血しぶきハンター 作:みこみこみー
「着いたぜ。ここが会場だ」
案内役ナビゲーターに導かれるままハンター試験の会場があるザバン市に来た貴方は、目の前にある巨大な建築物を見上げた。
なるほどたしかに、世界中からプロハンターを目指す者達が集うだけあって立派な建物だ。外面には異質な紋様が刻まれ、只事ではない雰囲気を醸し出している。
貴方がこれから始まる試験への期待を膨らませていると、横から案内役の声がかけられた。
「おい、そっちじゃないぜ。こっちが会場だ」
盛大に梯子を外された貴方は、彼が指した方を見やる。
…………。どう見てもただの飲食店だ。そこそこ繁盛しているようだが、間違っても試験ができる場所のようには見受けられない。
「志望者は無数にいるってのに、試験会場があからさまじゃ困り物だろ? こうやって隠すのが正解なのさ」
なるほど道理だと貴方は頷いた。次はこの店の秘密を暴き、会場に辿り着く事が課題なのだな。
固く秘匿されたメンシスの儀式や漁村の秘密を暴いてきた貴方だ。今更このような小さな店で隠そうと貴方の敵ではない。必ずやその秘密を白日の元へ晒してやろう。
「違う違う! もう品定めは済んでるんだ、俺が案内するからあんたは大人しくしててくれ……。まったく、普段はまともそうな癖に急にネジのブッ飛ぶ奴だな。何の話かもよくわからん」
違ったらしい。
やはり秘密は甘いものだ。隠されていると聞けばつい暴きたくなってしまう。何度恐ろしい死を遂げようと、愚かな好奇は忘れ難い。
貴方は案内役に連れられて店に入る。
「おっちゃん、注文だ。ステーキ定食1つ……弱火でじっくり、頼むぜ」
勝手に注文された貴方は、案内役に文句を垂れた。
肉を焼くなら、強火で炙って中は生焼けくらいが1番美味いのだ。血の滴るミディアムレアこそ、至高なり。
「……これが合言葉なんだよっ! いいから早く奥へいけ!」
小声で怒鳴られた貴方は、そうだったのかと軽く謝罪して奥の部屋へと向かった。
「まったくよォ、あんたといると酷く疲れるぜ。まあとにかく、"使える"あんたなら試験はおそらく余裕だろう。合格したらまた狩りを手伝ってくれよ。じゃあ、達者でな」
貴方の感謝を受けた案内人は、陽気に手を振り部屋を立ち去って行った。
ハンター試験の会場へ向かっていた貴方は、道程で害獣の被害に遭う街に出くわしたのだ。そこで現地の者に依頼を受けた貴方は、穢らわしい獣どもを一匹残らずメッタ斬りのズッタズタにした。
この依頼者こそハンター試験への案内人であり、見事彼のお眼鏡に適った貴方はここまで案内を受けてきたというわけである。
獣の死骸があまりに惨かった事を少々咎められたが、もはや獲物の血を出来るだけ多く浴びようと斬り刻むのは貴方に染み付いた癖であり、良き狩人の正しき姿でもある。やめられるものか。
貴方がテーブルに着くと部屋全体が揺れ出した。どうやら部屋ごと地下へ降っているらしい。
貴方はすっかり気分を良くした。エレベーターは好きだ。ショートカットが開けられる。
目の前には鉄網の上でステーキが焼かれている。まずは試験前の景気付けといこう。
……肉が硬い。
がっくりと肩を落とし憮然とした顔をする貴方は、試験官へ合言葉を変えるように進言する事を強く決心した。
■
エレベーターが地下100階に到着し、貴方は開いた扉の外へ出た。
薄暗いトンネルのようなそこには、殺気を纏った大勢の人間がひしめいている。プロハンターを目指すだけあって、どうやら只の素人はいないようだ。
殺伐とした雰囲気に懐かしさを覚えた貴方は、近くにきた豆のような頭の小男から番号札を受け取った。
326番。おお、なんと素晴らしい数だろうか。あらゆる地底人が欲する理想の数値である。
試験開始まではやや時間があるようだ。
少し進んだ通路の端の方で貴方が休もうかとしたその時、酷く饐えた濃厚な殺気が貴方へと叩きつけられた。
「ねえキミ♣︎ ちょっとボクと準備運動しないかい❤︎」
そこに立っていたのは奇怪な格好をした長身の男だ。周りの受験者達の中でも、明らかに圧倒的な実力を持っている。
何より彼の全身から迸る禍々しくも強く漲るオーラ。念能力者だ。それもかなりの手練れ。
貴方は彼の誘いを丁重に断った。狩人たるもの常在戦場、いつでも戦えるし準備運動は不要である。
そもそも彼のオーラは準備どころか全力で戦う気満々であると主張しているし、貴方がわざわざそれに付き合う義理も無い。
「つれないなぁ♦︎」
ビュンッ!
