血しぶきハンター 作:みこみこみー
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そこには、蒼く澄み渡る空が果てまで美しく広がっていた。
貴方が何度目を擦りそれを見直そうと、その光景に変化はない。
太陽の光など、この目で見るのは何年ぶりだろうか……。50年? 100年? ……いや、もしかすると数百年以上前だったかもしれない。
いま己が立つこの場所は何処なのか、何故このような状況になったのか、古きヤーナムの地や狩人の夢に置いてきた人形はどうなったのか……。
貴方が考えるべき事は数多くある筈だが、しかし今はただ、目の前に広がる美しい景色に呆然と見惚れ、立ち尽くすことしかできなかった。
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それはまさしく、永遠に終わらない悪夢であった。
暗澹たる空に浮かぶ巨大な月。街中に蔓延る穢れた獣と漂う腐臭。上位者を崇める狂信者たちの冒涜的な儀式。
そんな血と狂気に塗れた長い長い獣狩りの夜を、あなたは気が遠くなるほど何度も繰り返していた。
獣と堕ちた救われぬ病み人たちを次々と葬り、赤い月の秘匿を破って、赤子の泣き声を止めた。
介錯に身を任せ夜明けを迎えようと、偉大な先人を討ち遺志を継ごうとも、気付けばまた暗い診療所の寝台で目を覚まし、再び同じ道を辿る。
何度も、何度も、何度でも。
狂気と獣性と啓蒙ばかりが得られるその繰り返しの果てに、ついに貴方は悪夢の元凶たる月の魔物を討ち破ったのだ。
そうして青ざめた血を手に入れ、ヤーナムを真の夜明けへと導いた貴方は、その身を上位者の赤子へと成した。
最後に見た景色は朧げで霞んでいる。たしか狩人の夢の中、ナメクジのような身体を人形に抱かれて見上げた、明るい月であったか……。
そうして気づいた時には、知らない青空が広がっていたのだ。
■
「おい! 何だテメェはッ。そこで何してやがる! ……聞こえてんのか!」
しばらく呆然と空を眺めていた貴方であったが、そんな粗暴な怒鳴り声によってはたと我に返った。
見れば、薄汚れた貧そうな男がこちらに向かって怒気を発している。煤けた髪にボロ切れのような衣服の汚い小男だ。
上にばかり目をやっていて気づかなかったが、周りを見るにどうやらここは貧民街のような場所らしい。
地肌が見えないほどにゴミに溢れ、空気も澱んでいる。かろうじて家の形を保っているようなボロボロの掘建て小屋がちらほらと乱立し、歩く人は皆いかにも不健康そうだ。
……割と見慣れた光景である。
「シカトこいてんじゃねぇぞ! そこは俺の家だ、何しにここへきた……!」
すまないと男に謝罪した貴方は、自分に敵意がないことを伝えた。後ろをチラと見やれば、これまたおんぼろの家屋がすぐそこに建っている。入り口を塞いでしまっていたらしい。
男はこちらの言葉をまるで信じず、貴方が空き巣を狙っていたのだろうと思い込んで語気を荒げて怒鳴っている。周りの住人もどうしたことかと近くに集まり始めた。刃物など武器を持つ者もいる。
これはまずいと思った貴方は、ひとまず男を宥め、かつこの場所の事を聞くために、対価を差し出せばよいかと考えた。
碌な物品を所持していない貴方であったが、見るからに貧しい身分の男相手ならば、あまり使い道がなく溜め込むばかりだった『輝く金貨』が有用であると思い至る。
怒る男を宥めつつ近付いた貴方は数枚の金貨を差し出し、情報を買いたいだけと男に伝えれば、彼は目を見開き、遅れて金貨をサッとぶん取った。
男はまだ警戒を全く解かずに貴方を睨み付けてはいるが、どうやら答えてはくれるようだ。
男の知る情報はお世辞にも豊富とは言い難いものだったが、最低限知りたいことは聞くことができた。
どうやらここは流星街という場所で、世界中からゴミや難民が集まってくる所らしい。法や正義など存在しない文字通りの無法地帯であるが、しかし長老をはじめとする権力者達の議会制度によって統治が行われてもいるようだ。
この街は来る者を何者も拒まない、だが同時に敵対者に対しては街ぐるみで容赦のない報復を行うという過激な思想が広がる場所らしい。
男は貴方が外からの来訪者であることを確信しているようだ。全身を黒い帽子やコートで覆う貴方の貴族然とした装いは、何処をどう見てもこの街では普通でないし当然だろう。
その上で、彼は貴方が国や社会から追い出された訳ありの貴族か何かだと考えている。立場をなくし行き場を失った者がここへ流れ着くのは、耳が腐るほどよく聞く話らしい。
