば異質な彼は一人で狩りを続ける。装備を整え、何度も森の中を駆ける。
そして、数日経った頃……彼はあることに気づいた。
水を飲んでいないのに、喉が渇かない。何も喰わずにいるとスタミナは減るが、餓死に繋がる気配が無い。
睡眠を一度も取っていないのに、目が重くならず元気のまま。むしろ狩りをすればするほど、身体が適応して動きが冴え渡っていく。
鏡代わりの水面で自分の顔を確かめても、髭一本生えていない。髪も伸びておらず、髪型が以前と全く変わらない。
「ははっ……マジかよ」
男は木の根に腰を下ろし、呆然と笑った。
「ゲームの操作キャラに転生した影響か……。この感じだと、おそらく年も取らない。ちょっと前に知った『仕様』も考えると、永遠に生きていられる」
ついつい、頬が緩んでニヤけてしまう。喜びが、じわじわと全身に広がっていく。
前世の記憶はぼやけている。家族や友人、仕事のこともほとんど思い出せない。
でも、それでいい。大好きなモンハン世界で、ハンター生活を続けられる。十分どころか、最高の状況。大歓迎だぜ。
男が立ち上がり、瞳を希望で輝かせて森を見渡した。
木漏れ日が差し込む深い森。遠くでモンスターの遠吠えが聞こえる。あれはまだ見ぬ新しい獲物か。
「よぉし、このモンハン世界のモンスター全種類……狩ってやるぜ!」
彼……もといハンターは意気込みを改めているが、そもそも大きな勘違いをしている。
この世界は【モンスターハンター】
通称【モンハン】の世界ではない。
この世界は【ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか】
通称【ダンまち】の世界である。