奇怪な男は突如として、貴方へ目掛けて手のひらほどの薄い紙切れを何枚も投げ付けてきた。
強いオーラの籠ったそれらを貴方は紙一重で回避すると、バックステップで彼から大きく距離を取る。
「くっく❤︎ イイね、素晴らしい反応速度……♠︎」
彼は完全に戦闘態勢だ。面倒なのに絡まれたと貴方は内心で溜息を吐く。
貴方は頭のおかしい輩に絡まれるのにはすっかり慣れていたが、今は少し状況が悪かった。
今ここで戦えば確実に念能力の存在が周囲に露呈するし、かといってそれを隠したまま戦うには相手の実力が高い。
何よりここで暴れれば試験を失格にされるかもしれないのだ。それは非常に困る。
貴方は逃げに徹する事とした。さらに大きくバックステップしながら、懐から『青い秘薬』を取り出し一気に
『青い秘薬』。脳を麻痺させる精神麻酔のそれは、己の遺志を保ち動きを止めることで己の存在そのものを薄れさせる効果がある。
入り口付近まで退避して止まった貴方は、先の狂人がこちらを見失った事を確かめ、試験開始までそこで待つ事にした。
最も優れた狩人である貴方の隠密に、気付けるような者はいない。
先程までいた方を見やれば、あの変人の悍ましいオーラにあてられたのか、そこだけポッカリと人混みに穴ができていた。
全く、いつの世も血に酔いすぎた狂人は絶えないものだ。
■
ただ黙って立っているのも暇な貴方は、入り口から来る受験者達を観察していた。
今は400番を過ぎた辺りか。また新たに人がやって来る。今度は若い男の三人組だ。
その内の一人は完全に子供であり、こんな幼い少年も挑戦しに来るのかと貴方は驚く。だがここまで辿り着いたということは、ただの子供では無いのだろう。
金髪の中性的な男はなかなかの実力者とみえる。もう一人の長身の男も、隙だらけではあるがよく鍛えられた身体だ。
今のところ、念能力者らしきは先の奇怪な狂人と、一瞬奥に見えた顔面が針だらけの狂人、そして貴方だけである。
狂人ばかりじゃあないか……。貴方は自分を棚上げしては少しうんざりした。
そんな時であった。
「ぎゃあぁ〜〜〜〜っ」
例の奇怪狂人がついに人を斬りつけ出していた。被害者は両腕を真っ二つに切り落とされている。
狂人が自分で切り落とした癖に、さも腕が消える手品かのように振る舞っているらしい。貴方はドン引きした。
先の男三人組と小太りの男が話しているのを聞くに、彼は奇術師ヒソカというようだ。
過去の試験では試験官を攻撃して失格になっただとか。試験官にまで襲い掛かるとは、いよいよ分別の解らぬ獣ではないか。
かつて『狩人狩り』として血と獣性に飲まれた狩人を葬っていた事もある貴方は、いざとなれば彼とも戦う事になるだろうと考える。
■
ジリリリリリリリリリリリリリリリ……
トンネル中に大きな音が鳴り響く。どうやらようやく試験が始まるようだ。
試験官らしき髭男が試験の危険性を忠告しつつ歩き出す。全員がそれに付いて歩き出した。
かと思えば、みるみるとその歩く速度が増し出した。歩いているのにあの速度はなかなか気持ち悪いと、貴方は遠くのサトツというらしい髭試験官を眺めて思う。
人を超え上位者となった貴方は、持久力も大きく増した。というか酸素を必要としないので走るだけなら余裕である。
最後尾の方で貴方も走り出した。どうやらこれが一次試験らしい。
——新しい事への挑戦とは、こうも胸踊るものであったろうか。
永劫にも思える獣狩りの輪廻を経た貴方は、たとえ困難な道であってもそれを楽しむだけの心の余裕がある。
いよいよ始まったハンター試験に、貴方は胸が期待で満ちてゆくのを自覚した。
走り出して直ぐに貴方は気付いた。これは、見つかったな……。
少し前方から、禍々しいオーラが少しずつ貴方に近づいてきているのを感じる。
まだ敢えて戦おうという気にはならない貴方は、いっそ最前列へ向かおうと考えた。
試験官の近くに居れば下手に暴れることもできまい。試験開始直ぐに失格になるのは奴も不本意であろう。
あの気色の悪いオーラに捕まる前に、貴方は再び『青い秘薬』を勢いよく呷る。しかし今度は動きを止めるわけにはいかず、これでは見つかって攻撃を受けるだろう。
貴方は更に道具を取り出した。
『古い狩人の遺骨』。名も知られぬ古い狩人の遺骨であるそれは、遺志によって初期狩人独自の業「加速」を引き出せる秘儀である。
上位者として遺志を神秘の力を意のままに操る貴方は、その業を極限まで高め扱う事が出来た。
遺骨から遺志を引き出し風を纏った貴方は、瞬足のステップを用いて壁を伝い、前方の受験者達を軒並み追い越していく。
件の奇怪狂人は警戒しながら距離を取ったようだ。
その速度たるや、近くを走っていた者達が貴方の巻き起こした風圧に吹き飛ばされる程であり、控えめに言って最悪な妨害であった。
貴方は未だ加減を覚えぬ己に呆れてしまったが、あの狂人からは離れられたのでまあよしとしよう。
サトツの直ぐ後ろについた貴方は、秘儀を解いてまた普通に走り出す。
今ここまで「加速」で飛んできた際、貴方の姿を完全に捉えている者こそいなかったが、幾人かは貴方の気配に気付いて飛び退けて見せた者もいる。
念を使えるヒソカや顔面針狂人は勿論、二人の少年がどちらとも己の動きに気付いていたことに貴方は驚き感心する。
とんがり頭の少年は風圧を避けきれていなかったが、白髪の少年はなんとぎりぎりで避けきって見せたのだ。
非常に有望な少年たちだ。願わくば無事に生き残れるといいが。
あなたはたった今、自分がその少年たちを吹き飛ばしかけた事を棚に上げてそう願った。