他の住人の縄張りを犯さなければ自分で家を建てて暮らす分には構われないそうだ。多くのものは捨てられたゴミを再利用し、売り払うなどして生計を立てているという。
ヤーナムをはじめとする貴方の知る場所の名前は、ひとつも聞いたことがないと男は答えた。血の医療や獣狩りなどの単語もやはり知らない。これについてはこの男よりも情報を得られる立場の人間に改めて聞き込む必要があるだろう。
貴方があらゆるものを犠牲にして手に入れた、ヤーナムの夜明け。その行く末が気にならない訳はないのだ。
最も驚いたのは、今が1997年であるということだった。もはや遠い記憶で霞んでいるが、貴方がヤーナムの地にやってきたのはたしか19世紀中頃だった筈で、少なく見積もってもあれから100年以上は経過していることになる。
もしや本当に悪夢に囚われているうちに100年経ったのか、あるいは上位者の赤子となりここで目覚めるまでの間に100年経ったのか、事の次第はまるでわからない。
わかっているのは、今のこの世界は貴方にとって、もはや全く未知のものであるということだけだ。
男の話に満足した貴方は、追加の報酬を渡して立ち去る事にした。
何をするにもまずは拠点が必要だ。街のはずれで比較的静かな場所を見つけ、簡易的な小屋を建てるとしよう。
貴方にはあまり建築の才能はないようだ……。
かろうじて雨風は防げるだろう歪な小屋で腰を下ろした貴方は、置かれた状況とこれからのことを考える。
ここに来る前の最後の記憶は『狩人の夢』であった。その時貴方は上位者の赤子であり、自ら身動きもままならないナメクジだったが、いまは外見上ただの人間に見える。知らぬ間に成長して再び人間の形を取り戻したのだろうか。
ひとつ確実なのは、それはあくまで見てくれに過ぎず、貴方の中身は立派な上位者の一柱であり、只人とは生きる次元を異にする化物であるということだ。
貴方は感覚的に理解している。常人では認識し得ない高次元の世界にまで、自身の存在が及ぶ事を。
ヤーナムでは道具や精霊を媒介にし、血を混ぜた水銀弾を消費することで実現できた数々の秘儀も、神秘そのものである上位者となった今はそれら触媒も代償なしで使えるだろう。
心強い戦力であると同時に、もはや人ではなくなったことの証左でもある。
そこで貴方ははたと気づいた。己の血はどうなっているのか。
試しに指を軽く切って血を出してみれば——その血は、赤く、真っ青に、青ざめていた。
……これは猛毒だ。只人であれば触れるだけでも少なからず啓蒙を得るし、体内に入ればたちまちのうちに地面をのたうちまわって息絶えるだろう。
迂闊に負傷もできないな、と貴方は肩をすくめた。
貴方の身は睡眠を必要としないが、狩人の夢はまだ見られるのだろうか。いや、おそらく見る事はできる。狩人の夢の上位者こそが月の魔物であったのだ。その血を取り込んだ今、むしろ以前よりも自在に行けるし、最も快適な場所もそこだろう。
ただ、夢を見ている間の貴方の身体や時間の経過がどうなるかが未知数だ。
夢を見るのは一通り安全を確保して落ち着いてからにしよう。……この場合の「安全」とは、流星街の住民にとってのだが。寝込みを突かれれば逆に貴方の血の一滴で殺してしまいかねない。無益な面倒事は不本意だ。
貴方の今の目的は何だろうか…………。
そもそも何の為にヤーナムへ訪れたのか、もはや
…………そう。貴方は最初から、「狩りを全うするために」あの呪われた地へ赴いたのだ。狩人としての使命を全うする、そのために青ざめた血を求めやってきた。
それを思い起こせば簡単な事だ。
上位者となろうと貴方は「狩人」。生きる為に狩り、狩る為に生きる。幾度死のうと蘇り、目覚めればまた狩りへ赴く。
貴方は自分がどこか壊れていることも自覚していた。だがそれでもよかった。
これこそが貴方の、唯一無二の使命なのだ。
原作開始まで巻き巻き。
狩人の念能力とかも後からちまちまと出していく予定です。
↓『Bloodborne』を知らない方のための超簡易な用語解説↓
『古都ヤーナム』
遥か東の人里離れた山間にある呪われた街。
奇病「獣の病」が流行する。
『獣の病』
人としての理性を失い醜い獣となる病。
『狩人』
獣となった人間を狩る者。
死は救いであり、つまり狩りとは医療行為であるのだ。
『上位者』
悍ましい外見と超常的な能力を持つ、人ならざる人を超えた存在。
『月の魔物』
ヤーナムに獣の病と終わらぬ悪夢を齎した、全ての元凶たる上位者。